第23話
本作では、創作補助としてChatGPTを利用しています。
物語やキャラクターは作者自身によるものですが、文章整理や推敲の補助としてAIを使用している箇所があります。
また、「小説家になろう」のAI利用状況区分の設定機能開始後は、本作を「AI直接使用」として設定予定です。
遠くで、何かを引きずる音が聞こえた気がした。
……なんだ?
「……イヴァン」
誰かの声が聞こえる。
身体が、鉛みたいに重かった。
「イヴァン! 起きろ!」
その声に、はっと目を開く。
「──っ!!」
慌てて息を吸った瞬間、肺が焼けるように痛んだ。咳き込みながら身体を起こし、周囲を見渡す。
カティア嬢がいる。仲間たちもいる。レオニードまで、珍しく焦った顔をしていた。
その時。
ずる、……ずる、と剣を引きずる音が、はっきりと聞こえた。
顔を上げる。
血に濡れたサーシャが、ゆっくりとこちらへ歩いてきていた。
歪んだ笑み。抑えきれない昂ぶり。その目はまるで、逃げる獲物を見つけた獣のようだ。
「おい、イヴァン。寝てんじゃねーよ。勝負してやるから、さっさとかかってこいよ」
サーシャは指先を軽く振り、こちらを挑発してくる。愉しむように口元を歪め、その姿はまるで遊びの続きを待っているかのようだった。
「くっ……!」
歯を食いしばり、どうにか身体を起こそうとする。だが、鉛みたいに重く、思うように力が入らない。
仲間たちが反射的にイヴァンの前へ出た。
盾もないというのに、ボグダンはサーシャへ身構えていた。ルカも弓を引き絞り、いつでも放てるよう狙いを定めていた。
背中が、わずかに震えている。
「はっ。仲間の影に隠れるなんて、恥ずかしくないのか? イヴァン」
胸の奥が、ぎり、と軋んだ。
それは、イヴァン自身がサーシャへ投げつけた言葉だった。
サーシャが鼻で笑い、一歩前に出た。
その瞬間、レオニードが先手を打った。速度で翻弄する双剣を、重量を無視したような大剣が真正面から受け止める。火花が散る。
だが、その顔には余裕しかなかった。まるで、仕方なく遊びに付き合ってやっている──そんな顔だった。
ルカが矢を放つ隙を窺っている。
だが、速すぎる。二人の動きに、狙いを合わせきれていなかった。
サーシャがつまらなそうに小さく息を吐く。次の瞬間、目で追えない速度で身を翻した。
双剣が弾き飛ばされる。
「っ!?」
勢いに負けて体勢を崩したレオニードへ、サーシャの蹴りが叩き込まれた。
身体が真横へ吹き飛ぶ。
「レオニードさん!!」
ルカが叫び、吹き飛ばされたレオニードへ視線を向ける。
だが、慌ててサーシャへ向き直り、矢を放とうとした。
その時にはもう──サーシャが目の前に立っていた。
拳が迫る。
「ルカっ!!」
イヴァンは喉から無理やり声を張り上げた。身体が重い。動けない。間に合わない。
次の瞬間、サーシャは振り抜きかけた拳を開き、そのままルカの身体を軽く押し倒した。体勢を崩したルカの矢が、あらぬ方向へ飛んでいく。
その様子を見下ろしながら、サーシャがふっと笑った。
完全に遊ばれている。
そこへボグダンが覆い被さるように突っ込んでいく。
だが、サーシャは軽く身を翻し、その突進をあっさり躱した。
その時、デニスが肩を強張らせ、震える声で詠唱を始める。
「大地の精ゼムリャよ、眠れる山脈を呼び覚ませ……」
「あ、まって──」
「……我が命脈を礎に、怒りの槌を振り下ろせ──《大地の怒槌》!」
一瞬、誰もが何かが起きると思った。
だが──何も起きない。
床は沈黙したまま、揺れも、音もなかった。
「え?」
デニスが目を見開き、呆然と手元を見下ろす。
失敗した、というより、起きるはずのものが起きなかった。
そんな顔だった。
サーシャはそれを見て、小さく息を吐く。
「あの……お兄ちゃん、精霊さんに好かれてるから。お兄ちゃんを傷つける魔法は、精霊さんが応じてくれないんです……」
淡々とした、事実を告げるだけの声だった。
その意味が、遅れて場へ落ちる。
デニスの膝が、力なく崩れ落ちた。
「そんな……そしたらもう……誰もサーシャを倒せないじゃないか……」
ルカが、かすれた声で呟く。
絶望が、はっきりと形を持って場に広がっていった。
だが──だからといって、立ち尽くしているわけにはいかなかった。
生きるために、止まるわけにはいかない。
イヴァンは歯を食いしばり、剣を支えに身体を起こした。震える腕で剣を構え、そのまま視線をカティア嬢へ向ける。
「カティア嬢、聞くだけ無駄かもしれないが……。サーシャに弱点とかないか?」
「え? 弱点??」
カティア嬢は本気で考え込むように首を傾げる。
イヴァンはサーシャから目を離さず、答えを待った。
期待するな。そう言い聞かせながら、それでも──弱点という言葉に縋っていた。
「弱点……、小さいところ?」
「おい! それは弱点って言わないだろ」
……あまりにも場違いだった。
「だいいち、俺は成長期だって何度も言ってるだろ」
サーシャが、わずかに眉を寄せて言い返す。
「またそんなこと言って、子供じゃないんだから〜」
「スヴェじいさんが、俺の成長はエルフの血のせいでゆっくりなんだって言ってたんだ」
今この状況で交わされるとは思えないほど、力の抜けたやり取り。
……何だ、これは。
「えー、でも、ボリスおじいちゃんは“サーシャはドワーフの血が濃く出てるんじゃー”て言ってたよ」
「は? どこがドワーフなんだよ。体型からして違うじゃねーか!」
ほんの少し前まで、弄ぶように人を斬っていた存在だ。
それが今は、妹と言い争う、どこにでもいそうな少年の顔をしている。
同じ人物だと理解しているはずなのに、頭が追いつかなかった。
さっきまで感じていた恐怖と、この光景がどうしても繋がらない。
「体型なんて関係ないもん。お兄ちゃん馬鹿力なのどう考えたってドワーフでしょ。いいじゃない、ドワーフ、かっこいいし!」
「だったら、スヴェじいさんみたいに魔法使えるんだから、エルフでもいいだろ!」
「そんなこといって、普段詠唱噛み噛みで失敗ばっかりじゃん。エルフはそんなかっこ悪いことしないよ!」
……完全に兄妹喧嘩だった。
この場の異常さだけが、どこか遠くへ押しやられていく。
「しょうがないだろ! 緊張すると口が回らなくなるんだよ! お前なんて同じエルフの血が入ってる癖に、魔法センスゼロじゃねーか!」
「……ひ、酷い……、気にしてるのに……。私だって魔法使いに憧れてたのにっ!!」
絞り出すような声だった。
「……お兄ちゃんなんか、小さくて可愛いからって、みんなにちやほやされてるだけじゃんっっっ!!!」
サーシャが、目を見開く。
「なっ! おまっ! 俺だって身長気にしてるのに! 小さい、小さいうるさいんだよ! お前がデカイから余計に小さく見えちゃうんだろーが!!」
言葉は跳ね返り、空間へ突き刺さる。
カティア嬢が、微動だにせず立ち尽くしていた。
「…………お前、お前、うるさいなあ……」
サーシャがしまったというように表情を強張らせた。
視線が、一斉にカティア嬢へ集まる。
空気が、さらに張りつめていく。
「私だって大きいの気にしてるのにっ!!! ひどいよおぉぉっ!!!」
言葉が途切れ、重たい沈黙だけが残った。
「許さないっっっ!!!!!!」
次の瞬間、カティア嬢の姿が掻き消えたように見えた。
踏み込みが速い。
いや、速すぎる。感情に引きずられた無茶な動きのはずなのに、剣の軌道だけが異様なほど正確だった。
「うわ、ちょっ、危ないだろ!」
「知らない!! ひっく、もー、許さない! お兄ちゃんこそ骨が見えるまで斬り刻んでやるっ!!! ぐすんっ」
カティア嬢の剣が止まらない。
一撃ごとに間合いが詰められ、剣筋がサーシャの逃げ場を潰していく。
力任せじゃない。振り回しているわけでもない。怒りに任せた動きのはずなのに、刃だけが迷いなく最短を走っていた。
避けている。
だが、避け切れていない。半歩遅れた瞬間、剣先がサーシャの頬を掠めた。
イヴァンは息を呑む。
──今までと、明らかに違う。
「ちょっ、ま、待て、カティア!」
「待たない!」
「うわっ! お前、本気で斬りにきてるだろ!」
「当たり前でしょ! お兄ちゃん強いんだから、本気で斬りに行くに決まってるでしょ!」
怒鳴り合いながら攻防が続く。
だが、押されている。あのサーシャが、カティア嬢に。
「やめろ! 悪かった! 俺が悪かったから!」
「は?! だから何?!!」
「ごめん、ごめんって! 頼むから斬りかかってくるのやめろって!」
「やだ!! お兄ちゃんが今すぐ私より大きくならない限り許さない!!!」
「そんなの無理に決まってるだろー!」
「だったら、一生許さない!!!」
それでも、カティア嬢の剣は止まらない。サーシャが下がるたび、さらに追い込まれていく。
どれくらい追撃が続いていたのか、もう分からなかった。
イヴァンは動けない。ただ、目の前の光景を見ていることしかできなかった。
「……なんかもう……訳分からないけど、助かりましたね……。リーダー」
ルカの声に、イヴァンは視線を巡らせた。
「皆、無事か?」
「俺たちは別に、サーシャに狙われてたわけじゃないんで。レオニードさんも今、ラリッサさんが治癒してくれてます。一番危なかったのは、リーダーですよ」
ルカはそう言って、疲れたように口元を緩める。無理に軽くしているのが分かった。
……生きている。それだけで、今は十分だった。
カティア嬢とサーシャのやり取りは、終わる気配がない。
「あれ、いつまで続くんですかね……」
ルカがぽつりと漏らす。
誰も答えなかった。
イヴァンたちは、逃げるサーシャをただ見ていた。
あれほど簡単に人を斬っていたというのに、カティア嬢だけは傷つけない。
今も、剣を振るわれるたびに避けているだけで、反撃する気配もない。謝りながら、距離を保っている。
……もしかしたら、何かを見誤っていたのかもしれない。
兄としての在り方が、自分の知っている形と違うだけで。大切にしていないわけじゃなかったのかもしれない。
守り方が、自分とは違うだけで。
思わず視線が落ち、言葉だけが零れた。
「……兄とは……なんなんだろうな……」
次の瞬間、不意に頭を押さえられて体勢を崩した。
顔を上げると、服を血で汚したレオニードが、平然とそこに立っていた。
「戻ったようだな」
レオニードの言葉に、イヴァンは短く息を吐く。
「……ああ」
何が戻ったのかは分からない。ただ、あの重く鈍い感覚はない。息苦しさもなく、今は楽に立っていられる。
それだけで、十分だった。
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