第三十八話 癒しの聖女
カイ視点です。
漆黒の騎士が消えると、魔法陣も消え、夜空に星が輝いている。その中に羽を持つ人影が見えた。
レイバンは、吐き捨てるように口を開く。
「破壊の聖女かよ……イゼル、俺は帰る」
そう言って、レオの方に歩いていこうとするのを、イゼルは声をかけた。
「……会っていかないのか?」
半分だけ振り向いたレイバンは、とても嫌そうな顔をしていた。
「嫌だね。あいつは説教が長い。じゃあな」
「ああ……」
イゼルは、苦笑いしながら返事をする。背をみせて手を振ったレイバンが、レオを担いで森の奥に消えていくのを、イゼルは辛そうに見つめていた。そこには誰も踏み込めない距離感があった。
レイバンが去った後、イゼルは空の人影に視線を向ける。俺もそれを見ながら、イゼルの横に移動した。
だんだん近づいてきた人影は、綺麗な女性だった。
彼女は白い大きな羽を持ち、輝く白に近い金の真っ直ぐ伸びた美しい髪を風に靡かせている。そして、吸い込まれそうな大きな蒼い瞳を持っていた。
「天使だ……」
俺の中の天使像にぴったりで、思わずそう呟いてしまう。横でイゼルが複雑そうな表情をしていることに、気づかなかった。
ゆっくりと降りてきた彼女が、地上に足をつけると羽が光の粒となり消えた。
そこには美しい清楚な雰囲気の女性が、立っていた。目が合うとにこりと微笑んでくれたその姿が美しすぎて、見惚れてしまう。
(綺麗な人だ……)
そして、イゼルの方を見て口を開く。
「あーやっぱりイゼルちゃんじゃん」
「えっ!?」
その口調に驚き、思わず声が出ると、イゼルが横で笑い出した。
「ははは……カイ、紹介するよ。彼女は、ヘリオス・シンクの一人で、癒しの聖女と呼ばれているソルレアだ」
「……は、はじめまして。俺、カイと言います」
この間よく効くポーションをもらった時にも聞いた名前を思い出し、慌てて挨拶するが、何かが違うと感じている自分がいる。
「やっほー。はじめまして。ソルレアだよ。ソル姉さんと呼んでね」
「ソル姉さん……?いえ、呼べませんよ。ソルレア様」
「ダメ、呼んでね。今度、様づけしたら説教ね」
勢いに困ってしまって、イゼルを見つめる。
「カイ、こいつの説教は長いから、言うことを聞いた方いい」
そう言ってイゼルは肩をすくめた。そう言えばさっきレイバンも、そんなことを言っていたのを思い出す。覚悟を決め、俺はそう呼ぶことにする。
「ソル姉さん……」
「うん、いい子。ところでイゼルちゃん。さっきまでここに、レイバンの奴いなかった?三人の気配があったはずなんだけど……」
「なんだ。レイバンを探していたのか?」
「違うわよ。今、漆黒の騎士を追っているの。あいつ呪われているでしょ?」
「……呪われている?」
「ええ、そうよ。気づかなかった?あの騎士の中の人は、呪われて操られているの」
「そうだったのか……」
「そんなことより、レイバンは?」
かなり重要なことを言っているような気がするのだけど、ソルレアの重要度はレイバンの方が上らしい。さっきから聞いていると、ソルレアもレイバンの知り合いみたいだった。
何かまだ言いたそうにしていたイゼルだったが、諦めてちゃんと答えてあげている。
「……ああ、さっき帰ったよ」
「はあ?……さては、あいつ逃げたわね。会ったら一日説教をするって決めてるのに。今度あったら覚えておきなさいよ」
「まあまあ、落ち着け。で、さっきの漆黒の騎士の話だが……誰が呪われているのかわかっているのか?」
「わからないわ。でも女神ティティーリアの力で浄化はできるみたい。ティティーがそう言ってる」
「……ティティーリア」
(確か月の女神がそんな名前だった……だとしたら)
この時、リシャールが言っていたことを思い出した。
『もし人族の世界を作る者を、神だと定義するなら、人族にとって、調停者は神ということになる……』
(それが本当なら、女神ティティーリアも調停者なのだろうか)
俺が言えないことを考えていると、イゼルは違う意味で勘違いをしてくれたので、話は進んでいく。
「ああ、カイ。聖女は神と会話ができるのだよ」
「そうそう。色んな神が話しかけてきて、力を貸してくれるの」
チートみたいな能力に驚いて、素直に口に出してしまう。
「すごいんですね」
「そうだよーソル姉はすごいんだよー。ほら、言ってみ」
「……ソル姉は、すごい……うっ」
言ってから、すごく恥ずかしいことに気づく。体中の体温が、顔に集中しているみたいだ。そんな俺を見て、ソルレアは満足げに頷いている。
「からかうのもいい加減にしろ。ソルレア」
「えへへ。で、イゼルちゃんは、今何しているの?妹ちゃんたちの件で、姿を変えて冒険者してたじゃん」
「ああ、それがな……」
イゼルはエイラが誘拐されたことを、ソルレアに話した。
「えっ?何やってんの、デュランのジジイ。引くんだけど。まあ、あいつら碌なことやってなかったしね」
「あ、あの、なんで正そうとしないんですか?ゼル師匠は聖王なんですよね」
疑問を口にすると、なぜかイゼルが嬉しそうにこちらを見てくる。
「まだ、ゼル師匠と呼んでくれるのか……」
何も考えずに呼んでしまったことに気がついて、急いで謝った。
「あっ、すいません。聖王様と呼んだほうが……」
「いや、ゼル師匠と呼んでくれ」
イゼルは全部言う前に、前気味でいつもの呼び方でいいという。そう言ってもらえて、俺もすごく嬉しかったので、元気よく返事をした。
「はい。ゼル師匠!」
その様子を羨ましそうに、ソルレアは見ていた。
「いいなあ。私も久しぶりに弟子に会いに行こうかな……」
「なんだ、お前も弟子がいるのか?」
「うん、ちっちゃくて可愛いの。五年くらい前に離れてから会ってないや。会いたいな〜」
弟子の話になると、ソルレアは次々と止まることなく、自分の弟子の可愛さを話し出した。放っておくと長くなりそうな予感がして、イゼルを見ると目が合う。同じことを思っていたのか、お互い苦笑いをして、イゼルがソルレアを止めてくれた。
「ソルレア。話を戻していいか?」
「ああ、そうだった。カイはイゼルちゃんや私がなぜ、デュランみたいな悪党を野放しにしているか気になっているのね」
「はい。ソルレアさま……ソル姉さん」
さん呼びをしたら、睨まれたので言い直す。すぐに機嫌が治ったソルレアは、話を続けた。
「簡単に言うと、教会の中にも組織があるのは知っているよね」
「はい。聖王、ヘリオス・シンク、教会関係ですよね」
「そう。その中で、聖王と、ヘリオス・シンクは神の力を扱えるの。だからね、教会内部のことには、基本的に手を出せないのよ」
「でも、一番偉いのは聖王なんですよね?」
イゼルの方を見て、問いかける。すると困った顔をして、答えてくれた。
「ああ、聖王が一番偉い。だが、命令は出せても、裁くことにはそれなりの証拠がいる。じゃないと、前の聖王みたいな暴君が生まれることになるからな」
「……異種族戦争」
思い当たることを口に出してしまった言葉を聞いて、二人は辛そうな顔をしたことに気づいて俺は謝った。
「すいません。そういう意味で言ったんじゃ……」
「いいんだ……」
気まずい雰囲気が流れる中、ソルレアが気をきかせてくれた。
「あーイゼルちゃんたちは、聖都に戻りたいんだったよね?」
「ああ、頼めるか?」
「聞いてみる」
そう言って、ソルレアは目をつぶると、身体の回りが白く光りだした。
「えーいいの。珍しいね。ありがとう」
一人ごとのように喋りだしたかと思ったら、目を開けた。俺は何をやっているのかわからず、不思議そうに見ていると、イゼルが教えてくれた。
「今、ソルレアが神たちに、私たちを聖都まで送ってくれないか、聞いてくれているんだ」
「そう、それでね。森の神リシャールが聖都に近い森まで運んでくれるんだって。リシャールはめったに話しかけてこないのに……珍しいこともあるのね。まあいっか。神はすぐに気が変わることがあるから、ちゃっちゃといきましょう。そこに二人で立っていてね」
「ああ、頼んだ」
つい最近の出来事なのに、リシャールの名前を聞くと久しぶりのような気がした。
(ありがとう。リシャール)
心の中でお礼を言うと、風が俺の頬をかすめた。
「じゃあ。いくよー。また会おうね」
「はい。お願いします」
ソルレアが両手を広げ、何か小声で唱える。すると塔の時と同じように、地面が輝きだし、瞬きをして開ける。
――立っていたのは、聖都が見える丘だった。




