アテナ達の戦闘準備
東の地、昼過ぎ。
太陽はすでに西へと落ち始めているが、まだ青空が広がっていて気温が今日一日で一番暖かいくらいだ。
その天気の良い中、勇者アテナ達は空家の居間にて装備の確認をしていた。
騎士団長が次々と道具を別室から引っ張り出しては、居間の机にへと並べていく。
まずは人数分のグローブやフード付きマントを手に取っては簡単に説明をする。
「さて、これらは氷帝と炎帝対策の装備でさ。グローブとマントは防寒と同時に防火の機能が備わっている。気休めにしかならん程度だけど、無いよりは良いでしょうねぇ」
そう言いながら騎士団長が手にとったフード付きマントは黄土色ではあるが、グローブは黒と金色の繊維で編み込まれていた。
それはとても不思議な雰囲気で、ただの装飾的な意味合いの色とは思えない。
具体的には全く分からないが、アテナだけがグローブから魔力を感じ取った。
「そしてブーツさ。ブーツも防火性ではあるけど、それ以上に違うところはスパイクが付いていることだ。氷帝は足元を凍らしたりと、地帝同様に足場に影響を与えてくることがある。そのための対策だ。で、後は武器だ」
騎士団長がブーツの次に取り出したのは、多くの式術の札と変わった形のしたナイフだった。
ナイフの刃の先はまるでカギ爪のように曲がっていて、柄の方にはリールらしき物が付いている。
とてもじゃないが、斬るという動作には向いている形状ではない。
ルナはそのナイフを見るなり、少し驚きに近い表情を見せた。
「団長、このナイフって…」
「ん、あぁやっと最近この道具のテストが終わってね。まだ実用性や改良の余地は多くあるけど、ひとまずは使える段階にはなったのさ。使えるのは…片手剣を扱うアテナだけだろうがね。他の武器はどうしても訓練が必要で、今使えるのはこのナイフだけだ。それと式術の札はお馴染みの障壁と爆破と火炎の物だ。雷撃もあるが、やはり人間が武器として扱うにはロクなものじゃないからなぁ。んで、これはルナに」
騎士団長は次に複数個の鉄の玉を取り出した。
鉄の玉は直径五センチほどしかない小さな物。
まるで石ころみたいで武器には見えない。
だからか、誰かが尋ねる前に騎士団長はどういうものなのか説明を始めた。
「これは炎帝対策さ。鉄の塊の中には爆破の式術の札が入っていて、溶け出すと爆発する仕組み。それも爆発によるダメージより、爆発で弾ける鉄の破片が炎帝に大きな傷を負わせるものださ。貴重な材質が混じっているために溶けづらい分、数は少ないけど充分でしょ?」
ルナは鉄の玉を手に取り、感覚を馴染ませるように手元で軽く上に投げたり握り締める。
そして片手だけで鉄の玉を三つお手玉にして投げながら、何気ない顔で答えた。
「大丈夫です。私もちょうど炎帝の戦い方も思いついてはいたので、これもあれば確実に仕留めれます。それに団長のサポートもあれば一瞬で殺せます」
「頼もしい言葉さ。ひとまず装備に関してはこんな所かね。動きに関してはまだ調整中ではあるんで、夜までには伝えるよ。だいたいは私が転移するので、それで移動していく形になるんだがね。部下にも実力者はいるけど、今人間軍でトップクラスに強いのは間違いなくアンタ達だ。だから深手を負わせるで留まらず、必ず幹部を殺せるように頼むよ」
「もちろんです。勝ってみせます」
騎士団長の念押しの言葉に、アテナは頷きながら返事をした。
そこでふと疑問にでも思ったのかセイラは式術の札をポーチに収めながら、騎士団長に些細な質問をなげかける。
「そういえば、やっぱり騎士団長さんはお強いのですか?ルナさんよりお強いのでしたら、軽く手合わせして連携の確認をしてみたいのですが」
「いっひっひっひ、あいにくだけど私は強く無いんだよねぇ。そりゃあ並の兵士より腕は立つかもしれないけど、ルナと比べたら自分は息で吹き飛ぶ塵みたいなもんさ。昔はそれなりだったけど、こう見えても年齢が体に来てるからなぁ。今や得意とする剣技ですらルナの方が上なんよ」
年齢という言葉に全員がかすかに反応するなか、特に天狼は強い反応をなぜか見せた。
そして天狼は鼻を鳴らし、怪訝そうな顔をしては呟いた。
「…変な臭いだ。人間なのに人間とは思えない臭い。まるで何百年単位で染み付くような古い臭いだ」
「おお?いっひっひ、天狼は鼻がいいなぁ。それとも賢いと言うべきかねぇ。確かに私は何百年と生きてたさ。それも三百年と人間にはありえない時間を」
ルナは知っていたのか驚きの表情を見せないが、セイラと天狼とアテナは驚きというより戸惑いの態度を示した。
突然の膨大な年数に、理解ができないからだ。
当たり前だ。
この世界の人間の平均寿命は、戦死や病死を除けば七十年程度。
長くても九十年だ。
そもそも騎士団長の見た目は、多めに見ても三十後半くらいだ。
どうみても老人には見えない。
だから思わずセイラは苦笑いをしながら言ってしまうのだった。
「えっと、それは冗談か何かでしょうか?」
「いんや、冗談じゃないよ。実はこのレーヴァテインは焼き切る…、というより何でもできる道具って言った方が分かり易いかな。とにかくこのレーヴァテインの力を使って、自分の老衰と寿命を無くしたんさ。それが三百年前。でも当時も分かっていたけど、そうするために体力の消費やら何やらが激しくてね。おかげで何百年と眠りにつくことになったのさ。目覚めたのはほんの数十年前。目が覚めたとき、時代変化より大事なことの変化にショックを受けたもんさ」
「そのショックというのは?」
「体が衰えていたのさ。老衰はしなくても、何百年と動いてない身体だっために、目覚めた時は歩く所か首を動かすこともまともにできなかった。呼吸や咀嚼だけはできたもんよ。それから再び歩けるようになるのに数年もかけた。単純な衰えなのに数年も要したと言えばいいのかねぇ。剣をひと振りするだけで更に数年と、その時は酷いショックを受けた。一番の問題は全盛期に戻すには、百年は鍛え直さないといけないほどだったことだね。だから今はおかげで戦闘に関しては全くさ」
遠い目をしながら騎士団長は簡単に自分について語った。
その眼差しだけで色々と困難があったのが伺える。
ただそこで次にアテナが疑問に思うのだった。
「なぜ、自身の寿命と老衰を無くしたのです。そんなことまでできるなら、魔王を殺すことに使えたのではないんじゃないですか?」
「あーそうだねぇ。実は寿命の限度を無くしたのは、魔王に負けた後なんさ。魔王の力の源は禁忌の力であると知っていたから、レーヴァテインの能力で禁忌の力を消し飛ばそうとしたんよ。でもダメだった。魔王の禁忌の力にかすかに触れただけで、私はぶっ倒れて何もできなかった。消し飛ばすには一人で人間何千人分の生命力でも持ってないと無理だと悟ったよ。もっと、何百年後か何千年後か分からないけど、禁忌の力を弱まった時にしないと不可能だとね。だからこうして、のうのうと長い時を生きながらえてきた」
そこまで言うと騎士団長は軽薄な笑顔に切り替わった。
まるでさっきの話をなかったことにするみたいに、無理に笑っているように見える。
「まぁ私の話はどうでもいいさ。アテナ、さっきのナイフの扱い方はルナに教わるといい。役に立つ時が来るか分からないけど、手段は常に多い方がいいものだ。あとは各自準備でお願いしますよ。夜、またここに集合で」
「はい、ありがとうございます。騎士団長。じゃあルナさん、早速このナイフの扱い方の指導をお願いします」
「えぇ、いいわよ。セイラ達はどうするのかしら?」
ルナに訊かれて、セイラと天狼はいつもどおりの様子で答える。
一応大きな戦闘を始める前日ではあるのだが、緊張している素振りはなかった。
「私と天狼は消費する道具を使うことが多いので、そのための調整に入ります。ここで作業してるので何かあったら呼んで下さい」
「分かったわ。ではアテナ、外で適当な場所に行きましょうか。そのナイフは高低差がないと使えるものではないから。ついでに体の使い方もまだ気になるから、動きについても教えるわね」
「はい、お願いします」
各自行動ということになり、全員はそれぞれ移動しては作業に入ることになった。
空家からはルナとアテナ、それと騎士団長が出てはすぐに別れて行動する。
外は至って普通の町並みで、とても存亡の淵に立たされている人間の街とは思えない風景だ。
多くの人が活気を持って生きている。
きっとこの一瞬を精一杯生きているのだろうと、思ってしまうほどに頑張っている。
ただ、どこか暗い顔をした人もいる。
健気に生きる人の顔、絶望している人の顔、そのどちらもアテナは見て、勝たなければいけないという気持ちを奮い立たせていた。
そうしてルナとアテナが肩を並べて歩きながら渡されたナイフについて説明を受けていると、突如一人の女の子が大声をあげた。
「わっ!も、もしかして……勇者…様ですか!?」
声をかけてきたのは本当に小さな女の子で、アテナとルナは足を止めて視線を落とした。
服は一般的な市民が着る平凡な物だが、綺麗な青い髪と青い瞳が目立っていた。
けれど見た目からして六歳にも満たないから、あまりにも幼い子だ。
アテナは屈んで青髪の少女との視線の高さを合わせて、できるだけ優しい口調で答えた。
「……勇者と名乗っていいか分からないけど、きっと君の言う勇者のアテナだ。こんにちは」
「わぁ、本当に勇者様なんだ!数日前から生きてこっちに向かって来ているって噂が立っていたんだよ!ねぇ、勇者様。みんなを助けてくれるんだよね。魔王を倒してくれるんだよね?」
「もちろん、みんなを助けるよ。でもみんなを助けるのは俺一人じゃない。みんながみんなを助けるんだ。みんなってのは、兵士たちとか戦う人だけじゃない。君みたいな小さな子や、武器を持たない人も含めてだ。そうでないと、みんなを助けることはできない。一人の力がどれほど強くても、人間はみんなの力がないと、生きることはできないんだよ」
アテナが諭すように言うと、青髪の少女は笑顔から戸惑いの表情となっては、やがて寂しそうなものへと変わる。
悲しみに満ちた目。
なんでそんな目をしてしまうのか分からず、アテナは内心戸惑うのだった。
青髪の少女はさっきの明るい声とは打って変わって、沈んだ口調で呟く。
「そう…なの?でも、私…ずっと一人で生きてるよ。一人でずっと…。親が死んで、私の面倒を見てくれた人も、中央地の王国都市で死んじゃった……」
これを聞いて、アテナはすぐに自分との境遇を重ねて考えてしまう。
アテナも両親を早くして亡くしてしまい、妹と数年共に生活していた。
けれど妹が死んだ後は、一人で大陸を放浪として生き続けていた。
一人で生き始めた時には、すでにいくらか心構えや実力もあったので強烈に苛むことはなかったが、孤独で寂しく思うことはあった。
それにこの青髪の少女は小さな子供だ。
きっと想像しがたいほどに、孤独で辛い生活をしているに違いない。
「そうか…、身近の人が死んでいるのか。俺も、身近な人はほとんど死んでいる。でも、今は新しい人と出会いこうして生きている。きっと君も新しい人に出会い、その寂しさを消してくれる人が現れるはずだよ。いや、今こうして俺と出会ったんだ。俺は君のことを忘れない。一緒にはいられないけど、だから寂しく思わないでくれ。小さな出会いかもしれない。けれど相手を忘れなければ、それは離れていても決して孤独ではないんだよ」
「勇者様が、私のことを覚えてくれるの?」
「あぁ、絶対に忘れない。君の名前は?」
「…アルケー・アズ。アズ、でいいです」
アテナの質問に青髪の少女、アズはそう答えた。
意味は青の権天使、又は始めの青。
大層な意味合いだということを考えると、元はそれなり高位な家系だったのかもしれない。
でも今ではたったの一人の少女で、裕福な家庭とは程遠くなっている。
アテナは復唱しながら小さく頷いた。
「アズ、か。いい名前だね。じゃあアズ、また会おうか。君が安心して生きれるように魔王を倒すよ。必ずね」
「うん…、忘れないで。私強くなって、私もみんなを助けれる人になるから!だから忘れないで勇者様!」
「アテナでいいよ、アズ」
「う、うん。アテナ様、また…」
「またね」
別れの挨拶を交わすと、青髪の少女のアズは笑顔で手を振りながらアテナとルナから離れていった。
それに合わせてアテナは立ち上がり、姿が見えなくなるまで笑顔で手を振り返した。
やがてアズの姿が見えなくなって手の振りを止めると、ルナは薄く笑って言う。
「前々から思っていたけど、あなたってロマンチストな所あるわよね。星の騎士団にいたレグルスみたい。嫌いじゃないわ、そういうの」
「あはは、褒められているのか分かりませんけど、ありがとうございます。あと、時間を取らせてすみません。時間も少ないし、急いで行きましょうか」
「えぇ、そうね。この戦いでは全力を出せれるようにしないとね」
アテナとルナは再び歩き出して、新たな決意を胸に少ない残り時間を訓練に当てるのだった。




