第37話
本作では、創作補助としてChatGPTを利用しています。
物語・設定・キャラクターは作者自身が作成し、文章の推敲や表現の整理にAIを活用しています。
そのため、本作はAI利用区分を「AI直接使用」に設定しています。
小鳥の囀りがぼんやりと耳に届く。
意識がゆっくりと鮮明になっていく中、肌寒さに身体が小さく震えた。
イヴァンは瞼をわずかに開き、霞む視界に映る木目が何なのか分からないまま、重たい体を起こした。
そこで初めて自分が床の上に横たわっていたことに気づいた。
酷い頭痛と吐き気に襲われながら周囲を見渡すと、すぐそこにダニールが倒れていた。
テーブルではアンドレイが座ったまま眠っている。二人には毛布が掛けられていた。
ふと手に触れた柔らかさに、自分にも毛布が掛けられていたことにやっと気づいた。
「……あの後……俺は、どうしたんだ……?」
痛む頭を押さえながら立ち上がると、テーブルの上はしっかり片付けられていた。
どうにも体がつらく、椅子に座りそのままテーブルに突っ伏す。
「う゛っ! 気持ち悪いっ!!」
ダニールが突然立ち上がったと思うと、凄い勢いで玄関の方へと駆けていった。
「んん……なんだ……ダニールか……?」
アンドレイが頭を上げ、ダニールが向かった先に顔を向けた。家の外でダニールが盛大にえずく声が聞こえてくる。
「うぅ……酷い二日酔いだ……」
アンドレイが頭を押さえながら、なぜか手元にあった杖を持ち、力ない声で詠唱を始めた。
すると柔らかい光がアンドレイを包み込んだ。どうやら自ら治癒魔法をかけたらしい。
「……アンドレイ、杖を用意しとくなんて……随分準備がいいな」
イヴァンはそのままの姿勢で声をかけた。その言葉に、アンドレイは不思議そうに手にした杖を眺めた。
「そういえば……なんで杖がここにあるんだ……?」
首を傾げながらアンドレイがイヴァンの方に顔を向け、すぐさま驚きの表情を見せる。
「おいイヴァン、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「すまない……俺にも治癒魔法をかけてくれないか……」
今にも死にそうな声でイヴァンが言うと、アンドレイが頷き、すぐに詠唱を始めた。
玄関からどたばたと音がして、ダニールが壁にぶつかりながらよたよたと戻ってきた。そのまま椅子に座ると、イヴァンと同様にテーブルに突っ伏した。
「……アンドレイ……助けてくれ……気持ち悪い……」
イヴァンを治癒し終え、アンドレイは黙ったままため息をつくと、今度はダニールへと魔法をかけ始めた。
するとダニールは、どこを見るでもなくぼんやりと前を見つめながら口を開いた。
「昨日はひどい目にあったぜ……。ミレナさん、綺麗な顔してとんだ魔女だな」
「昨日のことが思い出せないんだが……何があったんだ?」
治癒を受けてもなおテーブルに突っ伏したまま、イヴァンは二人に尋ねた。
「俺は、杖を取りに行ったような気がするんだが、その辺があいまいだ。ただ、お前らが相当飲まされてたのだけは覚えてるぞ」
ダニールへの治癒を終えてアンドレイが答えた。少し元気を取り戻したダニールが、姿勢はそのままに顔をあげた。
「ミレナさん……すげー楽しそうに喋ったり歌ったりしてたんだが、本人は大して飲みやしねー……。俺たちにめちゃくちゃ酒を注いで、笑顔で見てくるんだ……。あの笑顔で見られると、飲まないわけにいかねーから……。それで飲むと、また注いでくるんだよ……。地獄だった……」
「そうだ……思い出した。それでイヴァンが倒れたから、俺は杖を取りに行ったんだった……。ただ、動いたら酔いが回って、戻ってきて座ったら動けなくなったんだ……」
「そうだよ。お前ら二人とも潰れちまうから! 俺一人でミレナさんの相手して大変だったんだぞ!」
そう言うとダニールはテーブルに顔をうずめた。
「ああ、駄目だ……。治癒魔法かけてもらったのに、まだ気持ち悪い……」
その言葉を最後に、ダニールは何も言わなくなった。
三人が黙り込み、朝の静けさが家の中に再び広がった。小鳥の囀りがはっきりと聞こえる。
その時、控えめに歩く足音が近付いてくるのがわかった。しかし誰も動かなかった。
「ええー……。何この状況……。三人ともどうしたの?」
ミハイルの声だった。
「……」
誰も返事をしなかった。
「え……死んでる? なんで? 僕、ちょっとサーシャを起こしてくるよ」
そう言ってミハイルは戻っていった。
嘘だろ……? あの朝に弱いサーシャを起こすのか? イヴァンはそう思いはしたが、声には出せなかった。
「サーシャ! 起きてー! みんなが大変だよ! ほら! 起きて、起きて!」
遠くからミハイルが張り上げる声が聞こえた。間もなくバタバタと戻ってきたかと思うと、寝巻き姿のサーシャを肩に担いでいた。
それから器用にサーシャの脇に手を差し込み、人形のようにこちらに向けて掲げた。そのミハイルの腕力に驚いたが、それよりもイヴァンの目はサーシャの頭に吸い寄せられた。
前髪がリボンで結ばれていた。
なるほど……ミレナに注意されていたというのに、どうやらカティア嬢はサーシャを可愛くしてしまったらしい。
しかしそれすらも反応できる元気がなかった。ダニールもアンドレイも、黙ってそのリボンを見つめていた。
「サーシャ! ほら起きて見てよ! 三人に治癒魔法かけてあげてよ!」
完全に寝ているサーシャを揺さぶり続けるミハイルは、なぜか凄く楽しそうだった。
みるみるサーシャの表情が険しくなっていくのがわかり、イヴァンは焦りで冷や汗が止まらなかった。
「ちょ……ミハイルやめ──」
制止しようとしたその時、サーシャの目が開き、イヴァンは言葉を途切れさせ、息を呑んだ。
物凄く不機嫌そうに細く開いたその目で、サーシャは睨むように周囲を見渡した。
「サーシャ起きた?! 三人を治癒してあげてよ!」
ミハイルが変わらず楽しそうに言うと、サーシャは振り返りミハイルを見た。
「あ゛あ?」
低く唸るようなサーシャの声に、ミハイルはにっこりと笑い返した。サーシャが首を傾げ、今度はイヴァンたちを見た。
「誰かなんとかしろよ……酒臭い……」
サーシャが呟いてイヴァンたちを指差すと──また寝た。
次の瞬間、サーシャの目の前に小さな水の塊が現れた。それはどんどん膨れ上がり、巨大な水の塊になった。
「なっ!」
「なんだこりゃ!──」
ダニールが叫んだ途端、水が伸びてきてダニールを飲み込んだ。そして驚愕するアンドレイも有無も言わさず飲み込み、続けてイヴァンもその中へ引きずり込んだ。
すると玄関の扉が突風で開き、イヴァンたちを取り込んだ水の塊は外へと飛び出した。
ミハイルがサーシャを抱えたまま、慌てて追いかけてくる。
巨大な水の塊は回転し始め、抵抗することなど一切できず、三人は互いにぶつかることなく、高速で水中をぐるぐると回っていた。
イヴァンは息もできず、一瞬意識を失いかけたその時、水の塊が三人を残して上空へと飛んでいった。イヴァンたちは地面に打ち付けられ転がされる。
「三人とも大丈夫?」
ミハイルが少し離れたところから声をかけてきた。
「だ、大丈夫じゃ……ね、おえぇぇぇぇ」
這いつくばったダニールが、言い切る前に嘔吐した。
「おえぇぇぇぇ」
同時にイヴァンとアンドレイも同様に吐いた。
回転の酔いと二日酔いの気持ち悪さと、もうどちらなのかわからなかった。
「うわぁ……」
ミハイルが思わず声を上げたその時──
ざばあぁぁぁぁぁぁ……!
上空に飛んでいったと思った水が、滝のように三人めがけて降ってきた。そしてそれは全てを洗い流した。
「ああ……」
またミハイルが小さく声をあげた。
気持ち悪さと疲労、それから水の冷たさで、イヴァンは這いつくばったまま、もう身動きが取れなかった。ダニールもアンドレイも動かない。
「なんか……ごめんねえ」
謝るミハイルの声がしたが、頭に入ってこなかった。
「ふ……ふふ……ふふふふふ……。これは、精霊の加護ってやつか……そうなのか」
「あ、アンドレイが壊れた」
ミハイルの言葉に続いて、声がした。
「どうしたんですか? こんな朝早くに……」
家の中からカティア嬢が眠たそうに目を擦りながら出てきた。
「え?!」
ずぶ濡れで這いつくばるイヴァンたちを見て、カティア嬢は驚きの顔で動きを止めた。
カティア嬢の後ろからミレナが顔を出した。
「どうしたの?」
ミレナはイヴァンたちを見て口元に手を当て驚いていた。
「まあ! 何があったの?」
こんな情けない姿を見られたというのに、言葉を返す元気はイヴァンにはなかった。
ミハイルに抱えられたまま眠っているサーシャを見て、ふと思った。
これも魔法なのか? 眠る前に発した一言で、ここまで精霊が動いてしまうのか……? アンドレイの言った、“精霊の加護”。その言葉だけが頭に残った。
「なんか疲れたからもう一泊していい?」
「お前……もう一泊して、また同じことの繰り返しになったらどうするんだ……」
「……俺、もうしばらくは……酒はいいかも……」
ダニールとアンドレイが弱々しく零した。
その後、ミレナが朝食を用意したがイヴァンたち三人は口にすることすらできなかった。
それから全員身支度を終えて、出発することとなった。
「もう出発してしまうなんて、寂しいわ。みなさん、また是非いらしてね」
まだ顔色が良くならないイヴァンたち三人は、ミレナの言葉に笑顔を引きつらせた。
「イヴァンさん……」
ミレナはがっしりとイヴァンの手を握った。
「次は主人に紹介させてくださいね。いい知らせを待ってるわ♪」
「いや、あの……」
イヴァンが返答に困っていると、ミレナがにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「頑張ってくださいね♡」
それは、拒否する選択肢を与えない笑顔だった。
「……はい、頑張ります」
イヴァンは肩を落としながら答えた。
「それじゃあ、おばあちゃん。また来るね♪」
カティア嬢のその一言を最後に、イヴァンたちは出発した。
遠く離れても、ミレナが見送っている姿が小さく見えた。
村を出たすぐ先はもう深翠の森だ。入口付近は他の森とそれほど違いはなかった。
一行は黙々とただ歩いていた。
ふと、カティア嬢がミハイルを見ながら口を開いた。
「あの、ミハイルさん。その、お兄ちゃんに殴られた頬は、アンドレイさんに治癒してもらえないんですか?」
ミハイルの頬は、片側だけ大きく腫れていた。抱き抱えられたまま目を覚ましたサーシャが、子供扱いされたと思って殴り飛ばしたからだ。
「あはは。調子に乗っちゃったら、アンドレイを怒らせちゃってね〜。自力で治せって言われちゃった!」
「当たり前だ。お前のせいで、俺たちは酷い目にあったんだ。しばらく反省しろ」
おどけて見せるミハイルに、アンドレイが刺すように言い放った。ミハイルは笑って誤魔化すと、カティア嬢の頭を指差した。
「カティアちゃんこそ、サーシャに小突かれてできたたんこぶ。治癒してもらえないの?」
「お前が悪い、知らんって言われました……可愛くしただけなのに……」
そう言ってしょんぼりするカティア嬢をサーシャが後ろから睨みつけていた。その視線に気づいたミハイルが、何故か楽しそうに笑っていた。
こいつは本当に……いったい何を考えてるんだ? サーシャの次に、ミハイルという人間が理解できない。
ふと、昨晩ダニールが、ミハイルは周りに気を使いすぎだと言っていたのを思い出した。
あれは、どういう意味だったのだろうか……。
そう考えていると、背後から話しかけられた。
「行きと同じ道で帰るなら、イヴァン、お前、帰りもミレナさんの所に行くんじゃねーの?」
ダニールがにやつきながら言ってきた。
「えっ!」
「……帰りは真っ直ぐ帰る。イヴァンがいると、ばあさんがはしゃぎ過ぎて面倒くさい」
一瞬焦ったが、サーシャのその言葉にイヴァンは安堵して小さく息を吐いた。
「え! 帰りは泊まらないの?!」
カティア嬢が衝撃を受けた表情でサーシャを見るが、サーシャは小さく息を吐いただけで何も返さなかった。
「それにしても、アンドレイまで二日酔いになるなんて珍しいね」
ミハイルが尋ねると、アンドレイは大きくため息をついた。
「お前もあの場にいたら、同じ目にあっていたと思うぞ」
「そうだぞ……ミレナさんの酒は飲まないといけなくなるんだ……」
ダニールが思い出したように顔を引きつらせて言った。
「ええ、何? どういう事?」
「ミレナさん、ずっと笑顔だったろ?」
「そうだね……?」
「だがな……酒を断ったら最後、この世の終わりかってくらい物凄い絶望した顔になるんだよ!」
「ええぇ……」
ダニールの大袈裟なくらいの表情に、ミハイルが引き気味に声を上げる。
「ミハイル、お前は信じないだろうが、ダニールの言っていることは本当だ。あの顔をされると、まるで飲まない自分が絶望させてしまってるような罪悪感に苛まれるんだよ」
アンドレイが片手で顔を押さえながら言った。
「しかもだ……飲むとこの世のものとは思えない笑顔を向けてくるんだよ! それが嬉しくなって、つい、いっぱい飲んじまうんだよ!」
ダニールが頭を抱えながら声を張り上げて言った。
「ああ、それ。お父さんも同じ事を言ってました」
カティア嬢がぽんと手を叩いて言った。
「イヴァン……。お前はあの地獄をこれからも味わうかもしれないからな……頑張れよ」
ダニールはイヴァンの肩に手を乗せると顔を近付けて言ってきた。
「まあ、イヴァンはその方が、ある意味幸せだろ……頑張れよ」
アンドレイもまた、そう言って手を肩に乗せてきた。その両肩に乗る手が、やけに重く感じてイヴァンは大きくため息をついて二人の手を払いのけた。
「うるさい。頑張ればいいんだろう……」
それは自分に言い聞かせるような言葉だった。
確かに、頑張らなければ自分の想いはこの先に進まないのかもしれないと、イヴァンは思った。
「何か、三人は変に仲良くなったよね」
ミハイルが嬉しそうに言った。
「……くだらない」
そう呟くと、サーシャが立ち止まっていた皆を置いていくかのように歩き出した。
「あ、お兄ちゃん待ってよ」
カティア嬢がサーシャを追いかけ、皆がそれに続いた。
ご感想・レビュー・誤字報告など、ぜひお気軽にいただけたら嬉しいです。
「ここが気になった」「このキャラが印象に残った」など、一言だけでもとても励みになります。
いただいたご感想は、今後の創作の参考として大切に読ませていただきます。
楽しんでいただけましたら、ぜひ気軽にお声を聞かせてください。




