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「ふーん。リア様さあ、調子よく仕切ってっけど。さっき自分でも言ってた、無実の証拠ってのはないわけだよね。それじゃ今後の対策はよくても、今日起きたこの件を解決とするには、ちょーっと片手落ちじゃねえ?」
私が振り返ると、ダンテが腕組みしながら微笑を浮かべている。
「そうですね。実質不問にしましょうって言ってるわけですから、これじゃ収まらないですよね。ただで済ませるわけにはいきません」
「ほお。じゃあどうすんのかな、リア様は。あなたがこの件、お預かりになるんでしょうか?」
「ええ。私がお預かりします。もちろん、目に見える形で、私自らリスクを負うことで父上のご容赦を請いましょう」
ダンテが口笛を鳴らした。
「リスクねえ。どんな?」
私は、イトラのほうを向いた。
「イトラお姉様。お姉様は、あと一年もしないうちに胤の後宮に入る。そうですね?」
「え、ええ。そうですわね」
今度は私は王様を向く。
「父上。その後、油断した胤の隙を突いて攻め込む。そうですよね?」
「うむ。その通りよ」
今度は王妃に向かって。
「でも本当はみんな、イトラお姉様に胤の地を踏ませること自体、本当は屈辱だし心配だしでがまんならない。そうですね!?」
これには王妃をはじめ、周り中がうなずいた。
私は、その場の全員に問いかける。
「それはそうとみなさん! 私、表情とか態度さえどうにかすれば、お姉様ほどではなくても、だいぶなかなり結構とっても、顔がいいと思いませんか? そして私とお姉様は、意外に顔が似ているんですよね! そうですね!?」
あたりは、しん、と静まり返った。
それからぽつりぽつりと、「まあ……」「あの悪人めいた表情がなければ……」「顔だけなら……」「似てはいますねえ……」という声が聞こえてくる。
なお「顔だけなら」と言ったのはリアの母親である王妃様だったのがあれだったけど、この際置いておこう。
ダンテが、「それで結局なにが言いたいんだ、あんた」と半眼になる。
私は、ぱんと平手で胸を叩いて言った。
「どうでしょう、みなさん! ここは私が、イトラお姉様のふりをして胤の後宮に行きます! そのリスクと引き換えに、アゾの件は私に預からせるようご容赦をください! これが、どうにもアゾが、料理長もですが、話を聞く限りとてもお父様を害そうとしたとは思えない私が思いついた、責任の取り方です! 八方丸く収まっていると思いませんか!」
あっけにとられた様子で、国王が
「な……!?」
と口を半開きにする。
また、ダンテも目を見開き、「はあ……?」とつぶやいた。
煽るための「はあ?」ではなく、心底驚いたという様子の「はあ?」だ。そのあと小声で「丸く収まってるわけねーだろ……」とうめいたのも聞こえた。
王妃とイトラは、どちらも絶句している。ついでに、アゾも。
しばしして。
夕食の場は、その場にいた全員の「はああああああ!?」という叫びに包まれた。
■
翌日。
「で、リア様。なんのつもりなんだよ? あの無茶苦茶でばかっぽい提案は?」
「……ダンテって、王族にもそういうしゃべりかたするけど、誰からもなにも言われないのですか?」
城内の廊下の一角で、私はダンテに口をとがらせて言った。
横では、ホールからついてきていたアゾがはらはらしたように私たちを見ている。
「今のとこね。あんたも、おれやホウメイにはかしこまったしゃべり方する必要ねーよ。記憶喪失前はずっと命令口調だったし、平常語で話しなよ」
「ずっと命令口調って、難しくない……? ま、まあいいか。じゃあ普通にしゃべらせてもらうね」
「どーぞ。で? なんのつもり?」
「なにが?」
ダンテは、つかつかと私に歩み寄ると、私の手の中にあったリストを取り上げた。
横にいたアゾが「あっ?」と声を上げる。
「こんなもん作るのに、王女様御自ら駆けずり回ってさ」
「だって料理長は忙しいし、アゾが一人で聞いて回ったんじゃ、大臣とかはうるさがってちゃんと答えてくれないかもしれないじゃない」
そう言いながら、私はリストを取り返す。
アゾは退職前の最後の仕事として、城内の人間のアレルギー表を作ることになった。
……のだけど、さすがにメイドが一人で聞いて回ったところで、成果ははかばかしくはない。この作業は王の許可は得たけど、王命ではない。
そこで、私が一緒について回っているのだった。
効果はてきめんで、みんな私の顔を見ると一瞬嫌そうな顔を浮かべるのだけど、要件を言うと「なんだそんなことか」と言わんばかりに顔の緊張を解いて教えてくれた。
複雑ではある。複雑ではあるけど、話が早い。
そのあたりを説明しても、いまひとつダンテは納得してくれないらしい。
「だってさ、記憶がなくなったら性格も変わるってのがなーんかおかしいよなー。中身が入れ替わったって言われるほうがまだ納得いくんだよな」
ぎく。
「いいじゃない、みんなの役に立ってれば。さ、次行こうアゾ」
私はアゾの手を取って、城内のティースタンドで一服しているはずだという農政官のところへ向かう。
さすがにダンテは、ついてまでは来なかった。
角を一つ曲がると、私はアゾに言った。
「もう、ダンテったら。これくらい放っておいてくれればいいのに」
「あの……失礼ながら、私も、リア様のお変わりようには驚いてます」
「うっ。そうなんだ。そっちにダンテが引っかかってる分には、それでいいんだけどね。アゾの疑いが晴れてないんなら、困るなあ」
「それは、……たぶんなんですけど、ダンテ様は私のことは信じてくださっていると思います。この間は、お役目上私を詰問しないわけにはいかないからそうされていただけで」
「え、そうなんだ? どうしてそう思うの?」
アゾが立ち止まり、視線を斜め上にさまよわせる。
「私の故郷、野盗とゴブリンに立て続けに襲撃されて、……集落が一つ潰れてしまったんです。村の収入源はビルゾールくらいしかありませんから、私と弟を養うだけの余力がある人はいなくて、私は娼館に入る一歩手前でした。そこを、巡察に来ていたダンテ様が助けてくださって、それでこの王都まで越してきたんです」
「へえ……。いいとこあるんだ、ダンテ」
「はい。ご自分が連れてきて、その後お城のメイドになった者があんな不祥事を起こしたわけですから、甘く接するわけにはいかないですよね」
だからって、と私が言いかけた時。
「まったくだよね。おれの顔潰れる寸前だったわ。あの、子ゴブリンと見間違えそーなくらい薄汚れてた子供なんぞ助けたせいでなー」
……。
いつの間にか私たちの真後ろに、さっき別れたはずのダンテが立っていた。
「だ、ダンテ!? いつの間に!?」
「この城の中で、記憶喪失のお姫様の先回りするくらい余裕だよ。……ま、そんなわけでリア様には一つ借りができたわけだけど。それにつけても、その変身――変心ぶりが気になるね。だからつい訊いちゃうんだよな。なにか腹づもりがあって、そんなかいがいしいことしてんじゃないかなって」
私は人差し指でかりかりと頭をかき、
「別に、かいがいしくしてる気はないけど。前は週五で働いてたわけだから、することがないと落ち着かないだけで」
「ああ? しゅうご?」
「あ、なんでもないっ。じゃ、私たち急ぐから――」
「待てよ」
たん。
と、ダンテの手が私の前をふさいで壁についた。
正面からではなく横合いからだけど、変形の壁ドンである。
「な、なに?」
「なんでイトラの身代わりまで引き受けた? おれたちはいいよ、あんたが行ってイトラが残れば、全員万々歳だ。あんたが胤で偽物のイトラだってばれるころには、おれたちは胤の首都に攻め込んでるだろ。ただ……」
「ただ?」
「自由は奪われ、代わりに危険ばかりの役割だ。おれたちの侵攻が遅れるか、あるいは負けちゃったら――あるいはあんたが下手打って替え玉が露見したら、下手したらあんたの命はないんだから。あんたが、メイド一人の過失のためにそこまでする意味が分かんねーよ」
ダンテが、ちろりと私をにらみながら続ける。
「なんでだ。どうして、そこまでする? この間初めて会ったばかりの――記憶があったころは顔くらい合わせてただろうがよ――メイドのためにってのは、通らねえよね」
それは、そうだ。
私はそんなにいい人じゃない。
「……もちろん。私、そんなにいい人じゃないよ。誤解させちゃってたらごめんね、アゾ」
アゾがぶんぶんと首を振る。
「い、いえ。私は充分助けていただいてます!」
「私ね。この世界に、すごく大切な人がいたんだ」
「へえ? ……過去形じゃん」
「うん。今はもういないから」
「……そうかよ。王女様でも、そりゃ浮いた話の一つや二つあるよね。どこかの王子様か? 紛争にでも巻き込まれたかな?」
私は、あきらめたような笑顔で答える。
「ううん。分からない」
「分からねえ?」
「うん。……ハンザも、セルリアンも、ディオキサー・ジンも、ペインも、……」
ダンテが眉根を寄せた。ついでに、アゾも。
「……想い人がずいぶん多くね?」
「想い人じゃないんだけどね。それだけじゃないよ。マルガニーラも……アリザリンも、ピロールも、ヴァイスマスさえ、もういない。みんな、みんな、番外編含め、各シリーズの私の推したち……」
「シリーズ? オシ?」
ダンテがアゾと顔を見合わせた。アゾが、私もなんの話か分からないとばかりにぶんぶんとかぶりを振る。
そんな彼らをよそに、私はぱっと両手を広げた。
「みんな、もういないの! ……別大陸まで乗り込んで探せば、痕跡くらいは見つかるかもしれない。でも私は彼らの思い出を一人でしのぶより、彼らの生きた世界を、たとえ遠く離れた場所でも、今よりもっと素晴らしいものにしたい。泣く人が一人でも減って、笑う人が一人でも増えるように」
ダンテが首をかしげながら訊いてくる。
「……そのためならアゾのことは助けてやるし、イトラの代わりも務めてやるっての?」
「そ。だってどう考えても、イトラお姉様のほうが国民に愛されてるんだもん。それに引き換え、私は誰からも愛されてないし、私が愛する推しももういない! すごい! 推しがいないってことは、推しが死ぬこともないよね! そうと分かってても沼に堕ち続けた私! 今こそ、私の魂を救い続けてくれたこの世界のために、無私の精神で尽くすべき時!」
もちろん、推しがみんなこの世を去ったグロファンの元の世界に、寂しさは感じる。
でも「死神」の通り名を持つ私としては、愛する人がいない代わりにその人たちを失うこともないというのは、一種の福音でもあった。
……我ながら、かなり後ろ向きだけど。
ともあれ、ダンテとアゾが、なにか見たことのない生き物を見るような視線で私を見つめ続けたこの日から一週間後。
私と一緒にアレルギー表をまとめ終えたアゾは、三十人ほどのメイド仲間に見送られてお城を後にした。
アゾについては、これまでの仕事ぶりによって真面目さが評価され、ほとんど毒殺疑惑はぬぐわれて、退職金も無事もらえたという。
名ばかりの監察は、つくけれど。
最後は、アゾはちょっと泣いていた。
そして何度も私にお礼を言って、贈られた花束を抱えて馬車で去っていった。
馬車が見えなくなっても私と並んで手を振っていたシエンナが、小声で言った。
「ずいぶん、アゾに肩入れされていたようですね。なにをお考えなのです?」
「なにって。そうしたほうがいいかな、と思うことをしただけだよ」
「……メイド全員に、親しく接することはできないでしょう。平等にしなければ、特別扱いは不和を呼びますよ」
「きれいごとかもしれないけど。私は、全員を特別扱いするよ。それが私の平等。みんなにも言っておいて。……ううん、私から言ったほうがいいか」
シエンナが黙ったのでそちらを見たら、驚いたようで絶句していた。それから気を取り直して、こほんと咳払いする。
「……リア様のお言葉をうかがって、ますます、なにをお考えなのか分からなくなって参りました」
「あはは、ちょっと大げさになっちゃったけど。ただ、前に思ってたことが、今ならできるかもしれないって思っただけなんだ」
人並み以上の権力も実力もない会社員時代に、そうしたいと思ってもなかなかできなかったこと。
それが、今の王女という立場なできるかもしれない。
それになにより、一度死んだことで開き直れてしまっている。
ただ、戦争となると穏やかではないけれど……。
「ね、シエンナ。前に何人かからは聞いたことがあるんだけど、イトラお姉様の後宮入りのこと、みんなはどう思ってるの?」
「イトラ様の件ですが? それは、当然――」
そこで、「イトラ」と「後宮」というキーワードを聞きつけたメイドのみんなが、一気に私のところへ殺到して首を突き出してきた。
「当然!」「反対!」「反対ですよ当たり前!」「大反対~!」
圧倒され、危うくしりもちをつきそうになる私。
シエンナが右手のひらを見えないお盆を持つように仰向けにして、
「ごらんのとおりです」
と苦笑する。
分かってたけど、あ、愛されてるなあ、イトラ。
メイドの一人、両手を握りこぶしにして言った。
「イトラ様を胤にさらわれるくらいなら、軍を動かせばいいんですよ! ハウザールの軍隊は、強力だって有名じゃないですか!」
おお。そこまで思っているなんて。
別のもう一人も続く。
「そうですそうです! いったいなんのための軍隊なんですか! 守るべき国の宝を守るべき時に、戦わないなんて!」
王女とはいえ個人を守るために軍を動かそう、というのはどこまで本気で言っているのか分からないものの。みんなのイトラへの思慕は痛いほど伝わってきた。
たぶん、武力を使わずに今回の問題を収束させることは困難なんだろう。でもできれば、本格的な戦争は起こさずに済ませたい。
現代日本と比べてグロファンは戦争が身近な世界だけど、地球で起きていたどの戦争を見ても、起きないほうがいい戦争が大半だったはずだから。グロファンだってきっとそうだ。
この場所で、今の私には、なにができるだろう。
それはそれとして、ちょっと確かめておきたいことがあり、私はお城の近くの小川に寄った。
杞憂かもしれないけれど、一応確認は必要だ。
シエンナが「なんの用がおありなのです、川などに?」と不思議がりながらつき添ってくれ、私は「まあまあ」と言いながら川を覗き込んだ。
そこには、青い色のきれいな小魚が泳いでいた。転生直後、この小川の近くで隊列が足を止めた時、同じ魚を見たことがあった。その時、きれいな魚だなと思ったんだった。
そして、今。
私は、すうっと息を吸い込んだ。
「わー、きれいなお魚! 色もサイズも、すごくかわいらしくて最高だな~! これはもう、推さずにはいられないよ~! 魚界のアイドル! この川の尊さのヌシ! 推しも推し、この世界で最初の推し~!」
「……リア様……?」
面妖なものを見たような顔でそう言うシエンナを傍らに、私はひとしきり騒ぎ続けた。
すると。
ぷかりと。
「リア様……その魚、今浮かんできませんでしたか……?」
「うん……たった今、死んじゃったみたいだね……」
「川から離れてください、リア様。……この魚、腹に白い斑点が浮かんでいます。病気のようですね」
「うん……かわいそうなことしちゃったな……ごめんね……」
「? なにがです? リア様はなにも……たまたまでしょう?」
「たまたまか……そうだね、たまたまかもしれない。もう一度だけ、試してみようかな」
今度は私は、近くに生えていた木を見やった。
ひょろりとしているけれど樹高は五メートル近くあり、それなりに茂った大樹だ。
私は人並み以上に自然を愛しているわけじゃないけど、植物を見ているとほっとするような、癒されるような気持にはなるし、好きな花もある。
これは何の変哲もない木だけど、それだけに、日本でなにげなく生えている道端の木を思わせてくれて親近感が湧き、好感が持てた。
「わーこの木! スリムボディで細マッチョって感じ! 私筋肉はそんなに好きじゃないけど、均整の取れたプロポーションて魅力的だよね! いやー里心っていうの? そういうの湧いちゃって、心が癒されるわ~! もうこの木、私の推し! 推し推し~!」
「……リア様……?」
ぞっとした様子でつぶやくシエンナ。
その声が終わるかどうかの時に、みしみしという音が響き始めた。
「リア様! 危険です! こちらへ!」
私に推された木の幹は、みるみるうちに縦に裂け目が入り、枝にとまっていた野鳥が一斉に飛び立った。
すぐに木は真っ二つに割れ、地響きを立てて左右に落ちる。
シエンナに手を引かれた私は、自然に、木に手を合わせた。
「なんですかリア様、そのポーズは。しかしこの木、内側がだいぶ腐っていたのですね……危ないところでした」
「そうだね……危ないね。お魚と木には悪かったけど……いや、偶然かもしれないけど、そうじゃないかもしれないから……。この世界は三次元じゃなく、二次元ていう扱いなんだな……なら私はやっぱり……誰も推しちゃいけないんだ……」
グロファンのもとになった世界とはいえ、グロファンとは別の世界。
だから大丈夫だと思った。
でもそれは甘かったのかもしれない。
この世界でも、私の「死神」は健在なのかもしれない。
……ちょっと極端なくらいに。
さすがに人間で試すわけにはいかないけれど、私は死神なんだと自覚して生きていくべきだろう。
万が一にも、私が推したせいで誰かが亡くなったら、しゃれにならない。
それを思い知りながら、けれど私は、心から安堵した。
「リア様……今度は、なぜ笑っているのです……?」
怯えを含んだシエンナの前で。
私は死神であり続けながらも、推しがいない――イコール推しを死なせてしまうことがない――という最高の僥倖を、全身で噛みしめていた。
やった。推しがいない。
ずっと憧れていたグロファンの世界。その上で安心安全、私が死神として誰にも不幸を振りまくことがない世界。
ありがとう神様、と胸中で何度も叫ぶ。
私は、最高の世界に転生したのだ。
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