第19話
本作では、創作補助としてChatGPTを利用しています。
物語やキャラクターは作者自身によるものですが、文章整理や推敲の補助としてAIを使用している箇所があります。
また、「小説家になろう」のAI利用状況区分の設定機能開始後は、本作を「AI直接使用」として設定予定です。
どれくらい経ったのか、もう分からない。ダンジョンの中では、時間の感覚が曖昧だった。朝なのか、昼なのか、それとももう夜なのか。ただ、皆で黙って食事を取ったことで、きっと“朝”なのだろうとイヴァンは自分に言い聞かせる。
誰も喋らない。咀嚼の音と、どこかで水が滴る音だけが、やけに響いていた。食べ終わると、また各自が勝手に時間を潰し始める。
ラリッサはボグダンの隣に座り込み、壁に生えている苔をじっと見つめている。
「あ、ほら……ボグダンさん。虫がいる」
小さく呟くと、ボグダンはそれを見て頷いた。
ルカは弓を構えていたが、もう矢を放とうとはしない。弓を引いて、戻して、また引いて。それを、ひたすら繰り返しているだけだ。目は、完全に死んでいた。
デニスは床にしゃがみ込み、小石で何かを描いている。俯きすぎて表情は見えない。ぶつぶつと、何かを呟いている。
レオニードは、定位置に立ったまま目を閉じている。周囲に意識を張っている……ように見えるが、微動だにしない。……もしかして、立ったまま寝ているのか?
……何だ、この有様は。こんなこと望んでいない。やめてほしい。これは、気持ちの押しつけじゃないか。
「……お前たち、もういいだろう。帰れ」
イヴァンの一言に、皆が一斉にこちらを向いた。疲れきった顔で、呆然とイヴァンを見ている。
「そ、そんな状態で俺に付き合うことないだろう」
「……じゃあ、リーダーも一緒に帰ってくれますか?」
ルカが、ぼそっとそう言った。目の下には、はっきりと隈が浮かんでいる。
「俺は、ここでサーシャに会う。帰らない」
「なら、俺たちもここにいます……」
口を尖らせ、弱々しくそう言うルカを見た瞬間、イヴァンの胸の奥で何かが切れた。
「いい加減にしてくれ!」
思ったよりも、声は掠れていた。
「ここまでして……俺に、どうしろって言うんだ! お前たちだって辛いだろ! ……正直に言え!」
誰も、すぐには口を開かなかった。
──コツン。
張り詰めた静けさの中、デニスの持っていた小石が手からこぼれ、その小さな音だけがやけに響いた。次の瞬間、デニスが頭を掻きむしるように両手を押し当てる。
「もう嫌だぁぁぁ!!」
「デニスさん!?」
ルカの驚愕した声が響いた、その直後だった。
──ドン!!
通路の奥で、鈍く重い衝撃音が響いた。バタバタバタッ!! がらがらっ!!
騒がしい音が通路に反響しながら、こちらへ近づいてくる。だがデニスは気付いてないのか、発狂したように叫び続ける。
「帰りたい! 風呂入りたい! ベッドで寝たい! まともな飯食いたい! もう乾パン嫌だ!」
その声が響く中、通路の奥から二つの影が全力疾走で飛び出してくる。荒い息。聞き覚えのある声。
「お兄ちゃん待って! 脇腹痛いー!」
「止まんな! 追いつかれるぞ!!」
──サーシャ! それから、カティア嬢!!
イヴァンは反射的に、二人へ視線を向けた。
「身体べたべたするし! なんで俺たち三日もこんな所にいるんだよぉ!!──」
「あー! デニスさん!!」
ルカが慌てて止めに入るが──
「……正直、私もちょっと限界だし……食料も、ほとんど残ってないし……」
「あーっ!! ラリッサさんまで!!」
追い討ちをかけるように呟いたラリッサの声にも、どちらにも間に合ってなかった。
「え、可哀想……」
最後に放たれたカティア嬢の素直な言葉が、イヴァンの胸の奥に突き刺さった。
思わず一歩よろめく。
……よりによって、聞かれてしまった。
イヴァンは渦巻く感情のまま笑みを作り、ゆっくり仲間たちを見渡した。空気が、ぴしりと凍りつく。全員が反射的に視線を逸らし、誰一人として口を開かなくなった。
レオニードと一瞬目が合う。だが、次の瞬間には目を閉じていた。……まさか、また寝たのか?
……もういい。ここまで知られてしまったなら、今さら取り繕っても仕方ない。
イヴァンは諦めたように小さく息を吐き、そのままサーシャたちの方へゆっくりと歩み寄った。サーシャが、思わず一歩下がったのが見えた。
「……なんでお前がここにいんだよ」
息を飲むような声だった。
「決まってるだろう。ここで待っていた。お前をな」
「は? 待ち伏せかよ。なんだそれ」
その時、通路の奥からバタバタと足音が近づいてきた。
「だから待てって!」
「先行くな!!」
騒がしい声と共に、男たちが次々と部屋になだれ込んできた。
「げっ! イヴァン!?」
「なんでお前がここにいんだよ!?」
「……なんだお前たちは。こんな所で騒ぐな。常識がないのか」
「イヴァン! お前こそ何してんだよ! どうせ張ってたんだろ!」
「そうだ! 人のこと言えねーだろ!」
「なっ! だ、だったらなんだ!」
図星を突かれ、反論が思いつかなかった。
「お前には引いてもらう! 俺たちの方が先にサーシャを見つけたんだ!」
「そうだ! 俺がサーシャに勝ってカティアちゃんと──」
こめかみが、ぴくりと動いた。自分がどれだけ苦労して、ここまで辿り着いたと思っているのか。自分の求婚に便乗しておいて、何を言っているのか、こいつらは。
「ふざけるな! 最初に求婚したのは俺だ! 引くわけないだろう! サーシャもお前らも、まとめて相手してやる!」
「何言ってやがる! お前は指咥えて見てろ! サーシャを倒すのは俺だ!!」
男たちが焦ったように、サーシャに飛びかかる。
「ちょっと! お兄ちゃんに何すんのよ!」
カティア嬢が慌てて、その前に立ちはだかった。……その瞬間、イヴァンの胸の奥に、苛立ちがすっと広がった。
「はっ。妹の影に隠れてるなんて、恥ずかしくないのか? サーシャ」
「は?! 隠れてねーだろ!」
「……それとも、俺を相手にするのが怖いのか?」
「怖くねーし!!」
サーシャは顔をしかめ、握った拳をわずかに震わせる。
その様子を見て、イヴァンは不敵に口角を吊り上げた。
「なら、かかってきたらどうだ? 守られてばかりでは、まるで子供──」
「あ゛?!」
言い切る前にサーシャの低い声が遮る。その顔から感情が抜け落ちていた。
サーシャは不気味なほど静かに杖を振り上げた。
「炎の精オゴニよ、我が拳に灼熱の刃を刻め──燃え上がれ、《紅蓮火弾》!」
魔法が炸裂した瞬間、熱気が空間を焼きつくし、辺りの空気が一変した。
「な、なにそれ、威力やば……っ」
カティア嬢の呟きと、ほぼ同時だった。
ぐらっ。
「……え?」
鈍い音とともに、床が軋み、ひびが走った。
ばきばきっ!!
「きゃあっ!? ちょ、足元崩れてる!!」
「なっ……!?」
次の瞬間、重力が消え、カティア嬢の悲鳴が耳をつんざいた。
「いやぁぁぁぁぁ〜っ!!」
くそっ。
イヴァンは何かを掴もうとして、空を切った。
身体が闇の中へ吸い込まれる。
「──っ!」
硬い石の床に叩きつけられた。背中に、鈍い衝撃が走る。息が一瞬、肺から抜けた。
「……っ、ぐ……」
ゆっくりと体を起こし、イヴァンは辺りを見回した。
……広い。見渡す限りの空間が、どこまでも続いている。高くそびえる黒い天井から、ひやりとした湿気が降りてきて、首筋を撫でた。
「……ここは……。みんな無事か?!」
すぐさま仲間たちに声をかける。
「みんな無事です!」
ルカの返事が返ってきた。音が吸い込まれるように消え、辺りは静かで、やけに冷たい。
カチ……カチ……。乾いた何かが擦れ合うような、不気味な音が四方から響く。壁際や柱の陰、石の裂け目。影がひそひそと動いている。
そのとき、カティア嬢とサーシャの姿が目に入った。嫌な予感がよぎり、イヴァンはそのまま一直線に駆け出す。
「カティア嬢! 無事か?!」
二人の、その奥に巨大な影があった。
近づくにつれて、それがはっきりと輪郭を帯びていく。
薄暗い広間の中央に立つ、石と装甲を重ねた巨体──鎧ゴーレム。
……まずい。ここは、ただの最下層じゃない。本当のボス部屋なのかもしれない──
「イヴァン! 直ぐに戦闘態勢だ! 魔物に囲まれてる!!」
レオニードの切迫した声に、空気が一変する。イヴァンは即座に声を張り上げた。
「全員、ここにいるか?! 一箇所に集まれ!」
その声が響いた、まさにその瞬間。暗闇の奥から、骨と鎧の影がぞろぞろと姿を現す。白骨兵、亡鎧。骨の擦れる音と鎧の軋む音が重なり、嫌というほど耳に響いた。
錆びた剣を引きずる音が響く。次の瞬間、魔物たちが一斉に動き出した。
「──迎え撃つぞ!!」
イヴァンの声が響く。同時に、仲間たちが迎撃へ動いた。剣戟と魔法の閃光が暗闇を裂く。
前衛をすり抜けた魔物が、次々と距離を詰めてくる。怒号と金属音が響く中でも、その流れは途切れない。暗闇の奥から、次がすぐに溢れてくる。
その異様な流れに、イヴァンは眉をひそめた。
魔物が、明らかにサーシャの方へ集まっている。
「なんで俺の所ばっかり来るんだよ!! くそっ……!」
サーシャが叫び、魔法を放って距離を取る。それでも、魔物たちは引かない。
周囲がざわめく。
「どうなってんだ……?」
視線が一斉にサーシャへ向く。そのとき──カティア嬢がサーシャの方へ駆け出そうとするのが見えた。
「カティア嬢! 心配なのは分かるが、戦いに集中してくれ! 今は皆で生き残ることを考えて欲しい……!」
反射的に叫んでいた。彼女は一瞬こちらを見て、深く息を吸い、剣を構え直す。
「そうですよね……ごめんなさい。うん、そうだよ、カティア! 気持ち切り替えて行かなきゃ……!」
そして──
「お兄ちゃんがこんな魔物に負けるわけないじゃん!!」
「……え?」
「え?」
カティア嬢が、不思議そうに首を傾げる。
一瞬、完全に間が抜けた空気が流れた。
「あ、ああ……そうだな?」
「だって、サーシャお兄ちゃんですよ?」
本気で言っているのが分かるだけに、イヴァンは返す言葉を見つけられなかった。だが、その沈黙はすぐに戦場の喧噪に飲み込まれた。
白骨兵と亡鎧が次々と迫る。間合いが詰まる。斬っても砕いても、骨は組み上がり、再び立ち上がる。床が割れ、白い骨の手が突き出す。乾いた音。這い上がるアンデッドの群れ。
その奥で──巨大な白骨の巨人が腕を振り上げた。
轟音。振り下ろされた一撃で、床が砕け散る。
押し返しても、すぐに押し潰される。息をつく間もない。
「右側、押されてる!!」
後方からレオニードの声が飛んだ。
「カティア嬢、右を頼む!」
イヴァンが即座に叫んだ。彼女は迷わず頷き、右側へ向かった。
全体の動きを見ながら、必死に陣形を保つ。だが、数が多すぎる。
「うわあああっ、離せっ!!」
誰かの悲鳴。血の臭いが鼻につくたび、焦りが胸の奥で膨らんでいった。
「くそっ……! 数が多すぎる……このままじゃ──っ!」
イヴァンは剣を振るう。貫く。砕く。それでも、その背後から、また次のアンデッドが現れる。
足元には砕けた骨。踏み出すたび、嫌な感触が伝わる。誰かの荒い息が聞こえた。魔法の光も、次第に弱くなっている。
「キリがない!」
「魔力が……もう持たない!」
削り殺される。そんな感覚が、背筋を這い上がった。
「……全然、減ってない……」
掠れた声。その直後、再び床が砕け、骨の巨腕が叩きつけられた。
「きゃあっ!」
カティア嬢が転がる。剣が床に落ちる音が、やけに大きく響いた。
「う……疲れたよぉ……」
構え直しながら、弱々しく唸る。
「もー……こんなのいつまで続ければいいのー! 終わりが見えないよー!!」
叫びながら、彼女は遠くへ視線を向ける。
「お兄ちゃん……」
その先には、サーシャがいた。
「いやぁぁ……もうやだぁぁ……お兄ちゃん助けてよぉ……!!」
その瞬間、周囲の動きが止まった。
──本気で、泣き叫んでいる。
戦場にはあまりにも弱く、あまりにも素直な声だった。
イヴァンも、ほんの一瞬だけ、剣を振るう手を止めてしまった。
「カ、カティア嬢……。気持ちはわかるが、何とか頑張ってくれ……。君の力も必要なんだ」
自分でも分かるほど、引き気味な声だった。だが、くそ……確かに経験の浅い彼女には過酷すぎる状況だ。それでも、今は立ち止まれない。
疲弊と不安が広がる中──ついに、鎧ゴーレムが動いた。
巨大な腕が振り抜かれる。
ドゴォンッ!!
次の瞬間、視界が跳ねた。衝撃に弾き飛ばされ、身体が横へ吹き飛ぶ。
「イヴァンさんっ!!」
カティア嬢の声が聞こえた気がした。だが、答える余裕はない。
「──っ!!」
石床に叩きつけられ、息が喉の奥から強引に引きずり出される。声も出ない。
気づけば、元いた位置から大きく引き離されていた。イヴァンは腕に力を込め、起き上がろうとした。その瞬間、白骨兵と亡鎧が一斉に距離を詰めてくる。囲まれている。完全に、逃げ場がない。
それでも立ち上がり、剣を振るう。陣形は崩壊していた。仲間の位置も、動きも、もう噛み合っていない。防戦一方。時間の問題だ。
そのときだった。
「イヴァンさん!」
カティア嬢が、魔物の隙間をすり抜けるようにしてこちらへ駆けてくる。
ぶつかりかけては慌てて避け、よろけながらも、なぜか一度も捕まらない。
無茶だ──そう思ったときには、もう目の前にいた。
「……あわわわ。これ、私のせいだ……」
息は荒く、手も震えている。視線は完全に泳いでいた。
囲まれている。逃げ場もない。まともに動ける状況じゃない。
──まずい。
カティア嬢はぶつぶつと何かを呟きながら、小さく首を振った。
「……う、うん。決めた!」
彼女は震える手でベルトポーチに手を突っ込む。
次の瞬間──ポーチの口から、剣の柄がせり出してきた。どう見ても、普通のサイズではない。
そこで目にしたのは、刃も柄も不気味なほど漆黒の大剣だった。……でかすぎる。
「カティア嬢……、その大剣は……一体……」
「イヴァンさん。私、決めました! これから生き残るために奥の手を使いますね! でも、この手を使ったらきっと、私もイヴァンさんも大変になっちゃうと思うの! だから……」
彼女は迷いなく、イヴァンの手を強く掴んだ。
「一緒に頑張りましょうね! イヴァンさんだけが頼りだから!」
「それは、結婚を──」
「ちがいます♪」
……違うのか。一瞬、反射的に落胆した自分に気づき、イヴァンは目を伏せた。
「よし……いきますよ!」
彼女は大剣を両手で持ち、身体を軸に振り回し始めた。
「カティア嬢、何を……」
「これを、こうして──!」
次の瞬間、手を離す。
「こうするっ!」
大剣が空を斬る。
「お兄ちゃーーーん!」
その声に、視線の先でサーシャが一瞬だけ固まったのが見えた。
──ドカーンっ!!
大剣が、サーシャのいる方向へと叩きつけられた。魔物たちを巻き込みながら、一直線に。一瞬、あれは──サーシャにぶつかったように見えた。
「……は?」
本当に、時間が止まったみたいだった。誰も動かない。誰も声を出さない。魔物でさえ、動きを止めているように見える。
──次の瞬間。ものすごい爆音と衝撃が、戦場を揺るがした。粉塵が舞い上がり、石床が砕ける音と共に衝撃で破片や、砕けた骨などが四方から飛んできて、イヴァンは反射的に身を屈めた。
「な、何が起きてるんだ……」
地鳴りのような衝撃音が横へずれていく。粉塵の向こうで、アンデッドたちの姿が次々と消えていく。動揺し、震える魔物の姿が、かろうじて見える。
何かが……暴れているのか?
……そのときだった。音と揺れが、ぴたりと止まった。
視界はまだ悪く、何が起きたのか分からない。
息を呑み、剣を握り直す。
粉塵の薄れゆく向こうから、笑い声が響いた。
「ふふ……ふっふっ……ふっ……ふっ……はっはっ……はっはっは……はっはっはっはっ……あははははははっ!!」
背筋が凍る。異様で、不気味で、冷たい空気が流れた。
サーシャの姿が浮かび上がる。大剣を持ち、片手で額を押さえ、恍惚とした表情で呼吸を整えている。
「……ああ、この感触……これだよ……」
ただ立っているだけで、周囲を侵食するような気配。
「父さんと母さんは、魔法の方が格好いいって言ってたけど……やっぱり、剣の方が最高に格好いいよな……斬ったときの感触が、最高に気持ちいい……」
その目には、刃のように冷たい狂気だけが宿っているように見えた。
「なあ、カティア」
「う、うん……そーだね♡」
声だけは明るい。だが、その響きには感情が乗っていなかった。
ご感想・レビュー・誤字報告など、ぜひお気軽にいただけたら嬉しいです。
「ここが気になった」「このキャラが印象に残った」など、一言だけでもとても励みになります。
いただいたご感想は、今後の創作の参考として大切に読ませていただきます。
楽しんでいただけましたら、ぜひ気軽にお声を聞かせてください。




