Chapter11 社長の違和感
アークシステムズは、動いていない。
少なくとも、そう見えるように振る舞っていた。
スマートオフィス化の作業は、予定通り、淡々と進んでいる。
進捗確認。仕様調整。スケジュールのすり合わせ。
その裏で、凪と蒼真は、もうひとつのバックドアのログを、静かに見続けていた。
閉じない。触れない。ただ、観察する。
――影が動くのを、待つために。
◇
一方。
織原梨杏は、ミーティングを重ねていた。
社長室。会議室。オンライン。
どこに行くにも、必ず隣にいる2人。
推薦してくれた人。支えてくれた人。
この2人がいなければ、私はここに立っていない。
そう思っていた。
だから、今まで気にしたことはなかった。
だが――。
最近、資料を見返す時間が増えた。
過去の財務資料。再建前後の数字。決裁の流れ。
見ても、はっきりとした異常は見つからない。
それでも、違和感だけが残る。
そして、気づいてしまった。
2人が、同時にいなくなる時間があることに。
週に一度。必ず2時間。
決まったように、2人とも外出する。
今までは、偶然だと思っていた。
だが、今は違う。
――この時間、
――何が動いている?
資料を見ても、私にはやわからない。
だが、あの人なら――。
如月環。
彼女は、私の見えないものを、見ている気がする。
アークシステムズは、何かに気づいている気がする。
だが、違和感だけでは、誰にも相談できない。
決定的な証拠がない。
どうすべきか――。
そう思いながら、ふと、環が作った資料を手に取った。
その端に、小さなメモが貼られている。
丁寧な文字。
□□□
「細かい修正などでも構いません。
何かお気づきになりましたらご連絡ください。
よろしくお願いいたします。」
□□□
……ただの一文。
だが、なぜか胸に残った。
――話してみよう。
そう決めた。
あの2人がいない時間。
アークシステムズが社内にいる、その時間に。
◇
仮設で使われている会議室の前に立つ。
ドアをノックする。
少し間があって、ドアが開いた。
立っていたのは、
如月環だった。
一瞬、迷いがよぎる。
だが、「聞いてほしいことがあるんです」と告げると、環はにっこりと微笑んだ。
「どうぞ」
会議室の中には、如月柊、凪陽翔、桐生蒼真。
4人が揃っていた。
穏やかな空気。
ここは、自分の会社のはずなのに、まるで別の場所に来たような感覚になる。
「織原さん、どうされましたか?」
柊が、静かで優しい声で尋ねる。
「ええ……少し、気になることがありまして」
そう言って、環の資料に貼られたメモを見せた。
「ごめんなさい。
気になることと言っても、証拠も、資料もないんです」
少し、言葉を探しながら、話し始める。
支配する2人のこと。
決められたレールの上を歩いているような感覚。
自分の知らない何かが、動いている気がすること。
そして、週に一度、2人が同時に外出する、あの2時間。
「……私の考えすぎかもしれません」
そう言ったとき、柊が静かに問いかけた。
「その違和感は、いつ頃から感じていますか?」
その問いに、織原梨杏は、初めて気づいた。
――私は、
――もう“守られているだけ”ではいられない。
4人は、何も言わず、ただ、話を聞いていた。
それだけで、少し、息がしやすくなった。




