第88話 ハルの願い
ハルはバネッサに膝枕してもらい頭を撫でられ目を閉じていた。
「ごめん。せめてハルだけでも出られたら。」
「おばちゃんに久しぶりに甘えてるんだもん・・・大丈夫。ねえ・・・、おばちゃん。」
「ん?」
「一個だけお願いしていいかな?ずっとやりたかったことあるんだ・・・。」
「何?」
「あのね・・・。」
「早く言いなさい。」
「お母さんっ・・・て呼んじゃだめかな。一回でいいから。」
バネッサは目を見開いて固まっていた。
ハルは恐々目をバネッサに送った。
「ずっと、呼べばいいよ。」
声と共に上から涙が降ってきた。
ハルは嬉しそうに目を細めて呼んでみた。
「お母さん。」
「何?ハル。」
バネッサは包み込むように優しくもう一度ハルを撫でて顔を上げた。耳に足音が入った。
「あ、良かった来てくれた。ばっちりだね。」
「あの足音は?・・・どういうこと?」
「もちろん『反抗期の息子』、だよ。」
ハルは体を起こし、柵のほうへ擦り寄った。
足音は確実に近づきそれが二人分の足音だと気付くまでにそう時間はかからなかった。
「大丈夫か?二人で殺し合いしてたのか?」
ルカの能天気な声が響いた。
「なわけないじゃん!遅いよお、愚図ルカ。あれ?その怪我、二人ともそれどうしたの?」
「あのくそむかつく奴二人でぶっ飛ばしてきた!すっげえ、スッキリしたぜ!」
砂まみれのルカは笑った。
二人の顔は腫れ口から血がでていた。
「ちゃんとお前の分も殴ったからな!」
自慢げに笑うルカがおかしくてハルはバネッサと顔を見合わせ笑った。
「まあ、まだいたぶり足りないけど?」
トウヤはシギから奪った鍵で扉を開けた。
「ハル。また怪我してる。どうしたのこれ?」
中に入ると、ハルの左腕の創傷に上から手際よく布を巻きつけた。
「なんでいつも一人で無茶ばっかりするの?いつも心配ばっかりさせられるこっちの身にもなってよ!」
「だって助けに来てくれるの分かってたもん。支えて頼るんでしょ?この言葉最近好きになってきた。」
「当たり前だ!助けるに決まってるだろ!」
ルカはハルの頭をげんこつで殴った。
「何で?」
すかさず言葉を入れたのはトウヤだった。するとルカは腰に手をあてて自慢げに答えた。
「んなもん、好きだからに決まってんだろ!」
「ルカ・・・。」
頬を赤らめるハルの隣で、噴出したのはトウヤだった。
一方ルカはトウヤの前で言ってしまった言葉に小さくなった。
「あ、あの。トウヤ、変な意味じゃなくてさ、仲間だし。好きってことで。」
「うん。俺もルカ好きだよ。」
「おお。俺も好きだぜ!トウヤ。」
バネッサは呆れたように息子に声をかけた。
「トウヤいいの?ハルとられちゃうわよ?」
「二人で俺に怒鳴られるそうだからね。それに・・・どんな鈍い奴でも気付くよね。」
ハルはその言葉で王城に進入してルカとキスした時のことを思い出した。
「ごめん・・・。聞いてたんだ、あれ・・・。」
「大丈夫。ショックだけど、怒りはないよ。ハルのおかげで暗部にいたときでも俺は一人じゃなかった。ハルが俺に話しかけてくれてたから・・・。」
「だってトウヤいつも一緒にいたんだもん。」
「そうだね。離れていても心は一緒だね。」
トウヤとハルは双子のように顔を見合わせて微笑みあった。
「一体脱走にどれだけの時間かけるんだ?本当ならとっくに捕まってるぞ。」
シギは壁に寄りかかっていた。
白い服は砂の上を転がったせいで茶色に変わっていた。
「派手にやられたねえ。」
ハルがシギの顔の腫れを見て笑うとシギも鼻で笑った。
「こいつら痛い所ばかり狙いやがる。」
「それだけシギには恨みがあるんでしょう。」
ソウマも後ろで笑っていた。
「さ、行きましょうか。」
皆が階段を上がってゆく中、一番後ろを歩いていたハルはその場に立っていたシギに声をかけた。
「ありがとう。」
「何が?」
「色々。シギはいつもみたいに裏で頑張ってくれたこと。」
「何のことだ?」
「・・・あたしを暗部が見張ってること教えてくれて、命助けてくれて・・・。っていうより・・・逃げ出したときは私自身を助けようとしてくれた。シギも大好き。大切な仲間だよ・・・。本当にありがとう。」
「勝手に言ってろ。」
シギは顔を反らし髪をかきあげた。
ハルは赤くなったシギを見なかった。シギはほんの一瞬崩れた顔を元に戻して階段を登った。




