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Eclipse Horizon ―電脳世界で女子高生が「死の戦乙女」と呼ばれるに至るまで―  作者: 野兎
第一章 青天の霹靂

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第五十八話 四天六合 其の五

 仰ぎ見なければ顔すら拝めないような大きさの巨躯。針のような鋭さを一本一本が持っている毛並み。目に入るものすべてを滅ぼしそうなほどの眼圧を持ったスラリと切れ長な目。そこから漏れ出る殺気と真紅の光。


 首周りは深い藍色で染まっているが、そこ以外の全身は汚れ一つ無い純白の毛だ。


 なんで私があのような言葉に賛同できると言ったかには理由がある。それはじっくりとボレアスの毛並みを見れるほど肉薄した戦いを現在進行系でしているからだ。


 総大将なのになんでそんな近接戦闘を?と思うかもしれないがそんなのは関係ない。役職にかかわらず私ができることを最大限したいだけだ。別に最近弱いモンスターしか相手にできていないから鬱憤を晴らそうとしているわけではない。


 そして私たち近接部隊の役割は大きく分けて3つ。


 1つ目はタンクとしての役割。後援部隊は総じて耐久力に難がある。タンク部隊だけでも十分その役割は果たせそうだが、念のため私たちもその役割を持っている。


 2つ目はアタッカーとしての役割。万が一魔法攻撃が効かない場合は物理攻撃の手段に富んだ私たちの出番となる。相性的に魔法が効きづらいというモンスターも多くいるためだ。


 3つ目は陽動。後援部隊が溜めのデカい一撃をキメるまでの時間稼ぎ兼、相手の行動を防ぐ役割もある。


 この近接部隊の隊長に任命したのはジャックだ。具体的な作戦について、数日前彼と作戦について話し合ったときはこう言っていた。


 「アインさんって歴史上の偉人ってどれぐらい知ってますか?」


 「偉人?学校で学ぶ程度しか⋯⋯部活で忙しかったし」


 「それでも信長っていう人は知ってますよね?俺、今回の作戦にこの人の案を組み込みたいんだ」


 「あ!それってもしや武田を攻めた時の?」


 「そうだ。三段戦法っていうのを使ってみたくてな」


 「それ⋯⋯面白そうだから良いんじゃない?それにしてもジャックは頭が柔らかいなぁ」


 「隊長として任せられたからにはこれぐらいできて当然だ」



 ジャックの作戦は部隊を3つに分けて波状攻撃をボレアスに行うというもの。これは私たちの強みを存分に活かした戦法だ。

 

 プレイヤー側の強みとはなにか?NPCよりも強いことか?それは違う。なぜならプレイヤーなんて歯牙にもかけないほどの強さを持つモンスターが存在するから。


 じゃあ武器なのか?それも違う。モンスター、それこそボレアスなんかに私たちで与えられるダメージは微々たるもの。


 私たちの本来の強みは力を共にすることによる数の多さ。総勢1000人ほどのプレイヤー軍団のうち、およそ400名の近接部隊が繰り出す波状攻撃。これならボレアスとの戦いを長期戦に持ち込める。


 持ち込めたはずだったのだ。


 ボレアスが私たちの想定をはるかに超える化物でない限り。


 

 『大気を震わせる者(クラザモス)、高出力、低周波、短距離型』


 『恩寵外典──〈震圧〉』


 バシュッッッ


 その瞬間私より先に攻撃をしていた第一陣のプレイヤーが一度にして後方まで弾き飛ばされた。


 『最近はこの星の気候も良くなって蛆虫がよく湧きよる。我の足元にたかっておったからついはじきとばしてしまったわ!』


 ケタケタと愉快そうに口角を上げるノトス。その歪んだ口元からのぞかせた牙は鈍く光り輝いていて、お前もこれからこの口に噛み殺されるのだと言っているようだ。


 「状況は!」


 「近接部隊第一陣のほぼ全員が後方に弾き飛ばされたけどほとんどは死んでないぜ」


 ジャックが後ろから報告する。ジャックは距離が空いていても会話するすべがあるらしい。とても気になるが今はおいておく。


 「ってことは戦場復帰は?」


 「それは⋯⋯⋯運よく木に叩きつけられて止まれたプレイヤー以外は結構はなれたところに飛ばされたらしい。おそらく第一陣がまた揃うのにはあと5分くらい必要だ」


 5分⋯それはことボレアスとの戦いにおいては長すぎる時間だ。第一陣が帰ってくるまで私たちは残った3分の2の戦力で戦わなければならない。 


 「魔法を!近接部隊はもう一度かかれ!きっとクールタイムがあるは──」


 『恩寵外典──〈震圧〉』


 バシュッッッ


 「うわあああああ」「連撃かよっ!!!」「なにか捕まるものがあったら手を伸ばせ!」


 プレイヤーも、魔法も、矢も、また再び弾き飛ばされる。まるでボレアスから何かが放たれたかのようにボレアスの周囲にいたプレイヤーが森の奥深くまで弾かれる。


 「もしかして⋯クールタイムがない?」


 『何を言ってる?たかが露払いごときに《第一級秘匿事項》が起きるような攻撃をしないに決まっておるだろう。バカも休み休み言え』

 

 あの攻撃が露払い?あの周りにいる存在の有無を認めないようなバカげた攻撃が?


 『それより我を楽しませてくれる存在はいないのか!これではただの⋯⋯蹂躙だ。しかも今思えば滑稽よな。必死に準備をしてきただろうにあんな虫けらのような強さで。逆にあの程度の力で我の足止めができるだなんて思わないでほしいわ!!』


 「殺す」


 頭に血が上るのが感じられる。私から放たれる殺気に隣りにいるジャックが怯えた表情を浮かべるがしっちゃこっちゃない。右手の力を強める。


 「断罪執行(ヴァーディクト)、天翔龍、傍若無人」


 今私にできる最大限のバフを自身にかけ、ラグナロクを握ったまま腰を低くする。


 「韋駄天回帰」


 目にも止まらない速さ。永遠と思えるほどに引き伸ばされた時間を私は走り出す。きっと念入りにバフをかけたからこれぐらいなら自傷を抑えれる。


 これが私の今持てる最高速度。


 それなのにこの化物は何なのか!韋駄天回帰を発動しているはずの私の動きを少しだが目で追えている。


 まだ、まだ⋯⋯ボレアスが回避行動をする前にッ。仲間を馬鹿にされたこの怒りに身を委ねてッ。


 ラグナロクをボレアスの首めがけて振るう。


 『まあまあだが、底が知れるな』


 私のラグナロクがボレアスの首の肉に食い込んだあたりで、そう呟かれる。


 『恩寵外典──〈震界〉』


 ラグナロクがこれ以上前にいかない。見えない結界に阻まれているかのようにこれ以上振り抜く事ができない。


 ここは一旦引かなければボレアスの格好の的だ。ラグナロクをインベントリに仕舞い、ジャックの隣へと戻る。


 


 「ハァハァハァハァハァハァ⋯⋯⋯」


 はは、すごいな。韋駄天回帰を解除した瞬間、経っていられないほどの疲労感が私の身体を襲う。頭がグワングワンと揺れ、視界が歪む。


 「大丈夫か?」


 ジャックが心配で声をかけてくる。


 「俺の心眼でも少ししか見れなかったが、ボレアスに今攻撃を仕掛けたんだろ?ほら、ボレアスの首元に血が滲んでる」


 「でも⋯⋯⋯すぐ防御を取られた。流石に私でもこの速さでずっと移動するのは難しいし」


 『フハハハハハハ!!愉快、愉快ッ!!!!そうか、その鎌我が同胞を。特に南風の残滓を使っておるだろう!我も一瞬懐かしい匂いがして動きを止めてしまったわ!』


 急に笑い出すボレアス。その口元は確かに吊り上がっていたが、眼光は鋭くなるばかりだ。


 『我が主も気に留めていたのは貴様か!ッッハハハ!』


 唐突に笑い声を上げるのをやめる。


 『それで、貴様はそんなものではないであろう?その顔、まだ余力を残していると見た!我の力が万全だったならもう少し遊んでいたのだが⋯⋯我もとうとう我慢の限界だ。主の興味を引いている存在を前にして腸が煮えくり返るごときでは収まらないほど嫉妬にかられているのだ!』


 余力?ねぇよ。こちとら韋駄天回帰の影響で身体が死ぬほどダルいっていうのによくもまぁそんなことが言えるものだ。


 『東風も西風も動き始めたようだ。我も主のもとに馳せ参じたい。ここにいる全員を殺すつもりでかかろう』


 「総員退避!せめて()()だけでも守って!」 


 『乗算恩寵外典──〈震獄〉』


 


 木がなぎ倒される音が聞こえる。地面が歪む音も聞こえる。大地が、空が、地球が歪み、軋み、崩壊する。







 そして私はこのゲームで初めて───死んだ。


 


 

 

 


 

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