12 理由
二人の王子による内密な会談後、数時間もしないうちにマルブライト王国第二王子ラルフレッドは王位継承権を放棄する意思を示し、同時に王籍を抜けることを国王陛下に直接求めた。
国王はそれを認めたのでラルフレッドは早々にその手続きに入ろうとしたが実母である側室メデイア妃と祖父のオルドミズ侯爵はそれを頑として認めず、その手続きを妨害するためかありもしない妄言を繰り返している。
曰く、ラルフレッドを襲ったのはアーノルドの手先である。
曰く、ラルフレッドは脅されて継承権を放棄させられたのである。
曰く、卑怯者アーノルドには王位はふさわしくなく、ラルフレッドこそ国王に相応しき器である。
報告書に書かれたいくら拾っていってもきりがない妄言をかいつまんで口にしながら、オリヴァーは溜息をついた。
常ならば絢爛さに心洗われるはずの薔薇園にいるのにも関わらず、彼の心はずっしりと重く凝り固まったままだ。
「どうしても誰かに責任を押し付けたいらしい」
「そうやって生きてきましたものね。そう簡単に認めるわけもありませんでしょう」
「ラルフレッドがお冠で今すぐにでも断罪したがっている」
「アーノルド殿下のことをとても尊敬していらっしゃいますものね、彼は」
構図から見れば親に守られているはずの息子が、その親を相手に手を付けられないほど怒っているという奇怪な現象に、肩をすくめてみせるオリヴァーを尻目にパチリパチリと音を立てながら薔薇の選定を続けるスピカはくすくすと笑う。
ラルフレッドがスピカの元に修行に来たのは9年も前のほんの一年ばかりのことだったが、その間にもアーノルドは弟を心配して可能な限り様子を見に来ていたし、彼が兄を尊敬して全幅とは言えないながらも信頼を置いていることはよくわかった。
到底母子の絆を築けているとは言えない状態でラルフレッドの性格までゆがんでしまうことを懸念したことも修行に出された理由だったが、その点は心配はないだろうということで魔力制御訓練を終えたところで修行を終わりとしたのだ。
あれからもう何年もたっているのだから、王子同士がさらに絆を深めていることは想像するに容易い。
「実母よりも兄をとったんだな、彼は」
「母と呼び慕うほど愛していたならばもう少し迷いようがあったでしょうにね」
メデイアは母と呼べるようなことは一切しておらず、彼女が息子にしたことと言えば健康体でこの世に産み落としたくらいなものだ。
それ以外の母としてなすべきことは全て乳母に任せっきりにし、自分はそれまで諦めざるを得なかった部分の自分磨きに精を出していた。
母としてあやすことも、褒めることも、叱ることもせず、息子の一日の行動報告を聞いてはその感想を侍女を介して述べるだけ。
そんな人のどこを見て母と呼べるというのだろうか。
そしてそれはオルドミズ侯爵も同じだ。
彼が孫に会いに来るのは王家主催の行事のときのみで挨拶もラルフレッドを敬っているようで自分のために動けと言う思惑が見え隠れするようなものばかり。
リリーベルの父であるワイト侯爵の方がアーノルドと分け隔てなく可愛がっていてラルフレッドにも慕われている印象があるほどだ。
実際、ラルフレッドの紡ぐ母上とお爺様という言葉はただの形式上の響きでしかなく、そこには何の感情もありはしなかった。
そのことに周りはみな気が付いているというのに、あの父娘だけはついぞ気づくこともなかった。
なんとも滑稽なことだ。
「他人事のようだね」
「他人事でございましょ?わたくしには彼女たちの末路はどうでもよろしいのですもの」
「君を虐げた少女のなれの果てでも?」
いつも通りといえばいつも通りに聞き流すスピカにほんの少し怪訝そうにオリヴァーがそう聞けば、彼女はピタリと鋏を止めて考えるそぶりを見せた。
「そうですわね。わたくし、結構根に持つタイプだったみたいですわ。彼女の末路などどうでもいいとは言いましたけれど、どうあがいても堕ちていくしか道はないとわかったらとても気分がよくなりましたのよ。でも、それだけですわ。そのあと彼女がどういう道をたどるかなんていう仔細はどうでもいいのです。あとは魔女として約束を守るのみ、ですの」
スピカとしてメデイアに思うところはあれど、彼女が自業自得の末路を迎えるならばそれでいいと納得するのだろう。
それがあの日いたいけな少女が受けた屈辱の報いであり、だから彼女はそれ以上の感情を持つことはないのだと。
あとは個人の感情ではなく、魔女として動くのだと。
でも、それでは矛盾しているのではないかとオリヴァーには思えてしまう。
正直言えば今回のことで王家は直接の攻撃を受けておらず、国民の生活もいずれは、という時点であってまだ脅かされてはいない。
契約と約束だけが魔女の行動原理ならば、『マルブライトの血』が害されてもなく、『カトレアの願い』がまだ脅かされているわけでもないのに『魔女』は行動を起こしている。
個人的感情でないのであれば、彼女の行動の理由がなくなる。
「ねえ、オリヴァー様?魔女はとても気まぐれですのよ?」
そんなオリヴァーの思考を読んだかのように、スピカは穏やかに続ける。
「契約は条件を満たさなければ反故にはできないけれど、約束なんていつでも破れますの。どうするかは魔女次第。今までカトレアとの約束を守り続けたのは何となく気が向いたから。どうでもよければすぐに破くことができる。でも、今までそうしていないのはどうしてだと思います?」
「気が向いたからじゃないの?」
「・・・ええ、まあ、確かに今そう言いましたものね。そうですわね。う~ん・・・そう、それは結果ですわ。わたくしが聞きたいのはどうして気が向くか、ですわ」
「どうして・・・?」
魔女の気分次第、というならばそこに理由らしい理由なんてないのではないかと思ってしまうけれど、きっとそういうことではなくそれなりの理由があるのだろう。
その理由がとってつけられた可能性もあるけれど、オリヴァーはそこは今は考えないようにした。
「何かしら利益があると?」
「あら、オリヴァー様は損得勘定が一番先だってきますのね?」
「・・・意地が悪いな」
からかうようなスピカを睨んでも彼女は楽しそうに笑うだけで咎めることのほうがバカバカしくなる。
理由があるということは何かしらの対価があるということだ。
その対価が何かと聞かれても、魔女の暮らしはウィズフォレスト辺境伯に王家から国境警備の特別手当てが上乗せして支払われている。
歴代の魔女もそれほど豪奢な暮らしを望まなかったために実を言えば国庫を越える財産を持っているという話もあるくらいだから、豪遊でもしない限り死ぬまで生活に困ることもない。
だから利益の線は一番ありえないと思いつつも念のため聞いたに過ぎない。
「でもまあ、たしかにこの理由も取ってつけたようなものですけれども」
「当たるわけないじゃないか」
「だってわたくしの気分次第ですもの」
考えないようにしたことをさらりと言われてがくりと肩を落としたオリヴァーにスピカはまたも楽しそうに笑った。
そしてテーブルについていた彼の前に座ると、摘んだばかりの薔薇と紅茶に魔法をかけてローズティーを作り出してしまう。
こうして何の変哲もない紅茶を赴きある品種に変えてしまえるのだから、彼女には本当に利益なんて言う対価など必要ないのだろう。
「好きだからですわ」
「っ、・・・・・・陛下を?」
淹れたての華やかな香りのお茶を向かい合って口に含んで、ひと心地ついた途端に告げられた言葉に、オリヴァーは一瞬喉を詰まらせた。
話の流れから言って、それが彼女が約束を守る理由なのだということはわかる。
そして彼女は何を、というのを言わなかったのにも関わらずオリヴァーがすぐに陛下だと結論付けたのは、彼女が今回の計画を受け入れた時の言葉を覚えているからだ。
『ウィリアム国王陛下のお望みとあれば、喜んでお受けいたしますわ』
まるで求婚に喜ぶ少女のようにふわりと笑って見せたスピカに心奪われながら、それがその場にいもしない国王へ向けられたものだと知って嫉妬した。
他国で伝承に脚色されたラブロマンスのように、国王を好いているから危険な策を受け入れたのだと肯定されたようでオリヴァーは思わず唇を噛んだのだ。
魔女を継承した日から頻繁にウィリアムはスピカを訪ねたり連れ出したりしていたと聞いている。
少女の時から社交を断ちあまり他者との交流がないと言っていた彼女が自分に良くしてくれていた男性に好意を抱くことはありえないことではない。
そう思うともっと早く会いに行けなかったことをオリヴァーは後悔してその視線を手元のカップへと下げた。
「陛下も、ですわね」
「も?」
けれどそんなことなど目に入っていないようにスピカは軽やかに言葉を続ける。
その続いた言葉に違和感を感じて自然と落としていた視線を上げれば、変わらぬ笑顔のままオリヴァーを見つめていた。
「リリーベル様とどちらかを選べと言われればもちろんリリーベル様を真っ先に選びますけれど、そうでないならばウィリアム様のことも大好きですわ。だから、彼のある程度のお願いならきっと叶えて見せますの。そしてそれは今までの魔女たちも同じだったのだと思います。もちろん、初代のシルヴィアも」
好きだから約束を守る、それはとても簡単なことで、魔女に限らず人間だって同じ感情で動くことはある。
至極単純明快で共感の持てる理由で彼女たちも動いていたのだ。
好きという感情もオリヴァーの思っていた類の方ではないようで、彼は少しだけ冷めた紅茶を飲んで気を取り直した。
「なら、俺のお願いも聞いてくれる?」
「身分も名前も偽ってるような方のお願いは聞けませんわね」
「それは・・・今は、まだ」
「ええ、全てが終わったら、なのでしょう?ご自分が言い出したことくらいお守りくださいな。その全てだってもうすぐなのでしょ?」
素気無く断られて拗ねたように顔を背ければ、いつの間にか傍に来ていたスピカの侍女がオリヴァーのカップにおかわりを注いだ。
たしか魔女の館でいつも控えていた侍女だったと思い出して、そういえばここ最近王弟宮の使用人が増えたとも思い出す。
身のこなしに問題はないがスピカが来るまで一度も見たことのなかった顔ぶれの彼らはきっとみんなスピカの弟子なのだろう。
国境警備のために方方に飛ばしていたはずの彼らを呼び寄せているということは、国境を守る新たな結界の手配は整ったということなのだろう。
オリヴァーたちの方もあの父娘を追い詰める手筈はもう整っている。
「今代の『オリヴァー』はいささか決断力に欠けますわね」
「あの方は優しすぎるんだ。優しすぎるがゆえに考えすぎてしまって、いつもギリギリの判断となってしまう。だから、リリーベル様のような方が合う」
「リリーベル様は即断即決の方ですものね」
柔らかな顔つきと雰囲気、そしていつも絶やさぬ優しい微笑みのおかげでリリーベルはどこかおっとりしていると思われがちだが、その芯はとても強くぶれることが少ない。
時には非情ともとれる采配を振るうことも厭わず、けれどその先のより良い未来を確実に引き寄せていることから賢妃と称えられるようになった。
もちろんウィリアムが愚王と言うわけではないが、リリーベルと比べると少しだけ決断力に欠けていて、見かねた彼女が発破をかけることもあるために王妃に操られていると軽んじる者もいるようだった。
もっとも、そういった輩は大体自分もやらかしているので後々王妃や王弟に粛清されている。
そのことについてウィリアムは自分ももっと頑張らねばとは思っていても卑屈になるでもなく、むしろ偏った考えにならなくて良いとよく二人にも相談をしているようだった。
自分の正妃にするうえで一番重要視したのは自分を叱ってくれるかどうかだったとウィリアムがこっそりと教えてくれたのは、リリーベルを婚約者としてお披露目する日の前日だった。
彼は立太子する前から自分のことをちゃんと理解していたのだ。
本当はわかっているならば直すべきとも思うが、それもできそうにないともわかっていたからこそカバーできる人材を傍に置くことで代わりとしたのだろう。
リリーベル様がお可哀そうと零したスピカに、今よりもずっと幼い顔つきのウィリアムが君のことも頼りにしているよ、と笑った顔を懐かしく思う。
それでも彼が今までスピカに頼ってきたことは一度としてなかった。
「明日、国王直々に沙汰を下す予定となっている。ラルフレッドについての処遇はまだ決めかねてはいるけど、根本の決着はそこで付くはずだ。シルヴィア様にも協力を仰ぎたいと言伝を受けた」
そんな彼がようやく頼ってきたのだから、協力しないなんて選択はスピカには最初からないのだ。
「ウィリアム国王陛下のお望みとあれば、喜んでお受けいたしますわ」
そうして綺麗に浮かべられた笑顔に、オリヴァーはやっぱりいい気はしないのだった。




