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第35話

本作では、創作補助としてChatGPTを利用しています。


物語・設定・キャラクターは作者自身が作成し、文章の推敲や表現の整理にAIを活用しています。


そのため、本作はAI利用区分を「AI直接使用」に設定しています。

 イヴァンは身支度を整えると部屋を出た。


「デニスさーーーん! 朝ですよー! もー、いつになったら起きるんですか!」


 廊下では、ルカがデニスの部屋のドアを叩きながら大声を上げていた。


 すると、ドアがゆっくりと開いた。隙間からデニスが顔をのぞかせたが、その目は閉じたままだった。


「……うるさい」


「うるさいって何ですか! 自分で起こしてくれって言ったんでしょ!」


 ルカが怒りながらドアを押し開けると、デニスがふらふらと部屋から出てきた。いつもの朝の光景だ。


「デニス、顔を洗ってきたらどうだ? その方が目も覚めるだろう」


 イヴァンが声をかけると、ルカが振り向いた。


「リーダー、おはようございます。あ、もう身支度終わってるじゃないですか! ほら、デニスさん! 早く顔を洗ってきてくださいよ!」


 ルカが背中を軽く押すと、デニスはおぼつかない足取りで歩き始めた。


「デニス、気をつけろ。階段だぞ」


 イヴァンが声をかけた、その瞬間だった。ルカに背中を押されながら歩いていたデニスの足が階段を踏み外し、体が大きく前へ傾く。


「っ、やば!」

 ルカは咄嗟にデニスの服を掴んだ。だが、その体重に引っ張られ、自分まで階段へ倒れ込む。


 イヴァンはルカの胴へ腕を回し、その体を支えた。


 一瞬、三人の動きが止まる。


 デニスは服を掴まれたままゆっくりと振り返った。


「ルカ……俺を殺す気か」


「ひーっ、ごめんなさい!」


 謝りながら、ルカはデニスを引っ張り上げた。


「……おかげで目は覚めた」


 そう言うと、デニスはしっかりとした足取りで階段を下りていった。


「リーダー、助かりました。もう行くんですか?」


 ルカも苦笑いしながら階段を下りる。


「ああ、カティア嬢たちを迎えに行ってから出立するからな」


 イヴァンも階段を下りると、広間ではラリッサとボグダンがテーブルに着き、何かを飲みながら話をしていた。


「あ、ルカにイヴァンさん。おはようございます。やっぱり、もう準備できてたんですね」


「レオニードさんが言ってくれなかったら、本当にこの人、黙って行ったでしょうね」


「寝てたら起こすのも悪いだろ」


「そういう問題じゃないんですよ」


 ルカは小さくため息をついた。


 イヴァンは苦笑いを浮かべ、中庭へ視線を向けた。いつも通り、レオニードが剣を振っている。イヴァンの視線に気付いたのか、すぐに動きを止めてこちらを向く。目が合うと、そのまま歩み寄ってきた。


「行くのか?」


「ああ、行ってくる」


 レオニードと短く言葉を交わすと、イヴァンは玄関へ向かった。


「デニスさん! リーダー行っちゃいますよ!」


 ルカが慌ててデニスを呼ぶと、気だるそうにデニスがやって来た。


「うるさいな、分かってるよ。リーダー、これ……」


 デニスは一つの包みを差し出した。


「色々と薬を調合しといたんで、何かあれば使ってください」


「私からも、これ。中庭で採れたハーブティーです。一息ついた時にでも飲んでください」


 続いて、ラリッサからも包みを受け取った。


「二人とも、ありがとう」


「リーダー……ちゃんと帰ってきてくださいよ?」


 心配そうに言うルカの頭に手を乗せると、イヴァンは小さく微笑んだ。


「ああ、分かってる」


 イヴァンは軽く手を上げると、背を向けて歩き出した。


 今のパーティになってから、イヴァンが一人になることはしばらくなかった。仲間たちと離れると思うと、寂しさが込み上げた。いつの間にか、それほど長い時間を共に過ごしていたのだと、感慨深かった。


 イヴァンはカティア嬢の家までやってくると、扉をノックした。まもなく、中からばたばたと足音が近づいてきた。きっとカティア嬢だろう。


 扉が勢いよく開いた。


「やあ、カティア嬢。おはよう」


「あ、イヴァンさん。おはようございます! ちょっと待っててくださいね! 今お兄ちゃんを連れてくるんで」


 確認はしてなかったが、やはりサーシャも一緒に行くのだな。待っていると、カティア嬢が奥から手を引きながらサーシャを連れてきた。その目は開いてないように見える。


 なんだろう。魔法使いというものは皆朝に弱いのだろうか?


「やあ、サーシャ。おはよう」


 挨拶をすると、サーシャが舌打ちをした。どうやら、ちゃんと起きているらしい。朝は機嫌が悪いようだ。イヴァンは苦笑いを浮かべた。


「さあ、いきましょう!」


「……引っ張るなバカティア」


 文句を言いながらも、サーシャはカティア嬢に手を引かれるまま歩き出した。イヴァンはその後を追った。


 しばらく歩くと、北門が見えてきた。近付くにつれて、『灰色の刻』の三人の姿が見えてきた。ミハイルが気付いたらしく、両手を大きく振っているのが分かった。


 ここまで来るのにカティア嬢とサーシャにはダニールたちが同行することを伝えておいた。これで全員そろったということだ。


「待たせたな」


 そばまで来ると、イヴァンは自然とアンドレイへ目を向けた。普段と変わらない様子だ。


 考えてみれば、ラリッサも朝はきちんと起きていた。どうやら魔法使いだから朝に弱いわけではなく、単にサーシャとデニスが弱いだけらしい。


「おはようございます!」


 カティア嬢が明るく挨拶すると、ミハイルがいつもの様子で返してきた。


「おはよ~。あれ、サーシャは眠そうだね」


「お兄ちゃん、朝弱くて」


「おいおい、朝よえーって、お前夜も弱いだろう。まーでも、いっぱい寝れば今からでも大きくなるかもな!」


 そう言ってダニールは笑った。今の言葉で機嫌を損ねたのではないかと、イヴァンはサーシャへ目を向けた。しかし、心なしか目を輝かせてダニールを見ていた。どうやら大丈夫だったらしい。


「よし、行くか。カティア嬢、案内を頼む」


「任せてください!」


 カティア嬢がぽんと胸を叩くと、軽快に歩き出した。皆もその後に続く。


「それで、目的地はどの辺なんだ?」


 アンドレイがカティア嬢に尋ねた。


「えっと、深翠の森なんですけど……。結構、チェルノホラ山脈寄りなんですよね」


 深翠の森といえば、北に聳え立つチェルノホラ山脈の麓から広がり、実家のあるヴォロビク男爵領にまで及ぶ大きな森だ。奥には原生林が広がっているが、そんなところに……。


「そんなところに人が住んでるとは思わなかったな」


 アンドレイが静かに驚きを滲ませながら言った。


「あはは。うちの家族以外の人は住んでないですからね」


「なんでそんな秘境みたいな所に住んでんの?」


 ダニールが不思議そうに尋ねると、カティア嬢は考える素振りを見せた。


「うーん、細かいことは聞いたことなくて……」


 そう言いながらカティア嬢がサーシャを見る。つられるようにイヴァンも視線を向けると、気付けば皆がサーシャを見ていた。


「は? なに? 俺も知らないよ。物心ついた時には、あそこに住んでたんだ」


 サーシャが不機嫌そうに答えた。


「だそうです!」


 カティア嬢はにっこりと笑った。


 ダニールが呆れたように口を開いた。


「おいおい、お前らそんな所に住んでて気にならなかったのかよ。俺だったら真っ先に聞くけどな」


「ダニールじゃそんな自然しかない所でじっと暮らしてられないもんね」


 ミハイルがダニールを指差しながら笑う。


「当たり前だろ。娯楽が何もねーじゃねーか!」


「出会いもないしな。ダニールには苦痛だな」


 アンドレイが無表情のまま言った。


「それは苦痛どころじゃないだろ……」


 ダニールが目を見開いて抗議した。


 そんなやり取りにイヴァンが呆れていると、カティア嬢が目を輝かせた。


「そうなんですよ、ダニールさん! あそこに居ると出会いがないんですよ! 友だちできなくて……ずっとお兄ちゃんと二人で……お兄ちゃん可愛いから見てて飽きないんですけど、やっぱり友だちほしくて。特に同性の友だち! 憧れてたんです!」


 カティア嬢の眩い笑顔に、ダニールが目を細めた。


 ダニールの言う出会いは、君のそれとは違うんだ……と、イヴァンは心の中で呟いた。


「アンドレイ、俺。なんか自分が汚れた人間に感じてきたわ……」


「何を今更。事実だろ」


「僕はどんなに汚れまくってても、ダニールのこと、大好きだよ」


「ミハイル……。俺、そんなに汚れてんの?」


「あははは」


  ミハイルは笑っていた。そのまま笑顔で弓を構えると、草むらへ向かって矢を放った。


 ギャンッ! 獣のような鳴き声が響いた瞬間──


「──《雷光の舞》」


 いつの間にか詠唱を終えていたサーシャの魔法が放たれた。複数の鋭い雷撃が茂みの中を高速で飛び交う。


「なんだ? 魔物か?」


 ダニールが目を凝らす。


 茂みの奥から淡い霧が幾筋も立ち上り、風に流されるようにほどけながら、草原へ溶けていく。


「草狼だな」


 アンドレイが転がる魔石へ目を向けながら言った。


「まだ居るから気を付けて」


 ミハイルの言葉と共に皆が構える。


 まだ気配は掴めない。いつもならレオニードが先に声をかけてくれるのに……。


 やりづらさを感じながらも、イヴァンも剣を構えた。


 アンドレイの詠唱が響く。


「氷の精モロザよ、その冷たき吐息で草木を凍てつかせよ──《氷の吐息》」


 冷気が地を駆け、草葉は瞬時に凍り付き、そのまま次々と折れ伏した。


 わずかな間に茂みは崩れ、草色の姿がいくつも露わになった。


「風の精ヴェーテルよ、その刃を巡らせ、草木を薙げ──《風薙ぎ》」


 続いてサーシャの魔法が放たれた。風刃が周囲の草を一斉に刈り払い、辺り一帯から隠れ場所が消え失せた。


 それを合図に、皆が一斉に攻撃へ移った。


 アンドレイが声を張った。


「牙の毒に気をつけろよ!」


「わかってるよ!」


 ダニールが草狼を次々と斬り伏せる。イヴァンとカティア嬢も剣を振るい、ミハイルは離れた草狼を射抜いた。


 最後の一体が倒れると、イヴァンは小さく息を吐いた。


 パーティが違うと、こんなにもやりづらいものなのか……。


「ダニール、魔石をちゃんと回収しろよ。小さくても馬鹿にできないからな」


 アンドレイが釘を刺すように言うと、ダニールは手をひらひらさせた。


「へい、へい。わかってるよ」


 魔石を回収し、一行は再び街道を進んだ。


 その後も何度か魔物と遭遇したが、そのたびに退けながら歩き続ける。やがて、街道の分岐点が見えてきた。


 カティア嬢は迷うことなく右へ続く道へ足を向ける。


「おい、カティア。なんでそっちに行くんだ」


 サーシャが呆れたように声をかけた。


「え?」


 カティア嬢は足を止め、きょとんと振り返る。


「今日はミレナおばあちゃんの家に泊まるんじゃないの?」


「なんでいつもの流れで行けると思ってるんだよ。今回は違うだろ。他の奴らもいるんだ」


「えー。でも、お母さんが『近くまで行ったら、必ず立ち寄りなさい』って言ってたじゃない」


「だからって、こいつらまで連れていくのかよ」


「え? ミレナおばあちゃん、人が好きだから大丈夫だよ?」


「そういう問題じゃないだろ!」


 兄妹のやり取りを見ながら、イヴァンは小さく苦笑した。


「それなら、俺たちは宿に泊まる。君たちはお祖母様のところへ行けばいいんじゃないか?」


「ない」


「……ない?」


「あそこは小さな村だから、宿なんて存在しない」


 思わぬ返答にイヴァンは言葉を失った。


「じゃあ野宿でいいだろ。最初からそのつもりだったじゃねーか。」


 ダニールがあっさりと言った。


「そうだね〜。僕らは野宿に慣れてるしね」


 ミハイルも気楽に笑う。


「ああ、俺も構わない」


 アンドレイも短く答えた。


「そうだな。サーシャ、俺たちのことは気にしないで、いつもの通りに立ち寄ってあげてくれ」


 イヴァンがそう言うと、サーシャは小さくため息をつき、カティア嬢が向かおうとしていた道へ足を向けた。


「とりあえず、ばあさんの家に向かうぞ」


「はい! 着いたら紹介しますね。きっと、おばあちゃん喜びます♪」


 カティア嬢は嬉しそうにスキップしながらサーシャの後を追った。


 一行はそのまま歩き続け、いつしか西の空は茜色に染まり始めていた。


 やがて、森の縁に佇む小さな村が姿を現した。家々の煙突からは、細く煙が立ち上っている。


「もう、すぐそこが深翠の森なんだね」


 森の方を見ながらミハイルが呟く。


 村へ入ると、カティア嬢は何人かの村人と挨拶を交わしながら、迷うことなく道を進んでいった。


「カティアちゃんのお祖母様なら、さぞかし美人なんだろうな」


 ダニールがにやけながら言う。


「お前、見境ないんだな」


 アンドレイが呆れたように言った。


「ばかやろう。美人は年齢関係なく目の保養だろ」


「お前の目が保養されても、その視線で相手が汚されるからやめろ」


「いやらしい」


 ミハイルが楽しそうに言う。


「目の保養ぐらい自由にさせろ!」


「だったらイヴァンでも見てろ」


「あ~、ある意味“美人”だもんね」


「顔のいい男なんか見たら、目が腐るだろ」


「失礼な奴だな」


 アンドレイが無表情で言った。


 イヴァンは小さくため息をつき、三人のやり取りを聞き流しながら歩き続けた。


「おばあちゃんの家、この先です♪」


 カティア嬢が振り返り、嬉しそうに指差した。


 村の奥へ進むにつれ、家々の間隔が少しずつ広がっていく。その先に、周囲の家よりもひと回り大きな家が見えてきた。


「あれです!」


 カティア嬢が足取りを弾ませる。


 その家へ近づくにつれ、カティア嬢の表情がますます嬉しそうになっていった。


 そんなカティア嬢を見ているうちに、イヴァンの表情が自然と緩んだ。


「お前、気持ち悪いな」


 ダニールが横からぼそりと言った。


「何がだ!」


 イヴァンは思わずダニールへ顔を向けた。


 その間にもカティア嬢は家の前まで駆けていき、扉を開けると、ためらいもなく中へ入っていく。


「おばあちゃーん! 来たよーー♪」


 サーシャは小さく息を吐くと、何も言わずにその後へ続いた。


 気づけば、イヴァンたち四人だけがその場に残されていた。


「二人とも入ってちゃったね。どうする? 僕たちも追いかける?」


 ミハイルが家の中を覗き込みながら言った。


「勝手に入っていくわけにはいかないだろ」


 アンドレイが即座に返す。


「ここで待ってれば、戻ってくるんじゃねーの?」


 ダニールはそう言って、家の前で腕を組んだ。


「……そうだな」


 イヴァンも家の中へ視線を向けた。


 しばらくすると、家の奥から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「あっ!」


 カティア嬢が玄関まで戻ってくる。


「すみません! 皆さんのこと、すっかり忘れてました!」


 カティア嬢は申し訳なさそうにしながらも、へらっと笑った。


「おばあちゃんを皆さんに紹介するので、入ってください!」


 そう言って、カティア嬢は皆を家の中へ招き入れる。


「おばあちゃーん! みんな連れてきたよー!」


 カティア嬢は声を張りながら家の中へ入っていく。後を追うと、すぐ先に一人の女性が立っていた。


 その姿を目にした瞬間、イヴァンは思わず足を止めた。


 年齢を重ねていることは分かる。それでも、その立ち姿には凛とした気品があり、整った顔立ちには思わず目を奪われるような美しさがあった。


 ──綺麗な人だ。


 ダニールがすかさずミレナのもとへ駆け寄り、その手を取った。


「結婚してください!」


「ダニール、イヴァンの前でそれやるのか」


 アンドレイが呆れたように言った。


「いたたまれないね」


 ミハイルが苦笑しながら口を挟んだ。


「……あ」


 ダニールがイヴァンを見る。イヴァンは何とも言えない顔で視線を逸らした。


 ミレナはくすりと笑った。


「ごめんなさいね。私には愛する夫がいるのよ」


「あー、旦那がいるのか!」


「いるに決まってるだろ」


 アンドレイが呆れたように言った。


「流石ダニール、本当に見境ないね」


 ミハイルはくすくすと笑った。


「みなさん、面白い方々ね」


 ミレナは楽しそうに微笑んだ。


 カティア嬢が皆の方へ向き直る。


「この人が、ミレナおばあちゃんです♪」


 カティア嬢が紹介すると、ミレナは皆へ柔らかな笑みを向けた。


「初めまして。サーシャとカティアの祖母のミレナです。皆さん、遠いところからよく来てくださいましたね」


 ミレナの言葉に、皆がそれぞれ軽く頭を下げる。


「おばあちゃん、紹介するね!」


 カティア嬢はダニールたちへ目を向けた。


「この人がダニールさん。こっちがアンドレイさんで、その隣がミハイルさん! 三人とも『灰色の刻』っていうパーティで冒険者をしてるんだよ♪」


 ミレナが三人へ視線を向ける。


「まあ、冒険者なのね」


 カティア嬢が最後にイヴァンへ目を向けた。


「この人が、イヴァンさんです♪ 『蒼銀の翼』っていうパーティのリーダーなんだよ!」


「初めまして。イヴァンと申します。本日は突然お邪魔してしまい、申し訳ありません」


 イヴァンが一歩前へ出て頭を下げる。


 顔を上げると、ミレナがじっとこちらを見つめていた。


「あら……」


 ミレナの目がわずかに見開かれる。


「まあ、なんて綺麗なお顔立ちなのかしら」


「……ありがとうございます」


 思いがけない言葉に、イヴァンは少し戸惑いながら答えた。


「イヴァンさん、お相手はいらっしゃるの?」


「お相手……ですか?」


 思いがけない問いに、イヴァンは一瞬言葉を詰まらせた。そして、ふとカティア嬢へ目を向ける。


「そいつ、カティアに求婚してたぞ」


「──っ、サーシャ! それは言わなくていいだろ!」


 イヴァンが思わず声を上げる。


 サーシャは知れっとした顔で、何食わぬ様子で立っている。


 カティア嬢は特に気にする様子もなく、ミレナを見ていた。


「あら!」


 ミレナの顔がぱっと明るくなる。


「まあ、そうなの? 二人はもうお付き合いしているの?」


「やだなぁ~、そんなのじゃないよ~」


 カティア嬢が笑いながら答える。


 その一言が、思いのほか胸に突き刺さった。イヴァンは思わず胸元を押さえる。


 ──そんなのって……。


 そんなイヴァンの様子を見たミレナが、ふっと目を細めた。


「まあ……。鈍い子でごめんなさいね」


 何かを察したように微笑むと、ミレナはイヴァンの手をそっと握った。


「……え?」


「私、応援しますからね!」


 イヴァンが戸惑っていると、ミレナは優しく笑った。


「……やっぱり顔なのか?」


 その様子を眺めていたダニールが、ぽつりと呟いた。


「お前だってそうだろ」


 アンドレイが淡々と返した。


 そこで、サーシャが口を開いた。


「じいさんは? いないのか?」


「あの人なら森に行ったきり、しばらく帰ってきてないわ」


「もう! おじいちゃん、また研究に没頭してるのかな?!」


 カティア嬢が呆れたように言う。


「ごめんなさいね。主人のセルゲイは不在で、ご挨拶できなくて」


「セルゲイ……?」


 ミレナの口から出たその名前に、イヴァンはふと引っかかりを覚えた。


 セルゲイ……。


 どこかで聞いたことがある。


 ──あ。


「カティア嬢。“セルゲイ”って、あの腐葉の森の……角兎の──」


「はっ!」


 カティア嬢が弾かれたようにイヴァンへ飛びつき、その口を手で塞いだ。


「──!?」


 突然のことに、イヴァンの思考が一瞬止まった。


 何が起きたのか理解するより先に、唇に触れている手の柔らかな感触を意識してしまい、それがひどく恥ずかしく感じられた。


 さらに、カティア嬢の手からふわりといい香りが漂ってくる。


 その瞬間、顔が一気に熱くなった。


「……あはは……!」


 カティア嬢は、皆の視線を誤魔化すように笑った。そのまま、イヴァンの腕に自分の腕を絡める。


「──っ!!」


 腕に伝わる柔らかな感触に、イヴァンは息を詰めた。


 これは──駄目だ! 考えたら駄目なやつだ!!


 そう自分に言い聞かせるほど、かえって意識がそこへ向いてしまう。


 まずい。落ち着け。落ち着くんだ。こんなことで動揺するな。いつも通りにしていればいい。……いつも通りって、どうすればいいんだ?!


 カティア嬢はそのまま皆から少し離れるようにイヴァンを引っ張ると、口元を隠したまま、イヴァンの顔へ近づく。


 距離が近い。先ほどより、さらに近い。


「腐葉の森のことは、おばあちゃんには内緒にしてください。お兄ちゃんが剣を持ったこと、ばれちゃうんで!」


 小さな声が耳元へ届く。


 イヴァンの肩がびくりと震えた。


 駄目だ……もう──限界だ!


 ただ、早くこの場が終わってくれと願うことしかできなかった。


 イヴァンはコクコクと頷いた。


 だが、声が出ない。顔は熱く、真っ赤になっているのが自分でも分かる。


「やっぱりお前ら付き合ってんの? 見てるこっちが恥ずかしいんだけど」


 ダニールの声が飛んできた。


「まあ♪」


 ミレナが嬉しそうな声を上げた。


 イヴァンは、もう何も考えられなかった。


「……“セルゲイ”って、もしかして精霊研究で有名な、あのセルゲイ先生ですか?」


 アンドレイがふと尋ねた。


「まあ! ご存じなの?」


「ええ。俺も魔法使いなんで、著書を何冊か読んでます。まさか、こんな近くに住んでるとは思いませんでした」


「そうなの。家はここなんですけどね」


 ミレナは少し困ったように笑う。


「主人はあちこち飛び回っていて、家にいることの方が少ないんですよ」


「おじいちゃん、昔からすぐ森に研究しに行っちゃうんですよね。森の方が研究するものがいっぱいあるとかなんとか……」


 カティア嬢が呆れたように口を挟みながら、イヴァンから離れる。


 イヴァンは、ほっと小さく息を吐いた。途端に全身から力が抜け、その場に座り込んでしまう。


 だが、気が緩んだところで自分の手に気づく。……手汗が、ひどい。


「そんないつも家を空けてる旦那さんの代わりに、俺がここに住んでミレナさんを慰めてあげますよ!」


 ダニールはそう言って、再びミレナの手を握った。


「あらあら。ダニールさんは本当に面白い方ね」


 ミレナはくすくすと笑った。


「でも、心配してくださらなくても大丈夫ですよ。この村では、皆さんがよく声をかけてくださいますから。それに……」


 ミレナは少しだけ目を細める。


「研究のことになると夢中になって、どこへでも行ってしまうところも含めて、私はあの人が好きなんですよ」


 穏やかな笑みを浮かべるミレナを見て、ダニールが固まった。


「……なんか俺、ものすごく自然に振られた気がするんですけど」


「だから、目の保養だけにしとけ」


 アンドレイがダニールを冷ややかな目で見る。


「旦那さんのこと、本当に大好きなんですね~。セルゲイさんの、どんなところが好きなんですか?」


 ミハイルがにこにことミレナを見る。


「そうねぇ……」


 ミレナは少し考えるように目を伏せる。


 そして、ふっと笑った。


「やっぱり……顔かしら♡」


 両手を頬に添え、嬉しそうに微笑む。


「くそっ! やっぱり顔なのかよ!」


 ダニールが悔しそうに声を上げた。


「お前もだろ。いい加減認めろ」


 アンドレイは、うんざりしたようにため息をついた。


 そんな二人のやり取りをよそに、ミレナがふとイヴァンへ目を向けた。


「あら、イヴァンさん。どうしたの? そんなところに座り込んで」


「……!」


 イヴァンは慌てて立ち上がった。


「い、いえ……」


 恥ずかしさから、また顔が熱くなる。


「きっとお疲れなのね。皆さん、よかったら今夜はうちに泊まっていってください♪」


 ミレナは優しく微笑んだ。


「え、いいんですか~?」


 ミハイルが嬉しそうに尋ねる。


「野宿しなくて済むな」


 アンドレイもほっとしたように呟いた。


「あらあら。親族が多いのもあって、客室はたくさん設けてますのよ。楽しみだわ♪ 私、大勢で夕食を食べるのが大好きなんです!」


 ミレナは嬉しそうに微笑んだ。


「は?!」


 サーシャが驚愕したように声を上げる。


「みなさん冒険者さんだから、いっぱい食べますよね? サーシャ、作るの手伝ってちょうだい」


 ミレナに言われ、サーシャは心底嫌そうな顔をした。


「……」


「サーシャ、お願い♡」


「……わか──」


「俺でよければ手伝います」


 言ってから、イヴァンははっとした。


 しまった、サーシャの言葉を遮ってしまった!


「え! イヴァンさん、作るんですか? やった! 今度こそイヴァンさんの料理食べれる♪」


 カティア嬢が嬉しそうに声を上げる。


「あら、イヴァンさん、お料理もできるの?」


 ミレナが目を輝かせた。


「ますます素敵ね♪ それじゃあ、今回はイヴァンさんにお手伝いをお願いしようかしら。ねえ、サーシャ」


「別に、好きにすればいいだろ」


 サーシャはふんと鼻を鳴らすと、そのままどこかへ行ってしまった。


「あら、拗ねちゃったのかしら?」


 ミレナがその背中を見ながら、くすりと笑う。


「気にしないでね、イヴァンさん。あの子、気難しいのよ」


 イヴァンは苦笑を浮かべた。


 思いがけず、今夜はこの家で過ごすことになった。


 そして、カティア嬢に料理を振る舞う機会も、思っていたより早く訪れた。


 カティア嬢が嬉しそうにしていた顔を思い出し、イヴァンの口元がわずかに緩んだ。

仕事が外仕事ということもあり、暑さにすっかり体力を持っていかれてしまい、今回はなかなか執筆が進みませんでした。


仕事から帰ってくると、いつもより早く眠くなってしまって、気づけばそのまま寝てしまう日も多くて(笑)。


それでも少しずつ書き進めていますので、気長にお付き合いいただけたら嬉しいです。


まだまだ暑い日が続きますので、皆さんも体調にはお気をつけください。



ご感想・レビュー・誤字報告など、ぜひお気軽にいただけたら嬉しいです。

「ここが気になった」「このキャラが印象に残った」など、一言だけでもとても励みになります。


いただいたご感想は、今後の創作の参考として大切に読ませていただきます。

楽しんでいただけましたら、ぜひ気軽にお声を聞かせてください。

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