氷帝
魔王軍幹部の氷帝が指揮している地域、東の地。
各地域はあらゆる特色を持っており、北は最も寒くて険しく、南は最も暖かく資源が豊かで、西は最も貧しく寂れていて、中央は最も気候が安定していてバランスが整った環境。
そして今魔王達が行く東の地は最も川が多くて広大な湖もあり、漁業関係が盛んな地域となっている。
しかし今はそれだけが特色ではなく、人間最後の安寧の地とも言えるのが一番の特徴かもしれない。
魔王とシャルは川が交差するところに建ててある東の魔城へと転移した。
着くとそこは司令室であるはずだが、室内というにも関わらず酷く寒くて白い息を吐いてしまうほどだった。
シャルは軽く身震いをして司令室の中を見渡すと、寒いことを除けばそこは北の支城の執務室と変わらないほどに多くの資料の紙が置かれていた。
ガラスの棚も多く置かれているが、棚の中は丁寧に整理整頓されており、道具や報告書が片付けてあるので司令室の主は生真面目なのがうかがえる。
あとは室内にはテーブルと椅子、そして灯り用のランプがあるくらいで特に目がつくものはない。
それは氷帝の姿も見えないということになる。
そのためシャルは室内を見渡しながら魔王に言った。
「氷帝さん、留守のようですね…。魔王、どうします?また…こちらから探すのですか?」
「何を言っている。探す必要は何もないぞ。ほら、氷帝ならあそこにいるではないか」
「え?」
魔王に言われて再び室内を見渡すが、魔王と自分以外の姿などあるようには見えない。
しかしシャルが室内を見渡し続けていると、どこからか幼い女性の声が聴こえてきた。
「ん、なんじゃなんじゃ…?その声、もしかして魔王様か?」
声と共に非常に小さい背の女の子が、机の下から顔を覗かせて現れた。
そしてその女の子は魔王の姿を見るなり笑顔で手を振って、机から離れてその姿を晒す。
出てきた女の子は輝くほどの白髪で、毛先が透明な水色という変わった毛色をしていた。
髪型はサイドポニーテールにしてあるが非常に髪が長いのか、まとめあげている部分以外のほとんどの髪も背中の方まで伸びている。
そして服装は真っ白な純白のコートを着ていて、同じように真っ白なロングブーツを履いており、見た目に反して少し上品な大人っぽさがある。
首にはダイヤモンドの首飾りをかけてあり、目は青く肌も白い。
まさに見た目だけで言えば雪の妖精のような印象がある。
ただ身体的な特徴を言えば華奢な体で、背は一メートルあるか程度の上に、頭には狐のような耳と大きな毛だらけの狐の尻尾を生やしていた。
その容姿は少女に近いにしても、まるで半獣だ。
女の子は狐耳と尻尾を動かしながら魔王に近づくなり、大きく笑って愉快そうに話しだした。
「いや本当に魔王様か、これは驚いた。ひっさしぶりではないか?妾はもう会うことはないと思ったぞ!それで、お隣の……んーと、半精霊の少女は噂のシャルかな?」
とても機嫌良く話す少女に、シャルは気圧されながらも小さく頷いた。
「は、はい。そうです…。あの魔王様、この……小さな狐の女の子がもしかして…」
「そういえば初対面だったか。そうだ、今はこんな姿をしているが魔王軍最高幹部の一体、氷帝だ」
魔王が紹介した白のコートを着た白狐の女の子は、にっこりと無邪気そうな愛想笑いをしてみせる。
そして誰よりも小さい手でシャルの手を握り締めて、腕を大きく縦に振りながら挨拶をしてきた。
「そうじゃ!妾が魔王軍最高幹部であり、白銀の狐精霊の氷帝という。これから仲良く頼むぞ、シャルよ」
「は、はい。うっ……手が凍りそうです…」
シャルはなんだか想像と違って、とてもフランクで明るい性格の幹部だなという印象を受けた。
サキュバスから氷帝の話を聞くことが一度だけあったのだが、そのときはかなりサキュバスは氷帝について悪口を叩いていた。
あのババアは性悪だとか、不真面目だとか、仕事を押し付けてくるとかそんなことばかりを口にしていた記憶がある。
でも室内が整理されていることも考えると、話した感じではサキュバスの言っていた事とは真逆のように思える。
ただ、サキュバスは氷帝のことをおばさんとかババアと呼んでいた割には、見た目がシャル以上に幼いのが気になる所だ。
氷帝はずっと笑顔のままでシャルの手を離し、魔王へと向き直る。
そうして氷帝が話しだしたころにはシャルは自分の体の冷えに驚きながらも手を振って、手元に着いた冷気を払い出していた。
「んで、何の用なんじゃ魔王様よ。伝令ではなくわざわざ魔王様が来るということは重大な事があったのだろう?それとも訊きたいことがあるのか?人間軍の残党か、人間の王族のごたごたについてか?あ、もしかして妾に会いたくなったとかかのう?」
「全部だ。お前がしっかりと働いているか見に行くついでに、伝えたい事と訊きたいことがあってな。まず伝えたいことだ」
「なんじゃ、愛の告白か?それなら綺麗な包装でもつけて丁重にお断りじゃぞ?」
「くだらんジョークはよせ。地帝が勇者アテナにやられた。地帝は健在だが、地帝が言うには手も足もだせない強さだったそうだ。それで…」
魔王が続けて言おうとする途中に、氷帝は幼い手の指先を自分のあごに当てて、考える素振りを見せて喋りだしてしまう。
「ふむふむ、つまり下手に手を出さずに様子見だけしろということじゃな?相分かった。勝てない敵に挑むほど面倒な手間はないからのう。素直にそうさせて頂こうか。しかし勇者アテナが生きていたとはなぁ。それには驚きだが、地帝が負けた方が驚きじゃ」
「どうやらアテナは俺に近い力を手に入れているようだ。俺と比べたら微々たるものので魔法も使えないだろうから、大したものではないと思うのだが」
「魔王様に近い力か。それは厄介じゃな。しっかし、それでも地帝が負けるのは想像がつかんな。あいつはあんなおっとりとした性格じゃが、間違いなく魔王軍最高幹部で一番の実力者じゃろ。よほどいい加減に戦ってやめたのだろうな」
「どうだかな。それはその戦闘を見ていないかぎり、俺の口からはなんとも言えん。確かに地面が荒れた程度ではあったが」
「それなら全く能力使ってないじゃろ。炎帝は山を焼き尽くす力を持っていて、雷帝は山を打ち砕く力があり、妾は山を凍てつく力を持っておる。しかし地帝はそんなものではなく、あやつは無尽蔵に山を崩し、山を作り上げれる力がある。いつだかの人間との戦闘では、ダークドラゴンより大きなゴーレムを大量に生み出して敵を蹴散らしておったしな」
氷帝はそう言うが、シャルには全くその光景が思い描けない。
確かに地帝は寝ながらでも能力を使って防衛していたけど、せいぜい一人に対抗できる範囲の力しか見せていない。
それにそんな巨大なゴーレムを見たことないから、シャルには地帝の強さが何一つ分からない。
「まぁ、地帝も肝心な時が来ればその気になるじゃろう。して、伝えたいことは以上か?」
「ひとまずはそんなところだ。それで、人間の軍の動きはどうだ?」
「人間の動きに関しては報告と変わりなく、至って静かにしておるよ。少なくとも今は、という話しじゃがな。もし人間全員がアテナが生きていると知ったら、相手は闘志を燃やしてまた戦いを仕掛けてくるはずじゃ。その相手は妾一体では厳しいかな。サキュバスがいれば話は別なんじゃが」
「そういえばサキュバスはお前の陰口ばかりを叩いていたぞ。どれだけサキュバスを酷使したんだ。俺もかなり仕事を押し付けているが、けっこう素直に言うこと聞いてくれている」
そのことを聞いて氷帝は一瞬だけきょとんとするなり、すぐに豪快に笑う。
まるでサキュバスの陰口など意に介していないみたいだ。
「あっはっはっはは!そうかそうか、あやつめそれほど妾を毛嫌いしておるか。しかしあやつは有能過ぎた故、頼ざる負えなかったのじゃ。適材適所と言うべきかな。賢く動いてくれるのは、妾を除いたらサキュバスのみだった。そのため、必然的にサキュバスへの負担が大きくなってしまってな。…ただ、食に関してはかなりうるさかったのう。普通の魔物の二倍近くは食料を与えていたのに、足りないと不満や文句を垂らす」
「…あぁ、あいつは他の魔物の五十倍は食うからな。二倍では足りなかっただろう。おそらく、氷帝への一番の不満もそれだったか」
「なんじゃ、あやつは魔王のお膝元でも迷惑かけておるのか。まぁよい。サキュバスとはいずれ会食でもして仲良くしよう。それで、人間が動き出したら妾はどうすればいい?殲滅など炎帝でもいないと不可能じゃぞ」
「ふむ、そうだな。その時は防衛に徹して貰おうか。侮るわけではないのだが、今の人間共が戦える戦力ではないのに変わりない。お前の守りを崩せることはないだろう」
「どうかのう。妾としては人間が何もしてこないのが一番なんじゃが」
氷帝は目を細めて狐目をし、これからのことを予兆するかのように嫌そうにため息を吐くのだった。




