まるで異世界のような
連れられるままに屋敷に入ってゆくと、主人の私室らしき部屋へと通された。
高価そうな調度品がいくつか置かれているが、全体には落ち着いた雰囲気の部屋だ。
執務机の向こうには、金髪を背まで流した上品ないでたちの女性がいて、何か書き物をしていた。
清楚な印象。
黒の貫頭衣に身を包んだその姿を見て、俺は純粋に、綺麗な人だなと思った。
「連れてきたよ、アーシャ」
「お疲れ様、トニア。ごめんね、使い走りみたいなことをさせて」
「別に。ボクも興味はあったし」
「ありがとう。二人とも座って」
屋敷の主らしき女性は、部屋の一角に設えられたソファーへと、着席を勧める。
俺とトニアの二人は、そこに横並びで座った。
部屋の主たる女性は、背の低いテーブルを挟んで対面の席にやってきて、腰を下ろす。
――しかし、と思う。
俺にとっては、人生で一度も入ったことのないような、金持ちの部屋だ。
しかもすぐ隣には、出会ったばかりの同い年ぐらいの美少女が座っていて、一方の正面には、上品そうな初対面の美女が座っている。
ごくりとつばを飲む。
まるで異世界に来たか、夢の中の世界かといった感じだ。
ボロを着た農夫の俺には、場違いなことこの上ない。
そんな俺を見てか、正面の女性がほほえみかけてくる。
彼女、年の頃は、二十代後半ぐらいだろうか。
少しドギマギしてしまう。
「初めまして。この街の市長を務めている、アーシャ・メルディア・フェルディックよ。報告は聞いたけれど、あなたの口からあらためて、事の顛末を説明してもらってもいいかしら?」
「あ、ああ……」
俺は緊張しながらうなずき、先ほど遭遇した出来事を、市長――アーシャに向けて正直に洗いざらい説明していった。
そうして、俺の話を聞き終えたアーシャは、少し思案顔になる。
「そう……。何度聞いてもにわかには信じられない話だけど、その腕にある魔装器を見れば、信じる方が順当っていう気がしてくるわね……。――トニアはどう思う?」
アーシャが俺の隣の少女へと視線を移すと、そこにいる銀髪の少女が、うんとうなずく。
「ボクも彼とは軽く話したけど、ウソはついてないと思うよ。何より、そんなことしても彼にメリットがない」
「そうよね」
「あの……いいか?」
俺はおずおずと挙手して、発言の許可を求める。
「ん、なぁに?」
アーシャが俺に笑顔を向け、小首をかしげてくる。
仕草がいちいち妖艶というか、子どもっぽいというか……。
俺は自分の顔が赤くなっているだろうことを自覚しつつ、言葉を絞り出す。
「どうしてそう、疑われるんだ。俺、そんな変なこと言ってるのか?」
俺がそう聞くと、アーシャはきょとんとした表情を見せた。
「あー、そっか。ごめんね。あなたを疑うわけじゃないの。ただ、私たちにとって、にわかには信じられないことがいくつかあって……トニア、説明をお願いしていい?」
アーシャに話を振られて、隣に座る少女がうなずく。
「うん。その辺はボクの方が詳しいかな。……でも、それはいいとしてアーシャ、その、男を見たらすぐ粉をかけようとするの、ボクどうかと思うな」
説明が始まるかと思ったら、トニアは俺に向くよりも前に、アーシャにジト目を向けていた。
しかし、対するアーシャは涼しい顔だ。
「あら、それは誤解よトニア。私は魅力的と思った男にだけ、粉をかけることにしているもの」
「や、それは言い訳にならない……。まあでも、クルスって身なりがアレだから一見パッとしないけど、磨けば光りそうだっていうのは分かるかな」
「でしょう? それにね、私から見れば、トニアのほうがどうかと思うわ。そんな男の子みたいにしてなければ――」
「あーあー、その話はもういいよ。男とか女とか、そういうのはボクはいいの。冒険者って、そういうゴタゴタでパーティ崩壊するの多いし――っていうか、そうじゃなくて。話が脱線してるよ」
「あら、最初に脱線させたのはトニアでしょう?」
「むぐっ……はぁ。すみません、ボクが悪かったです。話し続けていい?」
「はい、どうぞ。ごめんね、クルスくん。トニアが話を脱線させちゃって」
「むぐぐ……」
女子の井戸端会話は、どうやら終わったようだ。
わりと失礼なことを言われた気もするが、そんな小さな事に怒ってもしょうがないので、気にしないことにする。
トニアは姿勢を半身動かして、俺の方に体を向ける。
「……こほん。えっとね、まず――クルスの話が本当だとしたら、クルスが持っているその魔装器……それは、存在を確認されている中で最強クラスの魔装器っていうことになるんだ」
トニアは俺の腕輪を指し、そう説明を始めた。
「魔装『ゴッドナイト』――それと同じSランクの魔装は、世界中を探しても、指を折って数えられるぐらいの数しか発見されてない。キミの持っているそれはね、スペシャル中のスペシャルっていうことなんだ――」
そう切り出して始まったトニアの説明は、要約するとこんな感じだった。
魔装器と呼ばれる魔道具には、4段階の「ランク」が存在する。
C、B、A、Sの4段階で、Cが最もランクが低く、Sが最高位とされている。
しかし、一番ランクが低く数も多いとされているCランクでも、魔装というのはかなり稀少なアイテムらしい。
冒険者や兵士などの戦士職に就いている者の中でも、極めて裕福な者や、途方もない幸運に恵まれた者だけが所持しているとのことで、例えばこのリンドバーグの街で言えば、魔装使いの冒険者はトニア一人だけだという。
ちなみに、トニアの魔装器はBランクとのこと。
なお、Cランクの魔装使いの戦闘能力はどのぐらいかというと――元の実力や相性などにも寄るが――一般には魔装使い単独で、四、五人程度の冒険者のパーティ一個分に相当するという。
これがBランク、Aランクとなってゆくと、その強さはさらに段違いになっていって、一説にはAランクの魔装使いというのは、戦場においては兵士数十人にも匹敵すると言われているらしい。
「クルスはさ、一人の戦士が、兵士数十人分の働きをすることのバカバカしさって分かる? 兵站も統率も必要としない、ただそこにいるだけの個人が、軍と同じ戦力を持つんだ。そこにきて、クルスのそれは、そのさらに上のSランク。――わけわかんないでしょ?」
そんな風にトニアから説明されると、素人としてもなんだかすごい気がしてくる。
でも、その割には――
「でも俺、そのSランクの魔装を使って、怪物相手に結構苦戦したぞ」
いや、苦戦っていうほど苦戦でもなかった気もするが、楽勝というほどでもなかった。
今の話と総合すると、世の中にあんなのがうじゃうじゃしていたら、人類はとっくに滅びていてもおかしくない気がする。
すると、その俺の疑問を聞いたトニアが、何やら難しい顔をする。
「それはね、クルスが戦士としての訓練を積んでいない素人だから――と、言いたいところなんだけど……」
トニアはそこで、少し言葉を濁し、それから先を続ける。
「そうじゃないんだ、多分……。その怪物の特徴、ボクの知っている限りでは、おそらく……。――ねえ、クルスはその怪物を、倒したって言ってたよね? そのとき、魔石――何か紫色の宝石みたいなの落とさなかった?」
「ああ、これのことか?」
俺は懐のポケットから、怪物を倒したときに拾った宝石を取り出して見せる。
するとトニアは、その宝石を手にとって驚き、
「やっぱりだ……こんな大きな魔石、見たことない……でも、いくらSランク魔装を使ったって、素人に倒せる相手なのかな……魔装が使い手を選んだって話もあったし、クルスの魔装適性って、ひょっとして……」
などと、ぶつぶつとつぶやく。
すると、それを見ていたアーシャが、横から口を挟んだ。
「でも、彼が真実を語っている事に関しては、疑う必要はなさそうね」
「ああ、うん、それはそうだね。となると、やっぱり王都に届けなきゃいけない。それ以上は、ボクが考えることでもないか」
「いずれにせよ、大変なことになったわね」
「そうだね。何しろ、王国最強の騎士と謳われたブランシェ卿が命を落としたんだってことは、ほとんど疑いようがない」
そこまで言葉を交わしてから、トニア、アーシャの視線が同時に、俺へと集まった。
「……へ?」
俺はこのとき、何だかとんでもないことに巻き込まれてしまったのだろうということに、ようやく気付きつつあったのである。




