戦いのとき
小高い丘の上に陣取り、眼下の風景を一望する。
緩やかで長い下りの街道が、ゆったりと蛇行しながら続いていて、その先にリンドバーグの街が――いや、街だったはずのものが見えた。
「ずいぶん派手にやってくれたものね」
すぐ近くにいた馬上のフェティスが、そうつぶやく。
彼女の周囲には多くの騎士たちがいて、またその後ろには、何十倍という数の兵士たち、傭兵たちが控えていた。
ちなみにフェティスは――俺やトニア、それにほかの魔装使いもそうだが――すでに着装を済ませ、その身に魔装をまとっている。
ここから先は、いつ危険が降りかかってきてもおかしくないからだ。
そして、その俺たちの視線の先にあるのは――ほとんど瓦礫の山となった、リンドバーグの街の姿だった。
まだ遠くてはっきりとは目視できないが、俺が知っている街の姿は、今やその半分すらも原型をとどめていないように見える。
そして、その街の区域とその周囲には、人型に似た異形の化け物が、多数うごめいていた。
その数はおおざっぱに数えると、五十を越え、百には及ばないという程度のようだ。
それぞれの個体は、この丘の上からだと小さく見える。
でも俺はあれが、近くで見れば見上げるほどの大きな体を持った怪物であることを知っている。
「嫌になるぐらいの、魔神の大安売りだね。この世の終わりでも見ているみたい」
俺の横で眼下の景色を見下ろすトニアが、顔をひきつらせながらつぶやく。
そう、眼下で大量にうごめいているのは、すべて魔神と呼ばれる種類の、強大な力を持ったモンスターだった。
その種類は、多種多様だ。
俺が以前に戦った八本腕のやつもいれば、竜に似た頭部を持つものもいるし、ぶくぶくに太った蛙のような姿のものや、甲虫のような甲殻に全身を覆われたもの、細身で杖のような長い棒を持ったもの、その他諸々たくさんいる。
共通している特徴といえば、どれも二足歩行をしていることぐらいだろうか。
――数日前、王国騎士団の団長フェティスのもとに届けられた伝令は、まさにこのことだった。
魔神の異常なまでの大量発生。
さほどの防衛力を持たないリンドバーグの街は、この恐るべきモンスター軍団の襲来によって、瞬く間に崩壊した。
数人の無知な冒険者や、勇敢な兵士がこれに立ち向かったが、彼らが束になっても魔神の一体すらも退治できずに、逆に虫けらのようにあっさりと命を奪われたという。
「……一対一で勝てなさそうな相手とやるのは、いつぶりかな。――あいつら相手じゃあ、大剣形態じゃないと、ろくにダメージを与えられそうにないね」
魔装『ソードマスター』に身を包んだトニアは、不安げにそう独り言をもらす。
彼女は以前にこう言っていた。
魔神相手では、魔装の力を使っても、一人じゃ勝てる気がしない――と。
常人をはるかに凌駕する力を持つ、魔装使い。
その中でも、トニアの魔装はBランクという格付けで、最も一般的なCランクの魔装よりも強い力を持つ。
実際、今回の二千五百ほどに及ぶ軍勢の中で、魔装使いの数は二十人にも満たず、そのうち俺とフェティス、トニア、それからもう二人Bランクの魔装使いがいるのを除けば、すべてがCランクの魔装使いである。
つまりは、人類部隊の切り札的存在であるはずの魔装使いたちでさえ、そのほとんどが敵よりも格下ということになる。
そして、個々の質で劣るなら、あとは数で勝負するしかないということだ。
実際フェティスは、十人前後の戦士を集めて「分隊」として組織し、さらに三個分隊から四個分隊をまとめて「小隊」として、これを一体の魔神と戦うための必要戦力としていた。
そして魔装使いは、遊撃要員として、戦況に応じて個々の判断で動くように指示されている。
「なあフェティス、この位置を陣取れたなら、遠距離攻撃で一網打尽にできるんじゃないか?」
一人の弓使いの男がフェティスに歩み寄り、そんな進言をした。
確か彼は、Bランク魔装使いの一人だったかと思う。
しかしフェティスはそれに対し、首を横に振る。
「だといいのだけどね。いずれにせよ、戦いの口火を切るのはあなたとカリン、それに弓隊と魔術師隊になるでしょうから、頼むわね。期待しているわ」
「フェティスお前な、その憂い顔は、期待してるって面じゃないだろ。俺たち相手だと演技が雑なんだよ。――ま、やれるだけはやるけどな。あとは指揮官殿に任せるよ」
弓使いの男は、ひらひらと手を振って後退し、戦士たちの雑踏の中にまぎれていった。
フェティスはそれを見送ると、前を向き、一つ息をつく。
そしてそれから、再び指揮官として声を張り上げた。
「勇敢なる戦士たちよ、時は来た! 今こそ正義の鉄槌で、あの不届きな魔物どもをなぎ倒してやるのだ! ――ゆくぞ、私に続け!」
そう言ってフェティスは馬を駆り、丘を下ってゆく。
彼女がその途上で武装解放を唱えると、その右手から光が伸び、そこに長大な斧槍が生まれた。
そしてそのフェティスの後を、彼女と同じく馬上の人である完全武装の騎士たちが、雄叫びをあげながら馬を駆って追走する。
一様に馬上槍を構えて突撃する、勇壮な騎士の軍勢の中には、同じく完全武装の姿で突撃するアランの姿もあった。
「よし、ボクたちも行こうか。――武装解放、モード、ツヴァイハンダー!」
魔装姿のトニアがそう唱えると、彼女が構えた両手に、一振りの巨大な剣が現れる。
そして少女は、ほとんど身の丈ほどもあるその大剣を腰元に流すように構え、地面を蹴って駆け出す。
そうして、疾風のような勢いで走り出した少女の速度は、ほとんど騎士たちの駆る馬の速度と変わらなかった。
同時に俺も武装解放をし、手に剣と盾を作り出すと、丘の下にうごめく魔神の群れを目掛けて、大地を蹴った。
その俺の速度は、トニアよりも幾分か早い。
すぐに彼女に追いつき、追い越した。
このまま行けば、騎士隊の突進とほぼ同時ぐらいで、敵と接触するだろう。
「――クルス、気をつけて!」
後ろからトニアの声が聞こえてくる。
俺は剣を頭上で振って、彼女の声にこたえた。




