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EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season14 Le choix《ル・ショワ》 ― 選択 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season14 Le choix《ル・ショワ》 ― 選択 ―
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Chapter4 転調

最初に変わったのは、数値ではなかった。


「……来ます」


環(たまき)の声は、小さかった。


それでも、そのひと言で、全員が同時に理解した。


相手が――


弾(ひ)きはじめた。


整っていたはずの流れに、不意に差し込まれる、濃い陰。


規則正しいはずの処理が、わずかに“間”を持ち始める。


流れている。リズムも、構造も、破綻していない。


それなのに――


胸の奥が、ざわつく。


「……変口短調……」


環(たまき)の唇が、音をなぞるように動いた。


「ショパン、第2番……」


凪(なぎ)が、はっと息を呑(の)む。


「転調が多い……しかも、間が深い曲だ……」


相手は、なめらかに、しかし確実に主導権を奪いにきていた。


強く叩くわけでもない。

速く走るわけでもない。


ただ、“どこで入ればいいかわからない音” を置き続ける。


環(たまき)の呼吸が、少しずつ浅くなる。


音を、追ってしまう。


置かれた間の意味を、無意識に探してしまう。


「……環(たまき)?」


柊(しゅう)が声をかけたとき、環(たまき)の身体が、わずかに揺れた。


「……だい、じょう……」


言い切る前に、視界が歪(ゆが)む。


音が、頭の内側で反響する。 


間、間、間。


意識が、一拍、遅れた。


「環(たまき)!」


柊(しゅう)は即座に立ち上がり、倒れかけた身体を抱きとめる。


「……っ……」


「無理をするな」


その声は低く、しかし迷いがなかった。


柊(しゅう)は環(たまき)をソファへ横にし、そのまま隣に腰を下ろす。


「大丈夫だ。ここにいる」


環(たまき)の肩に、確かな温度。


それだけで、心が、静かになる。


音はまだ続いているのに、胸のざわめきが、少し引いた。


「……すみません……聞きすぎました……」


「いい」


柊(しゅう)は短く言い、片手で環(たまき)の手を包んだまま、もう片方でキーボードに触れる。


その背後で――


「……じゃあ」


凪(なぎ)が、眼鏡を押し上げる。


「ここからは、僕たちの番ですね」


蒼真(そうま)が、静かに頷いた。


次の瞬間。

空気が変わった。


激しい連打。迷いのない加速。


――革命。


最初から最後まで、息をつかせない攻勢。


「速い……!」


凪(なぎ)の指が、踊る。


「でも、テンポは渡さない!」


蒼真(そうま)が、低く笑った。


相手は一瞬、押される。


だが、すぐに反撃が来た。


軽やかに、小刻みに。


――小犬のワルツ。


「切り替えが早い……!」


「でも浅い!」


凪(なぎ)が、すぐに追い越す。


主導権が、一度、こちらへ。


しかし――


「……来るぞ」


蒼真(そうま)の声が、低く沈む。


重く、堂々とした音圧。


――英雄。


「力で押してくる……!」


環(たまき)は、ソファの上で、目を閉じたまま、その音を“感じて”いた。


怖くはない。


もう、ひとりじゃないから。


「……今です」


そのひと言で、すべてが噛み合った。


転調の、ほんの一瞬。


天才Duo(デュオ)が、同時に入り込む。


重なる指。重なる判断。

英雄の旋律を、連弾で奪い取る。


「このまま――!」


「離すな!」


音が、こちらのものになる。


最後の一打。


沈黙。


勝った。


凪(なぎ)が、深く息を吐いた。


「……終わりました」


蒼真(そうま)は、ゆっくり椅子に背を預ける。


柊(しゅう)は、隣の環(たまき)を見下ろした。


環(たまき)は、穏やかな表情で眠っている。


その顔を見て、柊(しゅう)は小さく息をついた。


「……よくやった」


それは、誰に向けた言葉だったのか。


答えは、もう必要なかった。

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