8
ホウメイが口笛を吹いた。
同時に、万禮が合図する。かかれ、という類のものだったようで、二人の剣士がダンテたちに一人ずつ襲いかかっていった。
その剣士たちの頭上に、鷹が舞った。
剣が届かない、ぎりぎりの高さで。
剣士たちはそちらに気を取られる。
「ほらあ、危ないよ! 一対一特化のギフトってさ、意識が向いてる相手にしか発動しないでしょ!」
ダンテとホウメイが駆け出した。
剣士たちは慌てて兄弟に対抗しようとするものの、間断なくかんかんと兜をくちばしや爪で叩いてくる鷹たちに、どうしても注意が散漫になるようだった。
何度か剣を打ち合わせた後、またも鎧の隙間をついて、ダンテとホウメイが敵を斬り倒した。
これで、二対六。
だけど。
「ダンテ!」
私は悲鳴を上げた。
ダンテの左腕から、赤い血が一筋流れている。それはだんだんと幅を増して、床に赤い色がしたたった。
「兄上!」
「いや、これくらい騒ぐことじゃないでしょ。さすがに無傷とはいかないよ。……あちらさんも、さすがにギフト頼みの一対一で戦おうってのはやめるだろうし」
ふと見ると、万禮の顔がしかめられている。
さすがに、焦りが出てきたんだ。
「ほほお。お前たち、なにをしとる。あのような若造ども、早くひねらんかね。王塵!」
「御意。そなたら、五人でかかれ」
王塵の低い声が響くと、その通り、五人が一斉にダンテたちへ向かって歩み出た。もう鷹の陽動も効きそうにない。
私はソウシソウの腰を抱くと、ホウメイのとところまで駆けていき、彼女の体を預けた。
「リア様?」
「ホウメイ、ソウシソウと、ダンテをお願い」
勝手に「お願い」されたダンテが、目をむく。
「は? なにそれ、あんた妙なこと考えてんじゃ」
「ダンテ。私ね。ダンテのことなんて、全然好きじゃない」
「……おい、またかよ。いよいよ、なんのつもり――」
「だから、推したことなんて一度もない。そうに決まってるし、そう決めた。だから、……無事に帰ろうね」
今度は、今回だけは。絶対に死なせない、なんとしても。
これは、絶対に運命が定められたゲームのシナリオじゃない。私の手で守れる、私の大切な人たち。それを守るだけだ。
鞘を捨てる。
私の剣は、日本刀のような片刃だ。
そして私のギフトは、この世界にきたころを思い出すにつけ、一対一専門ではない……と思う。
姿勢を低くして、私は、正面に立つ五人に突っ込んだ。
「おい! やめろ!」
私は、前衛にいた三人に囲まれた。普通なら、完全に敗北必至の状態。
ダンテの声を背に、正面にいた一人に接敵する。
敵の剣は早かった。でも、隙があった。
ダンテの言う通りなら、この人たちのギフトは、多対一の時にはちゃんと発揮されない。
さっきのダンテたちの戦い方をヒントにして、私は斬撃をかわしながら、峰打ちで正面の敵の腿を思い切り叩いた。
「ぐああああっ!」
右からきたもう一人が剣を振りかぶった隙に懐に入り、またも峰打ちで、今度は両脇の下を思い切り打つ。
「ぎええへっ!」
左からもう一人。
これは剣を突いてきた。
その剣の腹を私の剣で叩いて射角を逸らすと、自然に私の体が相手の懐に入り込んだ。
束頭で、そのむき出しの顎を強く打ち抜く。三人目が悶絶した。
後衛の四人目は、剣を構えたまま、襲いかかってこなかった。
長引けばこちらが不利なのは変わらない。これ以上敵が不利に傾けば、もう破れかぶれでいつ増援を呼ばれるか分からない。
私は踏み出した。
四人目は、突くのと振り上げるのとの中間のような軌道で剣を突いてくる。
私は一段身を低くして、突きはもちろん、四人目の体をもかわして裏へ回り込んだ。
四人目が振り向く前に身をひるがえして体勢を整え、全力の峰打ちで、膝の裏を真一文字に薙ぐ。
「おおおぐううううっ!?」
その悲鳴を聞きながら、低い姿勢でいた私は、背後で私の後頭部めがけて振り上げられた刃の気配を感じていた。
チャンス。
私は体を反転させて、まさにその剣を振り下ろしてくる手首を狙って峰打ちした。
嫌な感触とともに、五人目が剣を取り落として絶叫する。
最後の一人とは、一対一になって敵のギフトが発動したら厄介だなと思ったけど。
四人目はくずおれただけでまだ剣を手にしていたので、多対一判定だったみたいだ。
ダンテが、
「うっそー……」
とうめくのが聞こえた。
私は息を少し乱しながら、
「後は――」
剣を王塵に突きつける。
「――あなただけです」
さすがに万禮も顔色を失っていた。
「お……おい! 王塵! なんとかなるよのう!? お前なら、こんな者たちは敵じゃなかろう!?」
「むろんです、万禮様。我に任せ、さがっておられませい」
王塵が剣を構えた。
……ほかの兵士たちとは、威圧感が全然違う。
「娘――」王塵の低い声が響く。「大層な恩恵を持っているようだが、おれとて剣士の恩恵を得ている。恩恵が互角ならば、その使い手の技量の差がそのまま力の差だ。覚悟するのだな」
言い終わるが早いか、王塵が私の頭めがけて打ち込んできた。
とっさに腕が上がって、一撃目をなんとか私の剣で弾く。
ギフトがなければ、今ので確実に私は死んでいた。……当たり前といえば、当たり前だけど。
「リア様、お下がりください! その者の相手は、このホウメイが!」
「いやいやいや、ここは兄貴のおれでしょ! 下がれよ、リア!」
二人とも、すぐに悟ったみたいだ。
私では王塵に勝てない。
素直に交代すべきかも、とも思う。
でも王塵の攻撃には隙がなさ過ぎて、少しでも集中を切らせばたちまち斬られてしまいそうだ。
さらに続く王塵の攻撃を、私はかわすことができず、すべて剣で受けた。
あっという間に剣にはこぼれができ、曲がっていくのが分かる。もうすぐ、この剣は使い物にならなくなる。それが分かっているけど、剣で防ぐことしかできない。
剣士としての実力が、私と王塵とでは違い過ぎるんだ。
「娘、後ろの男どもと代わってもよいのだぞ。もっとも、多少腕が立とうとも、戦闘に役立つ恩恵も持たぬ半端者に遅れはとらんがな」
「なっ……」
私はつい鼻白んだ。
「察するに、そこな二人は貴様と違い武人であろう。だがいくら修練を積もうと、部の恩恵がなければ武人として大成はできん。ここで切り殺されるわけだしな」
「そっ……そんなこと分からないでしょ! いくら戦闘用のギフトがなくたって、二人ともすごく強いんだから」
「ならば我を倒して見せるがいい。できるものならな。あの鷹を操る程度の恩恵なら、話にならん。一太刀で三羽とも落としてみせようぞ」
平然とそう言いながら、体重を乗せた一撃を、王塵が繰り出してきて。
がきん! ……
ついに、私の剣が折れた。
「リア!」
「リア様!」
「貴様ごとき小娘、斬ってもつまらぬが。意地を張っておるからこうなるのだ。……死ね」
……仕方ない。
こうなったら。
これは、最後の手段だったけど。
私は、ホウメイに目配せした。
ホウメイがうなずく。
ダンテが、私とホウメイを見比べた。
「え、なに今の。お前ら、今なんか合図した?」
ホウメイはそれには答えず、高らかに口笛を鳴らした。
ひゅいいいい―――――……
王塵が首をかしげる。
「なんだ。なんの真似だ?」
私は、口角を上げて言い放った。
「別に。ただ――」
遠くから。
やがて、すぐ近くへと。
地響きが近づいてきた。
「――ただ、王塵。あなたが侮った、戦闘用ではないギフト。それに、あなたは負けるのよ」
「なに……?」
どどどどど。
すがががが。
どしんどしんどしん。
王塵、万禮、それにソウシソウとダンテ。
まだ入り口を固めていた五人の兵士。
私とホウメイを除いた全員が、あたりを見回し始める。
ぶいいいい!
きゅあああああ!
もおおおおお!
ゴーケゴッゴーーーーー!
ラクダ、牛、大型の鶏。それにイノシシ、猟犬、そしてフェイル―。
厩舎にいた動物たちがお城の中に入り込み、全員でこの場に殺到してきた。
ホウメイは彼のギフトで、すでに厩舎の全員と心を通わせていたのだ。それを全速力で呼び寄せた。
厩舎のカギは、アゾが開けてくれていた。
まず、入り口にいた五人の兵士がイノシシに吹っ飛ばされた。
「いや……なん、待っ……」
なにか言おうとした王塵が、圧倒的な質量の前に剣術のギフトを使う間もなくラクダに体当たりされて宙を舞い、牛の背中でバウンドし、最後にフェイルー――ミルックだ――に蹴り飛ばされた。
べしゃ、と床に潰れた王塵に、私は人差し指を突きつけて言う。
「どう!? 武力が常にものを言うと思ったら大間違いなの! そして戦いの後には必ず、日常が戻ってくる。その日常を守るのは戦闘のギフトじゃなくて、ダンテの持つ力と温かい心――」
「リアリア。こいつ聞いてねーよ、気絶してる」
「あ。……そう。それじゃ、」
と振り返った時には、ホウメイが、茫然としている万禮を担いでいた。
「長居は無用です、兄上! リア様! 行きましょう!」
「うん! 行こうミルック、いつも本当にありがとー!」
私たちはそれぞれのフェイルーにまたがると、踵を返す。
お城を出ていく前に、ソウシソウに向かって私は叫んだ。
「ソウシソウ、しばらくお別れだけど! きっとまた会えるよね! その時まで、気をつけて過ごしてね!」
そう言われたソウシソウは、お腹を抱えて笑い出す。
「なんなの! なんなの、これは! なんなのあなたたち、こんなこと、見たことも聞いたこともない! 信じられない! 百年先までも、物語として残るわよ!」
そして、撤収が始まる。アゾを迎えに行って、その後は全速力で城門を超え、そのまま逃走だ。
この動物ミサイル作戦は、最後の切り札だった。
使えばまず勝てるだろう、とは思っていた。
ただ、問題が一つあって。だからあまり、使いたくはなかったんだけど。それは――
お城のあちこちに松明の灯がともり、何事かとそこら中から人々が飛び出してくる。
――それは、どう考えても、お城を挙げての、大騒動になることである。
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