第三十二話 正義の記憶
カイ視点です。
眩しい光に目をつぶり、再び目を開けた時見た場所は、花々が咲き乱れる、舗装された噴水の前だった。俺たちは、戸惑いながら辺りを見渡す。
目の前から、三人の可愛らしい子供が走ってきた。
前に金髪と黒髪の男の子、その後ろをピンクの髪色の女の子が一生懸命追いかけてきている。
俺たちの姿は見えないらしく、金髪の男の子は噴水に手をついた。
「やった!勝った!俺が一番!」
喜んでいると、黒髪の男の子も手をついた。
「くっそー。今日は勝てると思っていたのに」
悔しそうにしていると、女の子が後ろから叫んだ。
「待ってよー。二人とも早いよー」
その姿を見ると、二人の男の子は目を合わせ笑い出した。
微笑ましい光景に、思わず見入っていると、頭の中にリシャールの声が聞こえてきた。
『金髪の子供は、リュミエル。黒髪は、ネブラ。二人とも人族の世界では、神と崇められているが、この子らは私と同じ調停者だ』
「はっ!それって……」
声を出してしまい、慌てて手で口を抑える。
『大丈夫。こちらの姿が見えないのと同じに、声も聞こえない』
その言葉に、最初にティアナが反応する。
「えっ、そうなの。息を止めてて損したわ」
「息はしていいだろ」
二人のやり取りを無視して、ヨアがリシャールに質問をする。
「そんなことより、リシャール。彼らが調停者だとしたら、人は騙されていたのか?」
『いいや。私たち、調停者は騙した覚えはない。……しかし、もし人族の世界を作る者を、神だと定義するなら、人族にとって、調停者は神ということになる……ほら、次のところに進むみたいだ』
リシャールは、指を差す。そちらの方に目を向けると、そこにはさっきの子供たちが、俺たちと同じぐらいの歳になっていた。
ピンクの髪の少女が、こちらに向かって走ってくる。その後ろを二人の少年がゆっくりと歩いてきた。少女は俺たちの、すぐ横を見ながら立ち止まった。
少女が近くに来て、思わずアッシュが呟いた。
「綺麗な子だな」
「ほんと。女の私でも見惚れてしまう……」
ティアナもつぶやきのように返事をしている横で、エイラも頷いている。
少女は俺たちが見えないので、気にすることなく喋り始めた。
「リシャール先生。今までありがとうございました」
いないはずのリシャールが現れたのかと思って、横を見ると、本を持った少し若いリシャールが立っていた。この頃のリシャールは、目を隠しておらず、緑色の綺麗な瞳をしていた。その瞳には感情があり、優しそうに少女を見ている。
『あれは昔の私。彼らが学舎を卒業する日だ』
「先生だったんですね」
『ああ』
今のリシャールの口調よりは、少し感情が入っているお祝いの言葉を言っているリシャールを見る。
「フィネス。おめでとう。お転婆も卒業するんだよ」
「ほんと、リシャール先生の言うとおりだよな。フィネスも調停者になるんだ。もっとちゃんとしないとな」
後ろからネブラが声をかけてくる。その言葉にフィネスは、ほっぺたを膨らましながら怒っている。
「ちゃんとしてるわよ。ネブラには言われたくないわ。ねえ、リュミエル」
「はは、そうだな。それにフィネスはフィネスなりにちゃんとしてるよ」
「もう!それ褒めてないわ!」
ますます怒り出すフィネスに二人は笑っている。若いリシャールも嬉しそうな笑みを浮かべていた。
その光景を見ながら、リシャールに質問する。
「フィネスは、どんな存在なんですか?」
『彼女は二人の幼馴染で、感情の調停者となる子。……次が最後の記憶になる』
無機質な声でリシャールがそう言うと、景色が変わり、初めの場所と同じ噴水の場所だった。
でも、今までのような微笑ましさはなく、緊張感が漂っていた。
目の前には大人になった三人がいた。
「……なんで」
「えっ、嘘!?」
その光景に、俺たちは驚いて声を上げる。
目の前には、ネブラの胸に抱えられ、血を流すフィネスが横たわっていた。その少し離れたところに立っているリュミエル。その持つ剣には血がついていた。
ネブラは、リュミエルを睨みながら怒鳴る。
「リュミエル!正気か?」
「ああ、これは光の調停者としての義務なんだ」
「だからって、フィネスを殺すなんて……」
「……仕方ないんだ」
怒っているのか悲しんでいるのか、わからない複雑な顔をしているリュミエルは、顔をそむけ剣を握りしめた。その様子を真っ直ぐ見据えるネブラは、フィネスを地面に優しく置いた。
「……そうか。お前の気持ちはわかった」
立ち上がったネブラは、自分の腰の剣を抜き、リュミエルに剣先を向けた。
「でも、俺はお前を許さない。これがお前が調停者としての使命なのだと言うのなら、俺はこの世界を滅ぼそう。俺も、虚無の調停者として、義務を果たす」
「何を言っている。この世界を滅ぼすのが、調停者の義務なものか」
「いや。君がこれを正義と言うのなら、俺は俺の正義を貫くだけだ」
睨みあいが続く中、フィネスの手が小さく動いた。ネブラは急いで剣を鞘にしまい、フィネスを起こす。その時、リュミエルの顔が歪み、小さく震えたような気がした。
「大丈夫か?フィネス」
「ええ……だから……二人とも、止めて……」
「喋るな。傷に響く」
ネブラはフィネスを抱きかかえて、リュミエルの方を振り向くことなく、その場を去っていく。その後ろ姿をリュミエルは、追うこともなく、苦しそうな顔をしてずっと見ていた。
「フィネスは助かるのか?」
リシャールに尋ねると、少しの沈黙の後、答えが返ってきた。
『……いいや。フィネスはあの後死んだと聞いた。思ったより傷が深かったらしい』
その声はずっと無機質だったのに、今は悲しみを含んでいるように聞こえた。
みんなが黙ってリュミエルの顔を見ていると、目の前の光景が、元いた世界樹の根元だった。
さっきの情景が衝撃で、口を開くことができない。それがわかるのか、上に生い茂る葉っぱが、慰めるように、優しい音を聞かせてくれる。
しばらくすると、話し始めたリシャールの声は、もう無機質に戻っていた。
「これがリュミエルとネブラの戦いの始まりだ」
「フィネスが殺される原因はなんだったのですか?」
「それは私の口からは言えない。他の神の雫が答えてくれるだろう。ただ、言えることは、二人の戦いのせいで、調停者の世界は滅び、今度はこの世界が滅ぼされそうとしているということだけ」
言っていることが、壮大過ぎて話がついていけなかった。ティアナもそうだったらしく、思わず感情が声に出ている。
「えっ?なにそれ」
「ネブラの最終目的は、すべてを消すこと。千年前にリュミエルに封印されていたが、それが溶けようとしている。それを止めるには、雫が必要になるだろう」
そう言うと、リシャールは神の雫を、こちらに渡してきたので受け取る。それは思っているよりも軽かった。
「いいんですか?」
「ああ、この雫は”セリオ”。お主たちの役に立つ」
「ありがとうございます。でも、これは教会に渡さなきゃいけなくて。俺たちの物にはならないんですが、いいですか?」
「正直なのが、お主の正義か。……悪くない」
リシャールは小さく何かを言ったが、聞き取れなかった。でも、何か嬉しそうな感じがした。
「なんて言いました?」
「なんでもない。……この雫が、誰の物になろうと私には関係ない。持っていけ」
「はい。ありがとうございます」
お礼を言うとリシャールは、ヨアの方に顔を向けた。
「塔の出口に転送するが、ヨアだけ少し残れ」
それが言われることが、わかっていたかのように、ヨアは深く頷いた。
「はい」
俺はその神妙な顔のヨアに、不安になり声をかける。
「大丈夫か?一人で?」
「ああ、俺もまだ話があるから、先に戻っていてくれ」
「わかった」
「では、送る」
地面が輝き出し、俺たちの目の前にいたリシャールと、ヨアが姿を消した。
俺たちは、ヨアを置いて、無事に塔の部屋に戻ってきた。




