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EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season14 Le choix《ル・ショワ》 ― 選択 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season14 Le choix《ル・ショワ》 ― 選択 ―
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Chapter1 開発は、予定通りに始まらない

[アークシステムズ・オフィス/午前10時]



「……あれ?」


凪(なぎ)の声は、いつもより少し低かった。


柊(しゅう)はすぐに顔を上げる。


「どうした?」


「うーん……なんて言えばいいのかな……

 “何も起きてない”のに、変なんです」


モニターに映るのは、ルーアン社・スマートオフィス化プロジェクトの事前共有資料。


要件定義、構成図、権限設計、移行スケジュール。


どれも整っていて、抜けも、重複も、曖昧な表現もない。


――あまりにも、きれいすぎる。


「きれいだな」


柊(しゅう)が淡々と言う。


「ですよね?でも……きれいすぎるんです」


凪(なぎ)はキーボードから手を離し、眼鏡の位置を直した。


「この規模の刷新で、“想定外”がひとつも書かれてないのって、逆に不自然じゃないですか?」


環(たまき)は、凪(なぎ)の隣で資料をのぞき込み、小さく首を傾げた。


「……たしかに……

 注意事項はたくさんあるのに、“困ったとき”の項目がないですね」


「そう、それです!」


凪(なぎ)がぱっと顔を上げる。


「普通はね、“ここは詰まるかも”とか、“切り戻しの可能性”とか、書きたくなくても書くんですよ」


柊(しゅう)は腕を組み、画面全体をゆっくり見渡した。


「つまり?」


「“迷う余地を与えてない設計”です」


凪(なぎ)は、はっきり言った。


「このシステム、使う側が考えることを前提にしてない」


その言葉に、環(たまき)の胸の奥が、ちくりとした。


「……それって……

 人の動きが、決められてるってことですか?」


凪(なぎ)は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐにやわらかく笑った。


「さすが環(たまき)さん。

 そういう言い方のほうが、しっくりきます」


柊(しゅう)の視線が、ゆっくりと環に向く。


「環(たまき)、もう何か気づいてるか?」


「え?うーん……まだ、はっきりじゃないんですけど……」


環(たまき)は資料の端を指でなぞる。


「……この配置……人の動線みたいだなって……」


一瞬、部屋が静かになった。


凪(なぎ)が、ゆっくり息を吐く。


「……それ、僕も思ってました」


柊(しゅう)は何も言わず、一度だけ深く息を吸った。


「予定通り、には進まなそうだな」


その声は落ち着いていたが、決して軽くはなかった。


そのとき、凪(なぎ)の端末に通知が入る。


「……あ」


「どうした?」


「蒼真(そうま)さんからです」


凪(なぎ)は画面を見つめ、眉をわずかに寄せた。


「“まだ触るな”って……それだけ、送ってきてます」


柊(しゅう)は静かに頷いた。


「……わかった。じゃあ、まずは“見るだけ”だ」



◇



[同日/午後]



開発環境は、ルーアン社側が用意した、限定アクセスのテスト領域。


ログイン、権限確認、データ参照――


すべては仕様通りに動いていた。


「……ほんとに、何も起きませんね」


凪(なぎ)がつぶやく。


「ですね……でも……」


環(たまき)は画面を見つめたまま、言葉を探していた。


「……“静かすぎる”気がします」


「環(たまき)さんもそう感じます?」


「はい……なんていうか……

 “待たれてる”感じがして……」


凪(なぎ)は、ゆっくり椅子にもたれた。


「……それ、エンジニア的にも、嫌なやつです」


柊(しゅう)は2人の会話を遮(さえぎ)らず、全体のログを確認していた。


そして、ほんの一瞬だけ、指を止める。


「……凪(なぎ)」


「はい?」


「この権限継承ログ、一箇所だけ、時刻が揃いすぎてないか?」


凪(なぎ)はすぐに画面を切り替えた。


「……あ」


「どうした?」


「……ミリ秒単位で、全部、同じです」


環(たまき)が息を呑(の)む。


「それって……

 人の操作じゃない……?」


「ええ。“人がやったように見せた処理”ですね」


凪(なぎ)の声から、冗談めいた軽さが消えていた。


その瞬間、凪(なぎ)の端末がもう一度震えた。


「……蒼真(そうま)さんから、続きです」


凪(なぎ)は、短く息を吸ってから読み上げる。


「“今、見えたな。

 それが入口だ”」


柊(しゅう)は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「……よし」


環(たまき)が思わず見上げる。


「柊(しゅう)……?」


柊(しゅう)は穏やかな声で言った。


「まだ、触らない。

 壊さない。

 動かさない」


そして、2人を見る。


「でも――

 これはもう、ただの開発じゃない」


凪(なぎ)が、小さく笑った。


「ですね。

 “向こう”も、もう気づいてます」


環(たまき)は、胸の奥に広がる、ざわりとした感覚を、はっきり自覚していた。


――始まった。


派手な音も、警告表示もない。


けれど確かに、この設計の奥で、見えない戦いが、静かに動き出していた。

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