第三十三話 知らない記憶
ヨア視点です。
みんなが去った後、俺はリシャールを見つめる。
彼女は目が見えないのに、俺の表情がわかるみたいだ。
「私に聞きたいことがあるのだろう。どんな記憶をみた?」
その言葉に俺は苦しい表情をしているのだろう。カイたちに気取られないようにしていたから、いなくなって気が緩んだ。
「俺が赤ん坊の記憶ですよ……」
――俺の記憶。でも俺の知らない記憶。
◇◇◇
記憶は、俺に似た女性とその横に立っている男性を、赤ん坊を寝かせるベッドの上で、赤ん坊の俺が座って、見ているところから始まった。それが俺の母と父で、俺が赤ん坊なのは、なぜなのか、ちゃんと理解していた。
彼らの会話が、聞こえてくる。その内容は、母が父を説得していた。
「このままだと、ここもすぐ戦場になるわ。お願い。この子と逃げて」
「嫌だ。俺もここに残る。ニアを置いてはいけない」
「でもっ、あなたは人族なんだから殺されなくてすむのに……私といたら殺されるわ」
「それでも、君と離れるくらいなら、死を選ぶ」
「カシア……駄目よ。そうしたら、ヨアはどうするの?誰が守るの?」
「そうだ。メルナ様に頼もう。あの方ならヨアを守ってくれる」
「無理だわ。姉様は姉様のやるべきことがあるのだもの」
二人は互いに絶望的な顔をする。すると突然ドアが開いた。
「カシア!」
そこには俺を育ててくれた義父・ルシアンがいた。その姿は俺が知っている義父よりも、若い姿。ルシアンを見ると、驚いた父は叫んだ。
「兄さん!どうして来たんだ?ここは危険だ」
「メルナ様が送り出してくれたんだ。ニア様への伝言も頼まれた。「助けられなくて、すまない。できることなら逃げてくれ」と……。だから、みんなで逃げよう」
その言葉を聞くと、母は目を潤ませ、窓の外を見た。
「ねえさま……」
父は泣きそうな母を抱きしめた。そして、母の耳元で何かをつぶやくと、母は父を驚いた顔で見つめた。父は優しい笑みを浮かべ深く頷くと、母も笑みを浮かべて頷いた。それから二人は離れ、ルシアンの方を真っ直ぐ見る。
「すまない、兄さん。俺たちは逃げない。ここで戦うよ。だから、最後の願いを聞いてくれないか。ヨアを連れて逃げてくれ」
「なぜ一緒に逃げないんだ?今なら、まだ間に合う」
「そうなのかもしれない。でもここで逃げたら、これからもこの子は追われてしまうから……一緒にここで死んだことにするよ」
ルシアンは真剣な父の言う言葉に、息を呑み低い声で尋ねる。
「……死ぬ気なのか?」
「ああ、でもただでは死なないよ……お願いだ。兄さん」
死に向かうはずなのに、決心した父は、優しそうな笑みを向け、ルシアンを何も言わせなくする。しばらく沈黙のあと、ルシアンはため息を吐いた。それは辛そうで、胸が締め付けられるため息だった。
「お前は言ったら聞かないからな……わかった。俺のできる限りで、ヨアを幸せにすると約束するよ」
「ありがとう。兄さん」
そう言うと父は、赤ん坊の俺を抱き上げ、力強く抱きしめた。母もそばに来ると、二人は俺を抱きしめて、最後の言葉を口にする。
「ヨア。大きくなって、幸せになるのよ。愛しているわ」
「ああ。俺たちは、ずっとヨアのそばにいるからな。愛している」
(……俺は両親にも、愛されていたんだな)
拾われたと聞かされて、ずっと捨てられたと思っていた俺は、胸が締め付けられる。
父は、抱いている俺をルシアンに渡した。
「兄さん、来てくれてありがとう。俺は、兄さんの弟で幸せだったよ。ニアとも出会わせてくれた。ほんとに感謝している」
「ああ……俺もお前が弟でよかった。不甲斐ない兄でごめんな」
父は首を大きく横に振って笑った。
「最高の兄だよ」
ルシアンは潤んだ目を一度閉じてから、目を開け微笑んだ。
「……ありがとう」
「ルシアン兄様、姉様に伝えて、ありがとう、と。姉様は姉様の、願いを叶えてと……」
「……ああ、ちゃんと伝える」
メルナに伝言を頼むと、母はルシアンの胸の中にいる俺を見つめた。その瞳は、涙が流れていた。父が母を支えるように、肩を抱いた。
「……もう行ってくれ、兄さん。もうすぐ騎士団が来てしまう」
「……ああ……ヨアのことは任せろ」
「ルシアン兄様なら、安心です」
母は泣いているのに満面な笑みを、父も深く頷く。
――二人とも笑っていた。
両親は俺を助けるために死ぬのに、最後は幸せそうに笑って、ルシアンと俺を送り出した。
それを見たルシアンは頷き、部屋を出た。そのまま屋敷の裏から出ると、屋敷の表が騒がしいことに気がついた。騎士団が屋敷を包囲している声が聞こえる。
「ここにいる赤ん坊は、生きて捕らえろという命令だ。他の奴らは殺せ」
屋敷の前で司令の声が聞こえ、裏に向かって来る騎士たちの足音が聞こえてくる。
動くとバレると思ったのかルシアンは、近くの茂みに一旦隠れた。その近くの若い騎士たちの会話が聞こえてくる。
「なぜ、赤ん坊は生け捕りなんだ?」
「ああ、それな。……何でも、どっかの遺跡が妖精族にしか、開かないらしいぞ。で、無害な赤ん坊は生け捕りなんだと」
すると中年の騎士が、話に割り込んだ。
「おい、こら。喋ってないで突撃するぞ」
表の方で「突撃ー!」と言う号令と共に、騎士たちは屋敷の中に入って行った。
中で剣が交じ合う音と、悲鳴が聞こえてくる。騎士たちが入ってしばらくすると、屋敷が燃えだした。その炎は、普通の炎ではなく、すぐに屋敷全体を火の海にした。騎士たちの焦る声が聞こえてくる。
「屋敷が燃えだしたぞ!火の回りが早い!消せー!」
ルシアンの涙が一粒、俺の頬に落ちた。
「カシア……すまない」
そう呟くと、決心した顔をして俺を抱えて、駆け出した。音が立っても、炎に集中して誰も気づかない。
走って、走って、離れたところの崖の上についた。そこから見える屋敷の炎は、もう小さくなっていたが、暗い夜には目立っている。炎はしばらくすると、完全に消えていった。
それは両親が、息絶えたのを意味していたのだろう。ルシアンの、俺を抱く手に力が入ったことが、それを肯定していた。
何かが近づいて来たのに、気がついたルシアンが後ろをゆっくりと振り向く。そこには、見たことがある、大きな白銀の狼が近づいてきていた。
「その子が、ニア様の子か?」
「はい、クラド様……私はこのまま騎士団を抜け、ヨアを育てようと思います」
「そうか……だとしたら、二人はもう……」
「はい……ヨアを生かすと決めていました。あとニア様からメルナ様への伝言を預かっております。「姉様は姉様の願いを叶えてください」と……」
「わかった。伝えておこう……すまないな」
「いいえ。メルナ様にお伝えください。「今まで、ありがとうございます」と。あの方には感謝しかないですよ」
そう言ったルシアンは、弱々しく笑みを作った。
◇◇◇
――そこで俺はリシャールに起こされた。
一瞬状況がわからなかったが、リシャールとそびえ立つ木を見た瞬間、俺の頭に妖精族の記憶が自然と読み込まれた。彼らは危険ではないと。それはメルナ様が言っていた”血の縛り”なんだろう。
「それが俺の見た記憶だ……」
「君はそれを見て、これからどうするのだ?」
「……どうもしない。前まではその妖精族が殺されていたことを知ると、どうしようもない怒りが湧いてきた。でも、今は……あの人がいる教会に対してそこまで思わないんだ」
「それはなぜだ?」
「メルナ様は俺たちを助けてくれました。それに、記憶の中の母も言っていました。姉様は姉様の願いを叶えて、と……。なのに俺が何を言えるでしょうか」
俺とリシャールの間に、優しい風が吹いた。
「……そうか」
そう言ったリシャールは、嬉しそうに見えた。
「そろそろ。仲間の元に帰ろうと思います」
「わかった。最後に、お前の中の血の縛りが解かれた。少しずつ妖精族の力が使えるようになるだろう。それとこれを従魔として連れていってくれ」
リシャールの手の中には小さな赤い龍が乗っていた。
「これは?」
「フレイガルドだ」
「えっ!?」
思わず大きな声を出してしまった。そこにいたのは、フレイガルドとは思えないぐらいスリムな赤龍が首をかしげて、こっちを見ている。
「少し懐かしい気配にはしゃいで、力を使い切って小さくなってしまった。お前の持っているメルナから貰った石の中で、休ませてやってくれ。役に立つ時もくるだろう」
(あれは、はしゃいでたレベルじゃすまないだろう……)
そう呆れて思っていたら、返事をする前に龍は、石の中に入ってしまった。諦めて渋々返事をする。
「……はい。わかりました」
でも、妖精族の力は強くなりたい俺には、ありがたかった。
「いろいろとありがとうございます」
素直にお礼を言うと、俺の足元が光りだす。
「メルナによろしく伝えておくれ。また会おう、ヨア」
最後の最後で、俺の名前を呼ばれるとは思わなかった。
塔の部屋に戻ったことを確認して、外に出ると、そこは思っている雰囲気ではなかった。
そこにいたはずの騎士団は、誰一人見当たらない。塔の広場にいるのは、机の近くに立っているティアナとアッシュ。それと、机の上で寝ているカイだけだった。
それ以上に眉をしかめるのは、アッシュが懸命に暴れるティアナを羽交い締めにして止めていた。
「……何があったんだ?」




