第五十七話 四天六合 其の四
「緊急!北風のボレアスと思わしき個体の侵攻を確認しました!」
偵察役のプレイヤーが慌てて報告をする。
侵攻されている場所は以前ボレアスを見かけた地点と王都を真っ直ぐ線で引いたときに当たる街だ。一直線と言ってもその間には森が広がっていたはずだがそんな物は関係がないらしい。
「みんな、自分の武器と回復アイテムを持って各々ボレアスのもとに行って!多分真っすぐ行けば行けるはず!」
プレイヤーに指示を出す。各々行かせたのは職業ごとに足の速さが違うため全体で行進していたら遅くなるからだ。そして私も天翔龍を発動して我先にと駆け出す。
ちらりと後ろを見てみると後続部隊が私の秘策の要となるものを運んでいた。本来なら使用可能なのか検証したかったが生憎時間がない。できたら良いなレベルで考えておこう。
1時間ぐらい走っただろうか。時折狼と思われる鳴き声が聞こえてくる。私のAGIは他の人よりも遥かに高いが、かといって1時間かそこらでボレアスと遭遇するほどでもない。だとするならば考えられるのは唯一つ。
ボレアスがこちらにかなり近づいているということだ。
ワォォォォォォォォンンンンンンンンンンンン
あまりの音についうずくまる。私の後ろに続いていたプレイヤーたちも足を止めてこの場に座り込んでしまう。
『我が名はボレアス。我が主の覇道のため、その屍をもって礎となるが良い。【大気を震わせる者】』
ボレアスの喉から高音波が発せられる。キィィィィィンンンと耳鳴りとよく似た音が私の鼓膜をつんざく。
「グッ⋯⋯痛い、痛いけど!みんな必死に堪えて!おそらくこれは状態異常の一種、回復魔法が扱える人は周りにかけてあげて!」
私の言葉を皮切りに回復職のプレイヤーが状態異常を治す魔法をかける。だが一言で回復職と言ってもその職業は様々。よく知られているものだけでも「司教」、「聖女」、「聖者」、「ヒーラー」などその数は多い。それに魔法とはスキルと違ってスキルルビー以外からも得ることができるため種類が非常に多い。
当然、高位のモンスターの攻撃を治すためには高位の回復魔法が必要となるため効果があるかが判明しづらい。
しかし今回ばかりは回復魔法が効くかどうかなどを考えるのは杞憂だったらしい。なぜなら誰一人として回復魔法を受けて立ち上がったものはいなかったからだ。
『フンッ、我が大気を震わせる者の攻撃がチンケな回復魔法如きで治るはずがあるまい』
ボレアスは余裕そうに私たちを見下ろす。嗜虐趣味でもあるのだろうか、ボレアスは私たちを行動不能にしただけで一向に攻めてこない。
『どうやらお主らは先んじてきた部隊らしいからな。どうせやるなら徹底的に。これが我のやり方だ』
チッ。身体を動かそうとしても動かない。正確には少し動かすだけで激痛が身体に走る。痛みで思考を放棄しかけるがすんでのところでなんとか取り留める。今はボレアスの気まぐれで生かされているだけに過ぎない。秘策の準備が済んでからとは言わないが、せめて半分以上のプレイヤーが集まるまではこの場に留まっておきたい。
なにか。なにかボレアスの興味を引くものは⋯⋯⋯!
「ボレアスって四天王なんだよね?天帝ジグルドの」
『我が至高の主の名をみだりに語るな!!』
ボレアスの怒りと共に大気が、地面が、世界が震える。他のプレイヤーから「なんで怒らせてんだ!」という視線が飛ぶがそんなものを心配する時間も余裕もない。
「ちょっと気になったんだけど誰が四天王の中で一番強いのかなって?」
『そんなの我に決まっているだろう!未だに恩寵スキルすら作れていない小童の「南風」に、気圧なんぞを操る「東風」、「西風」に至っては流れだぞ!何度も何度も考えても四天王最強は振動を司る我に決まっておる!』
これだから脳に栄養が足りていない脳筋タイプは操りやすい。今まで推測の域を超えていなかったボレアスの能力に加えて「東風」と「西風」の能力までゲロってくれた。
こういうタイプは古今東西おだてて情報を得るということが定石。例に漏れず北風もそのタイプだった。せっかく情報をゲットできたからケインとクロウに伝えておこう。今まで連絡が来ていないが二人とも順調にやってくれているだろうか。
といっても恩寵スキルとは何だろうか?恩寵といえば神だから神に賜った能力か?いや、だとしたら「作る」という言葉がおかしい。今までのモンスターの発言、情報、フレーバーテキスト。そのすべてが一つの真理を隠していそうで、だが何一つとして考察ができない。
「大丈夫か!隊長!」
後ろからジャックの声がする。意識を向けるとアルク、ジャック、メアがそれぞれプレイヤーを率いていた。
『クックックック⋯⋯ようやく来たか、我が踏み台たちよ!!我の目的のため、ドワルニアの王都への道を塞ぐ障害たちをなぎ倒してみせよう!』
「アインさん!『秘策』の設置が完了しました!プレイヤーをこっちに一度回してください!」
「こちら、ドワルニア王国軍です!王弟ドルヴェラク様の命のもとアイン様の指揮下に入ります。我らは後方支援だけでよろしいのですか?」
「隊長、俺達のやる気はもうとっくにみなぎってるぜ!」
心強い仲間たちが駆けつけてくれた。仲間たちに期待に応えるため、そしてドルヴェラクやフレイヤたちが残る王都を守るため心を入れ直す。
「秘策の設置ご苦労!強いプレイヤーから順番に秘策の元に向かって。ドワルニア軍の皆さんは前線に出ないで大丈夫です。最前線であなた達の体を守るのは死をも恐れない私たちの役目ですから!」
続々と行動に移る仲間たち。私も自身の考案した秘策の準備をしていく。どうやら時間経過でこの身体の硬直は収まるらしい。
驚いたことにドワルニア軍はフレイヤが作成したクロスボウを装備しているようだ。その一つ一つが少ない時間ながらも高品質で、フレイヤの頑張りが感じられる。
プレイヤーのみんなの準備が完了し、戦闘態勢へと入る。
「意外だったよ。まさか君が私たちの準備が終わるまでご行儀よく待ってくれるだなんて」
右手にラグナロクを構えながら言う。
『意外も何も我は不意打ちのような卑劣者のするようなことは嫌いなのだ。何故力があるのにそんな姑息な策を講じる必要がある?我が持つ純粋な武力ですべてを押し通せばよいだけの話だろうに』
何を当然のことを聞くのかといった顔のボレアス。その言動は今までの私そっくりだった。
戦闘は面白い。相手の策を真っ向から、完膚なきまでに捻り潰すのが楽しい。それこそが試合ではなく本当の死合だ。
そんなことを考えられたのは武闘大会で私の実力が飛び抜けていたからだ。天狗になっていたところもある。でも現実はそんな甘くない。遠距離から敵を無効化させるモンスター。長時間の行動不能を矯正させるモンスター。人間如きの小さい体なんて踏み潰すだけで倒せそうな巨体を持ったモンスター。そのどれもが理不尽極まりない。
一人の強い「個」でやれることには限りがある。どれだけ強かったとしても必ず自分が最強という保証はない。一つの国が懸かっているこの現状では尚一層慎重にならざるを得ないのだ。
最強?そんなものは相対的だ。強さとは周りとの差から成るものなのだから絶対的な強さなどいらない。独りよがりの強さを得るぐらいなら私は「協力」した強さを得ることにする。
「協力」転じて「強力」
「さっきから私たちのことを見下してるけど本当に良いの?私たちの団結で足元掬われるのを覚悟しといたほうが良いよ」
今できる精一杯の挑発をする。
『抜かせ!お主らも蟻のように踏み潰されないことをおめおめ天に祈るが良い。まぁ天は我の味方だがな』
緊張が張り詰め空気が重くなる。決戦前の精神統一、頭の中から邪念を晴らす。すーっと息を深く吸い込んで叫ぶ。
「かかれ!!!!」
ボレアスに向けられた何千という攻撃が嵐のように飛び交う。ドワルニアの命運をかけた戦いが今始まる。




