第三十六話 騒がしい夜
カイ視点です。
(俺のせいだ……全部、俺のせいだ……)
――頭の中を駆け巡る。
目の前でパチパチと音をたてる焚き火の火でさえ、俺をせめてくるように感じる。
(塔から出て、ダリオさんの顔を見て俺はほっとしたんだ……あの人は、俺の理想の騎士だった。だから、俺は……いや、それはいい。それよりも……また、エイラを守れなかったんだ)
教会が危ないことはわかっていた。なのに、隙を見せてしまった俺のせいなんだろう。俺の中に、後悔の波が押し寄せてくる。でも立ち上がる気力がない。衝撃が多すぎた。身体を小さく丸めて、目をつぶる。
(……ちょっと疲れたな)
どれぐらい経ったんだろうと思い、空を見上げると、丸い月が出ていた。
(エイラに出会ったのも、こんな夜だった……エイラが突然出てきたときは、驚いたな。それから、突然強い敵が現れて……危ないところを、エイラに助けられた。それで、仲間になって……教会に目をつけられて、旅をして……ここまで来たんだ)
出会ってから、今までの記憶が蘇る。
色んなことがあったけど、思い出すのは、エイラが、みんなが、笑い合っている姿だった。
(……俺は、ここで立ち 止まっていてもいいんだろうか……でも、疲れたんだ)
そのとき、脳裏にエイラの姿が浮かんだ。
『がんばって!』
それはヨアと気まずかった時に、ゼルが話し合う時間をくれて去るときだった。戸惑っている俺を声には出さないで、体いっぱいで応援してくれた。聞こえないはずなのに、エイラの声が聞こえてくるぐらいに。俺はあのとき、背中を押してもらえたんだ。
(……そうだよな。逃げるのは、俺らしくない)
「……ははっ。あの時も、同じことを思ったな……俺は、まだ笑えるんだ……」
目をつぶり、呼吸をすると、頭がはっきりしてきた。師匠が寝ているテントの方に目を向ける。
(ゼル師匠、ごめん。俺、先に行きます!)
俺は、起こさないように心の中で、謝った。剣と自分の荷物を持ち、火を静かに消して、塔に背を向けて走り出した。
――今、進まなきゃ、俺は俺でなくなる気がする。
日が昇り始めた頃に、アウロラの森を出ることができた。不思議なことに、魔獣はでなかったので、ここまでは順調に進めている。
森の入口の村で、旅立つ準備をしたらすぐ発たないと、ヨアたちに追いつかなくなる。
聖都までは遠い。でも森の中を突き進んだら、街道よりは早くつくはずだと思い、道なき道を急いでいく。
半分まで来た頃、少し開けた場所で、前から誰かがくることに気がついた。
(二人いるな……)
いつでも剣を取れるようにして、そちらの方向に注意を向けていると、男の大きな声が聞こえてきた。
「うるせえ。誰にものを言ってるんだ!」
喋り方からして、冒険者か、それとも山賊の類か、わからないが口調が乱暴だった。
「歩いていれば、ちゃんとぶつかるに決まってんだよ!」
「探しているの、人だから……」
もう一人は感情なく面倒くさそうな口調だった。最初に暗闇から出てきたのは、赤い髪の男。その後ろから出てきた、もう一人の男を俺は見たことがあった。
(確かあれは、教団の……)
「……レオ」
俺の呟きに最初に反応したのは、前を歩いている男だった。その男は灰銀の色の鋭い瞳で、睨み、俺にではなく、喧嘩腰でレオに話しかけた。
「ああ!お前の知り合いか?」
「これが、探していた奴だよ。レイバン」
レオは相変わらず、淡々と質問に答えていた。
(俺を探していた……なぜ)
剣を持つ手が、強くなる。それを見て、レイバンと呼ばれた男は、俺の顔を見てにやっと笑ってから、得意そうに言った。
「ほらな。歩いてれば見つかっただろ」
「悪運……」
呆れたように言うレオに、レイバンはもう聞いてもいなかった。
次の瞬間、レイバンの手に大剣が現れる。
(どこから現れた!?魔法か……?)
さっきまで持っていなかった物が、いきなり出てきたことに一瞬戸惑ったが、剣を構える。
だが、レイバンは突然俺の後ろの方に、意識を向けた。すると嬉しそうに、口の端が上がる。
「お前、あいつの知り合いか?」
言っている「あいつ」が誰を指してるのか、わからなかったが、大剣を持っているレイバンを前に、俺は聞くこともできず、動けなくなっている。
(この人、強い……師匠と同じくらい……)
「おい、レオ。お前後ろの相手をして、時間を稼いでこい」
「……えっ、嫌だよ」
「おっ?お前、師匠の言うことが聞けないのか?いい度胸だな。大丈夫。死んだら骨は拾ってやる……まあ、あいつなら殺しはしねーよ。行ってこい」
「……わかったよ。クソ師匠」
悪態をつき、レオは俺の横を歩いていく。初めて見たとき冷静に見えていた、レオの印象が変わっていく。師匠と言っているレイバンのそばにいる時のレオは、少し感情がでているような気がする。俺でも、あんな師匠だったら嫌だけど。
(ゼル師匠、怒っているだろうな)
今頃勝手に先に来たことに、罪悪感が湧き出てきた。
「おいおい、いいのかぁ?今、考え事していて……余裕だな、おい」
少し怒っているように言うレイバンの声に、我に戻る。
「すいません。考え事してました」
思わず反射的に、素直に謝ってしまうと、呆れた顔をして、顔を横に向けて何かを言っている。
「はあーあいつにそっくりだな。いやだ、いやだ」
「なにかいいましたかー?」
聞こえなかったので、大きな声で聞くと、俺の方を見た。
「いや。知っている奴に似ていてな。気に食わねーって言ったんだ!」
そう言うと、急に踏み込み間をつめ、大剣を振り降ろして来た。大剣は、そのまま俺の頭上にくる。
俺はとっさに剣を構え、受け止めるが弾き飛ばされて木にぶつかった。レイバンは、トドメを刺すこともせず、にやにやと笑いながら、大剣を肩に乗せて立っている。
(重い……でも、斬られなかっただけましか)
「さっきのは取り消すわ。あれを受け止めるとは思わなかった。気に入った」
褒められているのかわからない言葉に、首を振って立ち上がる。
「いえ。弾かれたのだから、受け止めたことにはならないですよ」
「へえーまだ立てるか。ますますいいねぇ。小さい頃のレオを思い出す」
満足そうに俺を見つめる目が、余裕を語る。
(この人には敵わない。どうする……逃げるか)
思っていることが、見透かされたようにレイバンは、大剣を振るって、俺に風を浴びさせる。
「逃げるなんて考えるなよ。気に入ったからには、今日は殺しはしねー。ただ、半殺しにはするけどな。頼まれたのがお前を聖都に、いかせないことだし……まあ、俺には関係ねーが」
関係ないなら逃がしてくれてもいいじゃないかと、思わなくもないが、目の前の野獣のような男は、このまま逃がしてはくれないだろう。
ずっと喋っているが、隙がありそうでないレイバンに対して、動けない俺に、剣も構えず近づいてくる。
(俺ができることは、今ここで倒れないことだ)
ここで今、動けなくさせられることを避けなければならない。
(でも、なんで教団がでてくるんだ……)
いろんな思考が浮かび上がってくるが、今、頭を無駄に使っているべきではない。
距離が近づくにつれ、俺の剣を握る手に緊張が走る。
この圧迫感の中、少し慣れている自分に気づく。ゼルとの稽古で、フレイガルドとの戦いで、自分より強い相手を目の前にしていたことが、今、確実に俺に戦う気力をくれる。
(俺が今、できること――先手必勝)
「――光よ、真よ示せ!《ルクス・ベリタ》!」
俺の最大のオーラを込めて、出し惜しみせずに出し切った斬撃だった。武器を構えてないレイバンなら、避けられないと思っていた。倒せなくても、あわよくば逃げる隙ができるかもしれないと。
だが、目の前では、大剣をまるで軽い剣のように扱い、俺の斬撃を頬をかすめただけで、避けた。レイバンの頬から血が少し垂れる。
「いい剣筋だ」
満足気に頬の血を指で拭った。
「今度は、俺の番だな」
そう言って、剣に銀色のオーラを込め始めた。今まで喋っていた声が、落ち着きを取り戻し、詠唱をつぶやく。
「――灰になれ《灰煌》」
巨大な斬撃が俺に逃げることを許さないように、向かってくる。
(――避けられない)




