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「本当に申し訳なかった」
「……全くです」
明るい雲の上の世界で、私は、目の前で土下座している神様を半眼で見つめた。
白いローブのようなものを羽織った金髪の青年で、あまり威厳はないのだけど、地球とは別の世界を管理している神様――だかなんだか――らしい。
「いや、こっちの世界のモンスターがそちらの世界に行ってしまうとは。神としてまったくふがいない、申し訳ないことだ」
「たまにあるんですか、そういうこと」
「たまにある。いくつも並行して存在する世界の一部が、別の世界に流れ込んでしまうのだが。それを防いだり是正するのが神の仕事でもあるのだが、今回はミスった。まさか、人を死なせてしまうとは……」
「交通事故みたいなものだと思ってますから、仕方ないですけど」
神様が、下げていた頭をくいと上げる。
「……冷静だね、君」
「ことの顛末を聞いた後ですから」
私は、化けイノシシに殺されてしまった。
けれどそれをすぐに発見した神様が、死亡した私の魂のコピーを瞬時に作成して、これまた瞬時に修復した私の体に入れた。
結果、「私」ははたから見たら完全に無事に助かったということになった。
私の魂の本物――つまり今のこの私は、一度死んでしまったらもとの体にはどうやっても戻れないらしい。
化けイノシシはもとの世界に瞬間転送され、小野さんも三木さんも無事だった。
二人とも、今なにが起きたのかは訳が分からないし、傷一つない「私」に驚いてもいたけど、涙を流して「私」の無事を喜んでくれていた。
「ちなみに、あの救いようのない男のほうだが。あの後どうなったかというと」
「あ、それは聞かなくていいです。どうしたってあまり愉快ではないので」
「そ、そうか」
「でもよかった」
「よかった?」
「小野さんや三木さんや、ほかのみんな。家族も含めて、こんな私でも死ぬとかなり悲しんでしまいそうな、優しい人が多いんです。私の周りには。だからそういう人たちが傷つかないで済むんなら、よかった」
「……君、若いのに悟ってるなあ」
「あの。一応言っておきますけど、なんとも思ってないわけじゃないですからね。なにしろ死んじゃったんですから」
私は再び半眼で神様をにらむ。
「わ、分かっておる! ではどうだろう、我が治める別の世界に転生してみるというのは?」
「転生、ですか」
思ってもないことになったけど。
どうしよう。
「第二の人生は楽しいぞ! 我が世界、グローカスハイランズで生き直してみないか?」
「グロー……カス?」
聞き覚えのある名前に、私は目をしばたたかせた。
「お、知っておるか? そういえば前に我が世界が君の世界と接近した時、グローカスハイランズを訪れた者がいたな。彼は自分の世界に戻った後、己の見聞きしたものを落とし込んだゲームを作ったのだったな。それを君はプレイしたのではないか?」
神様の口からゲームとかプレイとかのくだけた言葉が出てきたことには驚きつつも、はるかに大きな驚愕に私は襲われた。
「グローカスファンタジアの! もとになった世界!?」
「そう、それだそれ。ちょうど、ある国の第二王女が浮かれて外で遊んでいたら滑って転んで頭を打って死んだところでな。今すぐ決めるなら、その王女に君の魂を移してやるぞ」
すごい。まさか、グロファンの世界に転生できるなんて。
一時期大ハマりしていた時は、文字通り浸食を惜しんでプレイしていたっけ。
……そして、初めて推しの死にまみえたんだっけ……
そこで、私はふと気づいた。
「え、その王女様には魂のコピーってしてあげないんですか?」
神様が肩をすくめる。
「いちいちそんなことしてたら、我が世界の人間は不死身になってしまう。それにそやつの魂はすぐに天に召されたから、もうどうしようもないよ。君は特例だ。けっこういいやつのようだしな、転生させがいがあって喜ばしい」
「……それは……どうも」
フランクな神様である。
「ただし、転生したら神である我はもう君とは接触できない。我が世界でまた死んでも、もう我は手を出さない。普通の人間と同じように扱う。それが神と世界のルールだからな」
「分かりました。いえ、充分ありがたいです。私、グロファン大好きなので……!」
神様はにやりと笑った。
「そう言ってもらえると喜ばしい。我が世界は、君らでいうところの中世ファンタジーのそれだ。文化レベル以前に文化自体がいろいろ違うだろうが、まあそれも含めて楽しんでくれ、ということでいいか?」
「はい。お願いします。私を、転生させてください。私不器用で、『前世』ではなかなか自分が思い描くようには生きられませんでしたけど、またチャンスがもらえたらうれしいです」
自分がどんな人間として生きたいか。
それをできるだけかなえて生きてみたい。
そんなに大げさなものじゃなく、目の前にいる大切にしたい人を大切にして、人を悲しませるものはなるべくそうではなくしてあげて。
そんな、手の届く範囲の大切さを守れるような生き方をしたい。
「了承した。ところで、最後に君に一つだけギフトを送ろう。いわゆる特殊能力だな。我が世界では王族や宿命の戦士などの一部の選ばれし者にしか与えられないものだが、君への餞別代わりだ」
「わ、それはうれしいです。なんだか主人公感!」
「うむ。ギフトの種類は無数にあるが、なににするかは我がちゃんと決めておいた」
流暢にしゃべる神様の言葉を、ふと聞きとがめる。
「えっ。それって、できればなんですけど私に選ばせてもらったりとかは」
「転生できるタイミングはシビアでな、もうそんな時間はない。君が生前、最後に望んだものを贈ろう。きっとこれからの君の役にも立つ。では、さらばだ」
え、いや、待ってください。
せめてどんな能力かを。
私の言葉は声にならず。
今度は暗転ではなく、視界がまばゆい光に包まれた。
■
「うう……」
まぶしさで痛めた目を開けると、そこは、石畳でできた道の上だった。
傍らには、白とオレンジのレンガ造りの家がまばらに並んでいる。遠くには、日本では見ない形の丘陵がかすんでいた。
はっと上を見る。
真昼時らしい。頭上、本当に私の真上に、太陽が二つ。
それは、ゲーム内のシンボルだった。
「わ、わあ……本当だ……! グロファンの世界だ……!」
自分の体を見下ろす。
服装は、上等そうな青いドレスだった。これが、どこかの国の第二王女の体。
どこかの。どんな人の。何歳くらいの体なのか。全然知らない。
……神様、もう少し説明してくれてもよかったのでは。急いでいたらしいのは分かるけども。
とりあえず、後ろ頭や腰が痛い。滑って転んだって言ってたっけ。確かに道の石はつるつるで、足を取られやすそうだった。
さて、王女様ともなれば、従者か誰か近くにいそうなものだけど……
ざかざか、とまとまった足音が後ろから聞こえた。
振り向くと、十人近い男性が、徒党を組んで道に広がっている。
彼らはぼろぼろの黄色っぽい服や、獣の皮をはいだものらしい上着を上半身に巻きつけて、手にはあまり上等そうではない武器を持っていた。刃こぼれした剣とか、野太いナイフとか、こん棒とか。
……この服装。確かゲーム内だと――
「見ろよ、野郎ども。情報屋の言った通りだ。本当に一人でのこのこ歩いてやがる。ばかじゃねえのか?」
――山賊とか、追いはぎといったキャラのそれだ。
「あ、あの……。こんにちは?」
どうしていいか分からずに絞り出した私の声に、彼らは一斉に笑い出した。
「こんにちはだってよ! さすが、王女様は違うねえ!」
「どうするお前ら、さらっちまうか!? それともここでくびり殺してやるか!?」
私は、たたらを踏んだ。
「さ、さらっ? くび……?」ただでさえ怪しい足元を、慣れないドレスであとずさったものだから、その場で転んでしまう。「あっ!」
それを見て、男たちは一斉に襲い掛かってきた。
嘘。嘘だよ、こんなの。
確かに、そういえばグロファンはあまり治安のいい世界ではなかったけれど。
神様、転生させてくれたのはいいけど、もう少しやりようってものが。
これじゃ化けイノシシに襲われるのと変わらない。
先頭の男の左手が、私の肩をつかまえようと伸びてきた。
もうだめだ。私はぎゅっと目をつぶる。
しかし、体は勝手に動いた。
傍らに落ちていた木の枝を拾うと、先頭の男が右手に持っていた両刃の剣をそれで払い、次の瞬間には枝を捨てて剣を奪っていた。
そして、剣の腹で男の腰を後ろからばしっと叩く。
先頭の男は、つんのめって地面に転がった。
「い、いってえええ!?」
再び男たちが口々に言う。
「なんだこの女!? なんだ今の動き!?」
「ギフトだ! こいつ王族だろ、今のはギフトの持ち主の動きだぜ! その証拠に見ろ、剣が光ってやがる!」
そう言われて初めて、私は自分が取り上げた剣がかすかに光っているのに気づいた。
え、この光が? これがギフトの証明なの?
「この女、剣術のギフト持ちかよ……。どうりで安穏とほっつき歩いてるわけだ!」
いや、確かこのギフトは「私」がもらったものなので、元の体の持ち主は本当に安穏と歩いてたっぽいけれど。
それにしても、神様は私が今わの際に求めたものとか言っていたけど、私がいつ剣術なんて欲したというのだろう。
あ。
あれかも。護身術か戦闘技術でもあればってやつ。
納得しかけてから、胸中で突っ込む。
……いやそれはあの時はそう思ったけど、そんな限定的な!
もうちょっと汎用性のあるもののほうがよかったなあ!?
思わず私はぼそりとつぶやく。
「王女で剣術って……いつ使うの、使い道あるの……? それならこう、便利な魔法とかのほうが……。え、ほんとに剣術? なにかの間違いじゃなくて?」
グロファンは、剣と魔法のファンタジーなのだ。
これからの生活に役立ちそうな魔法は、それこそ数えきれないほどある。
剣なんて、軍人キャラとかじゃないと使い道がないのでは?
しかしそんな私の思索とは無関係に、男たちは気を取り直して――直さなくていいのに――襲撃してくる。
「ちいっ、たかが女の細腕だろ! オラア!」
振り回されたこん棒を、けれど私は、剣で軽くかつんとはたいただけで道の脇まで吹っ飛ばした。
ナイフを突き出してきたもう一人の攻撃をかわし、剣の腹でその手首を打ってナイフを落とすと、続けざまに二人の腰のあたりを蹴ってやって道に転がす。
「ぐえっ!」「げぶ!」
そこまで、体が勝手に動いた。間違いない。これが、神様がくれたギフトなんだ。
……。
文句言ってすみませんでした神様。すごく助かります、剣術。
でも、蹴り倒した三人はもう体を起こしている。武器だっていくらでも拾える。
完全に敵を無力化するには、斬り倒すしかないのかもしれない。
……斬るの? 私が、人を?
それは……そんなことをしたいと思ったことは、もちろん一度もない。
男たちが斬りかかってきた。
やむなく、その攻撃を剣で防いで受け流しながら、いつしか私は押し込まれてレンガ造りの民家の壁を背にしていた。
家の中は無人のようだった。ほかにも人通りはなく――こんな物騒な人たちがいるんだから当たり前と言えば当たり前だけど――助けは期待できない。
押しつけられた窓ガラスに、私の顔が鏡のように映る。
私は、思わず声を上げた。
「えっ!?」
「……なんだよ。家の中にお宝でも見つけたか?」
男たちが、戦いをそっちのけにして飛び上がる私を見て一瞬手を止めた。
でも私は、それどころじゃなかった。
「か……」とつぶやく私。
「か?」といぶかしむ男たち。
「か……かっわ! かっわいい私! すっごくきれい! さ、さすが王女様~!」
まっすぐに伸びたシルバーブロンド。窓ガラスだからはっきりとは分からないけど、緑がかった瞳に真っ白な肌。身長は、百六十センチと少しくらいかな?
きりっと目じりが上がった、少し厳しそうなアイライン。
小さな口に、きゅっと品よくとがった小さな鼻。
絶世の美女がそこにいた。大人びて見えるけど、たぶん二十歳前後くらいだと思う。
そんな私の様子に、ガラスに映った男たちが、ずるっと肩をコケさせる。
「て、てめえなんのつもりだそりゃあ! 状況分かってんのか!」
すごむ男。
だけど。
「お前らこそ、状況分かってんのかなあ?」
場違いに間延びした声が、あたりに響いた。




