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「そりゃ万禮にしてみりゃ、誰がどんな順番になろうが別に構わねーもんね。さらにほかを蹴落とすためにあんたが多少のおいたをしても、大目に見てくれるってわけだ」
ソウシソウが、すさまじい視線でダンテをにらむ。
「……そうよ。後宮がいつ稼働するかはまだ決まっていないわ。最悪、五年後の成人の儀の即位まで待つ可能性もある。そうすれば、私は五年分年を取るのよ。一日でも早く、御子が欲しいの」
私は一歩歩み出た。
「あの……どうしてそのために、ホウメイ――私の侍女を?」
「……あなたみたいに辺鄙な土地からきた風変わりな女、真っ先に落ち目にしてやろうと思ったのよ。一度薬で中毒にすれば、あとは普通のガクシでもたっぷり吸わせておけば、ただの下品で臭くて汚い女の出来上がり。手始めに侍女から篭絡してやろうと思ったら……」
「あーまあ、その辺の事情は後でもいいや。早くうちのやつ返してくれよ」
ソウシソウが再びダンテをきっとにらむ。
「貴様、さっきからその口の利き方は何事か! 同じ後宮妃ならばともかく、貴様のような――」
きん、と金属音が鳴った。
いつの間にか拾っていた剣をダンテが抜き放ち、ソウシソウのネックレスやブレスレットがぱらぱらと床に落ちる。肌には傷一つついていない。……今のところは。
三人の侍女がひきつった悲鳴を上げた。
「後でもいいっつってんだ、聞こえなかったかね? それにこれでもう三度目だ、直に痛い目見ねえと分からねえかな。うちの者を返せよ」
ソウシソウの虚勢が剥がれ落ちる。
言われるがままに、ソウシソウは少し回復した男たちに銘じて寝台の下に掘ってあるというトンネルから――これは確かに胤側に協力者がいないと無理だ――全身を縛られたホウメイを運び出してきた。
■
私たちによる小火のことは、あまり大ごとにはならなかった。
もちろん、ソウシソウから万禮に「自分たちの不始末です、きちんとことを収めます。申し訳ございません」と報告してもらったからだ。
とりあえず日中の稽古ごとを滞りなく済ませ、夕刻。
ソウシソウと三人の侍女は、私たちの部屋にいた。六人の男性は胤ではなくソウシソウの配下だそうなので、後宮からこっそり出て行ってもらった。
ダンテがつまらなそうに、ホウメイは憮然と、アゾは真面目な顔で、部屋の入り口を塞ぐように立っている。
私だけは、ソウシソウの正面の寝台に座っていた。
アゾの寝台に侍女と四人で座らされているソウシソウが、神妙な面持ちで言った。
「さすがに、腹は決まっています。私のことは好きにして構いません、ですが我が侍女たちは堪忍してもらいたく……」
「シソウ様!」
侍女たちには慕われているみたいだ。
「あの、ソウシソウ様」私としては敬称をつけていいものかどうか悩むものの、急に呼び捨てにするのも気が引ける。「あなたは、第一妃に……つまり王妃になるのが目的なんですか?」
「特にそれが目的ということではありません。しかし、最も安定した立場につきたいとは思っていました。そうなると必然、王妃を目指すことになりますが」
ダンテが「まーもう無理だろうね、下手打ったことはどっかで万禮に伝わるだろうし、そうなりゃ切り捨てられるだけだし」とうそぶく。
私がそれを目で咎めると、ソウシソウに訊く。
「ソウシソウ様は、もう後宮で生きていくと決めてるんですか?」
「私にはもう戻る国はありません。私を金目当てに売り渡した国になど、帰りたくもない。かといってここを追い出されれば、それこそ行く当てもありません。もうすべては決まっていることです。……たとえ、足を失ってもね」
ホウメイを危険な目に合わせたことを、まだ許してはいないけれど。
転生者である私とは、彼女は状況も考え方も全然違うんだろう。
ホウメイをちらりと見る。
ご随意に、というように彼は微笑んだ(その横でダンテは口をとがらせていた)。
「ソウシソウ様。王妃になることが目的なら、私たちは相いれません。でも、そうでないのなら、……私たちが後宮とは別の居場所を作ってあげることができたら、胤ではなく私たちに味方してくれますか?」
「別の……居場所?」
「私たちが、後宮を潰すからです。胤の目論見ごと」
ソウシソウが――侍女たちも――あっけにとられて、黙ってしまった。
「結論から言うとさ」ダンテが口を挟んだ。「胤っていうか、万禮を倒す」
「万禮……様を……」
「そうです。まだ、私たちがそう計画してるだけなんですけど、後宮にすでに入っている人が想定していたより多いし、ソウシソウ様のように元の国に戻れない人もいる。だから、今後宮があるこの場所に、学校を作れないかと思って」
イメージとしては、地球にあったような資格試験の学校だ。
後宮妃になる人たちは教養があるし、文化レベルも高い。コツを覚えれば、教師職ができるんじゃないかと思う。
あるいは、単純に別の国の言語を学べる語学学校。
もちろん万禮を倒すだけではそんなものを作るのは不可能だけど、ダンテの知己がクーデターを実行してくれるなら、前体制の責任を取る形で設立できるかもしれない。
ダンテには、すでに内応している相手に、ざっくりながら計画を先方に伝えてもらっていた。
彼らもできるだけ、クーデター後の混乱は避けたいので協力的だという。行き場所のない大量の貴婦人なんていうものが街にあふれたら、治安の悪化は考えるまでもないんだから。
「ソウシソウ様、これは、私たちとの取引です。万禮に直接話が通じる人が味方にいてくれたら、私たちはずっとやりやすくなるんです。なに不自由なく暮らせるお姫様のような生活はきっとできなくなるけれど、あなただからできる、やりがいのある毎日は過ごせるかもしれない。少なくとも、……勝手な理由で足を切り落とされるような暮らしよりは、ずっといいと思います」
私たちの計画を聞くにしたがって、ソウシソウの顔色が変わっていった。
それは複雑な感情の入り混じったものだったけど、確かだったのは、今朝よりもずっと前向きな表情になっていることだった。
「イトラ……」
ソウシソウがため息をつくように言う。
「私、本当は璃杏――リアっていうんです」
「では、リア。私は、……己の考えていたことが、いかに浅薄で愚かだったのか、よく分かりました。いずれに道にも困難はつきまとうのでしょうが、唯々諾々と己を奪われながら、汲汲とさらに弱い者から搾取して生きるよりは、私は自分の力で務めを果たす日々を生きたい」
私は寝台から立ち上がった。
「ソウシソウ様、それじゃ」
「私にできることのすべてを、あなたに従って為しましょう、リア。そして――」
ソウシソウがホウメイのほうへ向き直る。
「大変なご迷惑をおかけいたしました。ことが落ち着いた暁には、なんなりととがめを受けましょう」
ホウメイが、居心地悪そうに応える。
「うん……まあ、あまり気にしないで。これからは仲間です。仲良くやりましょう」
さすがホウメイ、と私が笑顔になった時、またしてもダンテが口を挟んだ。
「いやーそりゃきまりが悪いよねー! なにしろノコノコおびき出されてまんまと薬で寝かされて、その後はぐるぐる巻きで籠の鳥だもんねー!」
私はダンテに詰め寄る。
「ダンテ! そんな言い方ないでしょ! ホウメイは優しいから、女の子に火事ですって言われたら急いで駆けつけたんだよ!」
ちなみに、ホウメイ拉致のあらましは私たちが考えたものとほぼ同じだったらしい。ソウシソウの侍女たちに助けを求められて、とるものもとりあえず火元へ向かい、火にくべられた薬の煙をかがされて気絶したのだ。
ホウメイをからかうダンテに言い返してくれたのは、ソウシソウだった。
「私の立場で申し上げるのは恐縮ですが、そのホウメイ殿という侍女も生半可な鍛え方ではないようです。私たちのやり方が悪辣だったのでしょう。そちらの方もそうですが、見事な鍛え方です、まるで男性のようなその体躯を見れば相当の修練を積んでいると分かりますよ」
はあどうも、となぜかますますきまりが悪くなるホウメイ。
すると、ソウシソウの侍女が主人になにかを耳打ちした。
「なんです? ……は? 男性? 男性ですって!? あのホウメイ殿がですか!? なぜそなたはそれを知っているのです!? ……縛っている時に、……ははあ、そんなことに。そう……ですか。それで、男性だと……」
ソウシソウが、きりっと真面目な顔でホウメイを見た。
当のホウメイは、真っ赤な顔をしてよそ見している。
「ホウメイ殿、重ね重ね失礼をいたしました。むろんこの私は、人様の趣味にとやかく口を出す気はございません。むしろ大変にうまく化けられたことと称賛を惜しまず――」
「趣味ではないッ!」
ホウメイの悲鳴とともに。
どうやら私たちは、心強い味方を得たらしかった。
それからの数日は、表面上は何事もなく過ぎたものの。
ホウメイが、手なずけた鳥を使って行なっているハウザールとのやりとりも。
ダンテが、内通者と重ねている秘密のやり取りも。
だんだんとその数を増し、内容も濃密なものになってきていた。
私たちが長く胤に潜入していれば、それだけ情報は収集できる。
一方で、離れている時間が長くなればそれだけハウザールとの連携にずれが生じやすくなる。
また、どこかで計画が露見すれば、私たちは捕えられて終わりだ。ダンテとホウメイを欠いて、ハウザールには勝ち目はない。
速戦即決。それが私たちの目標であったのだけど。
大きくことを動かすべき時が来ると、さすがに緊張をごまかせなかった。
「やるぞ」
ダンテがそう口にしたのは、すっかりおなじみになった、夜の作戦会議。
怪しまれてはいけないので、ソウシソウたちはおらず、私たち四人だけである。
「リア様、ホウメイの鳥で手筈はハウザールに伝えてある。軍事演習のふりをして、国境近くまで出陣させるよ。あくまで全面戦争じゃなく威嚇と防衛のための戦力だから、数的には目立たねーんだ」
私は喉を鳴らした。
「いよいよなんだね。……いつ?」
「四日後。ソウシソウのやつが、万禮とこっそり会うらしいんだ。定時報告みたいなもんで、予定通りの日時だっていうから怪しまれもしねーだろ。油断しきったあいつがすたすた出てきたら、そこで確保する」
「……殺すの?」
自分で言っていて、寒気がした。
「向こうの出方次第だよ。周辺国を実質属国扱いする真似を金輪際やめるよう国内に通達するんなら、それを最後の手柄として、檻に入れるだけで許してもらえるだろ。まー続けたいって言っても後の祭りだけどさ。あくまで反抗する気なら、殺るとなったらまあためらわずにやるよね」
ワンマンだけに政敵が多いから檻の中のほうが安全なんじゃねーの、とダンテが笑う。
それにしても、四日後か。
ハウザールとは綿密な打ち合わせはできていないだろうけど、こんな急戦で大丈夫かな。ホウメイの鳥って小鳥ばっかりだけど、足に結びつけられる程度の書簡でどこまで細かく意思疎通できるんだろう。
そんな私の不安を察したように、ホウメイが言う。
「リア様、僕の鳥は大陸鷲のような大型の猛禽類をすでに手なずけてあります。全速力で飛ばせば充分間に合いますし、大型の紙に図示して細かい指示もお互いに出し合っていますので、想定通りの連動が可能です」
「うん。……そうだね、後はやるだけだよね。弱気になって、ごめん」




