どうしよう、と彼女は言った
ワイバーンを無事退治した俺たちの一行は、村の老領主にそれを報告してから、王都への帰路についた。
そして日暮れ頃に王都に着くと、兵たちを解散する。
「…………」
俺とアランの二人は、互いに無言のまま、城壁内の中庭を、騎士団の宿舎に向かって歩いていた。
しかし、アランは宿舎に入る直前、俺に向かって「ちょっと来い」と言って、宿舎の裏手側へと回っていった。
いい予感はしなかったが、俺は仕方なく、彼のあとについてゆく。
そして宿舎の裏手の人気のない場所にたどり着くと――アランは案の定、俺に向かって敵意を向けてきた。
「貴様――何だアレは!」
いまだ甲冑姿のアランが、その小手を身につけた拳で、壁をガンと叩いた。
木造の宿舎の壁に、小さなヒビが入る。
その態度に、俺はため息をつきながら答える。
「アレって言われても、何だか分からねぇよ。俺、なんか悪いことしたか」
「――ふざけるな! 貴様は言っただろう、自分一人でワイバーンを倒すことはできないと!」
何かと思ったら、発言をねつ造された。
そんなこと言った覚えはまったくないぞ。
「はあ? 言ってねぇよそんなこと。言ったとしたら、戦ったことないから分からないってことぐらいだろ」
俺がそう言うと、アランは言葉を詰まらせる。
「ぐっ……だが、あれほどの力を持っていながら、分からないわけがあるまい!」
「あのな……。お前はワイバーンっていう、あのモンスターの強さを最初から知っていたかもしれないけど、俺は初見なんだよ。お前らが戦ってるのを見て、ああ、あの程度ならいけるなって思ったんだよ」
しかし、その俺の言葉を聞いて、何故かアランはさらに怒りをつのらせたようだった。
甲冑姿が俺の胸ぐらにつかみかかってくる。
「あの程度――あの程度だと!? 何があの程度なものか! 俺も! 兵たちも! 命を賭して領民を守っているのだぞ! 結果として運良く一命は取り留めたが、ピートはあの毒の尾の一撃で、命を落としていたやもしれんのだ! それを貴様は分かっているのか!」
それは悲痛な叫びだった。
しかし俺にとっては、寝耳に水の話でしかない。
「……それが俺のせいだってのかよ。部隊を指揮していたのはお前だろ、アラン」
俺がそう言うと、アランはぎりと歯を軋ませる。
痛いところを突かれたという様子だ。
しかし一方で、俺自身もまた、ムカつく気持ちを抑えられずにいた。
俺は悪くないと思う一方で、アランのやつあたりとも思える言葉を、まったくすっぱりと一笑に付すことはできずにいた。
そして一方のアランは、俺にさらなる激情をぶつけてくる。
「俺が……俺が言いたいのはな! 貴様は一体何なんだということだ! お前の前で、兵たちの命は何だ!? 俺のこれまでの努力は何なんだ!? ろくな努力もせずに、俺たちのすべてをあざ笑うかのような――お前という存在は一体何なんだ!!」
アランは悲鳴をあげるように言ってくる――が。
理不尽、ここに極まれりだ。
これにはさすがに、俺も愛想が尽きた。
「――着装」
俺は魔装器の力を発動させると、俺の胸ぐらにつかみかかったアランの手を、無造作に振り払った。
甲冑姿のアランは、俺にふりほどかれ、無様に地に倒れ伏す。
「……やつあたりに付き合っていられるか」
俺はそう言って、その場を立ち去る。
後ろからは、「くそっ、くそっ」と言って、拳で地面を叩く音がしていた。
しかし、アランの言っているのが理不尽な物言いだとは思いつつも、俺の胸のもやもやは晴れずにいた。
「……で、二人でそんな子どもの喧嘩をして、結果、クルス一人で報告に来たと」
団長室で俺の話を聞いたフェティスは、そう言って遠い目をした。
「二人で」と言われたのが不服だったので、そこだけは抗議をする。
「いや、俺は完全に言い掛かりをつけられただけで」
「まあ、そうなんだけどね……」
フェティスがはあ、とため息をつく。
この脳天気そうな人でも、ため息をつくことぐらいはあるんだなと、しょうもないことを思う。
そしてフェティスはさらに、ぽつぽつと言葉を漏らす。
「アランはねぇ、努力家なんだけど、努力しないのよねぇ……」
「……はあ」
何だそれ?
俺が疑問に思っていると、フェティスは執務机の上でだらしなく肘をつき、ぐでーっとしながら俺にこう言ってくる。
「気のない返事ね。――じゃあクルス、今のアランに必要なものって、何だと思う?」
「はあ、あいつに必要なもの……?」
足りないものなら、いろいろある気がする。
人間性とか、人間性とか、人間性とか。
でも人間性といっても、兵たちを指揮する指揮官としてのアランは、まあまあ立派な感じだった気がする。
俺を問い詰めたのも、兵たちを解散させてからだし……
それに、必要なものというと、根本的にはそういうことじゃない気がする。
俺に対するあの態度も、嫉妬か何かを拗らせているようにしか思えない。
だとするなら――
「自信……いや、自信を裏付ける力、か。でも、生身での戦闘技術が不足しているわけじゃない。むしろ……」
「ふふん、さすがクルス、鋭いわね」
フェティスが執務机の上でぐでーっとしたまま、俺ににやりと笑いかけてくる。
騎士団長って何だろう。
しかも彼女はさらに、こんなことを問いかけてきた。
「ねぇ、クルス――人って、力を持ったら、幸せになれると思う?」
ぐでぐでしながら、そんなことを聞いてくる騎士団長。
……いや、酔っ払ってんじゃねぇの、この人?
でも――彼女もまた、周囲と比べれば、力を持つ人なのだろう。
あるいは俺のことを、自分の気持ちが分かる同類だとでも思っているのかもしれない。
「ん……どうだろうな。正直に言って、一生農夫やってるよりは、楽しい気はするけど」
俺がそう答えると、フェティスは「あはは、正直ね」と笑う。
「ま、私もその辺かな~……でも、その程度よね。別に毎日いつもハッピーなわけでもないし、つらいこともあるし、大変なこともあるし、悩むこともあるし――騎士団長なんていう、死ぬほど面倒な仕事背負っちゃったりもするし」
そう言いながら、手にしたペンをくるくると回すフェティス。
そして彼女はさらに、くだを巻くように語りかけてくる。
「分かる? 私の采配一つで、この国の人間の命がいくつか、あるいは何十人も、何百人も、何千人も、ぽーんと消し飛んだりするっていうこの重荷。――ったく、ブランシェのやつ、私一人にこんな重いの背負わせたまま逝っちゃうとか、酷くない? ホント酷いわあいつ」
そのフェティスの語り口からは、軽口と受け取ればいいのか、深刻に受け取るべきなのか、いまいちよく分からない。
それにしても――騎士ブランシェか。
俺の右腕にはまっている魔装器『ゴッドナイト』の元の所有者にして、王国一の騎士と謳われた腕前の持ち主……だったらしいが。
彼とフェティスとは、仲が良かったのだろうか。
そしてフェティスは、その彼の魔装器を持って現れた俺を、どう思っているのだろうか。
あるいは、ひょっとして――
「フェティスってひょっとして、俺のこと、騎士ブランシェと重ね合わせて見てたりする?」
俺が何気なしにそう聞くと、ぐでぐでしていたフェティスは、目が覚めたというように目をまん丸くした。
「びっくりした……ホント鋭いのね、クルスって」
「いや、何となく」
「ちょびっとだけ、ほんのちょびっとよ。基本全然似てないし。……でもなんか、クルスを見てると、ブランシェの姿を幻視しちゃうのよね。ちょっと頼もしいって思っちゃう」
フェティスは、はあとため息をついて、それから俺の方をすがるように見てきた。
「……だからそのちょっと分だけ、相談させてもらっていい? 本当は、クルスみたいな若い子に頼るなんて、情けない話なんだけど……いい加減、私も一人で背負ってるのしんどくて。文官の大臣たちはギャーギャー言うばっかりで役に立たないし、副団長は規則規則で緊急時は役に立たないし……」
「まあ……一体何の話だか見当つかないし、フェティスにとって重いものを、俺が相談に乗ってどうこうできるとも思えないけど――でもまあ、聞くだけなら」
「ありがと。あのね……」
そう言って、フェティスは一つ息を吸い、言った。
「この国滅びるかもしれないんだけど、どうしよう」
予想していた以上に、とんでもない暴露が来たのだった。




