戦乙女の演者
数日後の、昼過ぎ頃。
俺は軍隊の真っただ中にいた。
王都配属の王国騎士団騎士、およそ三百。
同じく王国騎士団所属の兵士、およそ千二百。
臨時で雇われた傭兵、およそ千。
総勢二千五百人もの武装した戦士たちが、王都から南下し、あるいは他の都市から合流しながら、森の中に切り拓かれた街道を、目的地へと向かい行軍していた。
目的地は、都市リンドバーグ。
俺が魔装器という秘宝を手に入れて始まった冒険の、最初のスタート地点であった街である。
「……クルス、大丈夫?」
行軍する戦士たちの片隅、俺の隣を歩くトニアが、心配そうな顔で聞いてくる。
彼女は傭兵として雇われた、冒険者の一人だ。
通常、傭兵のほとんどは、彼女のような普段は冒険者稼業に就いている者たちである。
「ああ、まあ……知り合いは多いから、心配は心配だけどな。でも、ほとんどの住民は別の街に避難したって話だろ」
「そうだね……」
「トニアこそ、リンドバーグの市長と仲良かったんだろ」
リンドバーグの街の市長――確か、名前はアーシャとか言ったか。
妙齢の、綺麗な女性だったという印象が残っている。
「ごめん、過去形で言うの、やめてもらっていいかな」
「……悪い、考えなしだった」
「……ううん、ボクの方こそごめん。人のことを心配している場合じゃなかったみたいだ。ボクのほうが気が立ってるんじゃ、しょうがないね」
そう言って、会話が途切れてしまう。
沈痛な雰囲気。
あたりには、行軍する戦士たちの鎧が鳴らす、ガチャガチャという音ばかりが響き渡る。
前方へと視線を巡らせると、行軍する戦士たちの先頭付近に、ひときわ目立つ馬上の女性の後ろ姿があった。
ウェーブした褐色のロングヘアーが、オープンフェイスの鉄兜の下から、背へと流れ出している。
実用性よりも見栄えを優先したかのような優美な鎧姿は、さながら英雄物語に登場する戦乙女のようで――彼女のことだ、あれもすべて計算ずくでやっているのだろう。
――あの日、フェティスから聞いた一大事は、何のことはない、単純な軍事上の危機の話であった。
その前日に早馬で伝令が来て、正体不明のモンスターの集団にリンドバーグの街が襲われたということだった。
伝令から詳細を聞いて、事態を重く見たフェティスは、民衆の混乱を避けるために箝口令を敷きつつ、極秘裏かつただちに近隣の都市や冒険者ギルドに使いを送って、戦力の調達をはかった。
そして、ある程度の準備が整った段階で、行動に移った。
軍を動かし、モンスターに陥落させられたと目されるリンドバーグの街に向け、出立したのだ。
総勢二千五百人ほどというこの戦力は、短期間かつ極秘裏に集められたものとしては、驚くべきものらしい。
もちろん極秘裏といっても、この段に至れば周知のことなのだが、しかし人々に伝わっている話の中身は、大規模なモンスター討伐ということまでだ。
それ以上のことは、俺やトニアを初めとした、一部の者たちにしか伝えられていない。
「全軍――止まれ!」
そのとき前方から、凜とした女性の声が聞こえてくる。
その凜々しくもよく通る声は、一体誰の声だと疑いたくなるが――残念ながら、騎士団長フェティスの声に違いない。
騎士宿舎の団長室で会う彼女とは、まったくの別人としか思えないのだが。
「詐欺だ……」
「詐欺だよね……」
俺とトニアは、お互いに顔を見合わせ苦笑する。
わかり合える仲間がいるって、素晴らしいと思った。
ふと視線を巡らせると、近くにいたアランの姿が目に入った。
フェティスと同様に馬上の人であるアランは、完全武装のその姿で、真摯な顔つきで騎士団長の姿を見ていた。
その視線の先のフェティスは、馬を巧みに操って後ろへと巡らせ、その先に集った戦士たちに向けて、再びその声を張り上げた。
「――間もなく目的地に到着する! 我々の目的は、人々の平穏をおびやかすモンスターどもの駆逐にある!」
フェティスの言葉に、おお、と応じる騎士や兵士たちの声が重なる。
アランもその一員となって、声をあげていた。
軍事的なことはよく分からないが、雰囲気を見るに、フェティスの求心力は六割程度といったところか。
まったく不足ではないが、しかし何かが欠けている――そういった気配がある。
俺は自身の右腕にはまった、銀の腕輪に視線を落とす。
これの元の所有者がここにいたならば、この場はどうなっていたのだろう。
フェティスがちらと、俺の方を見た気がした。
しかし彼女はすぐに、場の指揮官として、集まった戦士たちの全体を見渡してゆく。
「先に宣言しておこう――此度の敵は強大である! 一個の敵に、一個の小隊で当たるが道理の相手である! だが戦士たちよ、諸君も承知のことだろうが、彼ら不遇のモンスターどもは、我らに退治されるべき存在にすぎないのだ! ――奴らは我々の給金の種に過ぎない、そうであろう!」
フェティスがそう宣言すると、場にどっと笑いがあふれた。
それを満足げに見渡して、フェティスはさらに演説を続ける。
「先にも言ったが、敵は強大だ! だが最後に勝つのは、無論我らだ! モンスターどもを平らげ、共に勝利の美酒を酌み交わそうではないか!」
その宣告で、場がさらに盛り上がる。
そこに、フェティスの近くにいた傭兵の一人が、茶々を入れる。
「へへっ、じゃあ騎士団長様も、俺らと一緒に飲んでくれるのかい?」
その下品な言葉に、アランを初めとした数人の騎士が顔をしかめる。
しかしフェティスは、その傭兵を見て、にこっと笑みを浮かべる。
「いいぞ、共に杯を交わそう。――ただし、貴兄が勇敢な戦士として戦い、かつ、この戦いを生きてくぐり抜けることができればだがな」
そのフェティスの言葉に、場は今日一番の盛り上がりを見せた。
それを見計らって、フェティスが「――では勇者たち、行くぞ!」と声をかけ、再び馬を巡らせ、道を進んで行く。
士気を上げた戦士たちが、彼女の後を揚々と進んでゆく。
「大した演者だね。……あれはボクには、絶対真似できないや」
隣のトニアがそうつぶやき、歩き始める。
俺もそれにならい、戦場へと続くその道を、再び進み始めた。




