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呪われし魔王の安寧秩序  作者: 鳳仙花
第三章・安寧と秩序
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炎帝が認めし人間

南の地、魔物の南砦の司令室にて。

南の地での大規模戦闘が、中央地の王国都市壊滅により終結してわずか数日。

もはや南の地では人間の抵抗はなく、魔物たちが幅を利かせていた。

そのため戦闘を誰よりも好む炎帝は酷く退屈をしていて、戦闘時とは違う苛立ちをみせていた。

その苛立ちにより多くの魔物は炎帝を避けることが多く、気づけばこの砦を炎帝一体で過ごすことが多くなっている。

炎帝は孤独に司令室に居座り、アルコール度数が高い酒を口に入れて一気に飲み干す。

しかし炎帝はいくら酒を飲んでも、酔うことは決してない。

アルコールが体内で燃え出し、体内で溜まった不純な空気やガスが息を吐くだけで抜けていくためだ。

そのため炎帝が酔いはしなくとも、部屋には酒の臭いが充満していた。


「勝利の美酒は上手いと人間共は言うが、俺はそんなことねぇ。勝利に酔いしれることはできるが、酒に酔うことができねぇからな。こうして退屈凌ぎに飲むぐらいしか意味がない。それに……あまりおいしくもないな」


炎帝はヤケクソ気味に独り言で乱暴に言葉を吐いて、手に持っていた酒の瓶を床に投げ捨てる。

落ちた音を立てるも瓶は割れはしないが、瓶の口から僅かに残っていた液体が飛び散ってかすかに赤い炎を灯した。

炎帝の発している炎が引火したみたいで、その炎の揺らめきを炎帝は意味もなく見つめる。

そうして無駄に時間を過ごしていると、何者かが扉の前にいる気配を炎帝は察知した。

だが石の椅子から腰を上げず、炎帝は野獣の如き鋭き瞳で扉を凝視する。

いるのは配下の魔物ではない。

もし配下の魔物なら、扉に近づく前に炎帝は感づくことができるからだ。

なら誰か。

他の幹部か、転移できる魔王か、あの口を開くたびに小うるさい人間か、それとも熟練された敵か。

炎帝は身構えはしないが、ほぼ無意識的に体温を上昇させていくので、床で燃えていた小さな火が一気に火力を増して燃え尽きる。

戦い慣れしているだけあり、自然と戦闘態勢へと入ってしまっていた。

気が立っているせいでもあるかもしれない。


「誰だ?入るならさっさと入れ。姿を見せないのは不愉快だ」


炎帝はドスを利かせた声で、扉の前にいる奴を呼びつけた。

そしてしばらく間が空いて扉が開けられると、そこから姿を現したのは無精ひげを生やした男性だった。

手には赤黒く薄い刀身で長剣であるレーヴァテインと、ガラスの結晶玉らしき物を持っている。

レーヴァテインとそのだらしない姿勢という特徴で、炎帝はすぐにその男性が何者か分かる。

人間にも関わらず魔王軍で最高幹部に並ぶ序列を持つ軍師、魔人だ。

魔人は手のひらより一回り小さいガラス玉を手元で回しながら、司令室へと入っていく。

魔人のその様子に、炎帝は珍しくも少し不思議そうな顔をした。


「やはり魔人か。しかし、お前だったわりには近づく足音が聞こえなかったぞ。それと、手に持っているその結晶はなんだ?」


炎帝に指摘されると魔人はいつもの軽妙な笑いをしながら、ガラスの結晶玉を服の内側へと忍び込ませて隠し持った。


「ん?いっひっひっひっひ、これはちょっとした宝石でさぁ。大した物ではないんで、気にしないで下さいよ。…って、ずいぶんと部屋がお酒臭いですね。もしかして飲んでました?なら気晴らしに私にも一杯くれませんかねぇ」


「ふん、お前は酒が飲めるのか。口にした所を見たことがないから、てっきり飲めないものだと思っていたぞ」


「そりゃあ、人間は酔いますからねぇ。常に頭を働かせる立場である以上、酔いで判断を鈍くさせたくないんでさ」


炎帝はその言葉を聞いては鼻で笑う。

どこか愉快そうな表情で、一体で飲んでたさっきよりは気分が良さそうだ。

口元を緩めながら炎帝は適当に近くの酒瓶を取るなり、指先で蓋を取って魔人へと差し出した。

その差し出された酒瓶を魔人はレーヴァテインを腰に差しながら受け取って、とりあえず一口だけ口に含ませる。

しかしそれと同時に強烈な刺激を受けたようで、顔を酷く歪ませるなり、魔人はお酒を噴き出して激しく咳き込んだ。


「ぐっ…ごほっごほっ!な、なんなんだこのお酒はさぁ!?って、これ本当にお酒ですかい!?口と喉が死にそうなんですが…!ぐほっげほっ…!」


「せっかく幹部である俺が差し出した酒を吐き捨てるとは無礼な事をする。たかがアルコール度数が九十七あるだけで咳き込むとはつまらん奴め」


「九十七だって!?もうそれはアルコールそのものを飲んでると変わらないさ!お酒ですらないですよ!こんなの全部飲んだら死んじまう!わずかに飲んだだけも、体内がきっついたら…!」


魔人は酒瓶を炎帝の前にある机に置いて、レーヴァテインを引き抜き、刃を輝かせた。

レーヴァテインの能力の発動だ。

あらゆる事象と概念を焼き切ることで、無かったことにしたり現象を起きないようにする。

また、概念や事実を焼き上げることで無根の出来事をあったことにしたり、不可能を起こすことをできるようにする呪いの力。

その凄まじい力を魔人は酒を体内へ入れたという、しょうもない出来事に使い、焼き切ることで無かったことにした。


「む、アルコールが抜けたか?まさかレーヴァテインを使ったのか。…そんなこともできるとは変な能力だ。しかしその力、魔王様のように転移も可能なのか?できるなら移動が楽なんだが」


「えぇ、転移ですか?あれは魔法とやらを応用したものらしいですからねぇ。できないこともないとは思いますが、おそらく酷く体力を奪われるか、最悪死んでしまうはずですさ。なにか、魔王様の魔力となる媒体があれば、負担を大幅に減らすことはできるんじゃあないですかねぇ」


「……では、生き返らすことは可能か?」


妙に大人しい様子で炎帝はそんな質問をなげかけた。

炎帝らしくない質問に魔人は何かを察して、おちゃらけた口調と表情をやめて声を潜めた。


「生き返らす、ですかい。数分以内にできた外傷により死んだ直後なら…外傷を無かったことにすればいいはずですさ。それでも私の体力は大きく奪われるとは思いますがね。で、もしかして生き返らしたい奴でもいるんですかい?意外だなぁ。炎帝様ってそういう生き死に関しては、割り切った価値観を持っていると思っていたんですが」


「生き返らして欲しい奴がいる、と言ったら嘘ではない。ただ、この前の戦いで死んでしまった雷帝がな。あいつは誰よりも真っ直ぐで強く、変わった奴だったが嫌いな奴ではなかった。だから惜しい奴が死んでしまったとは思ってはいる」


「でも雷帝様は戦いで死にましたさ。それも聞くところによると仲間を助けるために戦ってだそうで、名誉な死ではあったんじゃないですかねぇ」


「敵を蹴散らせずに死んだのに名誉なものか。まして実力ある幹部なんだ。仲間のために死ぬなど…雷帝らしい死に様ではあるが、到底褒められるものではない。それでも俺は奴のことを、今でも認めてはいるのだがな」


「へぇ…、炎帝様って案外他人を認めたりするんですねぇ。もっと、なんというか自分以外は見下している性格だと思ってましたよ」


遠慮のない魔人の言葉に、また炎帝は鼻で笑う。

さっきまで一体で飲んでいたときは苛立っていたのに、どこか楽しそうな笑みだ。

今までは異常に敵意を示すことが多かったのに、その油断ある表情を見せるのは魔人に対しては少なからず心を開いているということ。

そのことに魔人はすぐに気がついた。


「別に俺は全てを見下して生きているわけではない。ただ俺自身が最強であると理解しているがために、そのような態度をしてしまっているだけだ。強い奴が弱い奴に対して、腰を低くする意味がないだろうが」


「あーそれは、ずいぶんと傲慢な理論ですさ」


「実際、この世界は力が全てだから暴論とは言い切れまい。…だがな、俺はお前の力……策略だけは認めている。それは間違いなく力の一種であり、俺には無い欠けている力だ。だからお前も少しは傲慢に生きても、いいのではないのか?」


「んん?それは炎帝様のようにワガママをしてもいいってことですかい?いやいや、あっしは知略に長けていようと、所詮は凡夫なる人間ですからねぇ。ですからいくら功績を上げようと、炎帝様みたく偉くはできませんよ。まして…」


魔人はそこで言葉を区切り、にやりと笑って口元を歪めた。

その笑みは、さっきの炎帝のした安らぎの笑みとは違って悪意ある笑み。

今、この時にするにはあまりにも不自然な表情に炎帝は顔をしかめる。

一体どうしたのか。

突如、魔人はレーヴァテインを持ち直して構えに近い動作をしてみせた。

刃の先は炎帝に向けられていて、とても仲間に対してする行動ではない。

そして魔人は手にあるレーヴァテインを輝かせながら言葉を続けた。


「まして私は、魔王さんの敵の立場ですさ」


魔人が不可解な言葉を発したと同時に、炎帝は机を蹴り上げて全ての酒瓶を宙へとぶちまける。

それから炎帝は体に纏わせている炎を一気に燃え上がらせて、アルコールに引火させることで発火というより爆発に近い現象を引き起こした。

爆音と共に部屋中に広がる火炎で、視界も炎で埋め尽くされて全体が見えなくなる。

それでも魔人と炎帝は互いの姿の位置を把握していて、全てが炎で包まれているにも関わらず顔を睨めつけ合っていた。

魔人の発言の真意は分からない。

もしかしたらいつものようにふざけていて、冗談だったのかもしれない。

それでも長年に戦闘に出ていた経験のおかげか、炎帝は明確に敵意があると直感的に理解して戦闘態勢に入っていた。

もし勘違いなら、ここで炎帝は戦闘態勢を解くだろう。

しかし解かない。

それは魔人がレーヴァテインで一室の炎をかき消しながらも、間違いなく赤黒い刃を炎帝に向けているからだ。

もはや本当に敵意あるのだと炎帝は判断して、部屋と体を熱くさせていきながら叫んだ。


「魔人よ!軍議で魔王様が言っていたことを覚えているだろうなぁ!?裏切ったら始末するという話を!」


「いっひっひっひ、冗談キツイさ。私は最初から裏切っていませんよ。初めから、軍師に任命される前から人間の味方でしたから。本当はもう少し潜伏しておきたかったんですが、イレギュラーが起きたんでね。悪いですが、炎帝の命を頂いて本日付けで人間の軍に戻らしてもらいますぜ」


自分は魔物の敵であると言い切ると魔人の表情は厳しいものとなり、一介の戦士の顔つきを見せた。

それは今まで魔王軍の誰もが見たことのない勇ましい表情で、手練に相応しき面構えだった。

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