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蒼穹の方舟 〜落ちこぼれ冒険者と記憶を失った少女〜  作者: 蒼月 りんね


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第三十一話 調停者

カイ視点です。


「ここは……?」


 転移した俺たちは、大きな木の根っこの上に立っていた。想像したことがない場所が、目の前に広がっている。


 地面は見渡す限り根っこ。その隙間に見えるのは、森と海。上には覆うように葉っぱが生い茂る枝。その先は、どれほどか想像もできない巨大な木がそびえ立っている。 


(夢で見た、大きな木に似ている気がする……)


「大きすぎじゃない?」

「そうだな……」

 

 ティアナもアッシュも、目の前にある大きな木に圧倒されている。

 エイラが木の根元の方に、指を差した。


「ねえ、あっちで何か光った気がする」

「……行ってみよう」


 目覚めないヨアをアッシュに背負ってもらい、俺たちは木の根っこを歩いていった。


 木の下につくと、さらに木の大きさを実感する。とりあえずその根元に、ヨアを降ろして様子を見る。


「エイラ、ヨアは大丈夫なのか?」

「うん、たぶん、今は眠っているだけだと思う」

「そうか……」


 少しホッとした俺は周りを見渡す。木々のざわめきの中、かすかに木漏れ日が降り注いでくる。その風景が、何か懐かしい感じがした。


「それにしてもここはどこなんだ?」


 誰にでもなく問いかけると風が吹いて、目の前に黄緑色の髪を一つにまとめ、目にリボンを巻いた女性が現れた。目が隠れているので、表情は読めない。どことなく人ではないことがわかる風貌から、俺たちはヨアを囲んで武器を構えた。


「客人よ、武器を降ろしなさい。私に戦う意思はない」


 女性は言葉どおり、戦う意思はなかった。それを確認して、俺たちは武器を降ろした。


「すみません。アウロラの塔からここに飛ばされたみたいなんです。ここはどこなのですか?」


 さっきまでのことを気にする様子はなく、女性は淡々と言葉を返した。


「ここは世界の記憶が集まる場所。本物の鍵を手にし、ここに入る資格がある者だけがこれる。人は、この木を世界樹と呼んだりもするはず」


(世界樹のことは、本で読んだことがある。でも、本当にあるなんて……)


 世界樹なんて見たことはないが、この女性の言っていることを疑う余地がないほど、木の存在感が普通ではなかった。その木は、生命そのもののような力強さを放っていた。まるでこの木みたいに、包まれている感じがする。それに無機質であるはずの彼女の声も、なぜか不思議と心地よく、その言葉を信じることにした。


「あなたは何者なのですか?」

「私は森の調停者・リシャール。この木と共にある者」

「森の調停者……調停者とは何なのですか?」

「この世界を作り、見守り、管理する者のことを調停者と呼ぶ。神とは違う存在」


 ”調停者”――聞いたことのない言葉に困惑するが、エイラがリシャールに話しかけた。


「あ、あの、すみません。お話の途中なのですが……ヨアは、大丈夫なのですか?」


 リシャールはヨアの方を向いて頷いた。


「ああ、”血の縛り”だから心配はいらない。これで起きるだろう」


 そう言うと、片手をヨアの方に向けると、緑の霧がでる。それがヨアを包むと、目を覚まし始めた。


「ん……」

「ヨア!大丈夫か?」

「ああ。大丈夫だ。……ここはどこだ?」


 その質問にリシャールが答える。


「君は、世界樹の根元にいる」

「世界樹……だから記憶が入ってきたのか」


 それだけでヨアは、何か納得したようだった。それにリシャールが頷き、口を開いた。


「それもあるが、君のは”血の縛り”だろう」


 リシャールのその言葉に、俺が反応する。さっきから聞いているその言葉は、俺の中で引っかかっている。


「なんだ?その血の縛りって」

「それは……」


 答えようとするリシャールを、ヨアが止めに入る。


「待ってくれ」


 相変わらず無表情のリシャールは、ヨアに問いかける。


「自分で答えるか?」

「ああ、自分の口から言いたい」


 二人は、まるで以前から知り合いのようなやり取りをしていた。ヨアがリシャールの前に立ってから、俺たちを振り向いて見据える。静かな風が吹いた。

 ヨアは緊張した面持ちで、息を呑んだ。


「俺は――妖精族の血を引いている」


 ヨアの瞳の奥が悲しく光る。俺たちの言葉を待たずにヨアは続ける。


「驚いただろ。これが俺が、教会と関わりたくなかった理由だ」

「……異種族戦争か」


 納得したように、アッシュが険しい顔をしながら呟いた。

 異種族戦争――教会が異種族を絶滅させるために起こした戦い。たくさんの種族が追い詰められたと言われている。それは俺たちが生まれた頃に、終わっていた。

 でも、まだ異種族が狙われていたのは、知っている。

 

 つい最近、ヨアは隠していることを言えないと言っていたのに、こんなにもさらっと言うことに、違和感を覚えた。


「なぜ、教えてくれるんだ。言いたくなかったんじゃないのか?」

「ああ、できればずっと言いたくなかったよ。皆を危険に晒すと思っていたから……でも、違ったんだ。教会は俺が妖精族だと知っていたんだ。だから、ここに俺たちをよこした。そうだろう――」


 ヨアはリシャールの方に目を向けると、リシャールは名乗ってから、話の続きを始めた。


「リシャールだ。そうだ。塔からこの空間を開けられるのは、妖精族だけだからな。その時、膨大な記憶を読んでしまう副作用はあるがな」

「ああ、俺はそれで、話そうと決めたんだ。今度は皆を守るために」


 悔しそうに言い、そして深い悲しい瞳をしているヨアに、なんて声をかけていいのかわからなかった。沈黙を破ったのは、苛立っている、アッシュの声だった。


「何をそんなに、怖がっているんだ。隠し事なんて、誰にでもあるんだし、あってもお前はお前だろ。そんな弱々しいの、らしくねーよ」

「……アッシュ」


 それに俺とエイラも続いた。


「そうだよ。アッシュの言うとおりだ。二人とも何を隠していたって、俺は二人が大好きだ」

「そうです。お二人が何者でも、私を受け入れてくれた大事な人です」


 その言葉に、なぜかアッシュが唖然とした表情で、こちらを見た。俺はそれが不思議でエイラと目を合わせる。エイラも首を傾けて、わかってない顔をしている。すると、ティアナが呆れたように教えてくれた。


「あなたたち、言いたいことはわかるけど、それアッシュにダメージが入っているわ」


 俺とエイラは、慌てて首を振って、否定をした。


「えっ!?そんなつもりはなかったんだけど……」

「わ、わたしも!」

「ぷっ。はははは……」


 戸惑っていると、ヨアが目をこすりながら笑っている。そこにはもう、悲しそうな瞳はなく、いつものヨアの笑みだった。それにつられて、みんなの空気が和らいだ。ヨアは笑いが止まると、俺たちを見た。


「みんな、ありがとう。受け入れてくれて」

「そんなの、当たり前だろ」


 俺の返事に、みんなが頷く。ヨアの瞳は、うっすらと濡れているようだった。


「話はすんだようだな。本題に入ろうか」


 静かに見守っていたリシャールが、口を開いた。俺たちは、真剣な表情で、リシャールを見る。


「”神の雫”を取りに来たんだろ?」

「ああ、どこにあるんですか?」

「ここにある」


 そう言うと、リシャールは手を出した。すると現れたのは、手のひらサイズの透明な球体だった。その中で、いろんな色の光が動いているのが見えた。

 その目を奪われる美しさに、ティアナとエイラが思わず声をあげた。


「うわあ。神の雫って綺麗なのね」

「ほんと。透き通って、色が泳いでいるみたいだわ」


 その球体を見つめながら、リシャールは答える。


「これは”調停者”たちの記憶が入っているからだ」


 神の雫なのに、調停者の記憶が入っているというリシャールに、眉をしかめた。


「”神”の記憶だと聞いているが、違うのか?」

「ああ、君たちが知っている。神の伝承は偽りで、リュミエルも調停者です」

「え……」


 さらっと言った言葉は、衝撃すぎてみんな言葉にできず、沈黙をしてしまう。リシャールはそんなことは気にしないで、先に話を進める。


「これから、ここに入っている記憶を見せる。用意はいいか」


 そう言うと返事を待たずに、知らない言葉を呟き始めた。

 神の雫が、その言葉に反応して光を発して、気づいたら俺たちは光に飲み込まれていた。



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