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5

「でも絞るって言っても、あれだけじゃ……。もう後宮って、後宮妃と侍女も入れればゆうに百人以上が暮らしてるでしょ? あ、胤の人に言えば、調査とかしてもらえないかな……行方不明事件なんだし」


「行方不明になったのが後宮妃ならともかく、メイドじゃ本腰入れての調査なんて期待できねえなあ。あと、まー一応胤の連中にも犯行が可能ではあるね」


「あっ? そうか、そういえば」


「とはいえ、胤のやつらならこんな後ろめたいことする必要ないから、たぶん後宮妃の誰かが黒幕だろーな。さすがにメイドが単独でできることじゃねーもん」


 そこで、ダンテが手のひらを私に向けてきた。


「……なに、その手?」


「いや、五人かなって」


「なにが?」


「現状での、誘拐犯の容疑者の数」


 一瞬、なにを言われているのか分からなかったけど。


「え!? もう五人に絞れてるってこと? なんで?」


「だって、犯行現場が第六宮の裏手だろ。ほかの宮のやつにもそりゃできなくはないだろーけど、人に見つかったら怪し過ぎるじゃん」


 確かに。

 ……でも。じゃあ、その五人って。


「個室を与えられてる、この第六宮の誰かだよ。ホウメイを生かしてなにかに利用するつもりなら、どこかにとらえておかなきゃいけねーじゃん。死体なんてそれこそ置き場所ねえし庭に埋めたら速攻ばれるから、たぶん生きてるけど」


「い、生きてるよ。絶対生きてる」


 ダンテが微笑して、続ける。


「それにさっきは、ホウメイは麻酔薬をかがされたんじゃねえかって言ったけど。あいつも一応武人だし、背後から羽交い絞めにしても振り払われりゃそれまでだ。もっと手っ取り早い方法があるよね。火にくべることで人がラリる煙を発生させる薬――つまり麻薬の類だね――をあの場所で焚火に入れて、それを消しにきたホウメイにその煙を吸わせるとかね。その場合、薬を置いとく場所がいる。やっぱり個室組でしょ」


「そう言われれば……そう、だけど」


 シメンカ。ランエイ。ニャフシャイン。シェラハ。ソウシソウ。……あの五人の、誰か?

 アゾがぼそりと言う。


「ダンテ様が先日外で寝るとおっしゃられた晩、一晩寝る場所を探すだけでも苦労したされたそうです。手足を縛られているとしたら、ホウメイ様を人目につかずに置いておける場所は後宮妃の自室以外にはないかと」


 ダンテが、ピースサインのように指を二本立てた。


「つーわけで、証拠を押さえたいね。一つはホウメイ、もう一つはいけない薬。そのどっちか。後者でありそうなのは、ガクシの変種かな。ぱっと見には普通のガクシと区別がつきにくいし、煎じるだけで人がラリる薬を作れる。おれが直接見ればすぐ分かるよ」


 私は、ついダンテを見やった。


「なんだよ、変な目えして」


「いや……詳しいんだなーと思って」


 ダンテが肩をすくめる。


「はっ。異境ってのは、嫌でもその手のことに詳しくなるんだよ。さて、どーやって家探ししたもんかね。片っ端から強行突入していいって王女様の許可が出れば、やるんだけど」


 私はぶんぶんと頭を横に振る。


「だっだめだめだめだめ。うーん、じゃあ……こういうのはどうかな」


■


 翌日。

 朝を迎えた後宮が、低い斜線の日に照らされている頃。

 庭の一角から、煙が上がった。

 アゾの声が響き渡る。


「火事です! 気をつけてください、消火のために近づくと頭がおかしくなるようです! ただの不審火ではありません!」


 火事の一言。その効果はてきめんだった。

 第六宮のあちこちから人が飛び出してきて、侍女たちが後宮妃に寄り添って避難していく。


 布で口を押えたアゾが、桶に入れた水をかけて消火したので、すぐに火は消えた。

 ここまでは手筈通り。

 そして私とダンテは、ある後宮妃の部屋の前にいた。

 小首をかしげたダンテが、わざとらしい口調で言う。


「ああああら、ソウシソウ様。皆さん避難されているのに、どうして自室にお戻りになったんですかあああ? ただの火事ならともかく面妖な煙まで立っているようですが、そうするとなにか部屋に戻って確認しないとならないことでもおおお?」


 ソウシソウの個室には、彼女本人と、三人の侍女。

 彼女たちが、抽斗になっている寝台の下部に仕掛けた二重底の中を覗き込んでいた。そこには、平たい布袋が敷いてある。

 ソウシソウが歯ぎしりする。


「貴様ら……たばかったのか。あの火は……」


「いいいえええ、なんのことやらあ。私とご主人様は、あなたがたが火事の恐怖のあまり混乱して部屋におこもりになられたのではないかと心配し、皆様を安全な場所へお連れしようと思ったのですよお。あらあらあらああ? その布袋の中にはなにが入っているんでしょうかああ?」


「おのれ……」


 ソウシソウのうめき声と同時に、三人の侍女が、次々に懐剣を抜いた。

 いや、抜こうとしたところで、次々に手首をダンテの手刀で打たれ、懐剣を取り落とした。

 いくら鍛えていても、女の子とダンテでは勝負にならないのだろう。

 私は、素早く三振りともそれらを拾う。


「ソウシソウ様。語るに落ちた、ということでよろしいですか? 私たちにはほかにも探しているものがあります、お部屋をあらためさせていただきます」


 ヒュイ、と甲高い音がした。ソウシソウの指笛だった。

 やおら、二重底があったのとは別の寝台の下から物音がした。

 数秒すると、屈強な男が六人ほど、寝台を持ち上げて現れた。全員が手に剣を持ち、皮の鎧をつけて武装している。


 ダンテが首を回しながら言った。


「死体が出たら面倒だろうに、これが奥の手ってことか。ホウメイの拉致には、やっぱ男手がいるよねえ。ともあれ、お前ら全員叩きのめせば詰みってことだよねー」


 そして傍らにあった屏風の骨を足で折ると、二メートル弱の長さになったそれを私にくれた。即席の木刀だ。

 私は三振りの懐剣を後ろへやり、細身の棒を構える。


「乱戦になるから、もしもの時は自分の身は自分で守ってね。室内戦では、振らずに突くのがポイントだよ」


 そういうが早いか、ダンテは六人の男たちに向かって踏み込んだ。

 敵のうち二人が剣を振りかぶり、天井につかえた。

 それを見逃さずに、ダンテは左手にいたほうの一人のみぞおちに前蹴りを放つ。

 足首まで深々と突き刺さった蹴りで、一人目が悶絶した。

 もう一人にもダンテは顔面に肘を叩き込んで昏倒させ、バックステップして体勢を立て直す。


 それを追ってきた四人のうち先頭の一人に、私が飛び出して胸元に突きを放った。

 折れたほうとは逆の先端で突いたため、胸に突き刺さりはしなかったものの、男は剣を落として後ろへ吹っ飛んだ。


「おい!? 前に出るなよ!?」


「でも、ダンテ素手じゃない!」


 私はそう叫びながら、残り三人のうち二人の小手を一息で同時に突く。

 苦悶の声を上げて剣を持て余した二人の、これも一息で喉を突いた。


 げ、ぐべ、と嫌な声を出して彼らが倒れる。


 残るは一人。

 けれど、これはダンテが私の後ろから跳躍して飛び蹴りを放ち、男の顎に鈍い音を立てて直撃させた。

 こうして。

 六人の屈強な男たちは、わずか十数秒で無力化してくれた。


「ふう」私は肩の力を抜いて、息をつく。「あんまり大騒ぎにならなくてよかった」


「あのさー。あんまり危なっかしいことやめてくれる? 素手だってあんたよりは強いんだよ」


「でもギフト内政じゃない」


「この」


 軽口を叩き合う私たちの横で、ソウシソウと侍女たちが顔面蒼白になっている。

 私は、彼女たちに向き直った。


「私たちの仲間を一人、捕えていますよね? 今すぐに返してください」


「ふ……ふふふ」ソウシソウが笑い出した。「イトラ、この場で、これで勝ったつもり? 言っておくけど、私は一人じゃないわ。私の後ろには――」


「あーはいはい。宦官様がついてんだろ?」


「なっ……」とソウシソウ。


「えっ……」と私。


 ダンテが半眼になった。


「あんたも驚くなよ、はったり効かねーじゃん。まあこの期に及んでまだそんな態度とれるってことは、そんなこったろーよ。たぶん万禮ってのは、後宮の内側に従順な手駒を置いておこうとしたんだろね。おおかたその見返りに、王様の閨が解禁になったら、一番目にあんたを推挙してくれるとか、そんなこったろ。違う?」


「……」


 ソウシソウが歯を食いしばったまま、言い返せない。

 図星なのか。


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