第21話
本作では、創作補助としてChatGPTを利用しています。
物語やキャラクターは作者自身によるものですが、文章整理や推敲の補助としてAIを使用している箇所があります。
また、「小説家になろう」のAI利用状況区分の設定機能開始後は、本作を「AI直接使用」として設定予定です。
……あいつは、一体──誰なんだ。
さっきまで知っていたはずの人間が、目の前で、まるで別人に見えていた。
戦場の混乱は、もはや激しさの問題ではない。質そのものが変わっている。サーシャは狂気じみた勢いで魔物をなぎ倒し、小柄な体で異様な大剣を引きずるように歩きながら、獲物を狩る獣のような目をしていた。
あの眼光は、とても近寄れるものではない。逃げ惑う魔物たちの悲鳴が、逆に哀れに思えるほどだった。鎧ゴーレムですら動きを止め、怯えるように震えている。
サーシャは剣の感触を確かめるように、口の端を歪めて笑った。
──あれは、獲物を甚振る獣の顔だった。
「おい、逃げてんじゃねーよ。久々に剣を振るうんだ。もっと楽しませろよ」
サーシャは軽々と大剣を振り上げ、そのまま信じられない速度で振り下ろした。
轟音と共に床が抉れ、瓦礫と破片が激しく舞い上がる。
目の前で起きている惨状を、“現実”として受け止めきれなかった。周囲の冒険者たちも、自分と同じような顔をしていた。
「なんで、あいつ……あのチビさ加減で、あんな大剣振り回せるんだ……」
誰かが呟いた瞬間、全員の視線が一斉にカティア嬢へ向いた。
「あー、うちの家系って、いろんな種族混じってて。ひいおじいちゃんがドワーフなんですけど、多分その血じゃないかな?ってお父さんが言ってました! ひいおじいちゃんも、“サーシャの剛腕も身長も、わしの血だな! わっはっはっは!”って言ってたので♪」
「ふ、ふーん……」
……場の空気が、微妙な沈黙に包まれた。
言っている内容は分かる。だが、その語り口が、今の状況とまるで噛み合っていない。
魔物たちは、巨大な鎧ゴーレムの背後へ逃げ込んだ。
押し合いへし合いするうちに、鎧ゴーレムが前へ押し出される。
……なんだ、その動きは。
まるで覚悟を決めたかのように、鎧ゴーレムが両腕を構えた。鋼鉄の巨腕が唸りを上げて薙ぎ払う。
だがサーシャは、それを容易く避けてみせた。
続けざまの二撃目も空を切る。その軌道にいた魔物たちがまとめて吹き飛ばされた。
巨体の動きがわずかに乱れる。直後、鎧ゴーレムは両腕を振り上げた。組み合わせた拳が床へ叩きつけられる。
爆音。
床が爆ぜ、石畳が砕け飛ぶ。巻き込まれた魔物たちが悲鳴を上げながら宙を舞い、空気そのものが押し潰されたように唸りを上げた。
「ヴェーテル、《盾》」
短い呟き。
次の瞬間、空気が渦を巻き、風の壁が展開された。
「なっ!?」
激突した破片や魔物たちが弾き返され、砂塵が視界を覆い尽くす。
すべてを、弾き返していた。
「ちょ、ちょっと待て! 短縮詠唱か!?」
「いやもう、命令じゃん!! 何それっ!?」
デニスたち魔法使いが騒ぐなか、再び視線がカティア嬢へ集まった。
「……あー。なんかお兄ちゃん、精霊さんに好かれてるらしくて……? 詠唱短くても平気なんだって、おじいちゃんのおじいちゃんが言ってました!」
ルカが、混乱したように口を開く。
「ん? え? おじいちゃんのおじいちゃんって……?」
「えっと……スヴェおじいちゃんです。お母さんのひいおじいちゃんで、たしか……元エルフの王様……のはず?」
……息を呑む音が、あちこちで重なった。
エルフの王。そんな存在が、この話と地続きだというのか。
「スヴェ……ま、まさか、スヴェトザール王じゃないよな……?」
「あれ? まだ王様やってました?」
──なんてことだ。
思考が、完全に追いつかない。周囲も同様だった。
「はあ?!」
「嘘だろ……」
その直後、激しい衝撃音が響いた。
鎧ゴーレムが、地響きを立てて倒れ込む。
だがサーシャは、納得がいかないとでも言いたげに首を傾げたまま、倒れた鎧ゴーレムを黙って眺めていた。
周囲の魔物たちは、怯えたように距離を取ったまま、ただサーシャを見ている。
いつの間にか、戦場は不気味なほど静まり返っていた。
「おかしい、斬れない……」
剣を見下ろしながら、頭を掻く。
「なんでだ? この剣、アダマンタイトなのに……」
その呟きは、後方にいたイヴァンたちの耳にもわずかに届いた。
「……今、アダマンタイトって言わなかったか?」
一瞬、耳を疑った。
イヴァンは思わず、カティア嬢の方を見た。全員の視線が、再び彼女へ集まる。
「えっと……お兄ちゃんの剣は、ボリスおじいちゃんが作ったやつで……素材にもすごくこだわったらしいんですけど……。でも、アダマンタイトだったんですねぇ〜。知らなかったー、あはは」
……まさか。
喉がひくりと鳴り、呼吸が浅くなる。そんなことが、あり得るのか。
「ボリス……それって……鍛冶神匠ボリスじゃ……」
「ん? ん〜、鍛冶師なのは確かですけど?」
「絶対そうだ……」
そのまま、イヴァンは膝から崩れ落ちた。
……どういうことだ。
スヴェトザール王。鍛冶神匠ボリス。その血を引く兄妹が……そんな存在が……?
……待て。
そんな相手に、俺は求婚したのか? 大丈夫なのか?
いや……軽い気持ちで求婚したわけじゃない。命を賭けてもいいと思った。それは、今も変わらない。
だから──
「リーダー……ずっと、鍛冶神匠ボリスの剣が欲しいって言ってましたもんね……」
ルカの声で、一瞬だけ意識が引き戻される。
……そうだ。だが、“欲しい”などという軽い言葉で済ませていい相手じゃない。
「あ……なんか、ごめんなさい?」
カティア嬢の一言で、思考が一度、完全に止まった。
……とりあえず、無だ。
その間に、鎧ゴーレムが立ち上がる。
「あ……立った……」
ラリッサの呟きと同時に、サーシャの大剣が鎧ゴーレムを打ち据えた。
ガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
斬れてはいない。だが、確実に揺れている。
その光景に、イヴァンの脳裏へ過去に戦ったアンデッド系の魔物の記憶が蘇った。
「呪詛装甲かもしれない……このフロアはアンデッド系だ……なら、あれはネクロタイプ……かも……」
まだ立ち直れず、正座したまま呟く。
「え、どういうことですか?」
「呪詛は物理も魔法もほとんど通らない。だが、物理と魔法を同時に受けると効く……」
そう答えながら、自分でも情けないほど、頭も心も追いついていなかった。
戦場のど真ん中で、正座したまま解説している場合ではない。
そんなことは分かっているのに、どんな顔をして立ち上がればいいのかさえ分からなかった。
「お兄ちゃーん! 剣と魔法を一緒に使うといいらしいよ!!」
その声に、サーシャは視線だけで応じ、剣へ手をかざした。
「オゴニ」
次の瞬間、剣が炎に包まれる。
ああ、なるほど……。物理と魔法を同時に、とはそういう意味ではなかったが……そんな簡単に魔法剣を生み出してしまうのか。
規格外すぎて、もう何も驚けなかった。
「名前だけっっっ!!!」
「名前呼んだだけでっっっ!!」
デニスとラリッサが声を荒げる。
そのまま、炎を帯びた剣が鎧ゴーレムを斬り裂いた。
鎧ゴーレムは腕で防いでいる。だが、その腕が少しずつ削られていた。斬るたびに欠け、削がれ、目に見えて短くなっていく。
「気の所為か……? 鎧ゴーレム、少しずつ削ぎ落とされてないか?」
「いや、気のせいじゃないだろ……。腕、さっきより短くなってる……」
サーシャは楽しそうに笑っていた。魔物たちは、完全に怯えている。
そして、唐突に。
サーシャの斬撃が止まった。
場が、また一気に静まり返る。
しばらくの沈黙の後、サーシャはだらりと腕を下ろし、深く息を吐いた。
「ああ……飽きた」
……は?
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
思わず周囲を見回すと、皆、同じような顔をしている。どうやら混乱しているのは、自分だけではないらしい。
その隙を突くように、鎧ゴーレムがわずかに動いた。
サーシャは、反応しない。
──今が好機だと判断したのだろう。
鎧ゴーレムが勢いよく両腕を振り上げる。
散乱していた魔物の破片が渦を巻き、吸い寄せられていった。装甲が再構成され、体躯が膨れ上がる。
……さっきより、明らかに大きい。
禍々しい気配が膨れ上がった直後、渾身の魔力砲が放たれた。
だが──サーシャは、魔法剣と化したアダマンタイトの大剣で、それを……弾いた?
理解する間もなく、逸れた魔力砲がこちらへ向かってくるのが見えた。
まずい──。
サーシャが、ほんの一瞬だけ目を見開く。
こちらへ手を向けた瞬間、凄まじい暴風が空間ごと抉り取った。
一瞬で周囲の空気が奪われる。息ができない。肺が悲鳴を上げ、視界が揺れた。
魔力砲の軌道が、ぐにゃりと歪み、明後日の方向へ逸れていく。
……助かった。
近くにいたラリッサが、口をぱくぱくさせながらカティア嬢に何かを伝えた直後、彼女はそのまま意識を失った。
「やだ、お兄ちゃん! 詠唱忘れてるよ♡」
場違いなほど明るい声。
いつもなら微笑ましく感じるはずなのに、今は何も思えない。
「あー……そんな時もある」
サーシャが、誤魔化すように答える。
その奥で、鎧ゴーレムが額に手を当て、天を仰いでいるのが見えた。
……魔物らしからぬ仕草に、一瞬だけ思考が止まる。
泣いているように、見えなくもない。
「なんかもう、いいや、これ……」
ぽつりと呟き、サーシャは腕を振り上げた。
次の瞬間──強烈な衝撃音が響き渡り、鎧ゴーレムを真っ二つに裂いた。
巨体が崩れ落ち、粉塵と振動が後方のイヴァンたちまで伝わる。
巻き込まれた魔物たちが、次々と押し潰されていく。
「なにこれ……」
ルカの呟きが、妙にはっきりと耳に届く。
そのとき、サーシャの声が静まり返った空間に響き始めた。
「炎の精オゴニよ、我が手に灼熱の刃を刻め。太陽の火よ、焔獄の魂よ、紅蓮の烈焔よ、灼熱の業火よ。大地を裂き、天空を焦がし、星々をも灼かんとするその炎を、今ここに宿せ。焦がせ、焼き尽くせ、燃え盛れ──……」
……長い。
嫌な予感が、背筋を這い上がる。
詠唱が終盤へ差しかかった頃、デニスの口から声にならない呻きが漏れた。
理解した顔──いや、悟った顔だ。
あんな表情のデニスは、初めて見る。
サーシャが、片手を前に突き出す。
「──全ての炎よ、今こそ解き放たれよ、 《灼熱天翔》」
次の瞬間、世界が“燃えた”。
爆発的な炎が石床を這い、空間そのものを引き裂くように広がっていく。
空気が悲鳴を上げ、激しい熱と眩い光が奔流となって押し寄せた。
まるで太陽そのものが、このダンジョンの中心へ叩きつけられたかのような灼熱。
鎧ゴーレムの残骸も、周囲のアンデッドも、一斉に炎へ呑み込まれる。
骨は赤熱し、装甲は焼け爛れ、黒く煤けながら崩れ落ちていった。
砕けた破片のひとつひとつが、なおも炎を纏い、床の上で燻り続けている。
肌を焼くような熱気に、肺へ吸い込む空気まで刃のように熱かった。
視界は白と赤に塗り潰され、上下も距離も分からない。
──これは“魔法”じゃない。終わらない、災厄だ。
思わず周囲を見ると、全員が口を開けたまま固まっていた。
魂が抜けたような顔。……俺も、こんな顔をしているのかもしれない。
──その時だ。
「違う! 違う! 違う!」
鬼気迫る勢いで、カティア嬢がイヴァンの腕をばしばし叩く。
「いたっ、いたっ、いたっ! どうしたんだ、カティア嬢」
「鎧ゴーレムが倒されちゃったよ!」
……倒された?
イヴァンは、呆然としたままぽつりと呟く。
「ああ、俺たちは助かったんだ……サーシャは凄いな……」
次の瞬間。
「違うってば!! 危険なのはここからなのーーっ!!」
視界の端に、こちらへ振り上げられる剣の軌道が映った。
背筋がぞくりと粟立つ。咄嗟に剣を構えようとした瞬間、先に反応したカティア嬢の姿が掻き消えた。
「カティア嬢っ!!」
視線を向けた先で、吹き飛ばされた彼女の体が宙を舞う。反射的に駆け出そうとしたが、その体は風に柔らかく受け止められた。
まるで大切なものを抱き留めるように、ゆっくりと床へ下ろされる。
……サーシャの魔法だ。
サーシャはカティア嬢を見下ろし、冷ややかな声で言った。
「危ないじゃないかカティア……。なんで邪魔をした……」
「え、えー……、だってぇ……」
今まで聞いたことのない、その冷たい声に、カティア嬢の動きが一瞬止まった。
「そこで見てろ……。くだらない理由で俺に勝負を挑んできた奴らを、今から全員刻み尽くして、骨だけにしてやる」
サーシャの顔には、狂気じみた歪んだ笑みが浮かんでいた。
……背筋が、冷える。
これはもう、戦闘じゃない。
多分……処刑だ。
ただ鋭く、冷ややかな眼光だけが、イヴァンを真っ直ぐ捉えた。
目が合った、その瞬間。凄まじい踏み込みとともに、大剣が振り上げられた。
イヴァンは咄嗟に剣を構えた。まともに受けきれる重さではない。
刃がぶつかった衝撃で顔が歪み、全身に痺れが走る。必死に体を捻り、どうにか軌道を逸らすので精一杯だった。
次の瞬間──嘘だろ?!
間髪入れず、横薙ぎが来る。
ギリギリで受け止めた、はずだった。足が滑り、体勢ごと横へ吹き飛ばされる。床を転がり、視界が回った。立ち上がる暇はない。もう、振り下ろされている。
──終わった。
ガンッ!
重い金属音が響いた。視界の端で、ボグダンがイヴァンの前へ割り込んでいた。無理やり、あの一撃を受け止めたのだ。
その直後、信じられない光景が起きた。
サーシャは拳を握り、そのまま盾ごとボグダンを殴り抜いた。
盾が砕け、鈍い音とともにボグダンが床へ崩れ落ちる。
──ボグダンっ!!
息を吸い上げたまま、声が出なかった。砕け散った盾と一緒に崩れた身体が、そのままイヴァンの腕へ触れる。
重い。……生きている。
それを確かめた瞬間、もう逃げられないことに気付く。
見下ろしている。さっきから、ずっとだ。
サーシャは一歩も動かず、イヴァンのすぐ目の前に立っている。その目に浮かんでいるのは、興奮とも、愉悦とも取れる色だった。
本当に──俺を殺すつもりだ。
恐怖が全身を締め付ける。
サーシャの腕が、再び動いた。
剣が来る。避けられない。受けきれない。
死ぬ──そう理解した、その瞬間。視界に、影が割り込んだ。
カティア嬢だった。
剣を構え、イヴァンとサーシャの間に立ちはだかっている。
サーシャの動きが、ぴたりと止まった。
……また、助けられた。
「……カティア。何回言ったらわかるんだ。危ないじゃないか。なんで邪魔するんだ……」
「だってー……。お兄ちゃんが、人を傷つけたら、私がお父さんとお母さんに怒られちゃうもん」
泣きそうな声で、カティア嬢が訴える。
「なんで、お前が怒られるんだよ」
サーシャは、ため息をひとつ吐いた。
「それに、そいつら俺に勝負を挑んだんだ……。腕や足や胴体の一つ二つくらい、覚悟できてるだろ」
淡々とした口調。だが、その内容に背筋が冷えた。
「やだ、お兄ちゃん。胴体は一つしかないよ〜! あはは」
カティア嬢は笑った。
けれど、サーシャの目は鋭い。冗談へ向けるようなものではなかった。
そして、口元だけがゆっくりと歪んでいく。
「カティア……。お前が黙ってれば、父さんにも母さんにもバレない」
その言葉を聞いた瞬間、カティア嬢が息を呑むのが分かった。
空気が変わった。
「えーーんっ! お父さん! お母さん! お兄ちゃんが人殺しになっても、カティアを許してーーーーっ!!」
「カ、カティアちゃん、諦めないでくれー!」
「そうだ! 俺たちの命はカティアちゃんにかかってるんだ!」
冒険者たちが一斉に騒ぎ出した、次の瞬間──
「……うるさいな」
空気が裂けた。
風を切る音。それが何なのか理解する前に、血飛沫が弾けた。
誰かの腕が、宙を舞う。
悲鳴が遅れて響く。いや、違う。イヴァンの頭が、それを理解できていなかっただけだ。
時間が止まったように感じていた。世界が歪む。
胸の奥が、氷水を流し込まれたみたいに冷え切った。
「あ、あああーっ! やっぱり無理いぃぃいいっ!!」
カティア嬢がその場にしゃがみ込み、泣き叫ぶ。
だが、サーシャはもう彼女を見ていなかった。
血の匂い。逃げ惑う冒険者たちの足音。断末魔。そのすべてを背に、サーシャの視線がイヴァンを捉える。
──来る。
そう思った瞬間には、もう遅かった。剣が一直線に迫ってくる。心臓が跳ね、反射的に身体が動いた。
歯を食いしばり、無理やり立ち上がる。剣を合わせるが、重い。速い。受けるだけで精一杯だ。
紙一重で避けるたび、刃が頬をかすめ、血が散る。サーシャの口元が、愉しげに歪んでいく。
……完全に、遊ばれている。
視界の端に、カティア嬢の姿が映る。
イヴァンは息を絞り出すように、必死に声を張り上げた。
「カティア嬢! しっかりしてくれ!! 君がしっかりしてくれないと……ここは、魔物相手よりも地獄になるっ!!」
自分でも分かるほど、必死な声だった。それでも、今は構わない。
カティア嬢に縋るしか、道が残っていなかった。
「いいね。もっと地獄を味あわせてやるよ」
その声を聞いた瞬間、イヴァンは理解してしまった。
こいつは、相手を追い詰めていく過程そのものを楽しんでいる。
「くっ!」
このままじゃ駄目だ。
水底に沈んだままのような、重く鈍い感覚。この場に留まり続けたら、確実にやられる。
「ほらイヴァン、かかってこいよ。勝負したかったんだろ?」
「くそっ!」
踏み込む。だが、軽くかわされる。剣が弾かれ、軌道を読まれ、次の一撃がすぐそこまで迫る。
受け止める。間に合わない。刃が滑り、斬られる。
かすめる感触じゃない。肉が裂け、熱が走る。それでも止まれない。ここで止まったら、次は首だ。
斬られるたび、視界に血が跳ねるたび、沈み込んでいた感覚が強引に引き上げられていく。
鈍かった音が輪郭を持ち、重かった身体が、自分の意思で動き始める。
──動ける。
その瞬間、ようやく分かった。
俺は、さっきまで水底にいた。
その一瞬、視界の端でカティア嬢と仲間たちが動いているのが見えた。ラリッサも、ボグダンも立っている。生きている。
だが、安堵する暇はなかった。
突如、空気が変わる。さっきまでとは、質が違う。
強烈な一撃。
反射で剣を出す。だが、受け止めきれない。
衝撃が走り、視界が跳ね、全身を叩き潰すような力が襲ってくる。
──この感覚。腐葉の森での、あの時の奴と同じだ。
そう気付いた瞬間、身体が宙に浮いた。
ご感想・レビュー・誤字報告など、ぜひお気軽にいただけたら嬉しいです。
「ここが気になった」「このキャラが印象に残った」など、一言だけでもとても励みになります。
いただいたご感想は、今後の創作の参考として大切に読ませていただきます。
楽しんでいただけましたら、ぜひ気軽にお声を聞かせてください。




