魔王達の戦闘前夜
人間が東の地で戦闘を仕掛ける前夜、まだ夜が深まっていく頃の時間帯のこと。
東の地、魔王軍の魔城にて。
魔王とシャルは魔城の司令室で、氷帝と再び会って簡単に会話を交えていた。
尻尾に気をつけながら氷帝はくつろぐようにソファへと腰を深くかけているが、魔王とシャルは立ったままだ。
別に立つのが好きなのではなく、家具の類まで氷帝により冷えきっているために座る気にはなれなかったせいだ。
「なんじゃ、魔王様。戦力を割けぬと言ったのに、まさか魔王様自らが居座るとはな。どういう風の吹き回しじゃ?妾のことが心配になったのかの?」
「…残念だが違う。魔人のことについては知っているな?」
魔王が参謀として雇った人間である魔人について訊くと、氷帝は少しだけ姿勢を直す。
それから表情を冷たくして、あどけない声をやめて答えた。
「一応知ってはおるが、報告だけでしか知らんぞ。何でもサキュバスに劣らない知略の持ち主だと」
「軍略だけで言えばサキュバスと同等だが、他のことに関してはサキュバス以上だ。どうも南で大層に魔物の部下を可愛がっていたようでな、多くの者が懐柔されていて混乱が大きかった」
「なるほど、信頼が厚くなっていたのじゃな。まぁ炎帝は部下を良くしないからのう。その反動もあって、余計に魔人に心を取り入れられる者が多数いたんじゃろうなぁ」
「炎帝の自慢が本当に戦闘だけだったとは嘆かわしい話だ。それでその魔人が人間軍へと戻ったために警戒を強めたくてな。何よりあいつにはレーヴァテインという、とんでもない道具がある。それに策略もかなり仕掛けてくるはずだ。何をしてくるか分からない以上、用心は念の為にしておきたい」
魔王はもっともらしい理由を言って東の地に居座る旨を伝えるが、シャルはそんなことは建前だと見抜いていた。
本当は魔王は勇者アテナのことが気になるのだと、ただそれだけの理由で東の地に来ているのだ。
何度か魔王から勇者について聞くことがあったので、シャルにはそうとしか思えない。
あいつなら俺と対等に戦ってくれると、楽しませてくれると遠まわしに言っていた記憶がある。
悲しいことだけど、魔王は戦いが好きだから…それだけしか自分の心を満たせていないから勇者に期待している。
まだ自分の想いが魔王には届き切れていないのが悔しい。
「それで、具体的にはどうするんじゃ?すでに配置はある程度済ましてしまっているのだが、魔王様がいるなら防御に徹する必要はあるまい」
氷帝は狐目を更に細めて艶やかに微笑む。
どこか楽しそうにしている辺りは、魔王軍の一体だからか。
常に冷静な振る舞いを見せても、氷帝も炎帝同様に戦うのが好きなのだ。
きっと、そうでないと幹部は務まらないのかもしれない。
……地帝にも当てはまるかは不明ではあるのだけど。
「相手に動きがあればの話だが、もし攻撃を仕掛けられたら俺と氷帝で直々に殲滅しようか。最後になるであろう戦いだ。華々しく贅沢に行こうではないか」
「え…、魔王。私は…?」
シャルのさぞ自分も戦いに出て当たり前かのような疑問の言葉に、魔王は少し目を丸くしてしまう。
普段ならシャルのワガママはよく聞いてきたが、さすがに戦いとなると別だ。
過保護かもしれないが、シャルを傷つけるわけにはいかない。
魔王はシャルのセミロングの緑髪をくしゃくしゃに撫でながら言いつけた。
「確かに今のお前は人間の兵士に負けることはない実力を持っている。しかしそれはあくまで魔力に限った話で、肝心の体力は子供と変わらん。戦争は常に連戦で、一戦勝てばそれで終わりではない。それに目の前の戦いに勝つだけでは勝利には繋がらない。だから体力も精神も大きく消費する。シャル、お前は自分の体力を把握してるのか?」
「……三百メートル走ったら動けなくなるくらいです。これだと…、駄目ですか?」
「それだと行進もままならんだろう。というかよくそれで生きてけたな。もしかしたら魔法に頼りすぎかもしれんぞ。どちらにしろ戦争に出れる体力ではない」
「そう…ですかね。…魔王がそう言うなら大人しくします。でも、魔王の近くには、居て良いですか?」
「それは問題ない。むしろ俺の隣にいてくれないと困る。余計なケガをするだろうからな」
このやり取りを聞いては、氷帝は足を組み直して前かがみになる。
そして顔はにやついていて、愉快だと言葉に出さずともわかる。
「なんじゃなんじゃ。惚気か何かかのう?冷徹なる女帝の前で、熱くするとはとんでもない魔王様だ。体は冷たくても、このまま眺めているだけで思わず心が熱くなってしまうわ。さながら氷を溶かさんとする熱気よ」
「よく分からない冗談を口にするのだな。とりあえず、特別な対策は必要としないだろう。相手は間違いなく東だけに戦力を集中する。というより今の人間は東にしか戦力を集中できない。北も西も南も中央地も、こちらの領域であり手中だ」
「ふむ、そうか。妾も特に心配する要素は感じないからのう。むしろ心配する要素は身内のことじゃ」
「身内だと?何のことだ」
魔王は意味深に言う氷帝の言葉に突っかかり、どういうことなのか説明するよう促す言葉をかけた。
すると氷帝は冷たい息を吐き、小声で答えるのだった。
「なに、炎帝が余計なことをしなければいいなと思っているだけじゃ」
炎帝がこそこそと東の地へ足を踏み入れてるのは、氷帝は知っていた。
別に炎帝が何をしようと構わないのだが、幹部の実力としては四番手でも、周りへの影響力で言えば一番だ。
炎帝の行動は魔王軍だけではなく人間軍にも刺激を与えるだろうし、それに振り回される炎帝の部下も大変だ。
きっと、ただの勘によるものだが、もし人間軍に動きがあってそれに炎帝がいち早く反応して行動したとき、知略に長ける魔人を相手にしている以上は炎帝は間違いなく…。
「死ぬじゃろうなぁ…」
氷帝は誰にも聞こえないほどに小さな声で呟いた。
その声は外の風の音で消えるほどに小さい。
けれど口にしたということは、ある程度の予測が立っているからでいい加減な嘘を言ったわけではない。
本当に何となくではあったが、氷帝は炎帝が死ぬだろうと思ってしまうのだった。




