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EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season14 Le choix《ル・ショワ》 ― 選択 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season14 Le choix《ル・ショワ》 ― 選択 ―
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Chapter8 守られる側が動く

[アークシステムズ・ミーティングルーム]



テーブルの上には、紙とタブレットが並べられていた。


どれも、環(たまき)が集めた聞き取りの記録だった。


「……こうして並べると、量、結構ありますね」


凪(なぎ)が、少し驚いたように言う。


「はい……でも、全部“普通の会話”です」


環(たまき)はそう言って、資料を指先で整えた。


「不満とか、告発とか、そういうのは一切なくて……でも……」


環(たまき)は、そこで言葉を切る。

柊(しゅう)は、何も言わずに頷いた。

続きを待つ合図だった。


「……みなさん、社長のことを、すごく大切に思っているんです」


「うん」


「感謝していて、尊敬もしていて……

 だからこそ、ちょっと気になる言い方があって……」


蒼真(そうま)が、静かに口を開く。


「“気になる言い方”?」


「はい」


環は、1枚の紙を取り上げた。


「これは、財務の方の言葉です」


そこには、短いメモが書かれている。



□□□


 『社長が決めたことなら、

  間違いないと思っています』


□□□



「これだけ見ると、普通ですよね」


凪(なぎ)も頷く。


「うん。むしろ信頼してる感じ」


「はい……でも……」


環(たまき)は、隣のメモを指した。



□□□


 『社長がそう言われたので、従いました』


□□□



「……“従いました”」


蒼真(そうま)が、低く繰り返す。


「判断じゃなくて、命令に聞こえるな」


「そうなんです」


環(たまき)は、ゆっくりと息を吸った。


「何人か、同じ言葉を使っていました。

 “判断した”じゃなくて、“従った”」


柊(しゅう)は、腕を組んだまま黙っている。


凪(なぎ)が、別のメモをめくった。


「こっちもですね……

 “社長が困らないように” “社長のために”

 ……全部、社長を守る言葉なのに……」 


「主体がない」


蒼真(そうま)が、淡々と言う。


「誰が決めたのか、誰が責任を持つのか、そこが全部、社長に集まってる」


環(たまき)は、小さく頷いた。


「……それで……」


そう言って、環(たまき)は視線を落とす。


「……ミーティングのとき……社長が、一瞬……止まったんです」


柊(しゅう)が、環(たまき)を見る。


「止まった?」


「はい……ほんの一瞬ですけど……

 話が進んだとき、“それ以上は”って言いかけた気がして……」


凪(なぎ)が、思い出すように言った。


「……あ。ありましたね。

 一瞬、視線が……」


「下に、落ちた」


蒼真(そうま)が補足する。


「迷ってる人の動きだった」


環(たまき)は、その言葉に、そっと息を吐いた。


「……その直後です。

 誰かが、話を遮(さえぎ)ったの」


柊(しゅう)の視線が、鋭くなる。


「誰だ」


「……社長じゃ、ありません」


環(たまき)は、ゆっくりと言った。


「“今はそこを触らなくていい”って……

 社長の代わりに、言った人がいました」


その場の空気が、一段、静まった。


「……二重だな」


蒼真(そうま)が言う。


「バックドアが2つ。判断の窓口も2つ」


凪(なぎ)が、キーボードを軽く叩きながら言った。


「つまり……

 社長は、“決めているように見せられている”」


柊(しゅう)は、ゆっくりと椅子にもたれた。


「……根深いな」


その言葉は、重かった。


環(たまき)は、胸の前で手を握りしめる。


「……わたし……

 守られている人ほど、動けなくなること、あると思うんです」


3人が、環(たまき)を見る。


「守ってくれる人がいると……

 その人を疑うのが、怖くなるから……」


柊(しゅう)は、静かに言った。


「……環(たまき)は、どうしたい」


環(たまき)は、少し考えてから、顔を上げた。


「……社長に、選ばせてあげたいです」


「選ばせる?」


「はい。

 誰かの言葉じゃなくて……自分の意志で」


蒼真(そうま)が、小さく笑った。


「……いいね。

 守られる側が、動き出す瞬間だ」


凪(なぎ)も、頷く。


「じゃあ……

 次は、こちらから“音”を出しましょうか」


柊(しゅう)は、静かに立ち上がった。


「……いいだろう」


その声は、低く、落ち着いている。


だが――


そこにはもう、迷いはなかった。



◇



ミーティングルームには、しばらく誰も言葉を発さない時間が流れた。


それを破ったのは、凪(なぎ)だった。


「……ミーティングのログ、もう一度見返してみます」


そう言って、画面を切り替える。


「社長が話そうとした直後に、言葉を被せた人……確か……」


凪(なぎ)の指が止まる。


「……この人ですね」


画面に映し出されたのは、ルーアン社の名前。


環(たまき)は、その名前を見た瞬間、小さく息を吸った。


「……やっぱり……」


柊(しゅう)が、静かに尋ねる。


「気づいてたのか」


「はい……でも、確信はなかったので……」


蒼真(そうま)が、画面を覗き込む。


「この人、発言の仕方が一定してる」


「一定?」


「社長が話す前か、話そうとした“直後”だけ、必ず口を開いてる」


凪(なぎ)が頷く。


「それも、“意見”じゃないですね」


「どういう意味だ?」


柊(しゅう)が問う。


「“決定事項”として話してるんです」


凪(なぎ)は、少し言葉を選びながら続ける。


「『今回はそこを触らなくていい』

 『今は優先度が低い』

 『後でまとめて確認しましょう』

 ……全部、選択肢を消す言い方」


環(たまき)は、そっと口を開いた。


「……社長が話すときは……

 もっと、探るような言い方をしてました」


3人の視線が、環(たまき)に集まる。


「“どう思いますか”とか、“可能性としては”とか……

 決めつける話し方じゃなくて……」


蒼真(そうま)が、静かに言った。


「……役割が、逆転してるな」


「逆転?」


「本来、決める側は社長。支える側は補足」


蒼真(そうま)は、画面の名前を見つめる。


「でもこの人は、“決めて、守って、社長を前に出している”」


柊(しゅう)は、ゆっくりと腕を組んだ。


「……守ってるつもり、なんだろうな」


凪(なぎ)が、苦笑する。


「しかも、“社長のため”っていう、一番強い免罪符(めんざいふ)つきで」


環(たまき)は、少し俯(うつむ)いた。


「……わたし……その人と話したとき……」


柊(しゅう)が、すぐに環(たまき)を見る。


「何かあったか」


「はい……とても丁寧で、優しい人でした」


凪(なぎ)が、小さく息を吐く。


「……一番、厄介なタイプですね」


「はい……」


環(たまき)は、静かに続ける。


「でも……社長の話になると……

 言葉が少しだけ……固くなるんです」


「固く?」


「はい……“守らなきゃいけないもの”を話すみたいに……」


柊(しゅう)は、ゆっくりと立ち上がった。


「……決まりだな」


3人が、柊(しゅう)を見る。


「社長には、まだ触れない」


その言葉に、環(たまき)が頷く。


「はい……

 今は、揺らしたくありません」


「まずは……」


柊(しゅう)は、画面の名前を指した。


「“代弁者”を、正確に見る」


蒼真(そうま)が、静かに笑った。


「守ってるつもりの人間が、一番、真実を持ってる」


凪(なぎ)が、キーボードに手を置く。


「じゃあ……

 こちらは、音を整えましょうか」


柊(しゅう)は、一度だけ、環(たまき)を見る。


「無理はするな」


「はい……でも……」


環(たまき)は、小さく、けれどはっきり言った。


「……わたし、もう、何も知らないふりはできません」


柊(しゅう)は、その言葉を聞いて、わずかに口元を緩めた。


「……十分だ」


守られていた側は、もう、動き始めている。


誰かの代わりに話す者がいるなら、その声の“主”を、見極めるだけだ。


――次に動くのは、社長ではない。


その影だ。

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