第三十九話 聖都手前の遭遇
ヨア視点です。
塔を離れて俺たちは、聖都を目指して急いだ。
時折見せるティアナの異常な程の焦りを、アッシュと二人で宥めながら進み、辿り着いたのは聖都の一つ前の町だった。聖都の手前で賑わっているから、逆に俺たちを隠してくれている。俺たちは食堂に入り、店の端で昼食を取った。
「おい、ヨア。これからどうするんだ?」
聖都が近づいたからか、これからのことをアッシュが聞いてきた。俺は小声で周りに聞こえないように話す。
「ここから先は、もっと慎重にならないといけない。ダリオが言っていたんだろ?追ってきてはいけないと」
「そうよ!あいつ……あっ!」
大きな声で返事をしたティアナは、はっとして小声で話し始めた。
「……そう、追ってきたらずっと寝てもらう。と、言っていたわ」
「それって、追ってきたら殺す。っていう意味だよな」
アッシュの言葉に、俺は深く頷いた。教会は俺たちを今度は殺すつもりだろう。そうすると俺たちが取れることは、一つになる。
「ああ、だから俺たちは、なるべく気づかれずに教会に行って、メルナ様に会わないといけない」
「そう、だよね……私たちだけじゃ、どうにもならないよね……」
「ああ、悔しいが……俺たちはただの冒険者だからな」
すぐにでも助けにいけないのがわかるから、みんなの顔が曇る。でも、みんなで生きるために、やれることを、今はやるしかないんだ。
食事を終わらせた俺たちは、必要なものを買うために町を歩いていた。
賑わっている商店の通りを歩いていると、前から見たことがある少女がいることに気づく。
「おい。こっちだ」
急いで二人を路地に連れていき、隠れて通りを覗き込む。
そこにはミレナ・アクア遺跡の後、雫を奪いに教団の使いとして来ていたノエルが、メイドの姿で通りを歩いていた。
ノエルの横には、貴族の装いをした黒髪の美少女が、おしゃれな傘を差して歩いている。反対側には、ノエルと同じくメイドの姿をした背の高い女性が、荷物を持って歩いていた。黒髪の少女を中心に、三人は楽しそうに歩いている。
(なんで、こんなところに……)
考えていると後ろから覗いたアッシュが、呟いた。
「あれは、教団の――」
「ああ、あの時のノエルだ……中心にいるのが、教団の総督の娘なのかもしれない」
「あ……ああ、そうかもな」
しばらく見ていると、ティアナが俺の胸元を指した。
「ねえ……ヨアの胸元にいるのは何?」
「きゅう」
何かが鳴く声がして、目を向けると胸元から、小さな赤い龍が首を出していた。ずっと姿を見せなかったのに、目を覚ましたのだろうか。俺は慌てて路地に顔を引っ込めて、赤龍を隠そうとした。でも、嫌がって隠れてはくれない。
可愛いもの好きのティアナが、瞳をきらきらさせて近づいてくる。
「なに、その可愛い生き物?」
「きゅ」
覗き込むティアナに興味があるのか、赤龍はそちらに顔を向ける。
諦めて本当のことを口に出す。
「ああ、フレイガルドだよ」
「「えっ!?」」
俺の言葉に、二人は驚いて距離を取る。あの戦いの時に手こずった”フレイガルド”と聞けば、その反応も仕方ないと思う。でも、それを見て赤龍は、見るからにすごく落ち込んでいる。その姿に少し可哀想になった俺は、ちゃんと説明をした。
「大丈夫。俺の従魔になったから」
その言葉にティアナは、すぐに順応する。
「そうなの!?じゃあ、触っても大丈夫?」
「ああ」
ほっとして近寄って来たティアナが、手を出して頭を撫でると赤龍はすごく喜んだ。
「きゅ、きゅ」
「ほんとー可愛い。あのフレイガルドとは思えないわ……アッシュも触って見れば」
遠巻きに見ているアッシュに、声をかけた。だが、アッシュは引きつった笑みを浮かべて断った。たぶんまだ怖いんだろうな。気持ちはわかる。
「……ああ、今はいい……」
「可愛いのに、ねえ。ヨア、この子の名前、何?」
「ガルだよ」
名前を言うと、ティアナが撫でている手を止めて俺を見た。
「……一応聞くけど、それってフレイガルドのガルだったり、する?」
「ああ」
「そう……なのね……ヨアのそういうところ、好きよ」
好きと言う割に、呆れたような顔をするティアナ。その後ろで残念そうな顔をするアッシュを、不思議に思うが放っておくことにする。
「ほら、ガル。石に戻るんだ」
「きゅう」
構われて満足したのか、素直に石の中に戻る。
そんなことをしているうちに、彼女たちの姿は見えなくなっていた。俺たちは必要なものを買い、急いで町を出ることにした。
◇◇◇
聖都との間にある森の中に入ると、道の端にかごを持った少女がしゃがみこんでいた。
「あの子、気分が悪いのかしら……」
それに気づいたティアナが、心配して近づいていく。
「大丈夫ですかー?」
声をかけ、少女が顔を上げた。その瞬間、俺はその少女に違和感を感じて、とっさに叫ぶ。
「ティアナ!離れろ!」
「えっ?なに!?」
その声に驚いたティアナがこちらを振り向くと、少女はティアナを背後から引き寄せ、首にナイフを突きつけた。
俺とアッシュは、息を呑む。
可愛らしい少女は外見と違いこちらを見て、淡々と冷たい感じで口を開いた。
「動かないでね」
ティアナを人質にとられて動けない俺たちは、その少女を睨みつけ質問をする。
「……何が狙いだ?」
「あなたたち、教会に狙われているんでしょ。一緒について来てもらえるかしら?」
不機嫌そうに言う少女は、正体がわからなかった。
「教会の者か?」
そう言うと首を振り、なぜか苛つきながら話をする。
「違うわ。いいから黙ってついて来なさい」
だんだん不機嫌になる少女と睨み合いが続いていると、森の中から人の影が飛び出してきた。その人影は少女の手からナイフを叩き落とす。その隙に、ティアナがこちらへと駆け寄ってくる。
少女の前に立ったのは、一人の大人の男だった。
――そして、男は少女の頭を叩いた。
「お前は何をやっているんだ!!」
怒鳴り声が、森に響いた。
目の前にはさっきまで、不機嫌な顔をした少女を怒っていた男が話を終えて、俺たちに謝っている。だが無理やり頭を抑え込まれている少女は、嫌々謝っているのがわかるくらい、態度に出していた。
「ほら、きちんと謝れ……本当にすまなかった」
「すいませんでした……」
後から出てきた真面目な感じの男の方が、気の毒になるほど、横の少女は機嫌が悪くそっぽを向いている。
「いえ……」
なんとも返事がしにくい。気まずい雰囲気が流れる中、アッシュの後ろに隠れていたティアナが、口を開いた。
「ねえ、ヨア。その人のこと知っているの?」
「ゼルさんの知り合いだと思う……ですよね?」
ティアナに答えた後、確かめるように男に聞くと、男は頷いた。
「ああ。改めて自己紹介をする。私はシエル。君たちがゼルと呼ぶ者の部下にあたる。こっちはライトだ」
その言い方に、不思議に思ったアッシュは、俺に尋ねた。
「ゼルさんと呼ぶ者?……ゼルさんは、一体何者なんだ?」
「ゼルさんは……」
俺は一呼吸をしてから、答える。
「――聖王イゼル・ルミナリアだ」
「「はあ?」」
二人の大きな声がハモった。シエルは俺の言葉に、目を見開いてから感心したように言う。
「驚いたな……君は気づいていたんだね」
「あなたのことは、ゼルさんと旅をしている途中で気がついてはいたんです。初めはどっかの貴族なのだと思っていました……聖王とわかったのは、塔を出た後ですね」
「じゃあ、話が早くて助かるよ。こいつがこんなことをしたのも、イゼル様が先にアジトについたからなんだ。私が目を離した隙に……本当にすまない」
困った顔をしたシエルに、どう返事をするか迷っていると、アッシュが間に入ってきた。
「ちょっと待て、ゼルさんが聖王なのはわかったが……でも、まずはちゃんと謝るべきじゃないか?こいつはティアナにナイフを向けたんだぞ!」
アッシュが会話を止める。ライトをしたことが許せないのか、本人にちゃんと謝らせたいらしい。それは俺も思うから、しばらく見守ることにする。シエルに返事するのをためらったのも、そこだった。
けれど、ライトは悪気なく話し出す。
「だってしょうがないじゃん。こいつらをアジトまで連れてこいなんて言うから」
さっきまで女らしい喋り方だったのに、急に口調が変わったのに気がついた。だが、怒っているアッシュは気付かない。
「はあ?だからナイフで脅すなんて、おかしいぞ!」
「そんなの知らねーし」
口調がだんだんと崩れて行くライトを、シエルがもう一度叩く。
「お前が悪い。これはイゼル様に報告するからな」
「えー嫌だよー怒られる」
すごく嫌そうなライトに、ずっと感じている違和感を確かめたかったので話に入る。
「あの……その前に本当の姿みせてもらってもいいですか?」
「……それもわかるのか」
「だから、妖精族は嫌いだ」
そのライトの言葉に身体が固まった。自然と警戒心が生まれ、睨んでしまう。
だが、それをどうして知っているのか疑問が生まれる。
俺が妖精族なのは、ゼルの近くにいたシエルは知っているかも知れないと思っていた。しかしこのライトまで聞いているとなると、ゼルとの距離も考えなければならないのかも知れない。
(誰にでも話しているなら、信用できないな……)
「……それは、聞いたのか?」
空気が張り詰める中、俺の質問に答えない。こちらを睨むライトは、次の瞬間――信じられないことに、姿が変わり始めた。カイよりも、少し小さい少年が現れる。
その少年の淡いオレンジ色の頭には、狐のような耳が生え、お尻にはふさふさとした尻尾が生えている。声までも、女から男に変わった。
「ふん、俺の鼻を舐めないでくれる」
緑色の瞳が自慢げに物語っているライトの横で、呆れたようにシエルが補足してくれた。
「こいつは獣人の狐族なんだ」
初めて見る獣人に驚いていると、ティアナが声を上げる。
「か、かわいいー!」
目の前の獣耳がある可愛い系男子を見て、感激しているティアナにアッシュは戸惑った。
「おい、ティアナ。そいつはお前にナイフを向けたんだぞ」
「わかってるけど……でもゼルさんの部下なのでしょ。それに逃げようと思ったら逃げられたし……もういいじゃない」
気にしてないティアナに、呆れながらアッシュはため息をつく。
「はあ〜お前がいいならいいけど……」
「そうだな。被害者本人がいいって言うなら、この件はもういいですよ。シエルさん」
そう言うとシエルは安心した表情を見せた。
「ありがとう……じゃあ、イゼル様の元に案内するよ」
「はい。お願いします」




