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蒼穹の方舟 〜落ちこぼれ冒険者と記憶を失った少女〜  作者: 蒼月 りんね


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第三十五話 静かな夜

ゼル視点です。

 ここに来たのはチャッカ村で、騎士団が不審な行動をとっていると報告を受けたからだった。


(……来て正解だったな)


 この子たちの顔を見て、心配していたことが起こったことがわかった。


「何かあったのか?」


 近づきヨアに質問すると、悔しそうな顔をして眉をしかめた。


「エイラが、教会に連れてかれました」

「……なにがあったんだ?」


 大変なことが起こっているとは思っていたが、最悪の事態になっていた。ヨアは話をかいつまんで、アウロラの森に入ってからのことを、話してくれた。聞き終わると、私は怒りと虚しさを感じた。


(命を助けられたのに、この仕打ちか……教会は変わらないのか)


 だが、今は彼らに、私の内情を出すべきではない。表に出せない怒りを押さえながら、ヨアたちに問いただす。その声は、自分で思っているよりも、硬かった。


「それで、君たちはこれからどうするんだ?」


 脅されている彼らが、教会を敵に回すことを嫌がるのなら、責めるつもりはない。私が動いたらいいだけだ。だが、彼らの意見を尊重しないといけない。


 ヨアは、少しも考えずに真剣な表情で私を見て、断言する。


「助けに行きます」


 迷いのない言葉。他の二人も、決意の顔で頷いている。それが私には眩しく見えた。

 彼らを初めて見た頃と、短い間なのに何かが変わった気がする。


「じゃあ、急いだ方がいいな」

「はい。でも、カイが薬で眠らされて、起きないんです」


 机で寝入っているカイに目を向け近づいて、肩を揺さぶったが無理だった。飲み物から、嗅いだことのある匂いが漂ってくる。猛獣を眠らせることができる薬の匂いと同じだった。


(この薬をこんな子供に盛るなんて……なんてことをするんだ!)


 ますます教会のすることに、憤りを覚える。


「他の者は大丈夫なのか?」


 この質問にアッシュとティアナが答えた。


「俺は薬には耐性があるので……」

「私は薬とか効きにくいから……起きた時に、頭が痛かったぐらい」

「ヨアは?」

「俺は後からでてきたので、大丈夫です」

「そうか。よかった」


 三人の答えに、少しほっとする。飲んだ二人は、後遺症もないみたいだ。

 安心したのも束の間、次の行動の提案をする。


「じゃあ、私が先にエイラを追いかけよう。みんなはカイが起きたら追いかけてくれ」


 安全も考えて提案すると、ヨアは待ったをかける。


「いえ……先に俺たちが行きます。だから、ゼルさんには、カイをお願いしてもいいですか?」


 そう言うヨアに、私よりも先に、他の二人が驚いていた。


「えっ?ヨアがカイを置いてくなんて……」

「嘘だろ。どうしたんだ?」

「なんなんだ。その反応は……カイがこのことを知ったら悲しむだろ」


 真剣な顔をして、そう言ったヨアに、二人は納得した顔をした。


「大丈夫だ。ブレてはいない」

「そうね……」


 三人はさっきまでの、切羽詰まった顔を、もうしていなかった。心の中では焦っているのかもしれないが、いつもの落ち着きを取り戻している。今の彼らなら、先に行かせても大丈夫だろうと判断をした。


「わかった。私がカイを連れて後を追おう」

「ありがとうございます。……カイをよろしくお願いします」


 ヨアたちは、武器を手に取り、急いで教会に向かって走り出した。


(無理をしないといいが……)


 その後ろ姿が見えなくなると、部下を呼び出した。


「シエル」

「はっ」


 いつも私の側についている部下は、すぐに姿を現す。


「このことを急いでメルナに知らせろ。それと、仲間を聖都の近くに集めておけ。この期に動く」

「わかりました」

「あと、お前はあの子たちについていけ――消して死なせるな」


 シエルは一瞬ためらったが、私の顔を見て頷いた。


「……はい。必ず」


 短い返事をして、姿を消した。シエルにまかせておけば、大丈夫だと思い空を見上げた。太陽はまだ高いところには来ていない。


(あの子たちは、夜になる前に町につくか……だが、あまり休まないだろうな)


 彼らが、まずは無事に聖都につくことを願おう。




 騎士団が残していったテントにカイを寝かせ、私は焚き火の前に座っていた。空にはもう星が出てから、かなりの時間が経つ。

 エイラのことは心配だったが、大勢の移動は時間がかかるのはわかっていたし、教会にはメルナがいる。今は、それを信じるしかない。


 一人で目の前にそびえ立つ塔を見つめる。


(まさか、ヨアが妖精族だったなんてな……)


 塔の下にいるヨアをひと目見て、気づいた。

 この塔は妖精族しか入れない場所がある。このことを知るのは、教会の一部の人たちだけだ。だが、チャッカ村で別れるまで、私もヨアが妖精族とはわからなかった。だから、当然ヨアたちは、入れないと思っていた。気配が強くなったのは塔の中で、何かあったんだろう。


(でも、おかしい。デュランはそのことを知らないはずだ。あいつがヨアが妖精族だと気づくはずがない……誰かが知っていたのか?)


 エイラの件も、腑に落ちない。デュランは、妹に固執していたと言っても、似ているエイラを攫う必要はないだろう。帰ってくるのを待って、全員捉えればいいのだから。


(もしかしたら……デュランよりも先に、エイラを手に入れたい人物がいるのか……そういえば、教会で、人体実験がおこなわれていると噂が……)


 自分のその考えにぞっとして、頭を振る。


(一人でいると、碌なことを考えないな)


 そう思い水筒の水をのむと、テントの方で音がした。

 しばらくするとカイが起きてきて、テントの周りを見だした。まだ寝ぼけているようなので、私の方から声をかける。


「カイ。起きたんだな。おはよう。何か身体に異変はないか?」


 そう声をかけると、こちらに近づいてきた。


「はい、よく寝たって感じです。って……ゼル師匠?なんで……みんなは?」

「話すから、とりあえず座ってくれ」


 隣の椅子を指して、戸惑っているカイを座らせた。


「……どうしてここにいるんですか?」

「驚かないで聞いてくれ……お前は騎士団に眠らされ、その間にエイラを拐っていかれたんだ」

「えっ!?……嘘ですよね」

「残念だが、本当だ」


 私の言葉に、カイの顔が歪み、手で顔を覆い隠して呟き始める。


「嘘だ……騎士団が……ダリルさんが、そんなことを許すはずがない……」


 私はそれを、静かに見据える。裏切られたカイの感情は痛いぐらいわかるが、今は落ち着かせるほうが先だ。立ち上がろうとするカイの腕を持ち、引き止める。


「カイ!落ち着け!」


 混乱したまま、勢いで飛び出していかれては困るので、少し強めに名前を呼ぶ。傷心した顔でこちらを見るカイに、胸が痛む。


「ゼル師匠……俺が寝ている間に何があったんですか?」


 きつく目を閉じてからもう一度座り直し、辛そうな顔でこちらを見るカイの拳は、足の上で力いっぱい握られている。それを見て見ぬふりをして、会話を続ける。


「ティアナたちから聞いたが……ダリオという騎士に騙された、と言っていた」

「ダリオさんが……嘘だ」


 まだ信じたくないように、その消え入るような言葉に、私は首を横に振ると、さっきまで辛そうだったカイの表情が、さらに曇った。

 きっと信頼していた騎士だったんだろう。伝える私でも、見ているだけで辛くなる。それは、私が何度も味わった気持ちだった。味方だと思っていたものが、突然敵になることに慣れることはない。

 

「先に、ヨアたちが教会に向かって旅立った。カイは私と一緒に向かうことになっている」


 説明をしている間、ずっとカイの瞳は死んだ魚のようだった。返事もなく、火を眺めているカイが、痛々しく見える。この子がなぜ、こんな悲しみを感じないといけないんだという、怒りがこみ上げてくる。


「大丈夫か?カイ」


 大丈夫じゃないとわかっているのに、これしかかける言葉が思いつかない私が嫌になる。

 火を眺めているカイはそこで「はい」と力なく答えるだけだった。


(今は一人にした方がいいのかもしれないな……)


「朝になったら、私と一緒に出発しよう。それまで火の番をしていてもらってもいいかな?少し仮眠をとらせてもらうよ」

「……はい。わかりました」


 返事をしたカイにほっとして、俺は少し仮眠を取ることにした。


 だが、起きた時にそのことを後悔する。


 カイの姿が、どこにも見当たらなかった。

 


 

 

 


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