Prologue 静かな午後
[ショッピングモール・映画館/午後13時]
凪と環は、お気に入りのアニメの劇場版を観るため、柊と3人でショッピングモールにある映画館へ出かけていた。
「やっぱり混んでましたね〜」
凪がロビーを見渡しながら言う。
「ですね。早く出て正解でしたね」
「すごい人だな……」
柊は少し驚いたように周囲を見回した。
「このアニメ、子どもから大人まで楽しめますからね。
むしろ大人のほうが多いかもしれませんよ」
「確かに……あんまり子どもがいないな」
「楽しみですね〜」
環がにこりと笑う。
「じゃあ、僕、飲み物とポップコーン買ってきます!
柊先輩と環さん、何飲みます?」
「う〜ん、コーラにしようかな〜」
「俺も同じで」
「了解です!買ってきま〜す」
「凪くん、こぼさないでくださいね」
「は〜い!」
凪が軽やかに売店へ向かう背中を見送りながら、柊はふと思い出したように環を見た。
「そういえば、環。
この映画館だったか? 凪と会ったの」
「そうです!この映画館で、それもこのアニメでした。
柊、よく覚えてますね」
「まぁな……」
「ここで凪くんに会わなかったら、柊に会えてなかったかもしれないですね……」
「そうだな……」
環は少し考えるようにしてから、にっこり笑った。
「凪くんは、わたしたちのキューピットですかね」
「っ……環、よくそんなことサラッと言えるな……」
柊は頬を赤らめながら視線を逸らす。
「柊、顔が赤いですよ〜」
「からかうな」
言いながら、柊は環を引き寄せるような仕草をした。
そのタイミングで、ポップコーンとドリンクを抱えた凪が戻ってくる。
「柊先輩、何やってるんですか〜。
こんなところでイチャイチャしないでくださいよ〜」
「いいだろ。夫婦なんだから」
「うわ〜、それ言われると何も言えませんね〜」
環はトレーをのぞき込みながら言った。
「凪くん、これって……」
「あ〜、これは柊先輩と環さんので、こっちは僕のです!」
「え?これ、2人分ですか?」
「そうです!カップル用のドリンクで、ラブカップです!
ストローが2つ入るんですよ〜」
「そんなのあるんですか!」
「なんだそのネーミング……」
「最近できたみたいで、店員さんにおすすめされました」
「凪……買うとき、余計なこと言っただろ?」
凪はにこっと笑う。
「余計なことなんて言ってませんよ〜。
ラブラブカップルのドリンクで、って言っただけですけど」
「それが余計なんだって……」
環は笑いをこらえきれず言った。
「まあまあ、いいじゃないですか〜。
ラブラブなのは間違いないんですから〜」
「っ……環……
そういうこと、サラッと言うなよ……」
「あれ?違いました?」
「……そうじゃなくて……いや、そうなんだけど……」
環の天然なひと言に、柊が完全に言葉を失い、凪は吹き出した。
「環さんの天然っぷりには、さすがの柊先輩も勝てませんね〜」
3人の笑い声が、ロビーに溶けていく。
そのときはまだ、この穏やかな午後の先に、静かで見えない戦場が待っていることを、誰も知らなかった。




