突破する力
丘を下った先の戦場にたどり着くと、真っ先に見えたのは、馬に乗った一人の騎士の姿だった。
「――ば、バカな……」
彼は、甲虫のような姿の魔神に、馬上槍による突撃を仕掛けた姿で硬直していた。
馬上の騎士が腰だめに構えた馬上槍の先端は、魔神の甲殻をわずかに割って、その先端部が少しだけ、魔神の肉に食い込んでいた。
でも、それだけだ。
その甲虫のような魔神の巨体は、軍馬の突進力を活かした騎士の必殺の一撃を受け止め、平然とその場に立っていた。
「うわっ――は、離せっ……!」
魔神はその両腕で、鋼鉄の鎧に覆われた騎士の胴体をつかみ、その体をまるで子どもを持ち上げるかのように軽々と宙に浮かせる。
馬から強制的に持ち上げられた騎士は、ジタバタと暴れ、その小手に覆われた手で魔神の手を殴るが、当の魔神はびくともしない。
「――くそっ、やらせるか!」
俺はその巨人の懐に全速力で駆け込み、剣を一閃した。
ガキッ、と強い抵抗があった。
斜めに振り下ろした俺の剣は、甲虫のような魔神の胸板に、その胴体の半分ほどまで深々と食い込んでいた。
両断とまではいかない。
ワイバーンを斬ったときよりも、はるかに堅かった。
だがそれでも、魔神は苦悶の叫び声をあげ、自身の頭頂部にある自慢の角に突き刺そうと持ち上げていた、騎士の体を放り投げた。
「――ちっ!」
俺は剣を引き抜くと、目の前の魔神を蹴り飛ばす。
魔神は吹き飛び、地面をごろごろと転がる。
それから俺はすかさず動き、放り投げられた騎士の体を、ダイビングキャッチでどうにか確保する。
完全鎧を着た大の男は当然重いが、魔装の力でその点は苦もなく受け止めることができた。
俺は、そいつを地面に下ろすと、次の目標を探す。
あたりを見渡すと、トニアも追いついて、何人かの騎士たちに加勢して、ぶくぶく蛙姿の魔神と交戦を始めたのが見えた。
フェティスはと見ると、やはり数人の騎士たちとともに、八本腕の魔神と交戦していた。
長大なハルバードを驚くほど素早い動きで振り回し、同時に、一緒に戦っている騎士たちに的確に指示を出しながら、八つ手の魔神を追い詰めているように見えた。
近くに見える魔神は全部で十体もおらず、今のところ騎士たちは、魔神たちを相手に善戦しているように見えた。
だが、戦場の先を見ると、別の数体の魔神がこちらに向かってきているのが見える。
もうすぐこちらの歩兵部隊も到着するだろうが……
そう思っていると、戦場の先から、あの赤い光が放たれているのが見えた。
それを放っているのは、細身で杖のような棒を持った魔神だった。
その細身の魔神は、魔神と交戦している騎士たちには目もくれず、丘から下ってくる歩兵部隊を狙って、その赤い光を生み出しては放っていた。
それが、見える範囲で三体。
まずあいつらを何とかしないといけない。
だが、その細身の魔神たちに向かって駆け出そうとした俺の進路に、別の魔神が割り込んでくる。
甲虫のような魔神が一体、竜頭の魔神が一体、ぶくぶく蛙型の魔神が一体――合計三体。
それらが細身の魔神たちを守るかのように、前に出てくる。
「ちっ……ずいぶん警戒されちまったみたいだな」
魔神たちは、俺のさっきの甲虫型魔神との戦いの様子を見ていたのかもしれない。
舌打ちをしつつ、考えを巡らせる。
巨体であるにも関わらず、魔神どもも総じて動きは俊敏だ。
回り込んで切り抜ければ、どうにか奴らの間をかいくぐって細身の魔神たちに接敵できるかもしれないが、向こうもそのつもりで防衛してくれば、そう容易くはいかないだろう。
かと言って、あいつら三体をまともに相手にしていては時間がかかるし、その間にさらに奥から別の魔神が加勢に来るかもしれない。
ふと周囲を見渡すと、一人の騎士が魔神の攻撃を受けて落馬し、騎手のいなくなった馬がこちらに向かって駆けてきた。
俺は特に考えることもなく、直感的に剣を捨てると、目の前にやってきた暴走馬の手綱をつかみ、その背へと跳び乗った。
「武装解放――モード、ランサー!」
馬の背に跨りつつそう叫ぶと、地面に落下していた剣と、左手の盾とが光を放って消え去り、代わりに俺の右手には、長さ三メートル以上もある太い馬上槍が現れた。
そして、馬の手綱をとって、その進路を細身の魔神たちがいるほうへと向ける。
馬の進路に、甲虫姿の魔神が割り込み、その前で両腕を交差した。
すると、魔神の両腕がぐにぐにと変形し、一枚の盾のようになった。
――だが、構いやしない。
「うぉぉぉおおおおおおおおっ!!」
俺は馬上槍を前面に突き出し、真っ直ぐに突撃を仕掛けた。
槍の先が、魔神の盾に接触し――
――槍は甲虫魔神の盾を易々と砕き、さらにその胸部をも貫通、突破した。
太い槍で胸部を貫かれた甲虫魔神は、ぎぎ、と声を上げたかと思うと、黒いもやになって消え去った。
そうして進路を確保した俺の前に、今度は竜頭の魔神と、ぶくぶく蛙姿の魔神が立ちふさがる。
竜頭の魔神は口を開き、そこから灼熱の火の玉を。
蛙姿の魔神も同じく口を開き、そこから唾液のような粘液を飛ばしてきた。
俺はそれらの攻撃をよけようともせず、当たるに任せた。
竜頭の魔神が吐いた火の玉は、俺の胸に直撃し、そこを守る胸当ての一部を溶かしたようだった。
蛙魔神の吐いた粘液は、俺の左膝に命中し、脚部の鎧をジュウという音を立てて溶かし、白い煙をあげた。
それぞれの部位に多少の痛みは走ったが、そんなものに構うつもりはなかった。
「――邪魔なんだよっ!」
突進する俺の馬上槍は、まず蛙魔神を貫通し、そのままの勢いで竜頭の魔神をも貫いた。
仲良く串刺しになった二体の魔神は、ともに黒いもやとなって消え去ってゆく。
だがそこで――
「うぉわっ!」
俺が乗っていた馬が、膝を折って転倒した。
どうやら先の蛙魔神の唾液が、馬にもダメージを与えていたらしい。
馬上にいた俺は、突然馬が倒れたせいで、勢い余って宙に投げ出される。
だがそこは、魔装で運動能力が格段に上がっている最中の俺だ。
地面をごろごろと転がり、転落のダメージは回避する。
そうして落下した先で起き上がると、そこは魔神の群れの真っただ中だった。
でも幸いなことに、目の前に一体、細身の魔神が立っていた。
「武装解放――モード、ソード&シールド!」
馬上槍を手放し、剣と盾に換装。
立ち上がるなり、ただちに目の前の細身の魔神を斜めに切り上げた。
細身の魔神の体は、甲虫型の魔神のそれほど強度はなく――その一太刀で上半身と下半身が別れ、その両方が直後に黒いもやになって消えた。
「……ははっ、魔神っつっても、結構個体差があるみたいだな」
俺はゆらりと立ち上がりながら、不敵に笑う。
魔神の群れに囲まれたこの状況、笑いでもしないとやっていられない。
「まあ、いいさ……個体差なんざどうでもいい。――どうせ全部、ぶっ倒さないといけねぇんだからな!」
俺を取り囲んだ魔神たちが、一斉に向かってくる。
俺は剣と盾を構え、それを迎え撃つ――




