遥かなる戦闘
爆風にセイラと天狼が耐えていると、やがて炎は激しさを抑えていって小さく燃え上がるだけとなる。
そこには氷帝の姿はない。
確かに爆発は過激だったが、体が跡形もなく吹き飛ぶほどだったのか。
一応油断はせずにアテナは氷の足場から慎重に下りていき、地面へ着地する。
そして魔剣を鞘に収めようとしたとき、突風が巻き起こって思わずセイラは髪を押さえた。
ただその突風にアテナのみ驚くことはなく、魔剣をすぐに抜いて力強く柄を握っていた。
同時に鳴り響く金属音。
金属音は強く、強烈に物がぶつかったのが分かる。
魔剣と別の何かが途方もない力で衝突したのだ。
すぐにアテナは崩れかけた姿勢を立て直しては隻眼となっている目で、そのぶつかりあった物を手にしている相手の顔を見た。
見覚えがある顔だ。
嫌でも記憶に残っていて、生涯忘れることがない殺すべき者の顔。
赤い髪、鋭くて殺意が込もっている眼、鋭利な歯、逞しさと恐ろしさを併せ持つ顔つきに人間と比べたら屈強過ぎる肉体。
さっきと違って更に勇ましい顔でアテナは相手の顔を睨みつけ、腹の底から力強く叫んだ。
「魔王っ!絶対にお前を殺す!」
魔王と呼ばれた男性は、アテナの必死な声を聞いて笑う。
それこそ愉快そうに、どこまでも楽しそうに笑った。
「くっはっはっはっはっは!いいぞアテナ!今の斬撃をよく受け止めた!今のはかなり本気で打ったぞ!強くなったではないか!」
魔王は魔法剣でアテナの魔剣を弾くが、すぐにアテナが全力で魔剣を横に振るう。
それを魔王は魔法剣で受け流しては片手それぞれに魔法剣を手にして、魔法剣の二刀流でアテナを攻めだした。
素早く鋭く力強くて、ひと振りごとに旋風と暴風が起こるほどの斬撃。
それでもアテナの眼はしっかりと魔王の魔法剣の動きを見ては、綺麗に鮮やかに打ち合って受け流す。
力だけなら魔王が遥かに強いと一撃を受け止める度に分かるが、アテナは上手く体を使うことで威力を殺して斬撃を捌いていく。
そしてアテナが魔王の魔法剣を片方弾き飛ばすが、すぐに魔王は手に新しい魔法剣を生み出してはアテナへ容赦なく振るった。
「やはり魔法を斬る魔剣でも、同じように魔法の粒子の回転で生み出した魔法剣は切れぬようだなぁ!シャルに付き合って貰った甲斐があったぞ!こんなに楽しく打ち合える日が来れるとはな!くっはっはっは!どんどんいくぞアテナ!」
こうしてありえない速さと勢いでアテナと魔王がぶつかりあっているとき、天狼とセイラは別の方向へと注意を向けていた。
その注意を向けている視線の先には、緑髪と薄い羽を持つ少女と尻尾が一本の幼い少女の姿となっている氷帝がいる。
緑髪の少女は半精霊で、手にはアテナとは別の魔剣を手にしていた。
そして半精霊は魔剣を輝かせながら、手に光を発生させて氷帝に当てた。
するとあっという間に氷帝にできていた傷は塞がっていき、気絶していたであろう氷帝がゆっくりと目を覚ます。
「なんじゃ…?何が……起きたんじゃ?お主は……シャル?」
氷帝にシャルと呼ばれた緑髪の半精霊は魔剣を手に持ったまま、手の光りを消した。
それから辿たどしいところはあるが、できるだけ優しい口調で氷帝に状況を説明する。
「爆発の中、魔王が……転移して氷帝さんを、助けたんです。今は私が傷を治したので……もう大丈夫ですよ」
「あっはは、魔王様が来てくれたのか。情けない話じゃ…。どれ、なら魔王様の楽しみに邪魔が入らぬように、せめての恩返しとして妾は、狼と女は片付けてやろうか。シャル、お主はどうするんじゃ?」
「私は戦うことが許されていないので…、攻撃されない限り、逃げるか身を守ることに徹します。でも……付加魔法なら氷帝さんにかけることはできますよ。魔王には……秘密ですけど…」
「そうか、ならよろしく頼むよシャル。魔王にバレたら妾が責任を取るから、負い目を感じなくて良いぞ。それにすぐに終わらせれば気づかれることもあるまい」
氷帝はそう言って、白い冷気で身を包んでは尻尾三本の姿で現れた。
体はさっきより小さいし、十二歳程度の体格では不便な所は出るかもしれない。
でも勇者アテナを相手にしないで済むなら、この姿で充分だ。
それに尻尾六本の姿だと維持するのに体力を使いすぎるし、傷は治っても今の体力ではこの状態の方が遠慮せずに戦える。
シャルは魔剣を手にしたまま、氷帝の姿を見つめては付加魔法を発動させた。
それら付加魔法は、氷帝の全ての能力を途方もなく引き上げて強化していくものだ。
通常では考えられない力に氷帝自身が驚くほどで、それは感覚だけで尻尾六本のときを遥かに凌ぐと分かってしまう。
まさか付加魔法というものが、ここまで強力だとは思ってもいなかった。
シャルも魔剣を手にしてから本気で付加魔法を発動させるのは初めてで、氷帝から感じ取れる自分の魔力に少し戸惑いはあった。
まるで普段の魔王に近い魔力だ。
文字通りに限界知らずで溢れる力に氷帝は笑い、手に冷気を集中させ始める。
もはや冷気はその場所に氷を発生させるだけでは留まらず、意識に関係なく氷帝の足下には氷の茨ができてしまうほどだった。
空気は凍てつき、思わずシャルが身震いをする。
「では、シャル。妾と魔王の戦いが終わるまで傍観しておれ。巻きぞいをくらわぬように気をつけるようにな」
「…はい、頑張ってください。氷帝さん」
シャルの応援の言葉を聞き届けると、氷帝は高速で走ってセイラの方へと接近する。
さっきとは段違いに速い動きだ。
氷帝の唐突な加速に、セイラと天狼は度肝を抜かれる思いで対処に遅れた。
氷帝は薄く笑ってセイラの胸ぐらを掴もうとする。
でもセイラは爆破の式術をすでに手には持っておいてはいたので、腕が吹き飛ぶ決死の思いで式術を発動させる。
爆発と同時に、セイラのつけているグローブも黒の金の刺繍が光って爆発をある程度弾いた。
至近距離の爆発で氷帝の高速の掴みを防いだことには驚きだが、それよりシャルはその魔法の発生に驚いた。
「あれは……私が前に魔王から貰ったローブに付いていた魔法…?…人間が持って……いたんだ」
シャルはこのたった一度のできごとで、人間はシャルを捕虜にした時に取り上げた装備の類を再利用していることを理解した。
魔法はシャルと魔王しか扱えない。
なら今のグローブの魔法現象に説明つけれるのは、その方法しかないのだ。
シャルは遠目に氷帝の戦いを見ては、最も激しい戦いを繰り広げている魔王の方へと視線を移した。
魔王が楽しそうに笑って魔法剣を振るっている。
「くっははは!どうした、こんなものなのか!」
「うおおおおぉおぉぉぉおおおぉぉおぉ!!」
魔王が一歩距離をとっては、二本の魔法剣をアテナに投げつけた。
一秒に満たない時間でアテナは魔剣で二本の魔法剣を打ち払うが、その間に魔王は更に距離を取っていた。
魔王が指を鳴らすと、一面に広がる魔法剣が空を覆った。
それはいつしか魔王がした攻撃方法。
あのときは全く防げる気はしなかったが、今度は全てを弾いて見せるとアテナは覚悟を決める。
「前に言ったことを覚えているかアテナよ!次に会った時は殺すと!結界による魔法剣は斬れないが、今回は更に速度を上げるぞ!すなわち当たれば切れはせずとも刺さりはする!さぁ抗え!そして死ねアテナ!俺を最高の気分にしてみせろおおぉ!」
歪んだ笑みを浮かべては魔王が両手を振ると、それに合わせてか雨のように魔法剣がアテナに向かって降り注いだ。




