第24話
本作では、創作補助としてChatGPTを利用しています。
物語・設定・キャラクターは作者自身が作成し、文章の推敲や表現の整理にAIを活用しています。
そのため、本作はAI利用区分を「AI直接使用」に設定しています。
もうかなりの時が過ぎているはずだった。
それでも、サーシャとカティア嬢のやり取りは続いている。サーシャの動きは鈍り始めていたが、カティア嬢の追撃は止まらない。
「あの体力……恐ろしいな」
低く、誰かの声が落ちた。
「リーダー。あれが、どこまで本気かわかんないですけど……。どう見ても、サーシャの弱点って完全にカティアちゃんですよね」
「そうだな」
その時、サーシャがふらりとよろめいた。ついに足が止まる。力が抜けたように、そのまま床へ倒れ込んだ。同時に、大剣が床へ叩きつけられる重い音が響いた。
カティア嬢は息を整えながら近づき、そっとサーシャの肩をつついた。だが──ぴくりとも動かない。
気づけば、イヴァンは自然と彼女の方へ駆け出していた。
「……ぐすん」
「……カティア嬢」
声をかけると、彼女は顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになったその顔には、いつもの明るい笑顔は影も形もない。
イヴァンは慌ててポケットへ手を入れ、ハンカチを取り出した。だが──血だらけだった。
……こんなの、差し出せるか。けれど、他に何もない。
「血が付いてて申し訳ないが、これを使ってくれ」
そう言って、イヴァンはハンカチを差し出した。カティア嬢は黙ってそれを受け取り、涙を拭い、鼻をすする。
本当は、もっと綺麗なものを渡したかった。弱々しく見えるその姿に、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
何か言わなければと思い、イヴァンは小さく口を開いた。
「サーシャの弱点、わかったよ」
「え?! お兄ちゃん、弱点あるの?!」
あまりにも、いつも通りの反応だった。拍子抜けしつつも、胸の奥がふっと軽くなる。周囲からも、自然と笑い声が上がった。
「あいつの弱点、どう見てもカティアちゃんだろ」
「考えてみたら、カティアちゃんに危ないことはしてないもんな」
「カティアちゃんの剣だって、剣で受け止めればいいのに、避けてたしね」
カティア嬢は目を丸くしていた。自分が弱点だとは、考えたこともなかったのだろう。
「それに、勝負挑んだ者だけ斬ったのも、結婚が理由なのが許せなかったんだろう」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の表情が和らぐ。
「え、ええ。そうかなあ……」
「……君が、結婚するならサーシャより強い者を求める理由が、ようやく分かった気がするよ」
イヴァンはそう告げた。
──そう、今の自分では、それに値しない。自分で口にしておいて、少しだけ苦くなる。
「えへへっ。そうなんです。お兄ちゃんがこうなった時に、お兄ちゃんより強くないと殺されちゃうかもじゃないですか? 私、ずーーっとお兄ちゃんと一緒にいたいからっ♪」
……なるほど。カティア嬢と結婚するということは、常に命の危険と隣り合わせだということか。胸の奥が、重くなる。イヴァンは思わず、視線を逸らしてしまった。
「そ、そうだな……」
誰も、すぐには言葉を続けられなかった。無理に浮かべた笑みが、あちこちで引きつっている。──だが、当の本人は、まったく気づいていないようだった。
やがてカティア嬢は、機嫌良さそうにサーシャの大剣を拾い上げ、ベルトポーチへ収納した。倒れているサーシャを見る。その寝顔は、遊び疲れて眠ってしまった子供みたいで、先ほどまでの惨状が嘘のようだった。
「こいつ、どうするんだ?」
冒険者の一人が言う。
「私が背負って連れて帰ります」
そう言ったカティア嬢の肩へ、イヴァンはそっと手を置いた。
「いや、俺が背負って行こう」
「え? リーダー、大丈夫なのか?」
「そうですよ! もし途中でサーシャが目覚めたら殺されるかもしれないんですよ?!」
一斉に声が上がった。冗談でも大げさでもなく、本気で止めにきているのが分かる。
その空気に、カティア嬢が慌てて割って入った。
「大丈夫! こうなったら丸一日は眠っちゃうんで!」
言い切るように、皆を見回す。
──そういえば、以前にも似たようなことがあった。腐葉の森。あの時も、サーシャは眠っていた。
それでも足りないと感じたのか、彼女は少し身を乗り出して続けた。
「剣を持ってなければ、今まで通りのお兄ちゃんなんで! それに、剣持ってた時のこと忘れちゃうんで!!」
「「「え?」」」
一瞬、声が重なった。間の抜けた響きとは裏腹に、その場の空気は一気に冷えていく。
「ど、どういうことだ? カティア嬢。忘れるとは……」
イヴァンは思わず目を見開き、問い返していた。
「なんか、お兄ちゃんは剣を持つと心が限界まで高ぶっちゃうんですって。すっごく嬉しくて、幸せすぎて、頭が耐えられなくなるらしくて。だから、剣が手から離れると、全部忘れちゃうらしいって……お父さんが言ってました」
言葉が、出なかった。視線が勝手に周囲をなぞる。
砕けた床。散乱する骨と石。未だ燃え残る炎。赤く照らされる鎧ゴーレムの残骸。血の匂い。焦げた匂い──。
……すべて、サーシャがやったことだ。
「忘れる? 全部? ……この惨劇を……?」
誰かの声が、かすれて落ちた。
「あ、あは、あはははははっ……」
カティア嬢は、乾いた笑いでその場を誤魔化す。イヴァンは何も言わず、眠っているサーシャを背負った。考え始めたら、きっと立ち止まってしまう。とりあえず、今は目の前のことだけに思考を置く。
「……行こう」
それだけを皆へ伝える。自分でも、ろくな顔をしていない自覚はあった。
微妙な空気のまま、イヴァンたちは歩き出す。どうやら、レオニードがいつの間にか出口を見つけていたらしい。
「こっちだ」
短く告げ、そのまま先導していく。
出口へ向かって歩き出した、その途中だった。鎧ゴーレムの残骸の横を通り過ぎようとした時、カティア嬢の足が止まる。
「カティア嬢? どうした?」
「……あれ、なんだろう?」
そう言って、カティア嬢は残骸の方へ駆け寄り、何かを拾い上げた。その手にあったのは、丸く大きな、魔石みたいなものだった。
「魔石……ですかね? ヒビ入っちゃってるけど……」
「鎧ゴーレムはサーシャが倒したんだ。気になるなら、持って帰ってもいいんじゃないか?」
イヴァンがそう言うと、カティア嬢の顔が一気に明るくなる。
「やった!」
花が咲いたみたいな満面の笑顔だった。その眩しさに、イヴァンは思わず膝をつく。──可愛すぎる。
「リーダー? 大丈夫ですか? 行きますよ??」
先を行くルカの声に、イヴァンは軽く咳払いをして立ち上がった。
「カティア嬢、帰ろう」
「はい♪」
……ダメだ。俺はいつか、この笑顔に殺されるかもしれない。そんな考えが、ふと頭をよぎった。
その後、イヴァンたちは無事にダンジョンを脱出した。斬り裂かれた装備に血が染みついたまま街へ戻ったせいで、思った以上に人目を集めてしまったが、カティア嬢の案内でサーシャを家まで送り届ける。
それから『蒼銀の翼』が代表して、ギルドへ報告を行った。【暗穴の墳墓】の“真の最下層”の存在と、その攻略について。
すべてが終わり、足取りも覚束ないまま帰路につく。自分たちの家が視界に入った、その時だった。ずっと張りつめていたものが切れたように、疲労が一気に押し寄せてくる。
……そうだ。俺たちは、三日も帰っていなかった。その事実を、今さらのように思い出した。
扉を開けて中へ入ると、ルカがはしゃぐように声を上げた。
「やったーっ! 帰ってきたー! 家だー! ベッドで寝れるー!」
「風呂に入れるー!」
「温かい飯が食えるー!」
デニスが続き、珍しくボグダンまで同じ調子ではしゃいでいる。それを見て、レオニードが小さく息を吐き、わずかに笑った。
イヴァンは──申し訳なさで、胸がいっぱいになっていた。
家の中へ入り、皆に何か言わなければと思った、その瞬間だった。
床が、歪む。……なんだ? 一気に視界が暗くなる。身体が重い。感覚が鈍い。水の中へ沈み込むような感覚。けれど、息苦しさはない。むしろ、温かい。
ここは……どこだ?
はっとして起き上がると、そこは自分のベッドの上だった。
窓の外から、朝の光が差し込んでいる。服は着替えられていて、身体も清潔だった。
……どういうことだ。
じわりと、嫌な汗が滲む。
起き上がり、部屋を出て一階へ降りると、レオニードだけがテーブルについて何かを飲んでいた。
「起きたか」
イヴァンに気づき、声をかけてくる。
「あの後、俺はどうしたんだ? 何故か……着替えまでしている……」
訳が分からず、イヴァンは頭を抱えた。そんな様子を見て、レオニードが笑う。
「お前、三日間ろくに寝てなかっただろ。そんな状態で、あんな戦いをしたんだ。そりゃ倒れもする」
「倒れたのか?!」
「ああ。だから鎧を脱がせて、風呂に入れて、着替えさせて、ベッドに運んだ」
悪戯っぽい口調だった。
「嘘だろ?!」
イヴァンは思わず顔を覆い、そのまましゃがみ込んだ。頭の中に、勝手に光景が浮かんできてしまう。耐え難くて、穴があったら入りたい気分だった。
「いいんじゃないか? たまには情けないリーダーでも」
「よしてくれ、そんな慰め」
少し間を置いて、イヴァンは顔から手を離した。
「……俺は、どれくらい眠ってたんだ?」
「一晩だけだ」
「……そうか」
深く息を吐く。ふと、家の中が妙に静かなことに気づいた。
「……みんなは?」
「まだ寝てる。疲れたんだろう。今日はゆっくりすればいい」
「そうか。……すまなかった」
イヴァンがそう言うと、レオニードは立ち上がり、軽く頭へ手を置いてからキッチンへ向かった。
「今から朝飯を作るが、お前も食うか?」
「……いや。俺は、ちょっと出かけてくる」
「一人でか? 大丈夫なのか?」
少し驚いたように問い返される。
「ああ。一人で大丈夫だ」
イヴァンはそう答えた。
それから、イヴァンは家を出た。
会いたい一心で歩いていたせいか、あっという間にカティア嬢の家の前まで来ていた。だが、イヴァンは立ち尽くしたまま、しばらく動けずにいた。
深く考えず、勢いだけで足を運んだ結果だった。そして今、ここまで来てしまった自分に、一番驚いている。
「まいった……。ルカがいれば……」
思わず零れた独り言に、苦笑する。一人で来ると決めたのは自分だ。
そう思い直し、軽く息を吐いた、その時だった。通りの向こうから、見慣れた姿が歩いてくる。
「カティア嬢」
気づけば、駆け寄りながら声をかけていた。
彼女は何かを手に持ち、少し肩を落としていたが、イヴァンに気づくと、わずかに驚いた表情を浮かべる。
「あれ? イヴァンさん、どうしたんですか?」
「……いや、……その」
しまった。
ここへ来た理由を、何一つ用意していなかったことに、今さら気づく。慌てて言葉を探し、視線が泳いだ。
「サーシャの様子が気になって……だな……」
我ながら歯切れが悪い。言ってから情けなさが込み上げ、同時にルカの有能さを改めて思い知らされる。
「あ、そうなんですね! 良かったら上がっていってください! まだお兄ちゃん寝てるんですけど、可愛くなってるんで♪」
「そ、そうか。なら、そうしよう」
……分かっている。いつもの調子だ。深い意味なんてない。イヴァンは誘われるまま家の中へ入った。
案内されたサーシャの部屋で、思わず言葉を失う。
そこには、頭にリボンを付けられたまま眠るサーシャの姿があった。……しかも、不思議と似合っている。
さすがに、これは見なかったことにしよう。サーシャの名誉のためにも。そう心に誓う。
寝息を立てるその顔を見下ろしながら、イヴァンは胸に引っかかっていた疑念を口にした。
「カティア嬢、腐葉の森で……あの時、俺を襲ったのは、サーシャだったんじゃないか?」
一瞬、カティア嬢の肩が跳ねる。それから困ったように笑い、こちらを向いた。
「……気づいちゃいました? あはは」
「【暗穴の墳墓】で、サーシャの剣を受けた時にな」
「あー……。実は、あの森で依頼の荷物を探してる時に、うっかり剣を地面に置いといたら、お兄ちゃんが拾っちゃって……」
「……うっかり…………」
その“うっかり”で、俺は死んでいたかもしれない。この世に、そんな恐ろしいうっかりが存在していいのか。……いや。カティア嬢でなければ、到底許せなかっただろう。
イヴァンは額へ片手を当てた。
「テヘヘ」
悪びれず笑うその顔が、あまりにも可愛かった。思わず、もう片方の手まで額へ添えてしまう。顔が、熱い。
これが惚れた弱みというやつなのだろうか。死にかけたという事実を、考える気が失せていた。
──いかん。このままでは駄目だ。
イヴァンは話題を切り替えた。
「そういえば。さっき帰ってきた時、持っていたのは、昨日拾った魔石か?」
「あ、そうなんです。でも、あれ、魔石じゃないらしくて」
そう言いながら、カティア嬢は部屋の外を指差した。ついて行くと、テーブルの上へ丸い物が置かれている。
「色味から、魔石に近いはずだが……」
「ですよね。でもギルドの人に違うって言われて。よく分からないらしいんですよね。だから値段がつかなくって、持って帰ってきたんです」
「そうか……。ん……? ……確か、昨日見た時は、ここにヒビが入ってなかったか?」
イヴァンが指を差すと、カティア嬢は一瞬目を見開き、次の瞬間には嬉しそうに声を弾ませた。
「あー! ヒビ入ってると価値が下がるかな〜って思って、試しにエルフの霊薬かけたら、なんか、なくなりました♪」
一瞬、言葉を失う。
「カティア嬢……。霊薬は……水ではないんだ……」
「え? 知ってますよ?」
──分かっていない。完全に分かっていない。これでは、きっとスヴェトザール王の凄さも理解していないに違いない。
そう思った、その時だった。
ぐぅ〜〜……。
可愛らしい音が響く。
視線を向けると、カティア嬢は恥ずかしそうに俯き、もじもじしていた。
「良かったら、一緒に食事に行かないか? 俺もまだ何も食べていないんだ。今回はご馳走させてくれ」
自然と、言葉が出ていた。その瞬間、彼女は弾かれたように顔を上げる。
「いいんですか? だったら、直ぐ近くに美味しいお店があるんですよ〜」
「ああ、案内してくれ」
頬が緩んだ。こうして何気ない会話ができていることが、素直に嬉しかった。
案内された店で、それぞれ注文を済ませる。
「お待たせしました〜」
運ばれてきたカティア嬢の料理は、肉ばかりが並んでいた。なるほど。サーシャが口を塞いでも注文させない理由が、よく分かる。
「カティア嬢、それでは偏るだろう。これも食べてくれ」
イヴァンは自分のサラダを、彼女の前へ差し出した。
「イヴァンさん、お兄ちゃんみたい……」
不満そうな声だった。だが、その表情すら愛らしくて、胸がいっぱいになる。どうしてだろう。何をしていても、彼女が可愛いと思えてしまう。
「カティア嬢、迷惑でなかったら、その……たまに、こうやって食事に誘っても良いだろうか?」
「? 迷惑じゃないですよ? 食事のお誘い大歓迎です♪」
……きっと、分かっていない。だが、俺にしては一歩前へ進めた気がした。
帰ったら、ルカに報告しよう。あいつの反応が、少し楽しみだ。
ご感想・レビュー・誤字報告など、ぜひお気軽にいただけたら嬉しいです。
「ここが気になった」「このキャラが印象に残った」など、一言だけでもとても励みになります。
いただいたご感想は、今後の創作の参考として大切に読ませていただきます。
楽しんでいただけましたら、ぜひ気軽にお声を聞かせてください。




