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私も男たちも、一斉に声のしたほうを向く。
いつから、いつの間にそこにいたのか。
石畳の上に、整列した十人強の一団がいた。
彼らは野盗の男たちと違って、よく手入れされた正式な青い鎧に身を包んでいる。
この格好は、騎士団だ。私が知っているのとは色も形も少しずつ違っているけど、この規律、威厳。絶対そう、どこかの騎士団。
声を発したのは、どうやらその中でもひときわ精緻な装飾を施され、けれど比較的軽装な鎧を身に着けた、リーダー格の男性らしい。
彼はただ一人、鹿のようなフォルムの、けれど馬のように鞍をつけてまたがれる騎獣に乗っている。あれは……
彼はさらに言う。
「武器を捨てて、おとなしく降参しな。じゃなきゃ皆殺しだけど、いい?」
すると、こん棒の男が憤慨した。
「なに抜かしてやがる! そっちこそ、この女を人質に取られたらお手上げだって分かってねえんじゃねえのか!」
しかし騎士団の男性は顔色も変えない。
「分かってねえのはお前だよ。第一王女ならともかく、その王女様が死んだところで悲しむ人間なんかどれだけいると思ってんだ? 野盗ずれに襲われて死んじゃいました、なんてことになったらむしろ喜ぶ国民が多いかもねー」
……間違いなく、私のことを言っていると思うんだけど。
なんだかとっても、扱いが悪い……というか評価が低いような。こんなにきれいなのに?
しかも彼の言葉には説得力があったらしく、野盗たちはうっとうめいてたじろいだ。
そ、そうなんだ。死んじゃってもあまり問題視されない感じなんだ、この体の人……
「よーし、観念したならおとなしく捕縛されな。手荒にはしねーよ、未遂なわけだしさ。分かった? じゃお前ら、ロープであいつら全員腕縛ってやんな」
その指示を聞いて捕縛用らしいロープを取り出した別の騎士団員が、リーダーに訊く。
「ダンテ様、縛るだけでよろしいのですか? 少々痛めつけておいたほうが」
「なーに物騒なこと言ってんの、いーよ縛るだけで。ほら早く、向こうさんの気が変わんねえうちにね」
抵抗をやめた野盗たちは、瞬く間に腕を後ろ手に縛りあげられ、足には鉄球のおもりがついた枷をはめられる。当然武器はすべて取り上げられ、完全に無力化した状態で、ダンテと呼ばれたリーダーがにやりと笑って言った。
「よし。んじゃ、二度とこんな舐めた真似ができねえように、一列に並べて適当にボコれ」
「なっ!?」野盗の一人が血相を変えて抗議する。「は、話が違うだろ!」
「ああ? 話? おれがお前らみたいなカスと? 悪いけどさ、おれ人間語しかしゃべれねーし聞けねーから」
騎士団が、本当に野盗を並ばせ始めた。
「ちょっちょっ! ちょっと待って!」
思わず止めに入る私。
ダンテがうるさそうに言う。
「ああ? ……なんでしょうかねー、お姫様?」
……本当に私が王女様で、この人が騎士団なのだったら。騎獣にまたがったまま、私を見下ろしながら話してくるのは――つっけんどんな口調といい――ちょっと変な気がするけれど。
「あ、あの。もう捕まえてるわけですし、そこまでしなくてもいいんじゃないでしょうか」
ざわ、と騎士団の人たちが一様に狼狽し始めた。
ダンテという人も、軽く困惑している。
「……リア様のお言葉とは思えねーな……ですね。どういう風の吹き回しだよ……ですか?」
「だ、だって、正当な罰以外で痛めつけるようなことをしたら、そのほうが人間曲がっちゃいますよ。騎士団――ですよね?――の指示にもおとなしく従ったわけですし、ここは穏便に、ね?」
ダンテは、いよいよあっけにとられたような顔になった。
「……なんだか、天変地異みたいなことが起きてるね。さっきは剣も振り回してたみたいだし。まあいい、ここはあんたの顔を立てましょう、リア様。おいみんな、ボコるのは中止。普通に連行してよ」
私は、ほっと胸をなでおろした。
ファンタジー世界では現代日本よりもいろいろな戦いが身近だけれど、できれば無用の暴力は見たくない。
「さ、それじゃ王女殿の気が変わらないうちに。お前ら、やれ」
ダンテの合図によって、騎士団から二人の青年が歩み出てきて、私の両腕を一人ずつがしっとつかんだ。
「わっ。あ、あの。私、なにか?」
騎上のダンテの目がすうっと細められる。
そして、低い声音で言ってきた。
「なにかじゃねえでしょ。王墓の巡礼の途中で『しんきくさくてつまんなーい』とか言っていきなり姿くらましやがってさ。今度やったら、王やイトラがなんて言おうがたたっ切るからね。分かったら、お前こそおとなしく運ばれてね」
そのあまりの迫力に、私はうなずくこともできず、ただ引きずられるように騎士団に連れられていった。
「よし、それじゃさっさと王都に帰るよー!」
ダンテの号令に、騎士団がそろっておうと答えた。
■
まだ日は高い。夕暮れまでは時間がありそうだった。
どこか(としか言えない)へ帰る道すがら、私は両脇を兵士にがっちり固められた馬車の中で、がたごとと揺られていた。
グロファンの世界には私たちでいう馬という生き物がおらず、この車を引いているのも黒い羊のような生き物なのだけど、運搬に用いる動物を総称して「馬」と呼ぶ。だからこの車も「馬車」だ。
三頭で車を引くこの羊も、ゲームの中で見たことがあった。
改めて。私は、グロファンのモデルになった世界にいるんだな……。
馬車の外を見ると、左手の窓の外はなだらかな丘陵が広がっていた。
右手の窓の外には、すぐそこにダンテがいる。私の様子を自分の目で見張りながら、騎獣の手綱を操っていた。
そう。騎獣。この鹿のような獣。名前は――
「なんだよ。フェイルーがそんなに珍しいかね?」
毒のある口調でそう言うダンテ。
でも私はそんなことは気にもせず、
「はあああ。本当に、フェイルーなんだ……すごい。歩いてる。揺れてる。息してるううう」
フェイルーはグロファンプレイヤーにはおなじみの、そして憧れの騎獣だった。
動きがしなやかで、体躯がすらりと美しくて、羊型の騎獣の三倍以上の距離を一ターンで移動できる。ただし積載量や個々の正確による制限があって、誰でも乗れるわけではない。
「あ、あの。そのフェイルー、なでてもいいですか?」
「ああ? 嫌だわ。あんたの汚れた性格が移ったらどーすんの」
……うすうす、どころかあからさまに感じてはいたけど。
この人、私に当たりが強いな?
そしてそれは特別奇異なことではないらしいというのは、ほかの兵士さんたちの様子からも分かる。
むしろ、もっと言ってやれくらいの気持ちでいるっぽい。
神様……転生はありがたいのですが、できればもう少しロールプレイしやすい好感度のキャラにしていただければ……
いや、贅沢を言っちゃいけない。本来はもう私はとっくに死んでいるんだから。
……いやでもそもそもそれも、神様がもう少ししっかりしていれば……
「いやいや! 違うよね!」
私が両頬を自分の手でぱんと挟んだので、両脇の二人が驚いた。失礼しました。
でも、後ろ向きになっちゃいけない。
神様の言ったとおり第二の人生を、できれば楽しく生きたい。
「あの、ダンテ……さん?」
前を見ていたダンテが眉をぴくりと上げて、私のほうを向く。
……今更なんだけど、落ち着いてみると、この人。
かなり格好いい。顔立ちはきつそうだけど、すっと通った鼻筋に細い顎。浅黒い肌に、金色の瞳。目が大きいので余計に瞳の輝きが目立つ。
眉のあたりまで前髪を伸ばしていて、後ろ髪はさらに長い。それも黒色ではなく日に当たると少し青色が入る黒髪なので、変に色っぽく見える。
……ただ、言葉遣いがやや、攻撃的すぎる気が、するけども。
「なんだよ、その呼び方。今度はどんな悪さを企んでんの? 血筋がよくて金があるバ……奔放な王女様ってのは、手に負えねえんだよね」
……ほら。
でも、ここで弱気にならないことだ。
今自分が知らないけれど知る必要があることは、ためらわずに人に聞くこと。
会社に入った時、真っ先に先輩から教わったことだった。気まずかろうがなんだろうが、割り切って、ちゃんと。
「実は。私、記憶喪失みたいでして」
「…………………ああ?」
首をかしげるダンテのその顔は、くだらないいたずらを仕掛けてきた子供を見る時の親のそれだった。無理もないとは思うけれど。
私は努めて、笑顔を作りながら。
「私、なんて名前でしたっけ。できればフルネームと、年齢と、略歴と、家族構成とかも教えてもらえるとありがたく……」
なんだか、人に自分の履歴書を書いてもらおうとしているようで、自分で言っていてなんだそれはという気がしてくる。
さらに、みるみるうちにダンテの顔が忌々しげに歪んでいくので、私の声はどんどんか細くなっていった。
「へえええええ。記憶喪失ねえ。なのに、おれの名前は知ってるんだ?」
「あ、それはほかの人がそう呼んでいたので。……あと、このあたりの地域――国の名前とか、あとそう! 今が帝国歴何年かも教えてほしいです!」
私がプレイしていたグロファンと、どの程度この世界が似ているのか。
グロファンは、シリーズ通して五十年近い歴史を体験することになる人気作品だ。これでもそうとうやりこんだので、場所と時代が分かれば、だいたいの状況や文化は分かる。
……正直、少しだけ、ほんの少しだけ期待してしまうのは。
グロファンのキャラのもとになった人たちなんていたら……その誰かと会えたりしたら、すごいなあ……なんて。
すると、絶句しているダンテと前のめりになっている私との間で、いたたまれそうになっていた兵士が、遠慮がちに答えてくれた。
「あの、あなた様は璃杏・ハウザール第二王女殿下でして。お歳は二十一歳、第一王女の衣都羅・ハウザール様の妹君です。そしてここはあなた様の領地、ハウザール王国の南端です」
「ハウザール……知らないな……?」
私のつぶやきに、両脇の兵士が小さくのけぞる。
グロファンで、私が知らない国なんてないはずだ。
ということは作中に登場していない国ということだろう。
さすがに、この世界をすべて写し取ったようなゲームを作ったわけではないだろうし。
大陸の中の大まかな位置が分かればいい。後で地図を見せてもらおう。
「あ、そうだ。それに今は何年ですか?」
私の問いに、ダンテはつき合いきれないという風に離れていく。
代わりにさっきと同じ兵士さんが答えてくれた。
「え、ええ。今は、帝国歴千二百年です」
と答えてくれたけど、それを聞いた私は頭が真っ白になりかける。
「せっ……せん、にひゃく……!?」
グロファンのなかでも最も先の時代を扱った作品でも、帝国歴は千年だ。
つまり今いるここは、それより二百年もあとの世界?
知っているキャラがいるどころじゃない。
その子供や孫より後の世代だ。
これでは、ゲーム知識をもとにそのまま穏やかに暮らしだすというのは難しいかもしれない。
「あ、あのっ! クラウディア王国って、ここから近いですか!? あとビリホリデイ公国とか、サラジェン赤色同盟とか!」
どれも、グロファンのメインシナリオの舞台になった国だ。
けれど、兵士さんは。
「いえ……どれも、聞き覚えがありませんね……。おい、誰か知ってるか?」
すると別の、いくらか年かさの兵士さんが、
「ああ、大海を二つほど経た別の大陸に、似たような名前の地名が……あったような、なかったような……。しかし交流もない別世界のような場所ですよ、あんなもの」
……めちゃくちゃ遠くっぽい……上に、本当に私の知っている国々だという確証も得られない……。
「そ、それじゃ魔法は!? 瞬間移動が使えれば、ひとっとびで行けるかも!」
その明暗に目を輝かせたのは、私一人だった。
「える……わーぷ……?」
「まほう……ですか……?」
兵士さんたちは困惑している。
魔法が……ない?
じゃあここは、剣と魔法の世界というより、地球の中世ヨーロッパとほとんど変わらない世界……なのかな?
分からない。分からないことだらけだけど、その中でも少しだけ分かったことは、私のグロファンの知識は全然助けにならないところにきてしまったらしいということ。
とりあえず、私たちが帰る場所は王都、そこにある王宮らしい。
王女の立場なら、地理や文化面の情報は手に入りやすいと思うし、いろいろ考えるのはそれからでいいかな。
なんてのんきに考えていたら。
馬車の外から、中年男性の声がした。
「おお、ハウザール騎士団ですか! お勤めご苦労様です!」
窓から見ると、ダンテの傍に、荷車を止めた男の人が駆け寄ってくるところだった。
道の外は草原になっていて、まばらに木が生えている。
半ばそこに乗り入れる形で停める分には、荷車一つくらいでは邪魔にならないようで、男性はいかにも当たり前のように「路肩停車」をしていた。
こういうの、取り締まるのと取り締まられないのとは、なにによって変わってくるんだろう。そうしたこの世界の常識を、早めに身に着けたい。
男性は、人のよさそうな顔でにこにこしながら言ってきた。
「この辺はモンスターはあまり出ませんが、野盗が多いので物騒ですから、気をつけて!」
すると、荷車の陰から今度は女の人が駆け寄ってくる。身なりからして、今の人の奥さんかなと思う。
「あんた、騎士団の人たちになに言ってんの! みなさんはあたしらの誇りですよ、いつもありがとうございます」
……ハウザールという国の様子も、この騎士団のことも私はまだよく知らないけど。
ずいぶん、地元の人に愛されてるんだな。
「はっ。そんな偉そうなもんじゃないけどね。ありがとよ」
あまり騎士団のリーダーらしくはない口調で、ダンテが手をひらひらと振りながら応える。
「あたしらこの辺の行商で食べてるもんだから、ほんとに皆さんのおかげで商売できてるんです」
「そうですわ。これ、あまりものですけどよかったらみなさんで」
男性は陶製のカップをいくつか取り出し、荷車に載った樽の蛇口からそこに薄黄色の液体を注いだ。
「果汁を果実酢で割って、水で薄めたもんです。砂糖を入れてあるので、疲れが取れますよ!」
木製のトレイに載せたカップを、うやうやしくダンテに差し出してくる。
ああ、なんかいいな、こういうの。
しかし。
「いや。そんな得体のしれないもの、おれはいらないから。あとね、くさいよあんたたち。それでよく騎士団の前に出られたね」
ダンテが鼻をつまむ。




