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13 国王御前会議




この国の議会場は一般人が傍聴できる会場とごく限られた身分の者だけが入ることが許される会場の二つがある。


国の方針として開かれた政治を詠う以上基本的には前者の会場で討論を行うことになっているが、半年に一度行われる国王御前会議だけは後者の会場が使われることになっている。

一般傍聴の可能な会場はテラスのようになっている二階席に一般人が座り、異なる意見の者たちが対面して熱く討論する様子を俯瞰的に見守ることができる。


一方王前会議場は二階席部分が完全に取っ払われ一般傍聴会場より随分と見通しの良いつくりとなっている。

段のつけられた扇状になっている座席に大臣や有力貴族たちが座るとその視線は一点に集中することになり、その視線の先となる南側の壁には明り取りのための大きな窓がある。

その窓にはこの国のシンボルが描かれたステンドグラスになっており、そのすぐ下の誰よりも高くある位置に王の玉座が据えられているのだ。


そんな格式の高い会場に定例会議でもなく招集をかけられたとあれば誰もが有事があったのだと理解し、そしてそれが何にまつわることかも想像することは簡単であった。

ここのところの社交界の噂はそれでもちきりなのだから。


しかし、彼らは王家の者が会場に入った途端に困惑することとなった。

高く掲げられた玉座の左手には王妃リリーベルが座し、その傍らに第一王子アーノルドが控えるように立つ。

王前会議に王妃や側室、王子たちが列席することは珍しくはないが、この日のそれ以外の王家の壇は常ならぬ状態となっていた。

まず王妃とは逆手、玉座の右手側一つ下がった段に王弟オスカーのための椅子が常に用意されている。

しかし幼少から公の場に顔を出すことのなくなった彼は王前会議もまた一度として列席したことはなかった。


だというのに今、その席には一人の威厳ある男が座っている。

この場にいる誰も王弟の顔を知らないが、それでも彼がオスカー本人であることは、どこか先王を思い出させる顔つきと現王とよく似た深い翡翠の目を見ればわかる。


不敵な笑みを湛えたまま高い位置から自分たちを見下ろす王弟に委縮したように見える貴族の中には少なからず一つは後ろ暗いことをしてしまっている者がいる。

王の目が届かぬ深くに影となり動いていたオスカーがこのタイミングで表舞台に戻ってきたということで、今この場でそれを日の元に出すことはなくとも徐々に罪に問われるだろうことを彼らは悟ったのだ。

何の根拠はなくともそう思わせるだけの雰囲気をオスカーは醸し出していた。


そしてそれは扇状となっている席の最前、誰よりも低い位置に座らされている第一側室メデイアとその父オルドミズ侯爵も同じであるはずなのに、彼らは微塵も危機感など持っておらず、メデイアに至っては自身の扱いに不満を爆発させていた。


本来彼女が座るべき椅子は王家の側であり王弟と同じ段の反対側、つまり王妃の一段下であるはずで、これまでは確かにそうだった。

リリーベルよりも下であることは不服であっても致し方ないことだと我慢しながらそれなりに高い位置から他の貴族たちを見下ろして、自分がどれほど偉い立場にいるのかを認識しては優越感に浸っていたのだ。

それなのに今日は問答無用で貴族側の最前列、しかも備え付けられたものでもなく急遽つくられたような粗末な席に座らされているのだから怒りが怒髪天を越えようとしても致し方がないこと。


そもそも、メデイアはこの招集が何のためのものかを聞いてすらいなかった。

最初こそメデイアたちの意見が通り、リリーベルの悪行が皆に知らされるのだろうかと期待もしたがどうにもそうではないらしいことは、書状を持ってきた侍女の顔を見ればわかった。

それでもあの時の状況から見て被害者はこちらにしか見えないのだから自分の悪いようにはならないだろうといつも通り豪華なドレスを選ぶメデイアに、ここ数年はただ従順に黙々と仕事をこなすだけだった侍女たちが珍しく眉を顰めた。

けれどそれは一瞬のことですぐに彼女たちは表情を取り繕い、メデイアの持つものでも一番豪華なドレスと装飾品を用意し着付け始めた。


そのことによくわかってるじゃないとメデイアは満足げにしていたのだが、侍女たちの心のうちは精一杯着飾ったうえで惨めに蹴落とされろという思いで一致していたのだ。

ラルフレッドが幼少の時から募った彼女たちの憎しみは、彼女がその息子に刃を向けた日、完全に彼女の周りから味方を消し去った。

侍女も護衛も彼女のお気に入りも彼女を逃がさないために添えられた餌に過ぎず、今日メデイアが部屋を出た瞬間に彼らはその任を解かれ自由の身となった。

すでに帰る場所を失っているということを知らないのは彼女ばかりなのだ。


そうしてついた議会場。

いつもなら貴族たちが先に席に着いてしばらくしたあとに王家と共に呼ばれて悠々と入場するというのに、その日は早々に入らされた。

そのころには貴族は席に着いてはいたので他の王家の姿が無くともいつも通りに壇上へと上ろうとしたメデイアを近衛が止め、そしてあれよあれよのうちに議会場のど真ん中、王家に一番見下される位置に父である侯爵と共に座らされてしまったのである。


こんなことがあっていいはずがあるだろうか。

元の位置に行こうにも控えた近衛により押さえられてしまいそうもいかない。

そうこうしているうちに入場したリリーベルたちをメデイアは罵倒し続けたが、しかし彼らは全く耳には入っていないという様子で静かに彼女を見据え、やがて国王の入室を知らせる近衛の声にメデイアも口を閉ざさるを得なかった。

そうしてようやく厳格なる王前会議が始まると貴族たちが安堵したのもつかの間議会長が開会の木槌を打つ前にメデイアは声高らかに異を唱えてオルドミズ侯爵もそれに言葉を重ねたのだ。


「何故わたくしがこのような扱いを受けなければなりませんの?」

「陛下!このような側室に対する不当な扱い、よもや王妃の虚言に迷われましたか!」


たしかに異常な配置ではあったために貴族たちは国王の返答を期待したが、彼はちらりと二人を見やっただけで議会長へと続けるようにと促した。

国の最高権力者は国王に変わりはないが、議会場においての第一責任者は議会長であり、この場の全ての権限を国王は彼に委任していることになっている。

発言の許可も打ち止めも彼のみが許される権利であるために国王は議会長へと判断を任せたのだ。


「会議の妨げとなる行為はおやめください。オルドミズ侯爵とメデイア妃には後程発言の機会が設けられておりますのでそれまでは静粛に。これより第146代目マルブライト国王、オリヴァー⁼ウィリアム・マルブライト王陛下の名の元に御前会議おんまえかいぎを始めます!」


カン!という木の高らかな音と共に始まった会議は、定例の王前会議と変わらずまず国政に関する報告などから始まった。

各大臣や領主となる高位貴族たちは粛々と国王の御前に進み出ては報告や現時点で浮かんでいる問題の改善すべき点と解決策を提示していき、ウィリアムもそれを黙って聞いていた。


会議とはいえこの場で討論をする議題はそんなに多くなく、事前に取り決めのなされている事案の周知報告の場といった方があうだろう。

だから国王陛下や王家はもちろんのこと、侯爵や側室にも発言する場面が設けられていることなど今までになく、その常ならぬ状況に貴族たちは報告を聞きながらもどこか気もそぞろな様子であった。

そして全ての報告も終えたところで議会長の告げた発言に彼らはまた困惑させられるのだった。


「以上をもちまして大臣並びに領主による報告を終了とさせていただきます。皆様には引き続き国民のため善政の行使を期待しております。そして、これよりわたくし議会長は全権を国王陛下へと一時返上したうえで補佐進行役を務めます。ここからは『魔女シルヴィアの館襲撃及び第二王子ラルフレッド殿下の王位継承権放棄とその後の処遇』を議題に会議を進めます」


議会長による議会の全権返上宣言もさることながら魔女の館襲撃という議題はまさに寝耳に水の出来事で、大半の貴族は動揺し隣り合う者同士で何事かと囁きあった。

魔女の館が火事により焼失したことは隠しようのないことで王家からも正式に発布された出来事ではあるが、具体的な原因については明確にされていなかった。

一部貴族は魔女自身の不始末による事故だと噂していたが、襲撃となればその噂の出どころ自体も怪しくなる。


そして継承権放棄の件自体は噂によって囁かれていたのでそれほどの衝撃はなかったが。『及び』と結びをつけられたせいで、ラルフレッドの継承権放棄も魔女の館焼失と関係があるようにも取れる。

どよめきの中呆気にとられていたメデイアとオルドミズ侯爵もそれに思い至り勢いよく立ち上がろうとしたが、またも控えていた近衛に押さえられて立ち上がることができなかった。


「陛下!どういうことですか!このような場でまだ決定されていない放棄と処遇などと!」

「静粛に!メデイア妃、陛下はまだ貴方に発言を許されておりません。まずは調査結果を報告願います。近衛騎士団長!」

「はっ!ご報告申し上げます!」


議会長に呼び立てられ進み出た騎士団長は議会場全てに響き渡るほど大きな声で報告書を読み上げた。

まず、魔女の館の焼失について、火の出どころや炎上範囲、焼け跡から見つかった焼失物など事細かに報告が挙げられていく。

聞いただけでは不始末ととられるような報告で、誰もが魔女による不始末という噂が真実なのではと思えてしまう。

しかし、近衛騎士団長もまた調査員が見るところとは別の視点で調査を行っており、続く報告にみなやはり不始末ではないと疑い始めた。


「館の大部分は焼失しておりましたが正面の玄関ホールや大扉に複数の剣による傷跡が見受けられ、燃え残った矢じり、対魔法武具も見つかったことから魔女の館は奇襲を受け焼失したと近衛騎士団は判断いたしました!」

「ご苦労。ではオルドミズ、これについて何かあるか?」

「は・・・なぜ、私に?」

「何、常々魔女について不穏な発言を繰り返していたのだ、襲撃されたと聞けば真っ先に疑われるのは仕方なかろう?」


会議が始まって以来初めて発せられたウィリアムの言葉にその場にいる全員がようやく確信した。

今この場は御前会議でも魔女の館焼失に関する調査報告の場でも何でもなく、オルドミズ侯爵の断罪の場となっているのだと。

しかし当のオルドミズ侯爵は全く動揺した様子もなく憮然としたまま口を開いた。


「もし仮に私が指示したとして、それに何の問題があるのです。襲われて死んだというのなら魔女が弱体化していた何よりも証拠でしょう。私の懸念していた通り、魔女シルヴィアの加護などもうないのですし、もう必要もないでしょう」


その言葉に魔女を信じる者は声にならない悲鳴を上げ、そうでない者も息を飲み国王を仰ぎ見た。

魔女の存在はマルブライト王国のみならず世界中が知っていることだが、魔女の正体を知る者はこの場においても半分にも満たない立場の者しかいない。

信じたくない、どういうことなのか、様々な思惑の視線を一身に浴びてもウィリアムは冷静に言葉を続けた。


「・・・オルドミズ。お主は我が国の魔女が本当に弱っていたと思っているのか?自らの不始末でこの世を去ったと本気で思っているのか?」

「現に魔女の屋敷は燃え尽き、館の中から魔女らしき老体の遺体も出たのでしょう?それは疑いようのない事実でございます」

「お主は魔女の姿を見たことがあるのか?魔女が老婆であったと知っていたのか?」

「私は存じ上げませんが、魔女が老婆であったと見たことのある者が申しております」


確かに燃え尽きた魔女の館から人らしき形をした物も発見されている。

しかしそれはあくまでも人らしき形をした物でしかない。

炭のように真っ黒く焼け焦げたそれはもはや何ともつかぬ物だったのだが、現場を調べた調査員によって形からして人かもしれないと判断されただけのことで、それが人だとか老体だったとかあまつさえ魔女であったなどという報告は事件当時も今もされていない。

王家の発布も魔女の生死には言及していないというのに、いつのまにか国民の間でも魔女の死についての噂が流れ始めていた。

国民の多くはその館を知ってはいても、本当にそこに住んでいると思っていた人などほんの一握りでしかないのにそんな噂が流れるなど、誰かが故意に流したとしか思えない。

その誰かも詳しく調べずともすぐにオルドミズ侯爵とその子飼いの囀り鳥と割れたのだが。


ちなみにその人らしき形の物はスピカが一番最後に取った年代の弟子たちによる力作のダミー人形である。

少々精巧過ぎてソレを置く役目を担ったスピネルがしばらく肉を目の当たりにすると吐き気をもよおすほどだったとも魔導騎士団からの報告をウィリアムは受けている。

だからなおのことそれが魔女であるだなんてことがあるわけがないと首を緩やかに振る国王にオルドミズ侯爵はなおも食って掛かる。


「陛下、何をそんなに恐れていらっしゃるのです?貴方を縛り付ける悪しき者はもう居ない、この国の権力者は貴方ただ一人なのです陛下!」

「・・・だから愚か者だというのだ。魔女が王家を縛っているのではない。王家が契約により魔女を縛っているのだ。本来ならば彼女に国を守る義務は無い。初代との約束と言うだけの厚意なのだ。それに、彼女の魔力が弱まっていたというのなら此度の敵国の動きはどう説明する?」


数日前、国境付近で不審な男を捕縛したとの報告が上がった。

調べるうちにその男は敵国アルバニー皇国の密偵であり、魔女が死んだという噂を聞いて送り込まれたのだという。

最初こそアルバニー皇国も半信半疑であったが、実際それまでどうしたって入国のできなかった悪意ある人物が国境を越えることができたために、好機とばかりに国内を嗅ぎまわっていたようだ。


ただし当人たちはまだ帰る予定ではなかったために全く気が付いていないが、密偵は誰一人として国外に出ることはできなくなっている。

魔女の館を襲撃されて以降、スピカは侵入者を追い出す結界を張りなおしていなかったのでネズミも獣も入り放題になっているが、新たに彼らを閉じ込める魔法は展開していたので彼らは餌につられて罠にかかった正真正銘のネズミでしかないのだ。

このことを知るのは王と宰相、国防大臣という最少人数にとどめられているために、何も知らない者たちが自国の危機に顔を青ざめている中でオルドミズ侯爵だけは何故か得意げに胸を張っていた。


「それは、魔女が死んだという噂が出回ったために、」

「侵攻する準備をはじめたと?それで?今までそうした輩が国内に入れなかったのは何故だ?魔女が死んだ途端に守りがなくなったというのなら弱っていたなどという噂は間違っていたのではないか?魔獣とてそうだ。魔女がいなくなった途端に国内を荒らし始めた。甚大な被害が出ていないのはそれこそ今も魔導騎士団が方方へと向かい討伐しているからだろう。そなたが不要と申した魔女の弟子達が、だ」


仮に魔女の死が本当だとしても、その死に合わせて国を守る結界が解けたというのならば魔女の力は衰えていなかったということになる。

密偵も魔獣もそれまで一万年もの間一度も変わらずこの国への侵入を許されていない。

そして今、侵入を許されてしまった魔獣の討伐を担っているのは他ならぬ魔女の弟子たち。

弟子たちは魔女にのみ忠実であり、彼女の命令しか聞かないということはすでに周知の事実。

魔女が守れと言ったからこの国を守るのだと言った彼らは、ラルフレッド襲撃の嫌疑により騎士団としての任を止められている今も個々として国の様々なところへ赴き魔獣や密偵の討伐をしていると先日報告を受けたばかりだ。

死してなお魔女はこの国を守ってくれているということだな、といつになく饒舌に語る国王にオルドミズ侯爵も次第に視線を覚束なくさせる。


「それは・・・そう、彼らが功績を残したくてわざと引き入れているのです!」

「だとすれば、魔女は弱っていたのではなく、私を見限ったと言うことになるだろうな」

「そうです!魔女は裏切ったのです!」


そうして紡いだ言葉にどうやら自分が鼓舞されたらしく、自分たちこそが正義だと、そんな幻想に囚われているオルドミズ侯爵は己の発言の矛盾に気がついていない。

魔女が弱っていると、だから死んだのだと噂を流しこの場でもそう言い切ったくせに、その舌の根が渇かぬうちに裏切ったなどという。

国を顧みることなく、どこまでも自分の幻想を追いかけつづけるのだな、とウィリアムは侯爵と対話することをやめた。


「もうよい。オルドミズ侯爵、そなたは黙っておれ。そもそも五代も前から公に姿を現してはいないゆえ、王家以外の臣民の誰一人として魔女の姿を見た者はいないはずだ。館の老婆も魔女であるはずは決してない。決して、だ」

「何故そう言い切れるのです!」

「黙れと言っておろう。アウイナイト、魔女シルヴィアをここへ召喚せよ」


そもそもの前提からして間違っているのだから、オルドミズ侯爵の主張が通ることは一生ない。

もしもこうしてウィリアムと言葉を交わすことで自らの過ちに気が付き罪を認めれば少しは処罰の軽減を考えられたというのに。

息子ほどの年齢のウィリアムを軽んじているのはその言動の節々に滲んでいて、即位をしてからオルドミズ侯爵が誠心誠意国王に仕えた素振りなどついぞ見ることは叶わなかった。

やはりこの時間は無駄になってしまったなと、なおも喚きちらそうとしたオルドミズ侯爵を一蹴して、議会場の隅にずっと立たされていたアウイナイトにそう告げる。


それまで黙ってことの次第を見守っていた彼は静かに礼をしたあと、ウィリアムの前へと進み出て身につけていた青玉のついた指輪を指から抜き取りその場に落とした。

その動作は見せつけるかのように酷くゆっくりで、そんな彼の思惑通りに部屋中の視線は全て彼の手から離れた指輪へと注がれていた。

そして彼らはそれから起こった光景にみな息を飲むことになる。

指輪が落ちた瞬間、まるで水面のように床が小さく波打ったのだ。

そしてアウイナイトがその中心に手を差し入れて勢いよく引き上げたのは、乳白色のローブ付ドレスを身に纏った女性で、彼女は引き上げられた勢いのまましばし宙に浮いたあと、ふわりと羽のように軽やかに地に足をついた。

眩い輝きを放つ白金の髪に所々星を模した宝石を散りばめたドレスのその女性は扇状の座席を見渡した後、ふと自分が向いている方向が国王を背にしていることに気が付いたかのように、まあ、と一つ声をあげてからくるりとウィリアムを振り返った。




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