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EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season14 Le choix《ル・ショワ》 ― 選択 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season14 Le choix《ル・ショワ》 ― 選択 ―
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Chapter12 不在の2時間

会議室の空気は、静かだった。

誰も急かさない。

誰も断定しない。


柊(しゅう)は、資料に目を落としたまま、穏やかな声で問いかけた。


「織原(おりはら)さん。

 その2人が同時に外出することに、違和感を覚えたのは、

 いつ頃からですか?」


織原(おりはら)梨杏(りあん)は、少し考えるように視線を落とす。


「……はっきりと意識したのは、最近です。

 資料を見返すようになってから」


ゆっくり、言葉を選ぶ。


「それまでは、忙しいから、たまたま重なっただけだと思っていました」


柊(しゅう)は、うなずいた。


「外出の理由は、説明されていましたか?」


「ええ。

 “取引先との打ち合わせ”とか、“急な確認事項”とか……

 毎回、理由は違いました」


環(たまき)、凪(なぎ)、蒼真(そうま)は、何も言わず、話を聞いている。


ただし――


凪(なぎ)と蒼真(そうま)の視線は、それぞれのモニターに向いていた。


バックドアのログ。

閉じられていない、もうひとつの影。


そのときだった。


小さな動き。


数値が、わずかに揺れる。


侵入ではない。排出。


「……来ました」


凪(なぎ)が、声を落として言った。

蒼真(そうま)が、無言でログを保存する。


操作は静か。


だが、確実にクロノス側の手だった。


会話の流れを遮(さえぎ)らないように、2人は何も言わない。


柊(しゅう)は、織原(おりはら)梨杏(りあん)に視線を戻す。


「織原(おりはら)さん。

 このメモを見て、ここへ来てくださったんですね」


そう言って、環(たまき)の資料に貼られた小さなメモを指す。


「はい……」


織原(おりはら)梨杏(りあん)は、少しだけ、表情を緩めた。


「環(たまき)さんのこの言葉……なぜか、ずっと気になって……」


「そうですか」


柊(しゅう)は、静かに息を吸った。


「実は、私どもも、違和感を感じています」


その瞬間――


バックドアのログが、もう一度、動いた。


凪(なぎ)の指が止まる。

蒼真(そうま)が、ほんのわずかに眉を動かした。


「……定期ですね」


「ええ。まるで、“見られていない時間”を把握しているみたいだ」


2人の会話は、あくまで小さく、画面の向こうだけで交わされる。


環(たまき)は、柊(しゅう)の隣に座ったまま、織原(おりはら)梨杏(りあん)の手元にある資料へ、そっと指を伸ばした。


メモに、触れる。


「……これ、見ていただけて、うれしいです」


小さな声。


「書いてよかった……」


その言葉に、織原(おりはら)梨杏(りあん)は、思わず環(たまき)を見る。


環(たまき)は、にこりともせず、ただ、そこにいた。


探るでもなく。責めるでもなく。

待っていたという距離感で。


柊(しゅう)は、その様子を見て、心の中でひとつ、確信する。


――不在の2時間は、

――“偶然”じゃない。


そして今、その2時間が、どこかで動いている。


この部屋の外で。


いや――


この会社の、もっと深い場所で。



◇◇◇



[ルーアン社・仮設会議室]



「織原(おりはら)さん」


柊(しゅう)は、机に置かれた資料から視線を上げた。


「その“2人が同時に外出する時間”に、気づいたのはいつ頃からですか?」


織原(おりはら)梨杏(りあん)は、少し考えるように視線を落とした。


「……正確には、最近です。

 スマートオフィス化の話が具体的に進み始めてから」


「最初は偶然だと思っていました。でも……」


言葉を探すように、一度、息を吸う。


「週に一度。必ず、同じ曜日、同じ時間帯。

 だいたい2時間ほど、2人とも社内にいない」


凪(なぎ)と蒼真(そうま)は、互いに視線を交わさず、それぞれのノートPCに視線を落としたまま、静かにキーを叩いていた。


室内に響くのは、会話と、控えめなキーボードの音だけ。


「その時間、社内で何か困ったことが起きたことは?」


柊(しゅう)の問いに、織原(おりはら)は首を振る。


「いいえ。むしろ……何も起きないんです」


その言葉に、環(たまき)の指先がわずかに動いた。


「……“何も起きない”」


環(たまき)は、小さく繰り返す。


「はい。トラブルも、判断も、決裁も。

 すべて滞りなく進んでいるように見える」


織原(おりはら)は、少し苦笑した。


「だからこそ、今まで深く考えなかったんです」


「でも……最近、資料を見返しているうちに思ってしまって」


視線が、環(たまき)の作った資料に向く。


「私は……本当に、自分で判断していたのかしら、と」


その言葉を、柊(しゅう)も、環(たまき)も、否定しなかった。


「織原(おりはら)さん」


柊(しゅう)は、声のトーンを変えずに続ける。


「その2人は、“社長になる前”から、ずっと織原(おりはら)さんのそばにいましたか?」


「……はい」


即答だった。


「推薦してくれたのも、その2人です。

 “あなたなら大丈夫だ” “私たちが支えるから” そう言ってくれて……」


一瞬、言葉が途切れる。


「……気づけば、私は、守られているつもりでいました」


そのとき。


凪(なぎ)の指が、止まった。


蒼真(そうま)も、同時に。


2人は視線を上げず、しかし確かな緊張が、空気に走る。


――ログが、動いた。


「……今です」


蒼真(そうま)が、低く言った。


「バックドア。“侵入”じゃない。“排出”」


凪(なぎ)が、画面を操作しながら続ける。


「定期通信。時間、ぴったり合ってます」


柊(しゅう)は、すぐには織原(おりはら)を見なかった。


「織原(おりはら)さん」


静かに、問いを置く。


「その2人の“外出先”に、心当たりはありませんか?」


織原(おりはら)は、息を呑(の)んだ。


「……あります」


声が、わずかに震える。


「最近……2人とも“クロノス”の名前を出すことが増えました」


環(たまき)が、そっと顔を上げる。


「“昔の整理”とか、“まだ残っている繋がり”とか……」


織原(おりはら)は、意を決したように言った。


「……情報システム課の辻井(つじい)響(ひびき)さんと、経理課の常見(つねみ)紘一(こういち)さんです」


その瞬間。

凪(なぎ)が、画面から顔を上げた。


「一致しました」


蒼真(そうま)も、短く頷く。


「今、その2人――

 クロノスにいます」


室内が、静まり返る。

誰も驚かなかった。


ただ、すべてが“繋がった”という静かな確信だけがあった。


「……やっぱり」


織原(おりはら)は、小さく呟(つぶや)いた。


「私、薄々、気づいていたんですね」


環(たまき)は、机の上のメモに指を触れた。


「……このメモ、見ていただけて、よかったです」


ぽつりと、そう言う。


「書いてよかった……」


織原(おりはら)は、ゆっくりと顔を上げ、環(たまき)を見た。


「……ありがとう」


その言葉は、初めて“社長”ではなく、“ひとりの人間”としての声だった。


柊(しゅう)は、静かに言った。


「織原(おりはら)さん。

 ここから先は――もう、おひとりではありません」


背後で、ログは静かに、確実に記録され続けていた。


“不在の2時間”は、支配の時間ではなかった。


――真実が、動き出す時間だった。

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