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「なっ……!?」
絶句したのは、私だけでなく行商人の夫婦もだった。それはそうだ。
身分には差があるのかもしれないけど。それにこのダンテという人は私にだけじゃなく、どうやら誰に対してもこんな態度らしいけど。こんな言い方はひどい。
「こ、こいつはお戯れを。おれも女房も、口に入れるもん扱ってますからこれでも身ぎれいにしてるつもりですよ。もちろんこのカップも清潔です。飲んでみてくれりゃ分かりますって」
男性は、トレイをぐいっとダンテに差し出した。けれど足元のくぼみにつまづいて、トレイごとカップをひっくり返してしまう。
カップの中の液体が、ダンテの乗るフェイルーの足元に散った。しぶきが少し、フェイルーのひづめにかかったようだった。
ダンテの顔色が変わる。
「……てめ。おれの騎獣に……」
「い、いえ、これは……とんだ粗相を……」
男性が後ずさる。
そしてダンテはなんと、腰の剣を抜いた。
刃に太陽の光が反射して輝く。
「ダンテさん!?」
「死ね」
なんのためらいもなく、ダンテはフェイルーを駆って一瞬で男性との間合いを詰めると、剣を振り下ろした。
ざん、と音がして、男性は地面に転がった。
「き……きゃあああああ!?」
私の口から悲鳴が上がった。
宙を舞った赤い血の帯に、霧のような血しぶきが後を追う。
もちろん私は、そんなものを見るのは初めてだった。
手を口に当てても、叫び声を止めることができない。
ダンテはそれをうるさそうに一瞥して、奥さんのほうに向き直った。剣を構えたまま。
「ひ、ひっ……ひえ……」
私は必死で、奥さんに叫ぶ。
「に、逃げてくださいっ!」
奥さんが、くるりと振り返る。
けれどその背中を、ダンテが無造作に切りつけた。
「ぎゃあっ! た、助けて……」
それが彼女の最後の言葉だった。軽く振ったように見えた剣の一撃は致命傷だったようで、奥さんはぱたりとその場に倒れてこと切れた。
私は、すっかり平静をなくして馬車を降り、ダンテに詰め寄った。
ダンテがこちらを振り向き、珍しいものを見るように片眉を上げる。
「なにか? 王女殿下」
「な、なにかじゃないでしょう!? 飲み物を騎獣の足に少しこぼされたくらいで、こんなのひどすぎます! ……あんまりです! 人でなしっ!」
けれどダンテは冷ややかな表情を変えず、夫婦の遺体をあらためている部下に声をかけた。
「だそうだけど。どう? あんまりだったかな、おれ?」
すると、さっき日付を教えてくれた兵士が答えた。
「いえ。やはりこの男女、中央国で指名手配されていた、毒使いのバルミ夫婦ですね。見てください、カップの中の液体は毒性が強い代わりに空気に触れるとすぐ茶色に変色する、メミッチ薬の一種と思われます。ご騎獣のひづめを、拭いておきますね」
……え? 毒?
ダンテが肩をすくめて言った。
「だよなー。こいつら毒使いのくせに有名すぎて顔が割れてるってのに、堂々と出てくるなんてなめてんねえ。早く毒を飲ませようとして一生懸命だったしさ。明らかにおれを狙ってるわ、停車は無理矢理だわ、言葉や服装は微妙にこの辺のもんじゃないわ、仕事が粗すぎだよねー」
「え? え?」
戸惑う私をよそに、二人は会話を続ける。
「樽の中身は本当に酢の果汁割りのようです。カップに毒を仕込んでいたのでしょうね、樽を検閲されてもいいように。」
「おおかた、司法取引で無罪をちらつかされて、おれの暗殺を命じられたんだろーけど。たぶん期限つきだったから焦ったんだろ」
「では詳しいことは、これから調べます。……ダンテ様は、彼らの裏に糸を引いている者がいるとにらんでおいでなのですね。中央国の宦官が、罪人を使って我らのような従属国の有力な将軍や政務官を暗殺しているという噂、……」
「あながちでたらめじゃねえかも。終わってるよねー、中央は」
タイミングも威勢もなにもかも失った私は、それでもなんとか、訊いてみた。
「あ、あの……もし今の飲み物って、飲んでしまったら」
「ん? ああ、飲んだらねえ。毒の種類が正確には分かんねーし、まあ症状から見当はついても持ちあわせの解毒剤が効くとは限らねーから、まあたぶん死ぬんじゃねえかな」
「毒消しの魔法……は……?」
さっきエルワープの話には参加していなかったダンテに、一応訊く。
「ああ? マホウ? そんなもん、魔力源が存在する地域でしか使えねーに決まってんでしょ。この大陸じゃ無理無理、海の向こうの向こうとか行かねえと。誰も行ったことねえけどさ、そんなとこ。いい歳して夢みてーなこと言ってんなよねー」
嘆息するダンテに、どんどん声が小さくなってしまう私は、おずおずと歩み寄る。
「あ……あの?」
「ん?」
「つまり今の人たちは、……悪い人たちだってことですか?」
「んー、おれたちにとってはね。暗殺者だからさ、要は。でもまあ小物の部類だし、手段を選ばないようなやつは敵じゃねえけど。結果主義とか、成果さえ出せば手段は問わないとか言ってるやつって、そろって無能ってのがお決まりだよねー」
ダンテはそう軽口を続けるけれど。
私はがばっと頭を下げた。
「……ご、ごめんなさいっ!」
「……へ?」
「私、事情も分かってないのに一方的にひどいこと言って! し、しかも暗殺されそうだったなんて、それなのに私……」
目を閉じてから、おそるおそるダンテの顔を見上げると。
彼は、信じられないものを見る目つきで、絶句していた。
「あの……ダンテ、さん?」
ダンテが、目を見開いたままつぶやく。
「あや……まった?」
「はい?」
ふと気づくと、周りの騎士たちも、あっけにとられて私たち――いや、私を見ている。
……いま、そんな変なこと言ったっけ?
すると静まり返っていた騎士たちが、急激に騒ぎ始めた。
「謝った……嘘だろ……」
「謝ったぞ……ばかな……」
「あの! リア様が! 謝ったああああああ!」
……どんな人間なんですか、この体のもとの持ち主は。
さすがに神様にそう問い詰めたくなる。
でも、そういうのもひっくるめて、今となっては全部泣き言だ。
今はこれが私の体、私の人生。
覚悟を決めるんだ。
「……ダンテさん。みなさん。私、記憶喪失になる前は、結構な問題ある人格だったようですけど。……いえ今も、決して大して高潔な人間なんかじゃ、全然ないんですけど――」
いまだに「私」という人間がどういう存在なのか、ろくに分かってはいないけど。
これだけは誓おう。
「――これからは心を入れ替えて、まじめにマトモに生きます! なので、どうかどうか、よろしくお願いいたします!」
■
お城までの帰り道は、それまでに比べればまるで平穏だった。
途中、別の部隊が現れて騎士団に合流した。
ダンテが手を挙げて、その先頭にいたリーダーに合図する。
どうやら向こうも騎士団の一隊らしい。
「おー、ホウメイじゃん。どうだった?」
馬車の窓から見えたホウメイという青年は、ダンテよりもやや幼い顔立ちをしている。
二つの部隊が一緒に進むために一度行軍が止まり、私の馬車も停車したところで、ホウメイが私のほうに騎獣にのってやってきた。
ダンテのそれよりも小柄なフェイルーだ。
馬車にのせておいてもらって、文句があるわけじゃないんだけど。
やっぱり憧れるなあ、フェイルー……。王女なら、なんとかして乗れるチャンスがあるかもしれない。
そんなことを考えている間に、ホウメイが私の馬車のすぐ横にフェイルーをつけ、地面に降りた。
「リア様、ご無事でなによりです。ここからは我々の隊も加わらせていただきます」
あれ、と思った。近くで見ると、短い髪と浅黒い肌、それに顔だちもダンテにそっくりだ。
ダンテのぞっとするような美貌と違って、少しあどけないし背も少し低いように見えるけれど、ホウメイもかなりの美形だった。
さっきの二人の気安そうな感じからして、もしかして――
じゃない、挨拶してくれたんだった。
私は慌てて馬車を降り、にこにこと笑みを浮かべているホウメイにぺこりと頭を下げる。
「初めまし、……じゃないんですよね、ああどうしよう……私はえっと」
その時、ホウメイの青い鎧の肩に、騎獣のものらしい毛がひとふさのっているのが見えた。
私はそれを払おうとして、ふっとホウメイの肩に手を伸ばす。
するとその手が、ホウメイにばしっと振り払われた。
「あ、痛っ!?」
鎧の小手で打たれたので、結構痛い。
けれど、少年らしさが残っていたはずのホウメイの顔から一気に笑顔が失せ、まるで敵を見るように険しくなっているのを見て、私は完全に気圧されてしまう。
「……失礼、リア様。ですがわざわざ馬車を降りてまで今度はどのような悪さ――もとい、かわいがりをしていただけるのかと思うと、ついとっさに。お許しくださいますね?」
「え……と。は、はい……?」
その時、新たなフェイルーの鼻先が、私とホウメイの間に差し込まれた。
それにのっているのは、もちろんダンテだ。
「おいホウメイ、勘弁してやれよ。信じられねーかもしれんしおれはまだあんまり信じてねーけど、リア様は記憶喪失なんだってさ」
「……記憶……喪失? ですか? 兄上、それを信じているのですか?」
あ、やっぱり兄弟なんだ。
いや、今はさっきにもましてそれどころじゃない。
「そ、そうなんです! だから、今まで私ってかなりご迷惑をかけてきたんですよね? だけど、」
私がそこまで言ったところで、ダンテが、鼻を鳴らしながら後を続けた。
「だけどこれからは、まじめにマトモにお生きあそばすんだってよ」
ホウメイが、「まじめ……マトモ……リア様が……?」と口の中でつぶやくのが見える。
まるで、初めて難しい四字熟語を耳にして困惑している子供のように。
こういう場面が、これから何度もあるのだろう。
人間関係、煮詰まった時は自分から差し水……というのは、新人研修の時に教わったんだったな。
まして今は、新人中の新人同然だ。
「あのそのそういうわけで、私から自己紹介できないのが申し訳ないんですけど……なにしろ、璃杏・ハウザールっていう名前すらみなさんから教えてもらっている状態でして。よろしければ、ホウメイ、さん? のこと、教えていただけませんか?」
「……僕は、ダンテ兄の弟で。騎士団第二軍の使い走りでお荷物の、ホメホメホッポクラパッパ・プップカピー・ハルキリンガムと申します」
「あ、ありがとうございますっ! ホメホメホッポクラパッパ・プップカピー・ハルキリンガムさん、愛称がホウメイさんなんですね! え、でも使い走りとか……なんて、全然見えませんでした。先頭にいらっしゃいましたし……私、疎くてすみません。この国だと、軍隊ってそういうものなんですか?」
すると、ホウメイはゆっくりとダンテを見上げた。
「兄上……? これは、まことで……?」
「な。芝居に見えねーだろ。だからひとまずほっといてる」
ホウメイはきまり悪そうに頭を指先でかくと、咳払いしてから言ってきた。
「失礼いたしました。僕は、崩明・フシ・ハルキリンガム。ダンテ兄の三歳下、十九歳です。騎士団第二軍の団長を務めております。ホウメイとお呼びください。……基本的に、我々をさんづけでお呼びになる必要はありません。我々は、あなたにつかえる立場ですから。人によっては、むしろ侮辱と受け取られます」
「は、はいっ! ありがとうございます、ホウメイさん――ホウメイ。って、結構やりづらいですね、呼び捨てって」
私が照れ笑いすると、またホウメイが困ったようにダンテを見た。
ダンテは無言で肩をすくめる。
「……リア様、そのような事情とは知らずに、僕としたことが先ほどは失礼いたしました。なにか、毒でも盛られるのかと思い、ついとっさに。……よく考えれば、兄上が結婚するまでは、そんなたいそれたことをされるはずがありませんものね」
「結婚?」と私は聞きとがめる。「ダンテさん――ダンテって、結婚の予定があるんですか? 近々?」
それを聞いてのけぞったホウメイが、なにか答えようとしたけど。
その時、部隊の調整が仕上がった合図が前のほうからラッパの音で知らされた。
ダンテがフェイルーの首を翻して、軍の前方に行く。
「よし、行くよ。もう城はすぐそこだ、きれいに並んで入場しするよーに!」
ホウメイもすぐに自分の部隊のほうに戻っていった。
そうか。近いんだ、お城。
■
この世界で目覚めて、地方の風景を見た時もうれしかったけど。
さすがに私が「ファンタジー系のゲームに出てきそうな、中世ヨーロッパって感じのお城」として抱くイメージにかなり近いお城を目の当たりにすると、言葉にならないほどの感動が押し寄せてきた。
石造りの高い門をくぐり、石造りの街の大通りを、石造りの道に馬車で進んでいく。
そしてついに眼前に、重機もなしでどうやって作ったのか見当もつかない、巨大なお城が見えてきたのだ。
「うわああああ……白亜のお城、おっきい……すっごい……」
完全に観光客モードで酔いしれている私に、周りの兵士はややあきれていた。
でも、ヨーロッパはおろか海外旅行になんて一度も行ったことのない私なのだ。許してほしい。
それでも注意してよく見てみると、ぱっと見では中世の西洋風にしか見えない建築の中に、ところどころオリエンタル風の意匠や色使いが施されているのが分かった。
トルコとかに近いのかもしれない。トルコ、行ったことないけど。
大きな城門をくぐると、奥のほうに王宮が見えた。午後の日に照らされて、まぶしく輝いている。
その建物の上部はタマネギ状に丸くなってから先がすぼんでいて、やはりヨーロッパそのものではなくアジアの雰囲気がある。
馬車は、王宮の門のすぐ前に停まった。
兵士に手を取ってもらって、地面に降りると、出迎えに出ていた人たちが私に一斉に頭を下げた。
騎士団は、ここまで来る途中でいつの間にか、枝分かれして散っていったらしい。残っているのは、ダンテとホウメイ、そして彼らについている数十人の兵士だけだった。
ダンテがすっと私に歩み寄って、耳打ちしてくる。
「こっからの段取りとかも忘れてるわけ?」
「は、はい。私、これからどこに行ってどうしたらいんでしょう?」
「特に細かい決まりごとはねえから、夕食まで部屋にいれば? もともとあんたは、決まりごとなんて気にするやつじゃなかったしさ。部屋の場所やらなんやらは、そこにいるメイドに訊きな」
ダンテとホウメイは、お城の人となにかやり取りして、去って行ってしまった。
数時間とはいえ、この世界に来てからできた知人がまったくいなくなってしまうのは、少し心細い。
いや、こういう弱気はよくない。
私はさっそく、近くにいたメイド服の女性――私と同じくらいの年頃だ――のところへ行き、
「私の部屋まで、案内してくれますか?」
と頼んだ。
「え? あはい、もちろんでございます。こちらへどうぞ」
そう言って王宮の中へ案内されたけれど、メイドさんはすたすたと先へ行ってしまう。
まだ「記憶喪失」のことは伝えていないから、自分の部屋の場所くらい分かるだろうと思われているのかもしれない。……でもそれにしても、
「あ、あのっ。もう少しゆっくりお願いしますっ」
とうとう、私はそう口にした。
ただでさえ、着慣れないドレスと高いヒールのおかげでかなり歩きにくいのに、メイドさんはほとんど速足だった。
あれは、明らかにおかしい。
「あら。速かったですか? それは失礼いたしました」
振り返ったメイドさんの、冷ややかな目。
嫌われている。
これは、確実に嫌われているぞ。
「い、いえ。あの、私の部屋って何階のどのあたりでしたっけ?」
「……この先の階段を上がり、三階の南側ですが」
三階かあ。このドレスと靴では、大変だなあ。でもこれくらいは、慣れないと。
その後はなんとか部屋にたどり着き、部屋の中央に置かれたベッドに倒れこんだ。
メイドさんは、私を部屋の入口まで送り届けたところで帰っている。
白とピンクで彩られた天蓋つきベッドにまたも感動しつつ、そういえば部屋の中で天蓋をつけてる意味はなんなんだろう……カーテンを吊るすためとかだったかなあ、などと考えつつハイヒールを脱ぐと、一気に足が楽になった。
素足を絨毯に降ろすと、長生足に足が包み込まれ、くすぐったいような快感がある。
それにしても、この部屋にはジャージとはいかないまでも、部屋着とかないのかな。王女様って、外出しない時はなにを着ているんだろう。
とりあえずドレスを脱いでしまおうかと考えていると、ドアがノックされた。
脱がなくてよかった。下手すると、一人では着られないかもしれないんだから。
「はーい、今開けます」
両開きのドアを開くと、そこには、人形のように整った顔の、美しい女の人が立っていた。
私のシルバーブロンドとは違う、金髪のブロンド。
スカートが大きく幅のあるドレスときているけれど、背筋がまっすぐに伸びていてとてもスタイルがいいことが、服越しにも分かる。
顔だちの穏やかな人で、彼女の柔らかい微笑みを見ていると力が抜けそうだった。
その女性が、すっと私の手を取る。
「お帰りなさい、リア。無事お墓参りを済ませてきたのね。少しあのあたりが物騒だと聞いて、気が気じゃなかったの。元気に帰ってきてくれて、よかった……」
この接し方。それに、私は確か第二王女で。イトラという第一王女がいるはず。
ということは。
「お姉……様?」
「ん? なにか変だった? いけない、疲れてるわよね。ごめんなさい、こうしてあなたの顔を見たり、世話を焼けるのもあと少しだと思うと……。さっき給仕長に聞いたの、今日の夕食はリアの好きなものばかりよ。楽しみにしていてね」
そう言って、イトラは去っていった。
香水なのか、いい香りがまだ空中に漂っている。
なんか……
この世界に来てから、初めて人に優しくされたな……
ふと見ると、ドアが半開きなことに気づいて、ちゃんと閉めようと思いノブに手を伸ばす。
すると、隙間の向こうから、女の人のひそひそ声が聞こえた。何人かで内緒話をしているらしい。耳をそばだててみる。
「今の見た? イトラ様は、本当にお優しいわ」
どうやら、メイドさんたちのようだ。
「まったくね。リア様とは大違い」
「どうしてあの姉君で、妹君がああなるのかしら」
……イトラって、人望があるんだな。私と違って。
「ああもう、なぜイトラ様が行かれてしまうのかしら。中央の後宮なんて、リア様が行けばいいのに」
「本当に。どうせ国ごと支配されてしまうのなら、せめてそう――」
私は思わず、ばんとドアを開けた。
「あっ!? り、リア様!? ち、違うんです、今のは」
そこにいたメイドさんは三人。
さっきの、気の強い人は見当たらない。
三人が三人とも、完全に縮み上がってしまっている。
「お、お許しをリア様! これはそう、誤解、誤解がありまして!」
私は、瞬時に青ざめたメイドさんたちを――威嚇してしまわないように――一瞥して。
「……みなさんが、私について話していたことを気にしているんなら、いいんです。そんなことは。それより、教えてください。私、記憶喪失なので」
戸惑うメイドさんたちに歩み寄り、訊く。
「後宮ってなんですか? 今の人が――イトラお姉様が、後宮に?」
「き、記憶喪失? でございますか? は、はいそうです、イトラ様は遠からず、中央国である胤の後宮に入られるご予定です。少なくとも、ハウザールにおられる時間はもう、一年には満たないかと」
「……イトラって第一王女様ですよね? それが、ほかの国の後宮に入るんですか?」
「さようでございますが……リア様、お顔色がずいぶん悪いようですが……」
今の人が。
この、嫌われ者の妹にも優しく接してくれた、あんな優しそうな人が。
後宮?




