互いに届かぬ力
あえて魔人は炎帝を追うことはせずに、砦内へと戻っていく。
単純に不利だと考えての行動か、それとも何かの策でもあるのか。
その様子を見て炎帝は疑問に思う。
たしかに今、追うべき立場であるのは炎帝ではあるのかもしれない。
目の前の裏切り者であり、厄介な能力と長けた知略に多くの情報を握っている魔人をここで始末しないと、幹部としては示しがつかない。
だが魔人も千載一遇であろう炎帝との一対一を、逃すような真似をするのは妙だ。
だから炎帝は警戒した。
もしかしたら魔人は砦内へと誘い込もうとしている可能性がある。
いや、それしか考えられない。
「…面白い。では、今ここでお前の知略を越えてやろうではないか!お前が実力と知略の二つの力で俺の実力を超えるというのなら、俺も策を弄するぞ!」
炎帝は辺りに散らして燃え上がっていく炎を操り、砦を囲むようにしてみせた。
完全なる火攻めだ。
砦から一歩でも外に出れば火の海に身を焦がされるだけではなく、火は砦内すら満たそうと侵入していく。
もはや砦は大きな松明と何ら変わらない。
ただ燃えるためだけの建物と成り果てている。
これでレーヴァテインで常に炎を鎮火か遮断させることに、能力を使わなければいけない。
そうすればいずれは魔人は体力を使い果たし、砦内で焼け死ぬか、苦し紛れに外へ飛び出してくるしかないのだ。
「さぁどうした魔人よ!何もしないのか!このままでは焼け死ぬだけだぞ!」
炎帝は悪鬼の如き表情で叫んだ。
体内を駆け巡る興奮と高揚感が、炎帝の気持ちをどこまでも高ぶらせる。
しかし今か今かと魔人が姿を現すのを待っていても、なかなか出てこないし何もしてこない。
……炎帝は人間の行動には、何か意味があるのを理解している。
それはこちらを誘い出したりと、思惑通りに動かせるのもがほとんどだ。
では逆に、何も行動を起こさないときはどうなのか。
何もしないとは、無意味で無作為なだけか。
違う、きっと違う。
相手が魔人だからこそ、炎帝は魔人が何もしないということに違和感を覚えるしかなかった。
「炎帝様!何をしているんですか!」
炎帝は燃える砦に集中していて誰かが近づいてることに気付かなかったが、後方から自分を呼ぶ声が聞こえた。
それは周りが火に包まれているために離れているが、振り向けば部下である魔物のオークの姿が見えた。
なぜこんなタイミングで部下がこの砦に来るのかと、炎帝は思いつつも返答はしなかった。
むしろ楽しい戦いに横槍を入れられた気分で、不愉快そうな表情をする。
「魔人様が炎帝様のご機嫌に伺いに行くと仰って、できるだけ早く酒の肴か食料を持ってくるように命じられたんです!砦内には魔人様がいるのではないのですか!?」
「…あぁうるさいオークだ!黙ってろ!今は奴を始末するのが先だ!お前の詰問など興味ない!」
「始末だって!?なんでそんなことをなさるんですか!魔人様はよく魔王軍に貢献しているではありませんか!いくら最近、戦闘が無いからって苛立ちのあまりに始末しようとするのは大事ですよ!」
「黙っていろと言っただろうが!何が魔王軍に貢献している、だ!あんなの全部偽りだ!魔人はな…!」
炎帝が言葉を続けて叫ぼうとしたが、止めてしまう。
妙な疑問が出てきてしまったせいだ。
なぜ魔人は魔王軍にここまで貢献していたのか、理解できない。
上層部にはすぐに居座れたし、少しは人間に都合の良い方へと仕向けてもいいはずだ。
なのにこの裏切る瞬間まで、参謀として完璧に等しい活躍をしていた。
普通では考えられない。
一体なんのために。
…こうして部下に信頼されるために、か?
実際、炎帝自身も魔人に対しては少なからず仲間として意識し始めていた。
でも、それが何のためになるというのか。
裏切ってはそれまでだろうに。
炎帝は大きな失敗を犯した。
その失敗は魔人の行動を見抜けなかったなのか。
それはあるかもしれない。
でも一番の失敗は、こうしてオークに声をかけられて振り返ってしまったことだ。
「月の型、新月」
炎帝は振り返ることすらもできずに、赤黒い刃に背中を切られた。
それは鋭く大きくて深く、溶岩のような血が飛沫する。
炎帝がかすかに首と視線を後ろに向けると、後ろにはいつの間にかレーヴァテインとガラス玉の結晶を持った魔人がいた。
辺りに燃え盛っていた炎は魔人の周りだけ鎮火していて、レーヴァテインを振り切っている。
この僅かな隙を作らせるためだけに、魔人は立てこもって時間稼ぎをしたということなのか。
背の肉が裂かれてしまい、炎帝は姿勢のバランスを保つこともできずに、前のめりになってうつ伏せで地面へと崩れ落ちてしまう。
このことには食料を運送してきたオークも驚き、ただ呆然として目を丸くするだけだ。
魔人は赤黒い剣先を炎帝に向けて、息を荒くしながらも嘲笑った。
「はぁ…はぁ…、いっひっひひ。私の勝ち、ですかねぇ。今のはかなり深く斬れましたさ」
「馬鹿な…いくら背を向けていたとしても、俺が接近に気づけないなどありえん。何をした?レーヴァテインの力で転移でもしたのか!?」
「…さぁそれはどうですかねぇ。ただ、一言だけ教えるなら、レーヴァテインだけの転移では生命力が根こそぎ奪われるので無理と砦で言ったのは本当だってことですよ。魔王の魔力がある道具でもなければね」
魔人はそう言いながらガラス玉の結晶を懐にしまいこんで、レーヴァテインを振り上げた。
そして躊躇も余裕も何も無く、炎帝の首を狙って振り下ろす。
だが炎帝は口元をつり上げて笑った。
目も余裕のあるものだ。
「バカめ。一度深手を負わせた程度で最高幹部を殺せると思うな…!」
炎帝はうつ伏せに倒れた時、手を浅くだが地面にへとめり込ませていた。
そして炎帝の言葉と共に盛り上がっていく大地。
その盛り上がり方は異常で、思わず魔人が姿勢を崩してレーヴァテインの振りを中断させるほどだ。
地面はどんどんと膨れ上がっていき、やがては爆発したように地面が吹き飛んだ。
まるで火山の噴火のように業火なる火柱が何本も立ち、その衝撃で弾けとんだ地面により炎帝と魔人の体が空高く飛ばされた。
これは魔人にとっては危機的だ。
落下の衝撃にレーヴァテインを使わなければ戦闘の継続は不可能なダメージを負うのだが、今は地面のほとんどが火炎で包まれている。
鎮火したところも今の炎帝が引き起こした噴火により、再び燃え上がっている。
でもだからと言って炎を消すためにとレーヴァテインを使えば、落下に備えることはできない。
なら不本意ではあるが、転移で一度態勢を立て直すしかない。
「困ったなぁ、いくら負担を軽減をしていても、こうも連続で転移したらもう戦闘する体力はないさ。無様ですけどここまでですかねぇ、残念だ」
魔人は呟きながら、ガラス玉の結晶を取り出してはレーヴァテインを赤く輝かせた。
すると魔人の姿は宙から忽然と消えてしまうので、それは魔王の転移そのものだった。
そして同じく自分が引き起こした噴火により宙へと飛んだ炎帝は、運がいいのかオークの足元へと落下した。
落下の衝撃と斬られた背中の痛みにより炎帝は苦しそうに表情を歪めるが、それでも悔しみと嬉しさの半々の気持ちで呟いた。
「あ…はっはは。逃げられたか。しかし今度は殺してやるぞ、魔人め…。お前もルナも、俺が必ずまとめて始末してくれよう…!どこにいようと絶対にな!」
こうして魔人が逃走する形で、ひとまずは戦いに決着がついた。
だが炎帝は負傷し、魔人という優秀な参謀が抜けたことにより南の地の統率は乱れて、魔王軍の負担は大きくなる。
今まで魔人の力というものが魔王軍の中で大きくなっていただけに、抜けた穴は大きすぎる。
そしてこの戦闘から約一週間後。
東の地にて勇者アテナが氷帝と激突し、魔王軍に猛威を振るうことになる。




