Chapter3 一拍の、ずれ
[アークシステムズ・オフィス/夕方]
画面の中のログは、相変わらず整然としていた。
処理は流れ、数値は揃い、異常は出ていない。
――音だけを聴けば、完璧な演奏。
「……きれいすぎるな」
蒼真が、ぽつりと言った。
凪は頷く。
「はい。テンポも、強弱も、“正解”しか鳴ってない」
柊は腕を組み、モニターから目を離さない。
「だが……“聴かせよう”としている」
その言葉に、環の胸が、わずかにざわついた。
「……柊……」
「どうした?」
環は、画面ではなく、自分の内側に意識を向ける。
「……リズムは合ってるんです。
でも……」
言葉を探すように、環は一度、息を整えた。
「……一拍だけ、置いてる気がします」
凪が、すっと環を見る。
「……置く?」
「はい。流れてるんですけど……流れ“すぎない”というか……」
蒼真の指が止まった。
「……わざと、だな」
その声は、確信に近かった。
「音楽で言うと……」
環は、少しだけ目を伏せる。
「拍子は変わってないのに、次に来るはずの音が、一瞬だけ……“待たされる”感じです」
凪が、はっとした。
「……フェルマータ」
蒼真が低く続ける。
「いや、フェルマータほど長くない」
「……ルバートですね」
凪が、静かに言った。
「ほんの一瞬だけ、テンポを奪う」
環は、その言葉に小さく頷いた。
「……そうです。でも、誰かに気づかれない程度の」
柊は、そこで初めて|環から視線を外し、全体のログを見渡した。
「……相手も、“聴かせる側”だな」
蒼真は、薄く笑った。
「しかも、上手い」
キーボードが、再び鳴る。
――カタ、カタ。
今度は、向こう側の演奏をなぞるように。
「……来ます」
環が、小さく言った。
「次の処理……0.2秒、遅れます」
凪が即座に確認する。
「……ほんとだ」
蒼真が、静かに息を吐いた。
「……遊んでるな」
「はい」
環は、胸の奥の違和感を、必死に言葉にする。
「相手……こちらが“聴いている”ってわかってます」
柊の目が、細くなる。
「……試している」
「ええ」
蒼真が頷く。
「俺たちの“耳”を」
凪は、苦笑混じりに言った。
「……音楽勝負ですね、これは」
「環」
柊の声は、いつもより少し低い。
「無理に言葉にしなくていい。
感じた“ズレ”だけ、教えてくれ」
環は、その言葉に救われたように、小さく息を吐いた。
「……はい」
少し間を置いて、環は言う。
「この人……“崩したい”んじゃないです」
3人の視線が、環に集まる。
「……“転調”させたい」
凪が、ゆっくり笑った。
「なるほど……場面を変えたい、か」
蒼真は、静かに結論を出す。
「……主導権を、音で奪うタイプだな」
柊は、短く言った。
「なら――
こちらは、テンポを渡さない」
その言葉に、空気が引き締まる。
激しい音は、まだ鳴らない。
だが――
見えない相手と、確かに同じ譜面を見ていることだけは、全員が理解していた。
一拍の、ずれ。
それは、戦いの合図だった。




