第五十四話 四天六合 其の一
どれだけ時間が経ったのだろうか。誰かに体を揺さぶられ、長らく開けていなかった目を開く。
久しぶりの光に思わず目を瞑ってしまう。だが、私の薄めた目がとらえたのは真っ白な少女が必死に私を起こそうとしていた姿だった。
「アイン様!起きてください、アイン様!」
「ん⋯⋯?フレイヤ?今の状況はどうなってるの?」
身体を起こして周りを眺める。
至るところで崩壊した壁、無惨に砕け散ったガラス、そして倒壊した城。
「アイン様のお陰で私たちは無事です。ですが⋯⋯王都は壊滅です」
「え⋯⋯他の現状は?原因は?敵は?」
「我らが目を覚めてから10分弱。だが、我とて王。ドワルニアの情報は自ずと我の耳に入ってくる。」
憔悴しきったような顔をしたシディルがそうつぶやく。
「王都は壊滅。およそ半分の建物が『北風』の攻撃によって破壊された。幸か不幸か死傷者はゼロ。だがその代わりに武器庫に保存されていた武器がもう使い物とならない」
「そんな⋯⋯武器がなかったら『北風』と戦うことなんて!」
「いやそれについてはなんとかなるかもしれねぇな」
自信満々にドルヴェラクが答える。そこまでの自身の源は一体何なんだ?
「『北風』がついさっきの攻撃をやりやがったのはもうお嬢ちゃんも気づいていると思うんだがな、衛兵が誰一人として肉眼で王都からヤツの姿を見ることはできなかったんだ」
「そうなんです!本当なのかと思い私も『北風』の姿を探しましたが一向に見つけられませんでした」
「おそらく『北風』は超長距離から王都に攻撃を仕掛けたんじゃねぇか?肉眼で捉えきれないほどの距離からな」
信じられないという顔をシディルがするが同感だ。私たちが見つけられないということは向こうもまた同じだ。普通、目視すらできない相手に攻撃を仕掛けることがあるのか?
「大気を震わせる者、これが『北風』の能力だと思うけれどこの言葉に心当たりはある?」
大気を震わせる者。
窓ガラスが割れてから私の耳から血が出るまでの間の数秒間、無音の瞬間があったときに聞こえた言葉だ。探索者故か、他の要因があるのかわからないがはっきりと聞こえたこの言葉は『北風』のスキルだと考えていいだろう。この言葉の通り先程の惨劇を引き起こしたのは振動が原因なのか。
そうだとしたら辻褄が合う。私が倒れる直前に聞いた頭を揺さぶられるほどの耳鳴り。今思えば振動を通して私の鼓膜を、脳を揺らしていたのだろう。それも目視できない相手に対して広範囲。相手は以前戦った『南風のノトス』をはるかに超える力を持っている。
「いつまたあのクソ攻撃が来るかわからねぇがな、こういった大技は普通何発もできないんだよ。だとしたら『北風』の奴が来るまでにまだ時間はある。それまでに俺達が武器を、兄ちゃんが軍の指揮を、そしてお嬢ちゃんが『北風』を倒すための戦力を集めれば良いんじゃねぇか!何、簡単なことだ!今こそドワルニアの底力見せてやるぞ!」
ドルヴェラクが誇らしげにそう叫ぶ。周りにいた他の人々が驚いたような顔をして見てくるがすぐに安堵とやる気に満ちた顔になっていく。
「そうだ!俺達一般民でもドワルニアの国民なんだ!みすみすと自分の故郷を壊されてたまるか!」
「私たちにも手伝えることがあったら言って!料理の心得があるから軍糧の制作はできるわ!」
ドワルニアの国民たちが次々と協力させてくれと言ってくる。その目にはさっきまでと打って変わったように決意に満ち溢れていた。
すごい。ドルヴェラクは一瞬にして民を変えた。これが王族としてのカリスマ性なのだろうか。いずれにしよ私たちがここで何もできずに『北風』に蹂躙されるわけではない。それならギリギリまで抗ってやる。かつて見たダンジョンに残された記録に書かれた者のように。
ついに始まった。我が主の求む戦いが。
以前は偵察に向かわせた四天王の内の一人「南風」が無様にも倒された。はっ、滑稽だ。若輩者のくせに、我よりも弱いくせに、我が主の寵愛を受けて増長したからだ。それに主だってそうだ。何故あのような軟弱者に任務を任せたのか。そもそも何を望んであのような任務を行ったのか。
いかん。我が主の崇高な理念など凡百の我には到底理解できないはずだ。
しかしそれにしても腹が立つ。なぜ「南風」如きの尻拭いを我がしなければならないのか。「東風」も「西風」も甘すぎる。奴らは「南風」の敵取りだとほざいてこの戦いに臨むが我は違う。我は「南風」とは違う。第一道端に転がっている蟻を踏み殺して悲しむものか。我から見れば「東風」と「西風」以外はほぼ同じだ。その他有象無象の生き死にごときに何故胸を傷ませるのかわからない。わかりたくもない。
最も腹立たしいのは我が主が「南風」のことを気にかけていることだ。主のような立派な方が「南風」に一喜一憂なさるがそれは正しいのか!大事なのは結果。それに至るまでの屍の数など数えたくもない。我らの征く道とは屍で踏み固められた道なのだから。
あぁ、崇高で尊き我が主。今一度我が想いをお伝えしなければ。そのためにも主に賜った任務「ドワルニア」に眠る秘宝の奪取と国土の壊滅をいち早くやらなければ。折角わざわざ「大気を震わせる者」を最大出力まで行って奇襲をかけたのだ。
いかに強大な我とて大気を震わせる者の最大出力はそう何度も行えない。それに使用後は体を動かすことができない。大いなる力には大いなる代償が必要だ。
今しがた待っておけドワルニアの民よ。そして震えて眠るが良い。束の間の安寧を享受し、その幸せを深く噛みしめておけ。
我の、偉大なる天帝の懐刀である四天王の一人、北風のボレアスの恐怖に腰を震わせておくことだ。
ドルヴェラクの言う通り私たちは私たちのできることを最大限全うするべきだ。現にドルヴェラクとフレイヤは武器庫が破壊されてしまったため不足した『北風』と戦うための装備を急ピッチで生産していく。彼らもきっと心苦しいだろうが質よりも量を優先して作ってもらう。
国王であるシディルは軍の方針を『北風』による街の被害を減らすために使うことを決めたようだ。いつ攻めてくるかわからず、武器も潤沢に無い現状有用に軍を活用することは難しい。それならば今使えない戦力を有効活用するために街の復興を手伝うことに決めたようだ。
そうなるならば私がやることは決まったも当然。私にしかできないこと、プレイヤーの指揮を取ることにした。
「レイドバトル、対北風戦に尽力してくれるプレイヤーの皆様は広場に集まってください!今後の方針を伝えます!」
今や城壁は無惨に砕け、見る姿もないニョントス城の前にプレイヤーを集める。私は1つのスレッドにしか情報を投下することはできなかったが自体を重く受け止めてくれた人たちがいろいろな場所に広めておいてくれたらしい。それに加えてもともとドワルニアにいたプレイヤーの多くも先程の『北風』の攻撃によって何かが起ころうとしているということはわかったらしく広場に多く集まってくれた。
「コホン。集まってくれたプレイヤーの人々にはもう一回感謝したい。私が前回の大会の優勝者のアイン。この武器を見てくれればわかるかな」
インベントリから武闘大会で何度も頼った相棒。神々の黄昏を取り出すと周りのプレイヤーがおぉぉぉっと反応する。この場に集まってくれたプレイヤーの総数は約200人。これからもドワルニアを目指してくれているプレイヤーが居るとはいえその数は多くて1000人だろう。前のノトスとの戦いに比べれば遥かに心強いプレイヤーたち。彼らの質と数ともに前回とは段違いだ。
だが、今回の相手は『北風』。一度の戦いで王都をこんな有様にしてしまうようなモンスターだ。手放しに勝てる勝負だと思い込めるほど私は能天気ではない。
焦らず、ゆっくりと自分の言葉を紡ぐ。決して緊張させず、それでいて慢心させないような言葉を。
「みんなも知っていると思うけれど今現在複数の地域が天帝と呼ばれるモンスターの配下の四天王によって襲撃されている」
ざわめくプレイヤーたち。それも当然だろう、今までこんな侵攻じみている統制の取れたモンスターはいなかったのだから。
「心配しないでとは無責任には言えない。なぜなら現にこのドワルニアの最北端の街が破壊されたからだ。これは文字通り、住民ごとほとんど死に絶えたと言って良い」
その言葉に何人かがヒッと情けない声を上げる。
「この世界の住人はNPC。だが一人に人間とも言える。この世界で死んだら彼らは復活できない。リスポーンなんて機能は私たちだけのものだ。それなのに私たちはただこの事の顛末を眺めているだけでいいのか!この世界を楽しんでいるのなら守ろうとしないのか!」
「違う!」と一人のプレイヤーが言う。それに同調するかのように「そうだそうだ」と周りのプレイヤーも言う。
「このゲームを愛しているのなら、この世界を本物だと思いたいのなら、今立ち上がらなくてどうするんだ!この王都を見てみろ。こんな場所にした『北風』をみんなで力を集めて戦うしかないだろ!」
「「「「「「そうだ!!」」」」」」
この場に会したすべてのプレイヤーが叫ぶ。熱気が渦巻いていく。
私たちの『北風』との戦いはまだ始まったばかりだ。




