Chapter7 社長が気づきはじめる
織原梨杏は、自分が社長の椅子に座っている理由を、ときどき考える。
――あまりにも、早すぎた。
前社長の急逝。混乱する社内。
傾きかけていた業績。
それなのに、気がつけば道は整えられていて、気づけば名前が挙がり、反対の声もほとんどなく、「お願いしたい」と背中を押されていた。
――私は、
――そんな器だっただろうか。
そう思わなかったわけではない。
だが、その疑問は、いつも同じ2人の存在によって打ち消されてきた。
「社長なら大丈夫です」
「あなたしかいません」
優しく、穏やかで、いつも正しい言葉を選ぶ人たち。
社長に就任してからも、その2人は常に隣にいた。
判断に迷えば支え、責任が重くなれば引き受け、表に立つのは梨杏で、裏を整えるのは彼らだった。
――この人たちがいなければ、
――私は、ここに立っていない。
感謝している。
それは、嘘じゃない。
けれど。
ふとした瞬間に、胸の奥に残るものがあった。
「……このプロジェクト、遅れると困りますよね」
柔らかな声。
穏やかな笑顔。
「社長が困るようなこと、私たちは避けたいだけです」
それは、優しい言葉だった。
だが――
なぜか、選択肢がひとつしかない言い方だった。
「……それは、脅し?」
ある日、冗談めかして言ったことがある。
ほんの出来心だった。
深い意味はなかった。
その瞬間、2人は一斉に笑った。
「まさか」
「そんなこと、言うわけないじゃないですか」
声は明るく、表情も穏やかで、非難の色など、どこにもなかった。
「社長、考えすぎですよ」
「気のせいです」
そう言われて、梨杏はそれ以上、何も言えなかった。
――気のせい、なのだろうか。
そう思おうとした。
だが、その違和感は消えなかった。
優しさの中に、逃げ道がない。
選択しているようで、導かれている。
気づけば、「そうするしかない」場所にいつも立っている。
最近になって、その感覚は強くなっていた。
スマートオフィス化。
本来なら、未来に向けた前向きな改革。
なのに、話を進めるたびに、どこかでブレーキがかかる。
「そこは触らなくていい」
「今まで通りで問題ありません」
「余計な混乱は避けましょう」
それは、会社のための言葉だったはずなのに。
――なぜ、
――“見せない”ことを、
――そんなに恐れるのだろう。
梨杏は、デスクに置かれた資料を見つめる。
その中に、如月環の名前があった。
丁寧な字。静かな視点。
質問は鋭いが、責める色はない。
それなのに――
周囲の空気が、ほんのわずか、張りつめる。
「……」
梨杏は、知らず知らずのうちに、その名前を指でなぞっていた。
――私は、
――何を見ないふりをしてきたのだろう。
社長になる前から、何かは動いていた。
自分が気づく前から、道は敷かれていた。
それを、ありがたいと思っていた。
けれど今、初めて思う。
――これは、
――“支え”だったのか。
それとも――
梨杏は、ゆっくりと目を閉じた。
まだ、答えは出ない。
だが、確かにひとつ。
気づいてしまった。




