その9
「哲ちゃんはいいよなあ。星也くん男の子だから、嫁に行かないし」
「おい、まーくんは、どうでもいいのかい? ダメだよ、賢ちゃん。兄妹は平等に扱わないと」
「聖人だってもちろん可愛いさ。そりゃあもう、可愛いぞ。
でもなあ…聖人はずっと一緒だろ。お嫁さんが来て、孫が生まれて、皆で仲良く暮らせるけど、真琴は家を出て行くわけだろ。あー、気が滅入る…」
「あのさ、賢ちゃん。水を差すようで何だけど、まーくんだって、同居するとは限らないんじゃないの」
「え?」
「僕みたいに嫁さんの実家で暮らすことだってあるだろうし」
「聖人がいなくなるのか?」慌てる賢児。
「賢ちゃん、落ち着けよ。まだ20年以上先の話だろ。そんなにストレスためてたら、それまでにポックリ行っちまうぞ」
「よく聞こえますね」盗聴器の役割を果たしているスマホを見つめながら、紗由が満足げに言う。
「まこちゃんたちへのラブしか話しておりませぬ。いつもどおりですな」
「毎回、盗み聞き…いや、話を聞いてるの?」弾が尋ねる。
「急に何度も来られるようになり、せっしゃをジーッと見つめるのでござる。気になりますゆえ」口を尖らせる充。
「まあ、そうだよね」進が笑う。「で、何か気になる話は聞けたのかな?」
「梨緒ちゃんどのは、星也くんが生まれて、カップがBからCになったので大よろこびだと」
「ふーん。梨緒ちゃん、Bだったんだ」龍が首をかしげる。
「にいさま、本物のおっぱいだと思ってたの?」
「え?」
「久我のおうちでホンモノなのは、和歌菜おばさまと、まりりんだけだよ」
「へえ…」
「まりりんはね、梨緒ちゃんや夕紀菜おばさまのぶんも、ぽよよんになる予定なの。かくせいいでん、ていうやつ」翼を見つめる紗由。
「う、うん…」
「奏子ちゃんはあんしんだよ。絢子おばさまも、響子おばさまも、ホンモノだし、ふかふかだからね」
見つめられた龍が返答に窮する。
「進子どの。未那どのは大斗どのが生まれていかがでござるか? せっしゃの見立てではDからEでござるが」
大斗というのは、生後8ヶ月になる悠斗の弟だ。
「いや、ポイントはそこじゃなくて…」
「そうそう。小さい子がいっぱいなので、また、パパの会を開いて、ハニー孝行をしようと話しておりました」
「周囲に赤ちゃん多いもんなあ」弾が指折り数え始めた。「大斗くんが8ヶ月、星也くんが7ヶ月、凜くんはそろそろ9ヶ月でしたっけ…」
凜というのは誠と麻那の長男だ。
「清子おねえさんちの咲耶ちゃんも7ヶ月です」
「将来、さんかくかんけーでござるな」
ウケケと笑う充に紗由が注意する。
「4人だから四角だよ」
「1億!?」
賢児の大声に驚き、スマホに視線が集まる紗由たち。
「赤ちゃんものの10分ムービー制作に1億って…マジ?」
「お義父さんは極めて真面目なんだ。SFXを駆使するらしいし、星也と九条さんちの咲耶ちゃんをメインキャラにしたいって言うんだ」
「うーん。じじバカぶりに気合入ってるなあ」賢児の声が段々と笑い声になっていく。
「あと、西川先生んちの大斗くん、一条さんちの凜くんも召集するつもりらしい」
大斗という単語に、紗由たちは一斉に進を見つめる。
「確かに、その4人だったらかなり可愛いだろうけど…最終目的は何なの。ベビー服モデルか何かか?」
「モデルっていうか、良い服を探し出すウエア探検隊というコンセプトらしい。主人公たちが、とっかえひっかえ服を着て、極上の品をゲットするっていう。
赤ちゃん雑誌に“ベイビー・サーチャーズ”という4コママンガも連載して連動させるんだってさ。
まーくん、まこちゃん、華音ちゃんにも声がかかる予定。いろんな年齢の服を売りたいんだろうね」
「華音は無理だろ。撮影なんて大人しくしてるわけないよ。気が付くと四方八方に駆け出してるし、あの華奢な澪ちゃんが今や育児の成果で両腕力こぶなんだぞ」
「ああ、それなら大丈夫。夕紀ちゃんによれば、華音ちゃんは悠斗くんのいうことならきくそうだから、悠斗くんにも共演依頼を出すようだよ」
再び皆の視線を感じた進は、小さくため息をついた。
「そのうち、もっと大きい子の服も売りたいって言い出すんじゃないのか。大地やまりりんも入るのか?」
「まりりんちゃんは、星也と咲耶ちゃんだけにしろと言ってる。残りのメンバーは様子を見ながら小出しにしろと。
そもそも、子供服を買う母親の心をつかむのなら、赤ちゃんじゃなくて、イケメンの若いお兄さんを洋服捜索隊に入れなきゃだめだとさ。自分はメンバーになるつもりはないけど、ムービーで赤ちゃんの吹替えの声だけ、大地くんと一緒にやってもいいって言ってた。僕もそれに賛成」
「さすがは、まりりんだ。ちょっと借りてきて、うちのアドバイザーもお願いしようか」笑う賢児。
「そうそう。借りるといえばさ…」疲れた声になる哲也。「ここに来る前、電話で言われたんだけど、アートディレクション統括に、うちの高橋部長を貸してくれっていうんだよ」
「はあ?」
「2週間で200万出すってさ」
「彼の2週間が、年間どれだけの売り上げにつながってると思ってるんだよ、小父さんは」
「言ったさ。そんなはした金じゃ貸せないって」
「そうしたら、明日、賢ちゃんと本人に交渉に行くからって言い出した」
「おいおい、スカウトでもする気か」
「今夜は博多に飛んで、戻りはあすの4時過ぎだから、早くて明晩だと思うけどな」
「こっちから出向いて事前にお断りするか。…いや、それだと、哲ちゃんの立場がよろしくないな」
「僕の立場はともかく、どのみち賢ちゃんの出番だよ」
「ん?」
「ほら、高橋部長は賢ちゃん一筋だろ? 一晩デートすればスカウトなんて受けないさ」
「はあ?」思わず眉間にシワがよる賢児。「あのさ、哲っちゃん。彼はそもそも…」
言いかけた賢児は口をつぐんだ。
進がゲイではなく、華織の配下にあり、西園寺家の“命宮”を務める存在だということは、相手が親友の哲也とはいえ、口外すべきものではない。
だが実際は哲也自身も華織の配下にあり、進がゲイでないことももちろん知っていた。賢児はそれを知らないため、結果、哲也にかまをかけられながら、からかわれたような形になっている。
「社長に身売りさせるつもりでしょうか…」
弾の言葉に、強面の進がいっそう険しい顔になり、紗由たちは一瞬、体を後ろに引いた。
「そもそもさ、部長はそういうことを求めてないと思うんだよね。でもまあ、とりあえず、食事にでも誘ってみようかな」
「もしかして、また、ここに来るの?」
「まあ…いろいろ気になるしね」
「じゃあ、いっそのこと、部長と充くんをくっつけちゃえば?」
「哲ちゃん、なんか和歌菜おばさまに似て来てる…」
「進子どの…次回、哲ちゃんどのに一服もっておきましょうか?」
「そうしてもらえるかな」
珍しく利害が一致した充と進は、顔を見合わせて大きく頷いた。
* * *
賢児と哲也を避けるようにして迎えの車に乗り込んだ華織と躍太郎は、思わずため息をついた。
「さすがに女子トイレに痕跡があるとは思わなかったね」
「入った人、男性なんだから、一歩間違えると犯罪者よ」苦笑する華織。「しかも手がかりが、サクラちゃんに関するほうだなんて…」
「華織の前で重なるということは、蒼井桜さんが行方不明の件、つながっているということだろうね」
「そもそも、どこの誰かもわからない、通称・蒼井桜が東の方向に向かったから、探すようにっていう伊勢もむちゃくちゃだし、その指令のおおもとがどこなのか知らないけど、それが奏人さんの亡霊と関係があるというのは、あまり趣味が良くない展開ね」
「こう言っては何だが、ここ半世紀、神にも伊勢にも趣味の良さを感じたことはないよ」
「あら。珍しく手厳しいのね」
「華音がもう少し大きくなるまで、のんびりしたいじゃないか」うんざりしたように笑う躍太郎。
「そうだわ。さっきの絵、弾くんの関係者なのよね」
「…ああ」
「翔太くんも知っているということは、つまり父親の関根さんよね。まだアメリカでしたわよね」
「そのはずだが。セドナにいる律子が石の買い付け会場で夕べ見かけたと連絡してきたばかりだからな」
「だとしたら、その似顔絵の主は偽物。なぜ関根さんの顔が使われているのかしら。本人が日本に戻ったら鉢合わせする可能性だってあるでしょうに」
「戻れない状況なのかもしれないな」
「それにもいくつかパターンがあるわね…本人に戻る気がない、本人が戻りたくとも戻れない…」腕組みする華織。
「賢児と玲香さんが彼の恋人と会ったと話していたが、その彼女も彼とは別れていて、その後の動向は知らないということだったな」
「…彼女…美紗緒さんだったわね、少し調べてみたほうがいいのではなくて?」
「翔太くんには連絡しておいたんだが」
「翔太くんとは、またデートの機会が増えそうでうれしいわ」
華織は機嫌良さそうにスマホを取り出した。
* * *
「進さん、さっきの絵ですけど…」
「おまえが覗き込もうとするタイミングを遮るような躍太郎さまの振る舞い。要するに、あの絵の人物はおまえの知り合いなんじゃないかって言うんだろ? そして躍太郎さまと翔ちゃんが知ってる人物。選択肢は限られてくる」
「やっぱり父なんでしょうか」
「想像通りだったら、どうするつもりなんだ?」
「真相を突き止めます。西園寺分家の巫女寄せ宿、縞猫荘の亭主として」弾はゆっくりと顔を上げた。「たとえ父でも、西園寺の御子たちに災厄をもたらす側にいるのであれば、ただではおきません」
「わかった」
「でも、正直怖いです。祖父だけでなく、父までが西園寺に迷惑をかけるようなことになったら…」
「弾。少なくとも、お祖父さんの件は事故だ。躍太郎さまはおまえに何の禍根もない」
「それはわかっています。母も僕も、本当に感謝しています」
「お父さんのほうは、まだ何とも言えないな。スピリチュアル系にのめりこみ過ぎた人間が、いとも簡単に騙され利用されることは少なくない。あの絵がお父さんかどうかは別にしても、とりあえず無事を確認する必要はあるだろう」
「はい」
「心配するな。何がどう転んでも、俺はおまえの味方だ」
「ありがとうございます…」
「おまえへの“お試し”なのかもしれないな」
「え?」
「お父さんとのこと、この辺できっちり向かい合わないといけないということだよ」進は深く息を吸った。「物理的に向かい合えるうちに向かい合っておけ」
「はい」
向かい合いたくとも向かい合えずにいる進の言葉を深く受け止め、弾はしっかりと頷いた。
「それと進さん。もう一点なんですけど、久我社長は本当にじじバカ半分で言い出したことなんでしょうか」
「引っかかるのか?」
「前回のイベント時に、直接間接に久我社長から飛んできた指示を見る限り、最初からまりりんちゃんのように考えるタイプの人だと思うんですよ。力の出そうな幼い子ばかりを一気に集めようとしているのが、ちょっと引っかかります」
「聖人さまと真琴さまに関しては、賢児さまから華織さまに報告があった日下部氏の件もあるしな」
「そうなんです。お二人がいろいろな形で舞台の真ん中へ引き出されるような気がして…」
「そうなったら、おまえがお守りするんだぞ」
「はい」
弾は胸ポケットから自分の宿の羽童を取り出すと、やさしくその頭を撫でた。
* * *




