制圧
唸りをあげる黒い影の集団は空を埋め尽くす。
その集団の狙いは…俺達三人の背後に居る巨鳥…どうやら傷付いたその身体を狙ってやって来た様だ。
良く見ると…その群衆には見覚えがあった。
「コイツら…まさか東の森の時の奴等か!?」
その黒い影…間違いなくあの鳥達だった。
でもどうして…と思った所、その原因が自分自身にあることを思い出したのだった。
そう、俺が巨鳥に近づく際に踏んだあの植物…『キテキソウ』。
きっとあの時の音を聞き付け、近くに居た巨鳥を襲う羽目になってしまったのだろう。
もっと注意すべきだったと後悔するが…今はそんな余裕はなかった。
「フィオラ!大丈夫か!?」
「私は魔法があります!リュウノスケさんはミッシェルと守りを固めてください!隙を付いて退けるのも忘れないようにお願いします!私も…結構手一杯です!」
「分かった!ミッシェル、何か攻撃する手段は無いか?」
「私はフィオラと同じで少しだけ炎の魔法が撃てるよ!…牽制程度だけど…。」
「いや、充分だ。牽制でも構わないから取り敢えずあの群衆を散りばめてくれ、そうしたら少しは乱れてくる筈だ!」
俺達はその影…良く見ると大量の黒い鳥の群衆だ。その鳥の群衆と、まさに混戦中だった。
フィオラは持ってきていた『リバーシブルステッキ』のお陰で範囲良く攻撃をすることが出来ている様だ。
「ウィンド…フレイム…アイシクル…ボルテス…四つの元素を力に変えて!えいっ!」
それぞれの属性の玉四つをステッキの先端から発射する。それに気付いた鳥達は危険を察して散り散りになりながら焦って逃げている様だ。
しかし、その逃げた鳥は再度別の分隊にくっつき…そして攻撃してくる。
まさに統率の取れた大隊を相手にしているようだ…これでは埒が空かない。
「当たらない…どうしたら!」
どうやらフィオラも苦戦している様だ。
そして俺がミッシェルに頼んでばらつかせた奴等も直ぐに別の奴等と固まり、守りも兼ねて突っ込んでくる。
「あぶねぇ!」
「きゃっ!」
不意に特攻を仕掛けてきた数匹が、ミッシェルに向かって来た。余所見をしていたミッシェルを見た俺は咄嗟に彼女を覆い、地面に伏せた。
寸での所で、特攻した黒い稲妻の如く猛攻を避けきる事が出来た。勢い余ったのか、その数匹は後ろの木に目掛け、止まること無く衝突していた。
これでは本当に特攻…神風そのものだ。
仲間のその姿に恐れること無く再びまた数匹が突っ込んでくる。俺はそのままミッシェルと立ち上がって、少し走ってまた伏せる…これでは防戦一方だ。
戦争の時に落ちてくる爆弾を避ける軍人の身を味わっている気分だ。恐怖と何処から来るのか分からない不安で周りを見えにくくする。
冷静さを欠けてはダメだ…何か打開策がある筈だ。
「あ、あの…リュウノスケ…もう大丈夫何だけど…?」
「ん?お、おう…大丈夫だったか?」
「あっ…うん…。」
そう言えばずっとミッシェルを庇って抱き締めていたのを忘れていた。
気付いて身体を離すが、ミッシェルが何だか満更でも無い雰囲気を出していて調子が狂ってしまう。
ちょっと目が合うと、何だかどぎまぎしてしまった。
「二人とも!ボーッとしてないで手伝って下さいよー!」
「どぉ!?すまんすまん!」
そこで、そんな俺達に渇を入れてくれたのはフィオラ…確かに今は色目を感じてる場合じゃない。
普段から色目バンバン欲パンパンの俺だが、今はそんなふざけた事を考えている暇はない。
いや…これもしかしてフィオラが嫉妬してるって可能性も…。
「まあ!リュウノスケさんまた変なこと考えてるでしょ!鼻の下伸びてるし…このおちょば!!」
「何で分かった!?エスパーか!?
あっ魔法使いか。成る程。」
「リュウノスケふざけてる場合じゃないよー!また来てるって!」
再びまとまって行動する一部隊の鳥達が俺達に向かって飛んでくる。
防御すればきっとまた繰り返すだけだ…攻撃するしかない。
どうやら今度は俺を狙っている様だ…これはチャンスかも知れない。
あれを…使うしか無いみたいだな。
俺はそのまま向かってくる鳥達を正面に捉え…手に持っていた銃を右手に構え、それを支える様にして左手を曲げて乗せる…一見変わった構えに見えるが、それには理由がある。
実は…この銃を作ったのは単に自衛する道具が欲しかっただけじゃない。
俺が現実で鍛えた…あることを実践するためにも銃が必要だったのだ。だが…本当は使わないで済むことを考えていたが…まさかここで使うことになるとは思いもよらなかった。
それを知らないミッシェルやフィオラが、離れつつも俺に注意を掛ける。
「ちょ、ちょっとリュウノスケ!今度は格好つけてる場合じゃないよ!」
「リュウノスケさん!襲われてしまいます!逃げてください!」
俺は二人の忠告を聞くこと無く、目の前に接近するその集団を見据える。
自分でも分かる程の凄まじい集中力を、自分の体感と神経全てに繋げる。
これは一見すると無謀な姿に見えるかも知れない…だが、俺には自信があった。
そう、自分よりも早い物を撃ち落とす…叩き落とす事の出来る格闘術を、俺は知っていた。
襲い来るその集団の狙いは俺の身体を直線で襲ってくる…ならば、その直線から身体をほんの少しずらし、距離と速度を掴む事で鳥すら落とす技が世界にはあるのだ。
それを俺は…この土壇場で行うことにしたのだった。
「グァア!!」
その鳥の一匹が、獲物を捉えたと言わんばかりの声をあげた。フィオラ達もその声に反応し、こちらに振り向いて俺の名前を呼んだ。
が、心配はない。
捉えたのは…俺だからだ。
「知っているか?ロシアには軍人式特殊制圧格闘術…『システマ』ってのがあるんだ。俺はな、それの更に応用した俺流近接戦闘術を習得しているんだ。
名付けて…『ドラゴスレイ』…意味は"竜殺し"。
運が悪かったな鳥さん…。」
まずは一匹…迫ってきた戦闘の一匹を、身体をほんの少しずらしてその標的を右手に捉える。
そしてその推進力…羽の骨が繋がる部分に、その速度でさえ捉えることの出来ない早さで、右手に持っていた銃のグリップで殴打する。それは比較的軽い一撃…だが、それが速度によって引き上げられる。
これで一匹、そして次。
殴打した衝撃で力を緩め、クルクルと回転しながら手を離れた銃を左手に持ち替え、そのまま掴む際にずらした左肩辺りに突っ込んできた一匹を、まるで銃身で切り裂く様にして殴打した。
二匹…次は少し遅れて特攻する三匹だ。いや…そもそも遅れてなど居ない。
俺がスローに見えているだけだ。
目の前で二匹急に落とされたのを焦ったか、二匹上下に並んで飛んでくる…それを読んでいた俺は直ぐ様左手方面に身体を屈ませ、走り出すかの様な重心の体勢を取る。
その時には既に銃を右手に持ち替え、手をかなり下目に…小指で引き金を持ちながら銃口を構え…放つ。
器用に放たれた弾丸は、下側に居た一匹に当たり…衝撃弾だったが為に不幸な事か、下側で撃たれた鳥は上の鳥も巻き込んでぐるぐる回転しながら明後日の方向に飛んで行く。
これで四匹…最後は走った先に居た一匹だ。
目の前で瞬間的に落とされたのを見て更に焦ったか、減速して止まろうと翼を風の抵抗を受けるようにしてい身体を剥き出しにしている。
パラシュートの羽が降りるときや風を受けるときのあんな状態だ。それが俺には好都合だ…そのまま落とす!
低い体勢を保ったまま、右手で逆手に持っていた銃を、ナイフでも捌くかの様に…その静止しようと試みる一匹に、思い切り振り抜く。
微かな感触が手に伝わる。思い切り相手から見て左側から振り抜いた銃身は速度と、その接触した銃口部分の凹凸が更に威力を高め…俺が踏ん張って片足を上げてまで行った一撃は…その鳥を推進方向の直角方向に向かってぶっ飛ばした。
これで…五匹。
目の前に特攻してきた一部隊とも言えようか…その姿は何処にも無かった。
そして…俺は集中力を切ると、元の様に時間が流れるのを感じた。
スローモーションに見えるほどの集中力を使ったので、体には疲労感と脱力感が襲ってくる。
だが…これで五匹は仕留めた。
まさか役に立つ日が来るなんて思わなかった。
平穏で退屈なあの世界では起こり得ない事の為に、ゲームや軍人の真似事をして磨いたこの技術…退屈な日々が唯一与えた俺への力…現実で得た、ノーリアリティな反則技だった。
ほんの数秒の出来事だ、だが…それによって、この防戦一方な状況は一変する事になったのだった。
その光景を見た他の群衆は、それまで行っていた攻撃を急に止め、一旦後ろに後退し始めたのだ。
この俺を…まるでおぞましい悪魔を見ているかの様な表情を浮かべながら。
「えっ!?今…一体今何があったの!?」
「り…リュウノスケ…さん?」
彼女達の声が、昂る俺に響いた。
鳥達を睨み付け正気を失っていた。
その高度な戦闘による…"ハイ"の様な物だ。
「…!しまった!力を入れすぎたか!?」
周りには俺が撃ち落とした鳥達が転がっている…どうやらまだ死んでは居ない様だが…。
それに正気を取り戻した俺はどうやら、自分でも気付かない内にとんでもない表情をしていた様だ…レディに良くない物を見せてしまったな。
「あ、ああごめんな!大丈夫だ!悪いものを見せちまったな!」
「い、いえ…でも血が出て…?」
「違うよ…これは返り血だ、俺は無傷だよ。」
「あの量の鳥達を…今やっつけたってこと!?見えなかったよ!?」
「これは本当は生き物に使うべき物じゃないんだ、忘れてくれると助かるな…。」
ただただ得た知識の果て…興味本意で辿り着いた境地。
だけど、到底使ってはいけない物になったのを実感していた。
けど使わざるを得なかった…例え生命を奪おうとも、この二人と自分…そして後ろのこの巨鳥を守るために使ったと言えば聞こえは良いだろう。
だが、やっている事は"奪う"事だ。状況とは言え…俺は冷静に考えて後悔していた。
だけどその考えに反して、彼女達は素直にその現状を打開した俺の"技術"を評価した。
「凄いよ!普通の人間ならそんなことできないよ!」
「お陰でどうやら彼らの攻撃も収まって来たようです…リュウノスケさん、ありがとうございます!」
「ああ…だけど、撃ち落とした奴等は…。」
「大丈夫!そこら辺に転がってるのなら後で私が治療してあげるから!私だって見殺しにしたくないからね!」
「ミッシェル…次からは出来るだけ手加減する事にするぜ。」
「うん!だからそれは誇るべき"力"だと思うよ!どう思ってるか分かんないけど…素直にこの打開状況に喜びなよ!」
一瞬後悔したが…それが役に立っている様子を見ると、何だか救われた気がした。
力を込めすぎれば命を奪う危険な技術だ…とある漫画家も良く言っていたな。
『大いなる力には大いなる責任が伴う』…だったっけか?受け売りだが…それが今の俺には良く染みた。
だが、再び状況を見返すと、どうやら彼らは俺の攻撃にビビって下がりつつあるようだ…これは更なるチャンスかも知れない。
反省は後だ、"失う後悔"を背負うよりかは反省を待つ方がよっぽどか楽だからな。
俺は念のため、フィオラ達には下がる様に言った。
今度は俺一人で何とか出来そうだ。それに…今の"失敗"で実践のコツは掴んだ。
「さあ…次からは手加減してやる、少し痛いかも知れないが…やられたい奴から掛かってきな!!」
俺の挑発を受け取ったと言うべきか、またしてもその群衆は群れを成して襲ってきた…勿論、俺には全てだ。
それほどまでに驚異と捉えられたのは好都合だ…今度は"失敗"しない、出来るだけ傷つけない様に…更に応用するだけだ。
俺はこうして、その群衆の制圧を始めることになったのだった。




