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騎士団長はトニアの天敵

 三階建ての宿舎の三階まで上がり、その最奥の部屋の前まで来ると、引率の男がその扉をノックする。


「入市しようとしていた魔装使いの方二人に、同意のもとこちらまでご同行願いました。一人は『ソードマスターのトニア』様とのことです。それで、もう一人が……」


「――えっ、トニア? トニアちゃん!?」


 引率の男が扉の前で説明しようとすると、扉の向こう側から、女性の声が聞こえてきた。

 俺の隣でトニアが、ビクッと体を震わせる。


 それから扉の向こうでどたんばたんという音がして、それから何者かが駆け寄ってくる足音がする。

 一方のトニアは、慌てて右手の銀の腕輪を掲げる。


 え、まさか……


「――ちゃ、着装!」


 トニアが光ったのと、扉が開いたのが同時だった。


「きゃーっ、トニアちゃーん!」


 着装を終えたトニアに、扉の向こうから現れた女性が飛びかかった。

 トニアはそれを、横にひょいとよける。


 トニアに飛びかかった女性が、木板の床に顔からに激突した。


 だがすぐに、ぐぐぐっと起き上がり、いつくばったままトニアを見上げる。


 ゆったりとウェーブした褐色のロングヘアーが特徴的な、綺麗な女性だった。

 歳は、三十歳ぐらいだろうか。

 華美ではないが身なりの良い服を着た女性で、一見は落ち着いた雰囲気に見える――が、それらすべてのプラス要素を、その突飛な行動と鼻から垂れた鼻血とが台無しにしていた。


「ふふふ……着装しているなんてずるいわよぉ、トニアちゃん」


「い、いや……フェティスさんが会うなり飛びかかってきたりしなければ、こんなことする必要ないんですけどね……」


「いいわ、だったら私も――着装!」


 今度は女性が光った。


 えー……

 もう、どこから突っ込んだらいいか分からないんだが……


「ふふふっ……トニアちゃん、覚悟して私に愛でられなさい」


 ゆらりと立ち上がった女性はどことなく、恐怖の大魔王とか、そういう感じの雰囲気だった。

 服装は、軽装の鎧を伴った、着想状態特有の派手な服装に変わっている。


「い、嫌だよっ。どうせ前みたいにする気でしょっ」


「なぁに、もっと激しいのがいいの? なら――お望み通りにっ!」


「そ、そんなこと言ってないいいいいいっ!」


 女性がトニアを捕まえようとして、トニアがそれをよけ、逃げ回る。

 女性の突進で、宿舎の壁に大穴があいた。


 他人事のように見ていると、あっちもこっちも、宿舎内がどんどんと壊れてゆく。

 そんな中でトニアは必死に逃げ回っているが、しかし女性の方が少し上手うわてなのか、少女はだんだんと追い詰められてゆく。


「あの……あれって、ほっといて大丈夫?」


 俺が引率の男にそう聞くと、男はただ「すみません」と頭を下げた。

 俺は、この人も気苦労が多そうだなと、不憫ふびんに思ったのだった。




 しばらくして騒動が終わると、俺は奥の部屋――引率の男が最初にノックした部屋だ――に通され、応接用の席に誘導された。

 ちなみに、引率の男はもう去ってしまい、今は俺とトニア、それに例の女性の三人だけだ。


 なおトニアはというと、テーブルを挟んで俺の対面に座る例の女性の、その腕の中に収まっていた。

 椅子に座った女性の膝の上に座らされ、抱きかかえられた状態で、髪をなでられている。


 トニアは抵抗をあきらめたのか、ぐったりとした様子で、女性のするなりになっている。

 その少女の瞳からは、意思の輝きみたいなものが失われていた。


「ごめんなさいねぇ、騒がしくしちゃって。トニアちゃんがなかなか大人しくしてくれないんだもの。――自己紹介が遅れたわね、私はフェティス・ミラ・レディステス。この王国騎士団の、騎士団長をやっているわ」


「……俺はクルス。リンドバーグの街の近くの、ベルン村の農夫だ」


 俺は頭を抱えたくなる気持ちをどうにか抑えて、自己紹介をする。

 こんな人が騎士団長なんて、この国は大丈夫だろうか……いや、ダメだろう、どう考えても。


 しかし、着装したトニアを圧倒したその戦闘能力は、間違いなく本物だ。

 スピードでは互角という様子だったが、パワーの面で圧倒的な差があったようで、一度捕まってしまったら、トニアは逃げるすべなく好きなようにされてしまっていた。


「それで、ごめんなさい、事情をあらためて、話してもらってもいいかしら?」


 女性――王国騎士団長フェティスが一気にシリアスな顔になると、俺の右腕にはまっている魔装器を見て、そううながしてくる。

 俺はそれを受けて、自分の身に起こったことを、包み隠さず話していった。


 フェティスはそれを、相づちを打ちながら、静かに聞いていた。

 そして俺が話し終えると、一度頭を振ってから、こう言った。


「たやすくは信じられないけど……あなたの腕にその魔装器『ゴッドナイト』がある以上、事実と受け止めるしかなさそうね……」


「みんなそれ言うんだよな。トニアたちも言ってたし――信じられないって、一体何を信じられないんだ?」


 俺はそう聞きながら、フェティスの腕の中に捕獲されているトニアを見る。

 ボーイッシュな銀髪少女の瞳は、いまだ光をともさず、うつろなままだった。


 うん、トニアはしばらくダメそうだ。


「信じられないっていうよりは、信じたくないっていうほうが正確かしらね……。だってそれって、王国最強の騎士にしてSランク魔装の使い手、ブランシェ卿が命を落としたっていうことだもの」


 それもトニアが言っていた。

 だけど、俺にはその意味が、いまいちピンと来ていなかった。


 おそらくは、俺にこの魔装器を渡したあのときの瀕死の男が、その王国最強の騎士、ブランシェ卿なのだろう。

 それは分かる。

 問題はその先だ。


「もちろん、彼の友人としての、私個人の悲しみもあるわ。……でも、それを抜きにしても、彼の死を事実とするなら、そこには二つの大きな負の意味がある。一つは、この王国騎士団が、最強の個人戦力を失ったという意味。これは国にとって、大きな痛手よ」


 なるほど、確かに。


 トニアの魔装に関する説明を聞いた限り、Sランクの魔装使いというのは、単身で軍の戦力の一翼を担えるほどの、とんでもない個人戦力だということだ。

 それを失ったということは、騎士団にとって、あるいは国にとって、大きな損失であることは間違いないだろう。


「そしてもう一つは――彼が命を落とす原因になった何かが、彼の向かった先にあったと考えられる、ということよ。Sランク魔装の使い手にして、魔装抜きの剣の腕だけでも右に出る者なしと言われたブランシェが、命を落とすほどの何かがね……」


 ――そうか。


 言われてみたらそうだ。

 Sランクの魔装使いが命を落としたということは、Sランクの魔装使いが戦って負けるほどの何かに、彼が出遭ったということだ。


 ……いや、でも。

 そうと結論するのも、まだ早い気がする。


「ひょっとしたら、着装していない状態で不意打ち的に襲われたっていう可能性も、考えられるんじゃないか?」


「そうね。その可能性も十分にあるし、そうであってほしいわね。……まあ、それはいいわ。それは軍議も通して、また今度考えるとして――」


「……?」


 フェティスが話を変えてきた。

 彼女は、懐中に収めたトニアの銀髪を愛おしげになでつけながら、一方でまっすぐに俺を見て微笑ほほえみかけ、こう提案してくる。


「クルスって言ったわね――あなた、この王国騎士団の騎士になってもらえないかしら?」


 それは、俺がまったく予想もしていなかった――しかし、予想していてしかるべき、勧誘の言葉であった。


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