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第39話

本作では、創作補助としてChatGPTを利用しています。


物語・設定・キャラクターは作者自身が作成し、文章の推敲や表現の整理にAIを活用しています。


そのため、本作はAI利用区分を「AI直接使用」に設定しています。

 深翠の森は、奥へ進むにつれて木々が大きくなり、高い枝葉の隙間から差し込む光が、踊るように辺りを照らしていた。


 しばらく歩き続ける間に、野生動物の姿を何度も目にしたが、森に入ってからは一度も魔物には遭遇しなかった。


「不思議だな。大抵の森は魔物がいるものだと思っていたんだが……」


 イヴァンの言葉に、ダニールが頷いた。


「まだ一度も出くわさないな……」


「この森には、魔物はほとんどいませんよ」


 カティア嬢が答えた。


「そうなのか……」


 イヴァンは森を見渡し、ふと目眩がしてふらついた。


 う……目が回った……。まだ酒が抜け切っていないのかもしれない……。そんなことを思っていたら、ダニールがイヴァンの肩を掴んだ。


「イヴァン……腹が減った……」


「は? 昼にはまだ早いぞ」


 怪訝そうな顔でイヴァンが答えると、ダニールが絡みつくように寄りかかってきた。


「頼むよ〜、飯作ってくれよ〜」


「な! やめろ! ひっついてくるな!」


 イヴァンが力ずくでダニールを押し退けようとしたが、ダニールも負けじとしがみついてきた。


「おい! 離れろ! いい加減にしろ!」


 イヴァンが思いっきりダニールを引き離し、そのまま地面に押しつけた。


「いでっ!!」


「何なんだ、お前は! 面倒くさい奴だ!」


「イヴァン、今頃気がついたのか?」


 息を切らせて言うイヴァンに、アンドレイが冷ややかな声で返した。


 けれどダニールは何事もなかったかのように起き上がると、カティア嬢を見た。


「カティアちゃんも、腹減ったよな? 飯にしたいよな?」


「え? んー、そうですね〜……」


 話を振られて、カティア嬢が首を傾げた。


「お前、カティアちゃんを味方にしてイヴァンに飯を作らせようとしてるだろ」


 アンドレイが見透かしたように言うと、ダニールが舌打ちをした。


「ちっ! 余計なことを言いやがって! ……お、そうだ」


 ダニールが何かを思い出したように、勢いよくサーシャを振り向いた。


「サーシャ! 飯作ってくれよー!」


 ダニールがサーシャに飛びつこうとした。だが、サーシャは無表情のまま、すっと身をかわした。


「あれ……? 俺、結構本気だったんだけどな……」


 そう言いながらダニールがサーシャを見る。しかし、サーシャの表情は一切変わらない。


「うりゃっ!」


 なぜかダニールは再び飛びかかるが、すっとかわされた。それでも諦めることなく何度も飛びかかるが、そのたびにサーシャにかわされていた。ダニールの諦めの悪さを、アンドレイとミハイルは黙って見ていた。


 ダニールが疲れ果て、その茶番劇が終わると、アンドレイが口を開いた。


「気が済んだか?」


「……くそっ! 一度も捕まえられねー……。サーシャ〜、頼むよ〜! 飯作ってくれよ〜〜〜!」


 ダニールが這いつくばって懇願する姿を見て、ミハイルが笑顔になった。


「わー、笑えるほど見苦しいね〜」


 サーシャは気怠そうにダニールを見下ろしていたが、ふとイヴァンに視線を移した。目が合うとサーシャは小さくため息をついた。


「わかったよ。作るよ」


「本当か! おお、サーシャーー!」


 ダニールが大喜びして、もう一度抱きつこうとするが、すっと避けられた。それを見てアンドレイがいつものように冷ややかな目で呟く。


「いい加減、懲りろよ」


「サーシャ、俺も手伝おう」


「いい。いらん。そんな顔色でそばをうろちょろされても鬱陶しいだけだ」


 サーシャにそう言われ、イヴァンは肩を落とした。


「イヴァンたち顔色悪い組は仲良く座って待ってればいいんじゃない? 僕がサーシャのお手伝いをするよー」


 ミハイルがくすくすと笑いながらサーシャに近寄ると、二人で準備をし始めた。


 イヴァンが仕方なく近くに腰を下ろすと、アンドレイとカティア嬢もそのそばに腰を下ろした。


「カティア嬢はサーシャの手伝いをしなくて大丈夫なのか?」


「私が手伝おうとするといつも邪魔だって怒るんで、お兄ちゃんが料理してる時は近づかないようにしてるんです」


「そうなのか。ミハイルは邪魔者扱いされてないようだな」


 イヴァンがサーシャたちを眺めながら言うと、隣でアンドレイがため息をついた。


「あいつは邪魔じゃないのか? なぜ怒られないんだ?」


 アンドレイが指差す先では、サーシャのすぐ側でダニールが横になって料理の進行を眺めていた。


「たぶん、お兄ちゃん、ダニールさんのこと気に入ってるんだと思うんです。見てて楽しいし」


「あー、珍獣だと思われてるんだな」


 アンドレイが納得したように言うと、ダニールが勢いよく顔を向けて声を上げた。


「誰が珍獣だよ!」


「何だ、聞こえてたのか?」


「この距離で聞こえないはずないだろ!」


「ダニール、サーシャの邪魔をするな」


 イヴァンが注意するが、ダニールは意に介さず動こうとしなかった。


「見てるだけで、邪魔してないんだからいーだろ。人が料理してるのを見てるのが面白いんだよ」


 ダニールのその言葉にイヴァンは小さく息を吐いた。本当に、この男は思い通りにならないと、つくづく思った。


 それからしばらく、ミハイルがサーシャに何かと声をかけていたが、それ以外は誰も何も喋らなかった。


 アンドレイはうとうととしており、イヴァンにも少し眠気が押し寄せていた。


「なあ、サーシャ。お前、ナイフは持っても何ともないのか?」


 まどろみの中、ダニールの声が聞こえた。


「は?」


「それって、別に武器にもなるだろ? 形や作りは確かに違うけどよ。似た形状の剣もあるだろ? 素材は剣と大差ないんだ、剣とナイフの違いって何だ?」


 その不穏な言葉に、イヴァンは一気に現実に引き戻された。


「おい、ダニール。何言ってるんだ」


 咄嗟に止めようとしたが、ダニールは続けた。


「お前が剣だと思えば、それは剣なんじゃないか?」


「やめろっ!」


 イヴァンは声を荒げて立ち上がり、ダニールに掴みかかろうとした、その時──


「……これが、剣?」


 サーシャが呟いたのが聞こえて、イヴァンは動きを止め、息を呑んだ。


 見ると、サーシャは手にしたナイフを見つめ、全く動かない。


 ……あれはナイフだ。さすがに剣を持った時のようにはならないか……? 不安になりながら、サーシャの様子を窺っていた。


「……ぷはっ! これが剣?」


 サーシャが吹き出し、笑いながら言った。


 大丈夫だったか。イヴァンは安堵した。


「じゃあ、どれくらい斬れるか試してみるか!」


 サーシャの声が響いた直後、身体に衝撃を受け、後ろに倒れた。ダニールに蹴られたのだ。


 直後、金属音が響いた。慌てて身体を起こすと、ダニールがハルバートでサーシャのナイフを受け止めていた。だが、サーシャにそのまま力で押し切られ、ダニールの身体が地面を転がった。


 まずい! 一瞬そちらに気を取られたことに焦り、イヴァンは剣を抜いた。途端に、サーシャの持つナイフが迫ってきた。何とか剣で受け止め、歯を食いしばる。


 ナイフだというのにこの力……。少しでも力を抜けば身体ごと吹き飛ばされそうだった。


 しかし、サーシャは力を込めている様子が一切なかった。剣に押し付けられるナイフが、ギリギリと軋む。


 耐えられない……。イヴァンがそう思った瞬間、ダニールが横からサーシャに斬りかかった。


 サーシャが小さく身をかわし、刃が掠める。ダニールは器用にハルバートを動かし、力を込めて突いた。サーシャは跳躍して身を翻すと、そのままハルバートを掴んだ。ダニールが直ぐさま引き寄せ、蹴りを入れたが、それもかわされた。


「お前! 今、俺のハルバートを砕こうとしただろ!」


「別に……そんなつもりなかったけど?」


「いいや! 絶対そうだったね! 手に力入れたのが見えたんだからな! もし壊れたら、弁償しろよ!」


「弁償したら壊してもいいのかよ」


「それは……場合によるな」


 身構えながらも、普通に会話している二人を見てイヴァンは驚いた。【暗穴の墳墓】の時は、こんな風に会話ができる様子ではなかった。そもそもそんな余裕もなかった。


「まあ、なんでもいいけど。イヴァン。この前の続きをしようぜ」


 サーシャが一気に詰め寄った。今度は素早く何度も斬りつけてくる。速すぎて受けるのが精一杯で、後ろへと押されてしまう。


「俺とも遊んでくれよ!」


 横合いからダニールが、渾身の一撃を繰り出してくる。


「なにそれ、馬鹿なの?」


 避けながら鼻で笑い、ダニールに詰め寄った途端、サーシャは飛びのいた。サーシャのいた場所に矢が突き刺さる。それに合わせるように、ダニールがすかさずハルバートを突き出したが、サーシャはナイフで受け止めると、その反動を使ってそのまま距離を取った。


「僕も混ぜてよね」


 ミハイルが弓を構えながらにっこり笑って言った。


「おい、アンドレイ。なんでお前混ざってこねーの?」


「いや。詠唱したが発動しなかった。ルカの話は正しかったみたいだ。サーシャに魔法攻撃は出来ないらしい」


「だったら、お前は仲間はずれな。カティアちゃんとそこで見学してろよ」


 ダニールが笑いながら言った。


 カティア嬢を見ると、明らかに動揺している様子だった。


「あわわ。な、なんでナイフで……」


 どういうことなんだ。今までこんなことはなかったということか……。イヴァンは息を呑みながら、考えを巡らせた。


「いいぜ。三人でかかって来いよ」


「んじゃー、お望み通りやってやるよ! 負けても泣くなよー!」


 そう言ってダニールは、サーシャへとハルバートを突き出しながら突っ込んでいった。同時にミハイルが矢を放つと、サーシャは体をずらしてかわした。その隙にダニールのハルバートがサーシャに振り下ろされるが、後退して避けた。休む暇を与えずミハイルの次の矢が飛んでくる。サーシャは矢に目もくれず、ぎりぎりで避ける。


 そこへダニールが力任せに横薙ぎで斬り込むが、サーシャは体勢を低くして凌いだ。ミハイルが矢を放つと、サーシャが転がり避けた地面に矢が突き刺さる。ダニールが体を回転させて今度は低めの横薙ぎでサーシャを狙うが、サーシャは手足で地面を弾くようにして跳び、ハルバートを避ける。しかしそこにミハイルの矢が飛んできていた。


 イヴァンが息を呑む。


 だが、サーシャは飛んできた矢を手で掴んでへし折り、着地するとそのままダニールの間合いに入って斬りかかる。ダニールがハルバートの柄で何とか受けるが、次々と迫りくるナイフの攻撃を、受け切れてはいなかった。ナイフがダニールの腕をかすめ、血が飛び散る。


 そこにミハイルが矢を立て続けに放ったが、サーシャは体をわずかに動かしただけで避けた。


「こんのぉーーー!」


 わずかにできた隙にダニールがハルバートを押し付け、間合いを取ろうとするが、逆にサーシャにハルバートを掴まれ、そのまま横に振り回されて地面に転がされた。


「いでっ!」


 それを見て、サーシャが小さくため息をついた。


「ハルバートは動きが遅くて飽きるな……」


「こちとら間合いを取って戦う武器なんだよ! そんなちっせー武器と一緒にすんな!」


「なんだ。負け惜しみか?」


「負け惜しみだね」


 サーシャが呆れたように言うと、ミハイルが追い打ちをかけるように言った。


「馬鹿やろー! 負け惜しみじゃねーよ! まだ負けてないだろーが!」


 ダニールのその言葉を、サーシャは鼻で笑った。


「だったら、負かしてやるよ。けど──」


 瞬時にサーシャがダニールの懐に入る。


「負けても泣くなよ」


 言葉と共にナイフが迫る。咄嗟にダニールがハルバートの柄で受けるが、力負けしてハルバートごと外側に腕が持っていかれ、胴がガラ空きになった。


「やべっ!」


 サーシャの拳が撃ち込まれそうになった瞬間、氷の壁が現れダニールが後ろに押された。サーシャはそのまま拳で氷を砕き、ダニールに接近する。そこへ立て続けに矢が飛んできたが、サーシャは身を翻してナイフで叩き切った。その隙にダニールはサーシャから距離をとった。


「アンドレイ。魔法使えなかったんじゃねーのかよ」


「お前、ルカの話をちゃんと聞いてなかったのか? サーシャに魔法で攻撃は出来ないが、お前への防御魔法は別だぞ」


「は? そういうの早く言えよ」


「馬鹿なのか、お前は? すまん、聞くまでもなかった。馬鹿だったな」


「誰が馬鹿だ!」


 ダニールが声を荒げた途端に、サーシャが踏み込んだ。ミハイルの矢が飛んでくるが、サーシャは際で避けてダニールへと接近する。間合いを取られまいとダニールが斬撃を入れるが、避けられてしまった。またもサーシャのナイフがダニールに迫っていった、その時、ようやくイヴァンが斬り込んだ。


 サーシャが大きく飛び退き、にやりと笑った。


「イヴァン。やっと、やる気になったのか」


 そういう訳ではなかった。『灰色の刻』の連携の前では、自分は割って入ることすらできずにいた。今やっと動ける隙ができただけだ。

「このままじゃ、きりがないな」


 アンドレイが疲れた様子でため息交じりに言った。


「俺、あいつに勝てる気しねーや。腹減ったし。もう動くの嫌になってきた」


「お前があのタイミングで余計なことを言わなかったら、今頃食事にありつけてたんだけどな」


「仕方ないだろ? 気になっちまったんだから」


 ダニールのその言葉にアンドレイが目を見開いた。そしてその表情のまま黙ってダニールを杖で殴った。


「いてっ! なにすんだよ!」


「仕方ないだろ? 腹が立ったんだから。お前が泣いて負けを認めれば終わりになるんじゃないか?」


「は? 嫌に決まってるだろ? はぁ……。ミハイル、もうお前に任せるわ。何とかしてくれ」


 ダニールの言葉にイヴァンは耳を疑った。


 何を言っているんだ? 任せるとは、弓使いのミハイルに一人で戦えということか?


「ええ~」


 ミハイルが声をあげながら全員に視線を向けた。最後にイヴァンと視線を合わせるとにこりと笑った。


「まーいっか。信用できる人ばかりだし」


 その余裕そうな笑顔に違和感を覚え、イヴァンが目を離せずにいると、ミハイルの背中から、まるで魔法を放つときのように光の線が伸び、それは陣ではなく大きな腕を描いていった。

 ミハイルは腰の収納鞄から、一際大きな弓と矢を取り出し、背から伸びた光る腕で弓を引いて構えた。


「じゃあ、本気でいくから。サーシャ、死なないようにね」


 ミハイルからすっと笑顔が消えた瞬間、異常な速さで矢が連射された。空気を裂く音と共に大きな矢がサーシャを襲う。


 サーシャは驚きの表情を見せたものの、次の瞬間には楽しげに口角を上げて矢を避けた。


 あれは、“街道喰らい”の時に見た矢だと、イヴァンはすぐに気が付いた。デニスが魔法を放つ直前に、ミハイルが“街道喰らい”の動きを止めていた。どうやって射ったのか不思議だったが、こういうことだったのか……。


「あれはいったい、何なんだ……」


 ミハイルは息をつく間もなく矢を連射していく。的確にサーシャを狙った矢が、その身体を掠める。だが、避けながらもサーシャはミハイルに近づいていく。しかし、それでも矢の勢いは収まらず、サーシャから距離を取りつつも、ミハイルは矢を射続けていた。


 その現実味のない状況を、イヴァンは息を呑んで見つめていた。こんなにも速く、連続して矢を射られる者がいるだろうか……。


 サーシャを外れた矢は、草を薙ぎ、木や地面に深く突き刺さった。ミハイルはサーシャの動きを読んでいるのか、巧みに射線を変えるが、それでもサーシャは突破していく。


 イヴァンが呆けていると、ミハイルの手が矢筒へ伸びたが、掴んだのは何もない空間だった。


「あ……、矢がなくなっちゃった。参ったな」


 その機を逃すことなく、サーシャが一気に距離を詰めた。ミハイルはすぐに手を前へと突き出した。すると光る腕が弓を手放し、ミハイルの腕を覆うように重なった。


 サーシャのナイフが幾度も閃く。


 しかしミハイルは、その一撃一撃を正確に捌いていた。光る腕に覆われた手でナイフの軌道を遮り、刃を受け止めていく。それでもサーシャの攻撃は止まらない。左右から繰り出される斬撃を、ミハイルは手で次々と防いでいく。


 時折、ミハイルが拳を振るって反撃する。だが、サーシャは身体を僅かに逸らしてそれを避け、再びナイフを振るった。サーシャの速さに対応しながら、ミハイルも一歩も引かない。


 【暗穴の墳墓】で、イヴァンはサーシャの連撃を全て防ぐことは出来なかった。これは、本当に人同士の戦闘なのだろうか……。そのことがイヴァンの脳裏を横切ったとき、ミハイルが大きく後ろに飛びのいた。ミハイルの頬を血が伝う。


「どうした? もう終わりか?」


 サーシャが退屈そうに言った。ミハイルは手の甲で血を拭ってにこりと笑う。それから呼吸を整えるように息を吐くと、踏み込んで一気にサーシャへと向かっていった。


 先ほどまでとは明らかに違う速さだった。サーシャがナイフを振るう。ミハイルはそれを紙一重で躱すと、刃を掴んだ。だが、サーシャはすぐさま身を翻し、その勢いのままミハイルの脇腹へ蹴りを叩き込む。ミハイルは咄嗟にもう片方の腕を差し出した。


 サーシャの蹴りを受け、ミハイルの身体が大きく弾かれた。ナイフを掴んでいた手も離れる。だが、ミハイルはすぐにサーシャの足を掴んだ。口元を緩め、足を引いてサーシャの身体を引き寄せる。


 だが、サーシャは引き寄せられながら身体を捻り、手にしたナイフをミハイルへと振り抜いた。ミハイルは反射的に刃を手で受け止める。サーシャはそのまま足をミハイルの顔面へと叩き込んだ。


「ぐっ!」


 ミハイルの身体が後方へ弾き飛ばされる。サーシャは着地すると、何事もなかったかのようにナイフを構え直した。


 ミハイルが片手で痛む顔を押さえるが、鼻血がぽたぽたと地面に滴り落ちた。


「うーん、もう僕、疲れちゃったな」


 ミハイルが苦笑いしながら鼻血を拭った。


「そもそも、この状態っていつまで続くんだ?」


 言いながらダニールがカティア嬢を見た。


「いつもは、お兄ちゃんが疲れて寝ちゃうまでか……お兄ちゃんが飽きて、剣を手放して寝ちゃうまで……ですかね」


 カティア嬢が考えるように顎に指を当てて答えた。


「……ああ、なるほど。それであいつ、さっきからサーシャのナイフを奪い取ろうとしてたのか」


 ダニールがぽんと手を叩いた。それからサーシャに向かって声を張った。


「おい、サーシャ!」


 呼ばれてサーシャがダニールに目を向けた。


「その手に持ってるものをよく見ろ! それは剣か? それともナイフか?」


「は?」


 サーシャが訝しげに首を傾げた。それから自分が持っているナイフを見た。


「お前、さっきまで何してたよ? 料理してただろ? それ、どう見てもナイフだろ」


 ダニールの言葉を聞いて、サーシャはナイフを見つめながら片手で額を抑えた。


「……これは……ナイフだ……」


 手からナイフが滑り落ち、サーシャの身体が傾いた。サーシャが倒れ込む直前、ミハイルの光る腕が伸びて、その身体を受け止めた。そこへカティア嬢が駆け寄り、イヴァンも様子を窺いに行くと、サーシャは穏やかな顔で眠っていた。


「いやー、サーシャの奴、想像以上に強かったな」


「お前のせいで酷い目にあった」


「いーじゃねーか、楽しかっただろ?」


「そう思えるのは、お前とミハイルくらいだ。俺を一緒にするな」


 アンドレイがダニールを冷たく睨みつけた。


 確かに、そんな常識はずれな考えには、到底ついていけない。『灰色の刻』にとって、アンドレイという存在がどれほど重要なのか……考えるだけでため息が出た。


「なあ、サーシャってこうなると、すぐには起きないんだったよな?」


「そうですね……今回は短時間だったから、ちょっとわからないですけど……少なくとも夜までは起きないんじゃないですかね?」


 カティア嬢の言葉に、ダニールが真剣な顔で顎に手を当て考え込んでいるように見えた。


 まさか……今更ながら気にしているのか? 思わずダニールの次の言動を待っていると、アンドレイがイヴァンの肩に手を乗せ、首を横に振った。


 意味がわからず、イヴァンは首を傾げた。するとダニールが神妙な面持ちで口を開いた。


「サーシャがこの状態だ……イヴァン……」


 ダニールは盛大に両手を合わせて頭を下げた。


「お前が飯を作ってくれ!!」


「お前、大概にしろよ」


 アンドレイが鋭く言い放った。

ご感想・レビュー・誤字報告など、ぜひお気軽にいただけたら嬉しいです。

「ここが気になった」「このキャラが印象に残った」など、一言だけでもとても励みになります。


いただいたご感想は、今後の創作の参考として大切に読ませていただきます。

楽しんでいただけましたら、ぜひ気軽にお声を聞かせてください。

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