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その17


「書斎のドアが開いてて、聞こえてきたの。おじいちゃま、二条さんに言ってた。“私も血を混ぜていくことには賛成です。久我としてもできる限りの協力はいたしましょう。”って。

 その時、テーブルには封筒があってね、お金のにおいがした…」

 真里菜は泣きそうな顔になる。

「血を混ぜるっていうのは、“命”の翼くんと“禊”のまりりんを結婚させることで、それを約束したから、おじいちゃまはお金をもらったのかと思ったの。でも、でも…まりりんは、お金が欲しいからフィアンセになったんじゃないもん…」


「みんなに話したら、ごかいされるとおもったんだね」恭介がうんうんと頷いた。

「直哉どのが、お金であねごを売るとは思えませぬが…」

「それに、まりりんとおにいちゃまがフィアンセなのは、もうみんな知ってます。奏子がみんなに教えてますから」

「奏子ちゃん。ちなみにどの範囲に教えてるの?」

 龍が恐る恐る尋ねると、奏子はにっこり笑った。

「会った人みんなです。これをこっそりくばってます」

 奏子はポシェットから3枚のカードを取り出し、龍に差し出した。

「“西園寺奏子”“四辻真里菜”“高橋紗由”…?」

「およめさん名刺です」


「すごい包囲網ですね、進さん」

「身につまされる話だ」


「じゃあ、皆が知ってるし、お金をもらって婚約する必要はないとして…」声が上ずる龍。

「だいたい、なんで二条さんが出てくるのかなあ」恭介が不思議がる。

「京都だと二条はかなりの名家だから、他の人のお見合いを直哉おじさまと一緒にセッティングしてたのかもしれないね」翼が言う。

「進子おねえさん。二条さんは“命”の京都チームの人ともなかよしなんですか?」

「九条、三条、広幡、賀陽、常盤井、薬師寺。この6家のうち、九条、三条とは統合以前から仕事上でつきあいがあります。その延長線上で、二条と九条の奥方は同じ料理教室に通っていますね」


「じゃあさ、九条と久我をくっつけようとしたんじゃないの。史緒ちゃんと大地くんなら、血を混ぜることになるよ」

 恭介の見解に一同は頷いたが、当の真里菜が却下する。

「それはない。おじいちゃまとおばあちゃま、二条さんが来るまえから、ふたりをちゃんと婚約させるつもりで動いてたもん」

「えーっ!」驚く一同。

「そうなの?」

「ごめんね、紗由ちゃん。かくしてて。いろいろあって、ちゃんと決まったのが昨日の夜なの。今ごろ、おばあちゃまが保先生や有川先生や絢子先生にお知らせしてるかなあ」


「いろいろっていうのは、どういうこと?」翼が尋ねた。

「さいしょは、おじいちゃまとおばあちゃまが、史緒ちゃんのおばあさまのところへ、ごあいさつに行ったの。おばあさまは、史緒ちゃんのパパとママとそうだんして、それから京都チームにそうだんしたの。いまの京都だとそういうじゅんばんなんだって。史緒ちゃんのおじいさま、お星さまになっちゃってるから。でも、そこで反対されてストップしちゃったんだよね」


 真里菜の話はこうだ。

 常盤井家の次男、大和は史緒に夢中で、ゆくゆくは一緒にさせてもいいのではないかという雰囲気が、京都陣の中には流れていた。それが突然、久我が出てきて“宮さま”を奪うなどもってのほかというのが、“ママさんチーム”の見解だった。

 常盤井夫人は平静を装っていたものの、他の夫人たちは常盤井夫人と大和に同情的だった。

 常盤井夫人の定子は、夫人たちのとりまとめに終始奔走している、京都チーム影の立役者で、トップの九条の“命”の無理難題と、ママさんチームとのとりなしも担当する貴重な存在だったのだ。

 そして京都では冠婚葬祭の案件は、この六家の“命”で話し合いをして決めるのが常だったが、ちょうど広幡の“命”が伊勢に呼び出された時期だったので、広幡は夫人が“命”代理として、今回の件の決議に参加し、彼女はママさんチームの意向を代表するかのように、この縁談に異を唱えた。


 通常、めでたい事柄に関しては全員一致が大原則で、そうでない場合は九条の先の宮夫人に話を戻し、当面保留にする。

 その場合、反対者が呼ばれ、九条の先の宮夫人と話をするのだが、事もあろうに広幡夫人は、異を唱えるだけ唱えると、夫が戻る1ヶ月後まで海外旅行に出かけてしまったのだ。

 広幡の“命”も伊勢内で連絡不可能な時期であるし、結局話は1ヶ月止まることとなった。奥方たちの怒りを感じとっていた“命”たち、というより旦那衆は、誰も問題に手を出そうとはせず、広幡の“命”の帰りを待って、再採決としたからである。


 だが、話が止まったぐらいで引き下がる久我夫妻ではない。というより、和歌菜ではなかった。1ヶ月もあるのだから、いろんなことができるわねと、直哉以上に金の力を使って、用意周到な作戦に出たのだ。

 まずは、常盤井大和に見合う女の子を4名ほどピックアップするところから、彼女の仕事は始まった。ただ、子供同士の場合、大人と違って、打算で多少のことは多めに見て納得するなどということはないため、家柄や財力だけでなく、当人同士の性格的な相性をよく考える必要があると、和歌菜は思っていた。そこで“セクシースパイ”の真里菜に“重要な特別任務”を依頼したのである。


「わかった。それぞれの子の性格をしらべてくればいいのね」

「ええ。彼女たちが通うお教室に見学を申し込んでおくから、どんな子たちか、大和くんと合いそうかどうか、よーく見てきてちょうだい」


 良家の子女は往々にして大人の前ではすこぶるいい子だが、裏表のある子も多い。仮に縁談がまとまっても、後で壊れて、やっぱり史緒がよかったと思われると逆効果だ。ここはしっかりと調べておくべきだろうと、和歌菜は考えた。

 その結果、真里菜の一押しは来栖家の次女、瑤子だった。3代前には総理大臣を輩出しており、その住まいは国の重要文化財に指定されている大正時代の建築物だ。


「ルックスは、史緒ちゃんや奏子ちゃんタイプ。切れながの目、小さいお口、色はまっ白。いつもニコニコしてて…せいかくはね、あまえんぼうさんだよ。大和くんは、めんどうみがよくてマメだから、ちょうどいいとおもう」


 真里菜の報告を受けた和歌菜は次の作戦へと移った。暗算日本3位の実力を持つ大和を「講師」として招くキッズイベントを開催し、そこで二人を会わせることにしたのだ。もちろん、久我家の影を悟らせぬよう、親戚の会社を隠れ蓑にしたり、イマジカに共催を求めたりと計画に余念はない。

 真里菜もそのイベントに、フルート教室の仲間と一緒に“偶然”居合わせ、二人が仲良く出来るように取り計らった。さらに後日、大和と瑤子の双方に、あの子はあなたに気があるらしいと吹き込み、その気にさせたところで、二人の母親の周囲にも、相手がお近づきになりたいと言っているという情報を流し、噂が母親たちの耳に届くようにした。

 和歌菜は小さなイベントをさらに用意し、二組の親子が“偶然”再会するように取り計らい、最初の出会いからちょうど3週間になる頃には、常盤井と来栖の二家は互いの家の行き来を始めるようになっていた。


 だが、和歌菜の本格的な動きはこれからだった。

 広幡の“命”が戻ってくる間際に、京都ママさんチームを一人ずつ訪問し、あいさつして回った。チーム相手ではなく、一人ずつ落とすのが狙いだった。そして、常盤井の面目が立ち、かつ大地と史緒の縁談が滞りなく運ぶよう最終策に打って出たのである。

 最初に訪問したのは当の常盤井夫人のところだ。常盤井さまにお許しをいただけないようなことは、するつもりはない。“命”より格下の“禊”廃嫡家の手前共が本当に失礼な真似をして申し訳なかったと詫びたのである。

 さらに帰り際、お噂に来栖家との縁談を進めていらっしゃるとうかがっておりますが、こちらは白紙に戻しますので、“無理して”そのようなことはなさらないでくださいとも告げた。必要ならば、この足でこちらから来栖家にもお詫びにうかがいますので、と。

 言われた常盤井夫人は内心焦った。今さらどうぞそちらでと言われたところで、いったん九条の“命”が他家との縁談を皆の前で口にした以上、史緒と大和の縁談はありえないと思っていたからだ。せっかく他にいい縁が出来そうな今、来栖家に対して余計なことを言われてはたまらない。


「常盤井は六家談義の場でも、久我さまとのご縁談に賛成しております。広幡様が戻り次第、主人のほうからご説得いたしますので、どうかお話をお進めくださいませ」


 そう返事を引き出したところで、和歌菜はさらにたたみかける。

 実は先だって、主人の直哉は浅知恵で、場所さえ押えて周知してしまえば何とかなるといい、会場を手配しようとしたのだが、披露パーティー会場たるべき場所がふさがっていた。

 やはりこれは京都の皆様のお心に背いたからなのかと自分は思うし、格下のホテルではとても皆様をお招きできない。ホテルである必要はないが、京都の皆様がご納得いただける由緒正しき場所に、お心当たりはないだろうか。たとえば文化財指定建築物のような…と。

 ここまで言われた常盤井は、和歌菜の狙いをようやく察した。久我家の財力と人脈をもってすれば、ホテルのキープなど容易いはず。それをこちらにわざわざ振っているというのは、常盤井、久我の双方が立つような形で事を収拾しようとしているのだ。

 自分が来栖家を会場として借りられるよう取りはからえば、会場設定に一役買った常盤井の立場は六家内で保たれるばかりか、さらに来栖家と親しくなるきっかけにもなる。食えないおばさまだと定子は内心思ったが、さらに食えない笑顔で和歌菜の提案に応えた。


「それでしたら、私に心当たりがございますので、早急に確認をいたしましょう」


 大本営を落としたところで、和歌菜は格付け順に奥様方めぐりを続けた。「常盤井の奥様の御厚意で」との前置きと、「正式に皆様方のお許しを得られましたら、その足で、ご心配いただいておりました西園寺先生にも、ご報告にうかがう予定でございます」という締めの言葉を添えてだ。

 特に締めの言葉のほうは、プライドの高い京都チームの心をひどくくすぐった。自分たちは、あの西園寺総理よりも優先されるべき立場ということになるからだ。

 そんなこんなで、伊勢から戻った広幡の“命”を交え、再議決の末、縁談が認められたという連絡が入ったのが、昨日の夜だったのである。


「すごい“いろいろ”だね…」

 翼が言葉に詰まると、真里菜は言う。

「おばあちゃまが本気だしたら、だれも勝てないと思う」


「賢児さまに縁談を奨めていた頃より、かなりパワーアップしてますね…」弾がつぶやく。

「可愛い孫の将来がかかってるからな。敵でなくて助かった」


「だからね、二条さんとおじいちゃまが話してたのは、おにいちゃまと史緒ちゃんのことじゃないはずなの」

「じゃあ、星也くんと咲耶ちゃんかなあ…」つぶやく奏子。

「あ! だから、せいちゃんの占いしてたの?」

「えーと…奏子わかんない」

「星也くんの占いって何なの、まりりん」

「あのね、二条さんといっしょにいた黒マントの人、せいちゃんのこと占ってたみたいなの。梨緒ちゃんにもないしょで」

「ママにないしょは変ですね」腕組みする紗由。


「その日は、おじいちゃまと、せいちゃんと、まりりんだけしかおうちにいなかったの。じいじ先生の講演会の日だったから、おばあちゃまとママとお手つだいさんたちは区民館行ってて、パパと哲ちゃんはおしごとで、梨緒ちゃんは前の前の日にインフルエンザになって、せいちゃんにうつるといけないから入院させられてた。

 おにいちゃまは、おけいこの日で、まりりんも本当はおけいこだったけど、先生がおねつ出してるからお休みだったの。

 それで、おじいちゃまだけだと、せいちゃんのめんどう、ちゃんとできるか心配だったから見に行ったら、せいちゃんのベッドのまわりに、おじいちゃまと二条さんがいて、さっきのお話をしてたの。で、血をまぜてっていう話が聞こえてきて、お金のこと気になったから、もうちょっとドアをあけてのぞいたら、黒いマントの人がいて…」


 真里菜によれば、黒マントの男はテーブルの上の大きな黄色っぽい石を置き、手をかざしてしばらくすると、筆で半紙に何かを書きつけていたのだという。

 二条は直哉に「私も先代に言われた時は正直最初は疑ってかかってましたが…内紛とその成り行きだとするなら、すべて合致しています」と言い、直哉は書かれた文章を必死に見つめていたのだという。

「おじいちゃまと二条さんは、“この話はすすめないほうがいいのでしょうか”って、こまった顔になってた」

「まりりん。どんなことが書いてあったの?」

「見せてもらおうと思って、ドアをノックしたんだけどね、せいちゃんがちょうど泣き出しちゃったの。なのに、おじいちゃま、頭かかえて何にもしないし、だからまりりんが、おへやに入って、せいちゃんのことヨシヨシってしたの」

「じゃあ、お習字のなかみは、ぜんぜんわからないんでござるな」

「うーんとね、ガラガラしながら、こっそり撮ってみた。ぜんぶは写らなかったけど…」

「見せて」恭介が真里菜の差し出すスマホを覗き込み読み始めた。「3行あるね。1行目は“此ノ花の香りに星は惑いけり”…2行目はさいしょが欠けてる。“の調べに星は眠りけり”。3行目は…やっぱり欠けてるね。“輝きに星は消えに”…しかわからないや」

「けっきょくね、まりりんに、せいちゃんのめんどう見ててくれって言って、3人はおじいちゃまの書斎に行っちゃったし、何を話してたのかはわからないの。二条さんたちが帰ってからも聞いたんだけど、みんなにはこのことはひみつだって、それしか言わなかった」


「黒マントの人の顔は見ましたか?」進が尋ねた。

「ううん。頭からずきんみたいなのかぶってて、横向きの目がチラッと見えただけ。その人、声も出さなかったし…」

「匂いから、以前会った記憶は?」

「それがね。匂いかげなかったの。あの時の、せいちゃんのお部屋、何にも匂いがしなくなっちゃって…」


 真里菜の答えに進が思いを巡らせていると、ドアをノックする音がした。

「翼、西園寺さんちにお泊りの方は、あと30分ぐらいで移動されるそうよ」

 奏子がドアを開けると、華音を抱き上げた翼が後ろから笑顔で答える。

「わかった。とりあえずママ、華音ちゃんを連れてって。もう半分寝てる」

「あらあら。おねむさんなのね」

 響子は華音をそっと受け取ると、リビングへと戻っていく。


「龍くん、ごめん。時間切れだ。全員での能力確認はまた明日」

「わかった。明日の早朝、この辺の散策したいから、地図だけ確認させてもらうよ。進子おねえさん、他の子たちは、先に親のところへ返してください」

 龍の指示により、その場は解散となった。


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